13.c.
2012 / 06 / 15 ( Fri )
思わず、ミスリアは顔をしかめた。その言葉に思い当たる節が無いでもない。
「……そういうことだね、多分」
カイルは目を閉じて同意し、それ以上は何も言わなかった。
ミスリアは両手を握り合わせた。かける言葉が思い付かない。
結果、ぎこちない静寂が広がる。
「……食って寝てればそのうちどうでもよくなる。心がいくら落ちようが体の方は生きるのを諦めたりしない」
そう言い残して、ゲズゥは宿屋の中へ戻っていった。パタン、と裏口の戸が閉まる。
「あれ、もしかして慰めてくれたのかな?」
ゲズゥの姿が見えなくなってから、カイルが訊ねた。
「私にもそのように聞こえました」
「いいアドバイスだったね。ひとまず僕は、寝ることに再挑戦するかな」
カイルは身を起こし、そのまま立ち上がった。
「はい、私も」
ミスリアは差し伸べられた手を取った。
柔らかい風に打たれ続ける湖を、二人はあとにした。
_______
料理屋の夫婦に向けられた憐憫と後悔の眼差しを、ゲズゥは快く受け止めなかった。彼にとっては何の意味を持たないものだからだ。
面倒くさい方向の話だ。
踵を返し――曇天の朝に出発して大丈夫か、崩れないだろうか――などと天気の問題へと思考を切り替えた。
「当時のシャスヴォル政府があんたらの村に何か不穏なことをしようと考えてたって、隣町のオレらは本当はわかってたぜ。何もしなくて、悪かったな……なんて言っても仕方ないか」
今更謝罪しても無意味だということを、役人は理解しているようだった。
「事情に気づいたのはほんの一握りの人間だった。騒ごうものなら、オレらは間違いなくシャスヴォル軍に口封じとして消されたはずだ。みんな、怖かっただけなんだ」
役人は更に話し続ける。
あの日、「呪いの眼」の一族を抹消するつもりでやってきたのはシャスヴォル軍だった。
近隣の村や町の人間は一族をまったく助けようなどとしなかった。こちらがひっそりと隔絶されたように暮らしていたとはいえ、昔から物々交換などの付き合いはあったというのにだ。
そうしてゲズゥは人類に失望したと同時に、納得した。人は、自分以外の誰かを助けたりしない。それが醜いのかというとそうではなく、ただそれが当たり前の在り様なだけで、生き物はいつでも自分のことだけで精一杯だったのだ。
「私たちは『呪いの眼』の一族を嫌ったり怖がったりしなかったわ。本当よ」
役人の妻が必死な声で訴える。
詮無きことだ。誰が何を言おうと時は遡らない。
驚愕の表情を浮かべる聖人と聖女ミスリアの間をすり抜けて、ゲズゥは店から通りへ出た。
_______
(えーと……)
一度も振り返ることなく去っていったゲズゥの後姿を、なんとなく見送った。
(うぅ、気まずい)
ミスリアは知らず後退っていた。目立たない程度にカイルの背中側に回る。
出立の朝だというのに、天気だけでなく旅の先行きもあやしい。
「彼らの村を滅ぼしたのは、自国の軍だったんですね」
沈黙を破ったのは、カイルだった。
「ああ。知らなかったんだな」
「彼は語ってはくれませんでした」
俯き、ミスリアはそう答えた。
「どうしてそうなったのかご存知ですか? 僕なりに考えはありますが」
「さあ……詳しくは知らない。政府が村と『呪いの眼』を危険視してたのだけは間違いないな」
「でも明確な危険性を示す証拠は無いです」
ゲズゥの処刑を止めた日に総統閣下に言ったのと同じ言葉を、ミスリアは繰り返した。
「そうは言っても、人は得体の知れないものを駆除したがるよね。証拠やはっきりとした結果が出るのを待つほどの勇気が無いから、先にどんな不安の種をも潰そうとする。あとになってそれが過ちだったと知ってもね。為政者としてそのやり方が最善なのかどうかは、一概には言えないと思う」
カイルは重いため息をついた。
|
13.b.
