08.h.
2012 / 02 / 21 ( Tue )
 見晴らしのいい場所を去ってから、再び魍魎が襲ってきた。足の遅いミスリアを気遣って、カイルが合わせてくれる。
 自分の剣を手放したカイルはゲズゥから長剣を譲ってもらっている。そのゲズゥはというと、ミスリアの聖気がいくらか残る大きな剣らしきものを振るっている。先頭を走って文字通り道を切り開いていた。

 カイルの導くままほころびへ進んだ。近づくと、自動的に出口が広がる。
 三人は入った時と逆の順番にそれを走り抜けた。

_______

「ご無事でしたか!」
 向こう側に転がり出て、ゲズゥは最初にその声を聴いた。松明の明かりが有難い。
「助かったよ叔父上」
 司祭が外から出口を広げたらしい。続けざまに呪文を唱え、魔物が逃げ出さないようにほころびを縮小している。

「大丈夫ですか?」
 聖人の手を借りて聖女が立ち上がった。よく見れば二人とも白装束が汚れて所々破れ、至る所にかすり傷などを負っている。
 質問には直接答えないで、ゲズゥは憮然として呟いた。

「あの女……俺の左眼を見て『仲間』とはっきり言った」
 途切れ途切れのシャスヴォル語から、その単語だけ拾えた。それが何を示唆するか、彼には当然わかっていた。人に似て非なるかの存在と自分には、縁(ゆかり)がある……。
 ふいに頬や首周りのやけどが痛いようなかゆいような気がして、爪でそれを掻いた。

「あ、引っかいちゃだめです!」
 駆け寄り、聖女が手を伸ばして聖気を展開した。合わせてゲズゥが身をかがめる。

「仲間、ね……。心の声から、僕に読み取れたのは『ニオイ』ってひとことだけだったんだけど。ミスリアはどう?」
 考え込むようにして、聖人が顎に手を当てた。

「私には……」
 やけどの治癒を終えて聖女は聖人を向き直り、こめかみを押さえる。
「確か彼女はこう言いました――」

『懐かしいにおいがするお前は誰じゃ?』


 聖女の言葉の意味を反芻する。

「つまり……核たる魔物がスディル氏を憶えていると?」
 作業を終えた司祭も会話の輪に加わった。
「あんな女なぞ知らん」
 ゲズゥは短く吐き捨てた。

「そりゃあ生前と同じ姿で魔物になる方が稀だよ。人間を喰らう内にまた姿かたちが変わるし、喰らう人間がなくなると、他の魔物を取り込んだりするからね。『彼女』は僕が前に遭遇した時とまた姿が変わっていたよ」

 聖人は豊かな手の動きを織り交ぜて説明した。
 以前遭遇したことがあるのに攻撃手段や弱点を知らなかったのはそういう理由があるからだとか。

「私には生前の姿まではわかりませんでした」
 聖女が申し訳なさそうに言う。
「もう一度行って魂を繋いでみれば視えるよきっと。とりあえずはあの糸と酸に警戒しなきゃならないってわかっただけでも収穫だよ」
「魂を繋ぐ歌ですか……魔物は一体だけでしたか? 他に何か――」

 段々話についていけなくなって、ゲズゥは聖職者らの会話に興味が失せた。背を向け、手元の大剣に目を向けた。なおも汚れて刀身などは見えないが、大体の形はわかる。
 柳の幹の背後にこの柄を見てもしやと思った。たとえ何年経ってもゲズゥがこれを見違えるはずがない。

「それ、何だったんですか?」
 聖女がそっと歩み寄って、大剣をじっと見つめている。

「……父親の形見」
 特に隠す理由もみつからないので、サラッと言った。
「え!?」
 一同が一緒になって驚く。ゲズゥはただ頷いた。

 平均的な成人男性とほぼ同等な身長の大剣は、地面に垂直に立たすとゲズゥにとっての肩ぐらいの高さに並ぶ。全体の軸は直線ではなく曲線にあり、刃が緩やかに湾曲した刀である。柄から先へと幅が徐々に太くなると思えば、先っぽは締まってとがる。先だけは鉤(かぎ)にも似ていた。柄近くの刃と反対側の刀背部分は峰みたいな鋸歯(きょし)状になっている。
 
 父親の思い出には、いつもこの剣があった。父は常にこれを背負い、これを使って闘った。仲間内の稽古でも、外敵を斬り捨てる時でも。
 本来ならば成人した際に譲り受ける約束を交わしていた。結局は村が滅びた事情によりそれはかなわなくなり、剣自体どうなったのか不明に終わった。

 まさかこうして手に取る日が来るとは予想だにしなかった。
 それに関しても、疑問は多くある。が、もう遅い時刻だ。

 さっさと帰路につこうと歩き出したら、他の三人も倣った。

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