ちょいSS
2019 / 02 / 09 ( Sat )
 その日の典礼のあと、教会から家に帰りついたのは夕方近くだった。狙ってそうなったわけではなく、気が付かないうちに影が伸びるような時刻になっていた。
 教団から除名されてなお、かつて聖女であったミスリア・ノイラートには聖なる気を介して人を癒す力が多少なりとも残っている。そうと知って相談に来る者の相手を、今までしていたのだ。

「もうこんな時間……おなか空いてませんか?」
 共に行動していた相方に問う。黒髪と色素の濃い肌が印象的な長身の男は、手荷物を長椅子に下ろしながら首を横に振った。
 すると特に脈絡もなく麻のシャツを豪快に脱いで、裾で首回りの汗を乱暴に拭いだす。

「そういえば皆さんの片づけを手伝ってくれていたそうですね。お疲れ様です」
 今日は午後に差し掛かってから特に暑かったのだから、汗が気持ち悪くなっていたのだろうとミスリアは察した。
「手伝った礼に食い物をもらった」

 男は顎で持ち帰った荷物の方を示す。
 帰路を歩いていた時には目に入らなかったが、いつの間にか、朝に家を出た時になかった袋が増えている。中身をあらためると、温めればすぐに食べられるような品物ばかりだった。

「今夜はこれで楽に夕食の用意ができそうです」
「飯の前に水を浴びてくる」
 バサリ、脱ぎ捨てられた服が音を立てて洗濯籠の上に落ちた。洗濯物はあまり溜まっていないが、早めに洗わないと臭いがしつこくつくかも――内心でミスリアは苦笑する。

「お湯を沸かさなくて大丈夫ですか?」
「別に井戸水でいい」
「わかりました」

 眼前を横切る素肌に向かって手を伸ばしたのは、無意識からだった。そして無数に目につく傷痕の中で腹部のひとつに触れたのは、ちょうどそこがミスリアの肩ほどの高さにあったからだった。
 黒ずんだ窪み。本人ですら、どうやってついたのか忘れていそうなほど古い傷痕である。

「私が、死に別れるまでに貴方のためにしてやれることは、そう多くないのでしょうけど」
「…………」
「明日の食事にありつけるかわからない生活や、こういった生傷が増えるような生活をしなくていいように、寄り添うことはできると思います。いえ、そうしたいです。私が」

 伸ばした指を包む温もりがあった。
 出会った当時とほとんど変わらない、大きくて武骨な手。汗ばんでいるのも気にならないほどの心地よさ。

「それでいい。それは、お前にしかできない」
「はい」
 彼は少しかがみこんで、掴んだ手を口元に引き寄せた。かかる吐息が熱いが、やはり気にならない。

 あの、とミスリアは首を少しばかり傾げて切り出した。
「お背中流しましょうか」
 ああ、と答えたゲズゥは微かに笑っていた。
「頼んだ」



*この時点でのゲズゥは既に働き口を見つけています。教会にも毎週顔を出す、立派に社会の一員……。ていうか昔は他人と一緒に食事もしなかったんだよなぁ、となんかしみじみ。

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