2012 / 06 / 12 ( Tue ) しばらくして衣服の擦れる音がした。静まるのを待ってから、視線を戻す。
幸いゲズゥはズボンを穿き終えたようで、上半身だけ夜風に晒している。デッキに脱ぎ捨ててあった服を淡々と拾い集め、肌に付着した水をシャツで雑に拭っている。タオルを使えばいいのに、と思ったけど言わない。
ミスリアは風に揺れる水面を黙って眺めることにした。
静かな夜だった。結界に覆われていないこの町ではなかなか味わえない、魔物の騒がない夜。主にここ数日での魔物狩り師たちの働きのおかげである。勿論、ミスリアも討伐の手助けをしてきた。数が減った今では、余計な聖気の気配が遠くの魔物を惹きつけないように注意を払っている。
ラサヴァを初めて訪れてから一週間半ほど経った。
諸々の騒ぎの後始末を手伝いつつ、ルセナンの料理屋を手伝ったり、図書館や評判の菓子屋へ寄ってみたりと、ちょっとした観光もしている。
本来の目的を思えば進んだ方がいいのに、ついカイルに気を遣ってしまう。それに、彼も近いうちにこの町を発つそうなので、途中まで一緒に行く約束をした。
ゲズゥはというとずっと、意見一つ漏らさずに見守っていた。何も言わないのは肯定の意か、それとも関与したくないだけか。護衛らしくほとんど行動を供にしてくれるけど、付かず離れずの距離で数歩後ろを歩く形だ。
(でも……なんとなくだけど、何も言わないからって何も考えてないわけじゃない、気がする)
むしろ彼が呆然と遠くを見つめるのは、色々と物思いに耽っているからだと思う。日頃、何を考えているのかものすごく知りたい。
「あと一人って何? なんか意味深だね」
爽やかな青年の声にはっとなって、ミスリアは後ろを振り向いた。
ミスリアにとってのたった一人の友人、カイルサィート・デューセが宿屋の庭からデッキに踏み出している。ゲズゥは問いかけを無視すると決めたようで、無言を保った。
「カイル。今晩は魔物討伐の予定は無いはずでは」
深夜にどうして起きているの、という意味合いで訊いた。けれどもカイルが近付くにつれて彼の服装が目に入り、的外れな質問であるとわかった。
彼は寝巻きとも取れるような無地の大きめなシャツとズボンに、上着を羽織っているというだけのラフな格好だ。とても今から出かける風には見えない。
「うん、知ってるよ。風に当たりに来ただけ」
カイルは笑って、隣に腰掛けている。やはり夢見が悪くて目が覚めたのだろうか、などと考えた。
「そんな薄着じゃ冷えるよ」
彼は自分が着ていた上着を脱ぎ、ミスリアのキャミソールワンピースの上にかけた。
「ありがとうございます」
上着に残る温もりを素直に受け取った。
「で、そういう君らは何してるの? 水泳の特訓?」
シャツを使って髪を乾かす半裸のゲズゥに対して、カイルは不思議そうに首を傾げている。
「私は眠れなくて……」
ミスリアの返答にカイルは「そっかー」と頷いたかと思えば――いきなり上半身を後ろに倒して、デッキに仰向けになった。片腕で顔を覆っているので表情が見えない。
「え、どうしたんですか?」
心配で友人の顔を覗き込む。もしや相当に疲れが溜まっている?
確か今日は、午後からの役人たちの集まりにカイルも出席していたはずだ。ミスリアは部外者だし、聖女として慰問の仕事もあったので参加していない。その会議が半日以上にも及ぶ長さだったらしいのはルセナンの妻に聞いている。
「あーあ、おうちに帰りたいな」
彼にしては珍しく子供っぽい言い回しに、ミスリアは伸ばしていた手を止めた。
カイルは五年前に一番近しい家族を失っている。直後に父とは疎遠同然になり、そして今度は、叔父とは二度と会えない流れになっている。もうすぐ二人で暮らしていた教会をも離れる。
教団の思い出では集中的に修行ばっかりしていたから、あそこはおうちって雰囲気でもない。 彼の帰りたい家はどこにも残っていない。だからこそ、この一言は重い。
(私は両親ともに息災だけど、どっちかといえばあの家にはあまり帰りたくないし……)
これでは友人の気持ちを汲んでやれない。
「ごめん。君らに言うことじゃないね」
カイルは特にゲズゥに気遣わしげな視線を向けた。そのゲズゥは視線を返さないで、腕の柔軟をしている。
「謝らないでください」
「僕がもっと早く気付いて、行動に移していれば叔父上を止めることくらい出来たかもしれないけど。それを言えば『全部私の咎なのに、君は真面目すぎる』って返されそうだなって思った」
「……お父様にはお会いできそうに無いんですか?」
「無理だよ、多分。父上は僕に会いたくないはずだから」
カイルは腕を組んで枕代わりにした。
「どうしてですか、ご自分のお子さんなのに。残った家族を大事にしたいと思うでしょう?」
「それは違うよ」
目を閉じて、カイルは静かに告げた。どういう意味なのか、ミスリアにはわからない。
「つまり……」
「残った人間を見ると失った家族がどんなだったか思い出すから、会いたくないんだろう」
言いかけたカイルを、ゲズゥの低い声が遮った。 |
大自然
2012 / 06 / 11 ( Mon ) |
13.a.
