終 - a.
2017 / 11 / 23 ( Thu ) 雨は一週間、ほとんど絶えず降り続けた。 故郷ゼテミアン公国には四季があり、降雨には慣れていたものだが、こうも継続的な雨は新鮮に思える。そんなセリカの個人的な感想はさておいて、雨続きで、ただでさえ慌ただしいムゥダ=ヴァハナの宮殿はますます大変だった。古来より火葬の習慣のあったヌンディーク公国だ。教団の教えが大陸に浸透してからは土葬を選ぶ民も増えているが、大公家は未だ火葬を主流としている。 だが今回ばかりは天候がそれを許さなかった。やむなく、大公の亡骸は燃やされずにありのままで土の下に還されることとなった。 司祭の祈祷の声が止んで、葬儀も終わりつつあった頃――夫となる男の横顔を盗み見た。 葬儀に参列していても、セリカにとっては一度しか会ったことのない他人だ。粛々と悼むことはできても、悲しむことはできなかった。最も気がかりだったのは、エランの心の内だった。 赤みを帯びた目元で、泣いていたのだと知った。大丈夫かと訊ねると、彼はこう答えた。 ――喪ったのが悲しいんじゃない。私は最期まで父が好きじゃなかったが、好きになれなかったのが、悲しいのかもしれない。好かれようとした頃はあったと思うが。もっと歩み寄ればよかったか……今となっては、どうしようもないことだ。 エランが父の為に泣いたのは、後にも先にもその一回だけだった。 ヌンディーク公国大公崩御の報せがまだ大陸中に伝わりきらない間に、次期大公の即位式が内々に執り行われた。一時的な措置であることは、しばらく公にされなかった。 いくつかの宣誓が並べられただけの、あっさりとしたものだ。即位式に関してセリカの記憶に残った点は二つ、冠が無駄にキラキラしていて重そうだったことと、エランの作り笑いにますます磨きがかかっていたことである。 連日の雨が上がった頃に、結婚式が始まった。こちらも内々に行われたため、通常に比べると小規模だったらしい。 と言っても宮廷人とその身内のほとんどは招かれ、三日三晩と宴会が続いた。遠方から戻ってきたベネフォーリ公子の無事な姿もあれば、顔面の腫れがまだ引かないアストファン公子の姿もあり、リューキネ公女も体調の良い間は楽しげに参加していた。 各々のしがらみはまだ取り除かれないままに。 さすがは公族貴族といったところか、腹の中にどんな企みを抱えていようと、みな表面上は和やかに振舞った。 宰相を暗殺しようと目論む人間とて片手で数えられない程度にはいるだろうに、彼も相変わらず平然としていた。密かに暗殺者集団を育成していると噂されるだけあって、一筋縄ではいかない男だ。 祝いの席に水を差す者が現れないよう、衛兵やイルッシオの兵が終始目を光らせていた。 その甲斐あってか、無事に最終目を迎えることができた。 _______ (あつい……。エランが言ってた通り、衣装はめっちゃ重いし、裾長いし。被り物は顔まで覆ってて、目鼻口の穴が無いし。おなかすいた) 花嫁はある種の宴会場の飾り物で、身動きが取れずにひたすらに忍耐を強いられた。ヴェールの中からでは外の様子は全くうかがえなかった。 そして、食事できる時間が限られていたのだ。何とか隙を見つけられても、かき込める量はそう多くなかった。 (やっと終わる) 終息が近づいているとはいえ、まだ気を抜けない。 結婚式典の核である儀式に同席できるのは当事者以外に聖職者のみだ。それでも緊張する。手順は頭に入っているのだが、いざとなると間違えそうなのである。 法式は地域の古い慣習と教団の教えを混合したものだ。 セリカは被り物の暗闇の中、絨毯の上で膝を揃えて座り、司祭の聖歌奏上を静聴した。歌が止むと、いよいよ式辞が始まる。 「……天上の神々と尊き聖獣が見守ります中、今日この時をもってして、男と女、ふたりであった者がひとつとなります。エランディーク・ユオン・ファジワニ、そして、セリカラーサ・エイラクス。共にあなたがたの肉体がこの地上に在ります限り、魂はひとつで在りますことを――ここに、誓いの証を立てなさい」 司祭の指示の後に、静寂があった。 カチ、と陶器がぶつかり合う音がする。微風と衣擦れで、正面にあった気配が動くのを感じ取れた。 セリカは瞼を下ろし、意識的に静止した。心臓だけが場違いに大きく動いているようだ。 やがて、ふわりと被り物がめくられる。酒の香りが鼻孔をくすぐった。セリカは明るさに慣れる為に、何度か瞬いた。 向かい合って座すエランが酒瓶と空(から)のゴブレットを差し出してきた。いつもと違って、ターバンから垂れる布が顔の右半分を隠していない。 真剣そのものの表情を見て、「こいつも緊張してるな」と内心で笑ってやれるほど、セリカには余裕がなかった。 差し出されたものを受け取り、少量の酒を注ぐ。酒瓶は司祭に渡して、ゴブレットを丁寧に持ち直した。右手で持ち上げて、左手を下に添える形だ。エランも、自身が注いだ方のゴブレットで同じ動作をした。 膝の前にゴブレットを置き、相手が注いだ方の酒と交換する。 再びゴブレットを持ち上げると、互いに小さく礼をしてから、右腕同士を絡める。 絡めた状態で、同時に酒を飲み干す。 「ふたりの魂は混じり合い、境を失くしました。おめでとうございます! ヴィールヴ=ハイス教団を代表して、私が証人となりましょう。あなたがたは、夫婦となりました」 「ありがとうございます」 二人で声と体の向きを揃え、司祭に深々と頭を下げる。 これから来客に個別に挨拶をしなければならない。改めてのお披露目を経て、ようやく結婚式は終了となる。 にしても、よほど強い酒だったのか。 頭の奥が甘く痺れた――。 半ばダイジェスト形式でお送りしました結婚式( 腕を絡めて酒を飲む儀式は確か中国風をなぞってます(もちろん私の好みです 余談、ハリャもたぶん暗殺者集団の一員。 |
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