2012 / 06 / 07 ( Thu )
衝撃は、解放感に似ていた。
泡の音。水の中を落下する時のみに味わう独特の重圧。
人間の体温より遥かに冷たい水に全身を包まれ、芯まで震える。浮上し、水面を突き破って息を吸い込んだ。ひんやりとした空気が肺を満たす。淡水の臭いは割と好きだ。
目を開けたまま、再び夜の湖に潜り込んだ。視界の曇りから察するに、藻で月明かりが湖底まで届きにくいとわかる。小魚が足の指を掠めた。長い水草が左手首に絡みつくのを、右手で剥がした。
暗闇自体は気にならないどころか、むしろ安寧を与えてくれるものに感じられる。
時折、闇の中に浮かび上がる記憶と言う名の映像だけが余計だが。
昔から幾度となく、繰り返し思い出してきた場面の一つがまた脳裏にちらついている。瞼の裏に焼き付く光景を払いたいがためにとにかく体を動かす。
十代半ばの少年が地面に横たわり、血にまみれた手を伸ばしていた。
いつだって、少年の全身を汚す血と煤と体液よりも左の眼窩(がんか)から溢れる赤黒い血ばかりが気になる。
――頼む、――してくれ。――――ったら、かならず――――を―せ――
途切れ途切れに記憶を波打つ、少年の必死な声。
ゲズゥ・スディルは息を止めて二十秒ほど泳いだ。
苦しいのは、息をしていないからではない。彼は柄にも無く悩んでいる。
目が覚めて仕方が無い時は、体を動かすに限る。疲労感だけが確実に深い眠りの世界へ沈ませてくれるからだ。普段はそういう睡眠ばかり取っているので夢すら見ない日が多い。
気分は未だ晴れないが、諦めて水面を目指した。
「眠れないんですか?」
湖から頭を出した途端に、背後から少女の澄んだ声が聴こえた。
振り返るとそこには、デッキの端に腰をかけた聖女ミスリアの姿がある。縁に手をかけ、白い素足をぷらぷら揺らしている。栗色の髪を後頭部で束ね、身に着けている淡い色のワンピースは暗くてよくわからないが橙か黄色だろう。
小柄な少女は僅かに上半身を傾け、湖面を見つめた。手すりに囲われていないデッキだからできることだ。
見たところ、眠れないのは寧ろミスリアの方なのではないかと思う。
ゲズゥは岸に向かってゆるやかに泳いだ。
「……夢を、見ていました。怖いというとそうでもなかったんですが、後味が悪くて目が覚めたんです」
「そうか」
いつもなら相槌を打たなかったかもしれない。今夜はたまたま自分も似たような気分だったからか、つい先を促すような視線を向けた。その意図を受け取って、ミスリアは話を続けた。
「螺旋の階段を、のぼる夢でした。目指す先は雲の上にあって見えないんですけど、そこに欲しいものがあると確信を持って走り続けるんです。でも息が切れるまで走っても、たどり着かなくて。疲れて立ち止まって階下を見ると、幸せそうに笑う人が一杯いて、楽しそうだなって羨ましくなって。引き返して階段をくだるんですけど、今度はどんなに頑張っても下の方へいけないんです。いつの間にか上へも下へも進めないんだって解って、自分だけ取り残されたと解って、階段に座り込んで泣き崩れました」
そこで目が覚めたのだと予想がつく。
ミスリアは両膝を抱き抱えて、膝の頭に顎を乗せた。ワンピースの裾が柔らかい風になびく。
世界に一人取り残される気分なら、ゲズゥには覚えのある感情だった。そんな夢を見るくらいだからミスリアにも何か心当たりがあるのだろう。多少の興味は沸いたが、訊きたいほどでもない。
ゲズゥは岸まで泳いだ。
「夢なら、俺も見た」
居心地悪そうに目を潤ませる少女に、同情したのかもしれない。気がつけばそんなことを呟いていた。
「どんな夢でしたか?」
茶色の瞳には驚きが彩られた。
しかしその質問には答えず、ゲズゥはひとりごちた。
「……約束を果たすまで、あと一人……」
両手を岸にかけ、水の中から上がった。
_______
湖から岸へ上がってきた青年は全裸であった。ミスリア・ノイラートは一瞬遅れて顔を逸らした。
下半身に何か穿いていると思ったから吃驚だ。
「ご、ごめんなさい」
デッキに灯りが灯されていないからおおまかなシルエット以外は何も見えなかった訳だけど、一応直視した形になったので、謝罪せずにはいられない。
視界の端を、細かい傷跡だらけの足が通り抜けた。向こうは気にしている様子は無い。
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くるくる
2012 / 06 / 05 ( Tue ) 塗っちゃいましたわね…えびの奴め…
最初の頃に話し合って、「ミスリア」のキャラ絵はなるべくリアル塗りを目指そうって結論に至りました。あくまでガイドラインとして(シューリマはアニメ塗りでしたね 絵の中に他の人の影をかけようかとか冗談が飛び交いましたけど はんざい臭が強すぎて怖いわ^p^ 服何色がいいと適当に訊かれたら適当に黄色と答えた私。 いい感じなのでこの服をこのまま次のシーンに採用します(・∀・) クリックで大きく *拍手御礼入れ替えました |
戦闘スタイルメモ
2012 / 06 / 03 ( Sun ) ゲズゥ 武器: 曲がった大剣。何でも扱えるけど曲がってるのと鋭利な刃物が一番好きらしい。素手でもかなり強い。殴るより蹴る投げる飛ばす派。 攻撃: タイミングを見計らって大技を叩き込む。緩急つけるのも得意。 防御: 受け流す、かわす・避ける。鎧は動きが鈍るので却下。 まとめ: 理にかなった動きを教え込まれているため、相手を無力化させるための順序や重力、周囲の環境をも考慮に入れて効率良く動く。ただし、本人の身体能力が高いので効率はさほど問題にならないし、長時間戦闘も問題なし。アクロバティックな動きも得意。 カイル 武器: 一般的に普及してる剣(直線型、両側に刃、鋭利さよりどちらかというと勢い・剣圧で斬るタイプ)。素手の体術はあまりできない。 攻撃: 深く考えずにチャンスあれば攻める 防御: 受け止める、かわす・避ける。戦闘においては一般人なので鎧は滅多につけない。 まとめ: 対人戦より魔物を相手にする場合が多いので、剣に聖気をまとわせることが多い。日ごろからそんなに鍛えているわけではなく、護身術が主なので前衛に向かない。 シューリマ 武器: レイピア系。ランスも使う。素手だと手刀技メイン。 攻撃: 素早い手数の多さで相手を翻弄し、隙あらば急所を狙って刺す。柄で殴ることも。 防御: 避ける、たまに受け流す(武器が軽いため相手によっては難しい)。鎧は最新技術の、軽くて丈夫なタイプ。チェーンメイルもつけたりする。 まとめ: 速さ自慢。相手をあっという間に穴だらけに、またはあざだらけにする。肩書きは騎士だけど、たぶん騎馬戦より白兵戦派。鍛えているので腕力・脚力は並の女性の比ではない。 オルト 武器: ゲズゥ同様に何でも扱えるオールマイティ型。普段は剣。素手だと柔術みたいな一本背負いを繰り出す。 攻撃: フェイントを巧みに組み込んで隙を誘う。相手の裏をかいたり卑怯な手口を何の抵抗もなく使う。 防御: 受け止める、受け流す。鎧は全身じゃなく部分的につける。 まとめ: たぶん彼は騎馬戦大得意で、戦闘・身体能力自体は中の上くらいでそんなにめちゃくちゃ強いわけではない。常に頭を使う。戦術を知っていて、軍の指揮者向き。 イトゥ=エンキ 武器: 直刀を持ち歩くが本命は腰にかけてる鎖(先はフックに似ている)。素手だとキックボクシングに近い戦法をとる。ナックルと似た容量で拳に鎖を巻いたりもする。 攻撃: その場その時の目的による。鎖で相手の動きを封じたり牽制したり、一撃必殺を狙ったり。 防御: 腕を中心にした防御の型を使う。必要とあらば甲冑をつける。主に籠手。 まとめ: どこか一つ突出した力を持たず、バランス良く強い。相手の出方を見つつ戦い方を決める、慎重な面がある。試合なら楽しむが実戦だと必要以上に好戦的ではない。生き延びれればそれでいいと考えている。 リーデン 武器: チャクラム、仕込みナイフ。飛び道具系全般が得意。素手だと間接狙いと蹴り技。 攻撃: 離れた場所から襲う。常に大量に持ち歩いているチャクラムで相手を怯ませ、接近して一気に叩く。 防御: 手先で弾くか避ける。防具の類は服の下につける(主に軽い革製品を好む)。 まとめ: 手先が器用な上に両手利き。鋭利な刃物大好き。力よりも速さや不意打ち重視で暗殺向きだが、血統の関係で基礎体力もそれなりに優れている。 エンリオ 武器: 投げナイフ(右利き) 攻撃: 中・長距離から的確にナイフを投げる。懐に入られたら多少の体術も使える。 防御: 避けるの一択。防御そのものは不得意。接近されればなるべく距離を取ってからまた攻勢に出る。防具はつけない。 まとめ: 先手必勝型。すばしっこい上に視力が良い。相手に姿を視認されない距離から叩ける。体重が軽く力も弱い為、接近されると一気に不利になる。 レイ 武器: ロングソード 攻撃: 正面から衝突する。猪突猛進型だが、手数の多さより一撃ずつを重く繰り出す。 防御: 剣で受け止める。受け止めきれない攻撃は全身につけた鎧で対応。(主を守る為)一度その場から動かないと決めれば、腰を落として強固な壁と化す。 まとめ: 女性の肉体を限界までに鍛え、剣技を磨くことに余念が無い。両手で剣を持つがゆえに盾を使えないが、通常の護衛業や魔物退治だとあまり問題になることは無い。エンリオと対照的に動きは遅い。 |
らくがき天国1
2012 / 06 / 02 ( Sat ) |
12 あとがき
2012 / 06 / 01 ( Fri ) お疲れ様です(・∀・)
すみません。10を超える長さになってしまいましたね。 流石にk以上は意地でもいかせたくなかったので今回の更新はかなり長めです(ξ∀`) それにしても今回は、「ミスリア」最多記録を一つ作りましたよ。 なんと、同じ場面に名前のあるキャラが7人登場しました。むしろ既出全員じゃないですか。全員を把握し続けるのとても大変でした…もうやらんぞこんなことは…(苦笑 続きは12読み終えた人向けー |
12.k.
2012 / 06 / 01 ( Fri )
「お二人とも何だか辛そうです」
独り言のように小声で、ミスリアは呟いた。カイルと神父アーヴォスのやり取りを指して言っている。
「兄弟、か……」
すると同じく独り言のような小声で、ゲズゥも呟いた。何か後に続くのかと待っても、彼のは本当に独り言らしい。兄弟という単語で何を連想しているのか、表情を見ても想像できない。
「カイルにも、妹さんが居たそうですよ。五つ年下の」
「死んだのか」
グラスの水を飲み干して、ゲズゥは無機質に訊いた。
「……お察しがいいですね。お母様と妹さんはカイルが修道士見習いになって間もない頃、魔物にかかってお亡くなりになっています」
五年ほど前の話で、その時ミスリアはまだ彼と出会っていなかった。
「妹はお前に歳が近いな」
そう言われてみれば確かにそうだ。カイルには妹のように接されたことがほとんど記憶に無いから、常に対等に話してくれたから、意識していなかった。
厨房からまた女性が現れ、「失礼します」と言っていくつかの料理を運んできて手際よく並べている。
「お兄さん、左目の色珍しいですねー」
女性は軽い調子で指摘した。
ミスリアは小さく呻いた。そういえばゲズゥの包帯が外れている。店まで来る道中、誰かに見咎められれば問題になりそうだったけれど、誰ともすれ違わなかった。
今はなき「呪いの眼」の一族が住んでいた村はラサヴァから近い。ルセナンの妻は事情を知っていそうなものの、知らないふりをしているのだろうか。
入り口の扉の軋みによって、短い沈黙が破られる。
「おかえりなさい、アナタ」
夫を迎え入れる彼女の声は明るい。
「おうただいま」
役人ルセナンがカイルたちのテーブルの椅子を引き、腰掛ける。
彼らの分の食事が揃うのを待って、神父アーヴォスは身の上話から静かに語り出した。
_______
兄上は私の憧れでした。
ここよりずっと北の不便な田舎村。生まれつき体の弱かった私を守り、気分が悪くて外に出られない日は私の代わりに駆け回り、いつもたくさんのお土産話を持ってきてくれたので、不自由に思うこともありませんでした。
両親の農園を手伝いながら慎ましく暮らしていた私たちの元に、ある時教団の一味が通りかかりました。慰安の旅を続ける聖人様たちは、聖気を受け賜わり続ければ私も元気になれると、仰ったのです。ならば聖人を目指すと、兄はその時に決心致しました。
自らの足で村を去る姿を羨ましく想いながらも、私は兄上の教団入りを応援しました。
数年後凛々しくなって戻ってきた兄上は、幾月かけて私に完全な健康を取り戻させてくださいました。あの時の感動は何年経っても忘れられません。
私も奇跡の力を望みました。
けれどもどうしてか、兄上にはあっても私には聖気を扱う素質がまったく無かった。
――アーヴォス、気を落とすな。聖人になれなくても他にいくらでもご奉仕をする方法はある。
――そうですね。では私は教役者(きょうえきしゃ)となって社会に貢献します。
受け入れるしかなかった。
私の心にさざなみが立ったのはそれからいくらか後のことでした。
兄上はある魔物討伐の旅にて知り合った魔物狩り師の女性と、恋に落ちたのです。
聖人・聖女に配偶者は許されません。その女性と結婚するために、兄上は聖人の位を返上しました。
どれほど妬ましかったことか!
私がいかに切望しても決して手に入れられない物を、いとも簡単に手放したのです。兄の選択は私には浅はかに見えました。家庭を守りたいという兄上の主張に私は納得できなかった。
ところが五年前。またしても兄上に大きな変化が起きました。そう――カイル、君の母上とリィラのことだよ。気の毒だったね。
義姉上とリィラを失ってから兄上はどこかおかしくなりました。今まで以上に教団に傾倒し、妻と死別したことによって特別に修道司祭への道を進む許可を得たのです。教区司祭である私と違って今後の一生を修道院で過ごすでしょう。私は兄上が同じ司祭になると知って、嬉しいよりも暗い予感しかしませんでした。
そうして数年後。兄上がもうすぐ司教になると聞いた時、私は不公平を嘆きました。何故私は、自分と違ってこれほどまでに才ある兄の後に生まれなければならなかったのか。羨望のあまり、今までに受け取った多くの恩さえ忘れそうでした。
私は、「忌み地」付近への配属を自ら志願しました。
何か大きな手柄を立てたくなったのかもしれません。でも同時に、自分の原点であった故郷みたいな村や町に何かをしてあげたかった。そうすれば心安らげると思ったのです。
自分から問題を起こそうと考えたのは、ある時の偶然に始まりました。
死者の魂が溜まりやすい場所に居て、水晶を誤って壊してしまったのです。封印されていた中の瘴気が解放され、数時間のうちに魔物が溢れると予想がついたので、魔物狩り師を呼びました。予め魔物が出没する位置を知っていたのでうまく彼らを導けました。
その後、彼らと町民が向けてきた感謝や尊敬が、どうしようもなく心地よかったのです。
味を占めるべきではなかった。
それからのことは、カイル、君の想像している通りだと思う。魔物の発生を密かに促してはタイミング良くその場を救う、を繰り返した。
セェレテ卿を誘ったのは、単に彼女が私のしていることに勘付いたからであって、口をつぐんでもらうために巻き込んだことになりますね。せっかく協力者ができたので、新しい手法――流行り病のことです――を試してみました。セェレテ卿はこのやり方がうまく行けば、他の町でも実行して、全て第三王子殿下の手柄に仕立てようと企んでいたようです。
上辺だけでも私が活躍していた姿を、なんとしても兄上に見せ付けてやりたかった。しかし兄上は俗世との縁を切った修道士の身。面会を願っても、手紙を出しても、返事はありませんでした。
叶わないならばと、代わりに私は甥を呼び寄せたのです。憎くも、聖人と成り得た彼を。
カイル、私は君に止めて欲しいとか、助けて欲しいとか、そんなことは考えなかったよ。他の者と同じ尊敬の眼差しを、兄上に似た君の顔に見たかっただけなんだ。
目論見は失敗に終わったけれど。君の表す尊敬は熱っぽくなくて、ただ暖かかった。
でも振り返れば共に暮らした数ヶ月間は、それなりに満ちていたと思う。
_______
叔父が口を閉じ、辺りに重い空気が満ちた。話し終えた本人だけ、やけに穏やかですっきりした顔をしている。
カイルサィートは天井を仰いだ。ちょうど、蜘蛛が視界を通りかかる。
「以上が、貴方の本音ですか。叔父上」
「そうだね」
「……本当に?」
「君は何を疑っているんだい? この期に及んで嘘をついたりしないよ」
叔父の笑い声に偽っている様子は無い。
「さて、それは判断しかねますが。僕は、物の本質を見詰められる人間を目指したいと思います」
天井から目前へと視線を戻した。
「いいんじゃないかな。君なら達成できると思うよ」
本心から言っている風に聴こえる。
「でもオルト王子の言葉を借りると、今は自分の望むように解釈します。叔父上はやっぱり後悔していたから僕を呼んだんです」
カイルサィートはにっこり笑った。
「貴方は言い訳をしませんね。誰かの所為だとは言わずに、始終、自分の気持ちと行動の責任を自分で受け止めようとしています。
結局実害が残ったのは、最後の疫病騒ぎだけでした。それも、もともとは死に至らないはずの病が数人の内で突然変異したもののようですね」
既に調べが付いている。命を落とした最初の四人は体質的に共通点があって、同じ病状でも過去に例の無い結果だ。
「人が死んだのは確かなのだから、その違いにはあまり意味が無いよ」
「それでも叔父上に悪意が無かったことは、教団への報告書には記させていただきます。町長や役人方の結論がどうであっても、教団からの罰は逃れようが無いでしょうけど」
予想としては、残りの一生を閉じられた空間でひたすら償いながら過ごすことになると思う。でももしかしたら報告書の内容次第で多少は罰が軽くなるだろうか。書いたのが対象の甥となると信憑性を疑われるかもしれないけど、試してみるのに害は無い。
「……どうしてかな、君は意外と私に甘い気がする」
「数少ない肉親ですから、普段より若干やさしめですよ。ここ何年かで、僕の誕生日を祝ってくれたのは貴方だけでしたし」
肩をすくめて答えた。ルセナン夫婦が驚いた顔を見せているが、事実なのだから仕方ない。
「なるほどね。…………もう、確実に兄上に会えないな」
「あまり気にしないで下さい。僕だってほぼ五年は会えてませんし、今後も会えそうかあやしいです」
しばしの間、笑い合った。
「すまなかったね、色々と」
叔父は一度深く礼をした。某商社の威嚇という名の暴行についても詫びている。
「いいえ。残念には思いましたけど、もういいです」
カイルサィートは立ち上がった。
続いて立ち上がった、自分とそう変わらない身長の叔父を、肩から抱き寄せる。
「二度と会うことは無いでしょう。でも、どこに居て何をしていても家族である事に変わりありません。どうかお元気で」
「ありがとう。私は悔いるばかりの人生になりそうだけど、君の進む道には幸多からん事をいつも願うよ」
声が微かに震えている。叔父の腕は縛られたままだが、僅かな動きを感じた。自由であったならば、きっと抱き返してくれただろう。
「短い間、お世話になりました。さようなら、アーヴォス叔父上」
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12.j.
2012 / 05 / 29 ( Tue )
何度か顔を合わせた程度で、もともとそんなに仲は良くなかった。だから名指しで呼び寄せられた時、目には見えない別の意図があるのではないかと真っ先に疑ってしまった。
敢えて応じることを選んだ。理由は単純である。家族だから、何かしら手助けになれるならと思ったからだ。
四人座れる大きさの四角いテーブルにて、カイルサィートは叔父と向き合い、テーブルの上で両手を組んで様子を伺っている。料理屋の店内は外からの日差しで明るく、それゆえに大分暖かい。
「失礼します~。せっかくなんで、藻入りスープでもどうぞ。健康にいいですよ」
人の良い笑顔を満面に広げて、髪を結い上げた女性が間に入った。丸い盆から底の浅いボウルを下ろしている。
キュウリをはじめとする調和の取れた香りを発するそれを見下ろす。クリーム色の液体に所々鮮やかな緑が混じっているものだ。
「暑いだろうと思って冷やしたスープ持ってきましたよ。昼時だし、食事もされます?」
同じようにボウルを下ろして、役人ルセナンの妻たる彼女は隣のテーブルに座すミスリアとゲズゥの方に、声をかけている。
チラリとこちらに問いかけるミスリアの目に、カイルサィートは頷きを返した。
「ではお願いします」
ミスリアが笑顔で受け答えた。注文の内容を細かく話し合ってから、女性が厨房の方に戻った。
ミスリアの向かいに座るゲズゥがすかさずスープに手をつけた。食器などを使わず、ボウルごと空いた片手で持ち上げて啜っている。一方でミスリアは、木製スプーンを駆使して少しずつ口に運んでいる。どちらかというと乳状に近そうなスープだ。
二人を横目に眺めてカイルサィートは束の間、和んだ。
「……少し、僕の話をしましょうか」
視線を前へ戻し、自分のスープにも手を出してから、そう切り出した。
「――うん?」
拘束されたままの叔父の前に、ボウルは置かれていなかった。多くを語られなくとも、ルセナンの妻は状況を大方把握したようだ。
「聞いてくださるだけで結構ですよ」
「ではそうしようか」
叔父の揺るがぬ笑顔に、落ち着き払った態度に、カイルサィートはもの悲しくなった。しかしそんな気持ちは顔には出さず、淡々と語り出す。
「どうして他の誰かではなく、僕に声をかけたのか、ずっと考えていました」
定期的に連絡を取っていた訳でもなかったし、こと「忌み地」の浄化に関してカイルサィートは実践経験が少なかった。ミョレン国との縁も浅く、わからないことだらけの人選であった。
「本当は、止めて欲しかったのでしょう?」
「何を?」
「……今更ごまかしても、仕方がないと思いますよ」
叔父ののんびりとした口調に、カイルサィートはため息をついた。
はじめは何も裏が無いことを願いながら、叔父の手伝いをしていた。教会の業務や運営に手を貸し、ラサヴァの町人や他の近隣の村の民を支えた。時には魔物の討伐隊にも加わった。元はあまり親しくなかった叔父の園芸をも手伝ううちに、打ち解けられた。
それがいつから、歯車が狂いだしたのだろうか。或いは最初からかみ合っていなかったのかも知れない。
何故、いつ、気付けたのかというと、今となってはよくわからない。叔父の頻繁な外出を変に思った頃から? 教会の参拝者との接し方に違和感を覚えたから? 討伐に向かった日にのみ決まって魔物が異常に多く現れるようになってから?
きっかけはきっと小さな何かだった。気付いた後は、ひたすら執拗に事実を追い求めた。
「追い詰められなければ認めないだろうと、本当はどうしてこんなことをしたのか話しはしないだろうと、思いました」
人の心の澱(おり)は幾重にも巧みに隠されているものだ。浮上させるためにはそれなりの準備がいる。
当面の問題は、相手が追い詰められたと感じるか否かにある。カイルサィートにとっては、この場合は動機を知ることが一番大事だからだ。
今のところまだ叔父の作り笑いに変化は表れない。隣のテーブルの二人はというと、さりげなくこちらの会話に意識を向けている。
カイルサィートはそこでスープを一口すくって味わった。ヨーグルトをベースにしたさっぱりとした味わいが更なる食欲をそそる。
「美味しいです。僕は叔父上の作る鶏がらスープも好きでしたけど」
「もう私よりも君の方が美味しく作れるんじゃないかな」
「かもしれませんね」
スプーンを置いて、カイルサィートはそっと笑った。思い返せば家事は二人で手分けしたけど、お互いに教え合うことも多かった。もう、その日々も終わったのだと思うと寂しい。
「あなたが……」
一呼吸挟んで、目を合わせた。自分と同じ色の琥珀色の瞳からは、感情が読み取れない。
「……僕を選んだ理由は、父上と関係がありますね」
そこで初めて、叔父が瞬いた。曇ったように読み取れなかった瞳に異変が表れる。
「父は兄弟仲が良いと言っていましたけれど、双方ともに共通した感情でないことは、子供心ながらに知っていましたよ」
「……カイル、君は昔から聡明で鋭い子だったね」
「ありがとうございます」
叔父の琥珀色の瞳もいつしか物悲しさをたたえていた。
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結果など
2012 / 05 / 27 ( Sun ) つい最近、ブログ村の記事トーナメント「自作小説」で優勝しました。投票してくださった方々ありがとうございますこれ見てなさそうですけど(・∀・)
エントリーした01話は土曜日ひとつ費やして書いた会心の出来だったので嬉しさもひとしお。 物語は入り方が何より大事だという教訓に則りましたよ… 本編はもうちょっとお待たせしてしまいます。続き決まっているのですが書き出す余裕が… 連休始まってバタバタしているので火曜日ぐらいに更新できるかと。 最初の頃みたいに本編記事ばかり ばばーん と続けられる日々を目指してまた頑張ります(ξ∀`) |
設定画3
2012 / 05 / 24 ( Thu ) |
12.i.
2012 / 05 / 23 ( Wed )
それとも今後同じようにつけこまれないように、教訓として真実を教えるべきか? 人々の美しい思い出を汚していいものだろうか。親族を亡くした者たちは、愛する人たちが死んだ本当の理由を知って、心が晴れるだろうか。病という理不尽な急死を、更なる理不尽な死因と入れ替えて、彼らは救われる? 否、悲しみは深まるのではないか。
きっと教団や神々への信仰心も揺らぐことになる。教団や神々の方針は別問題としても、信仰心は人間の精神を安定させる重要な役割を担う。失えば、この町はこの先どうなる?
(頭が爆発しそう……)
ミスリアは肩を落とした。間違いなく自分は政治の類に向いていない。
(でも神父様の邪な名誉欲は満たされたままだから、やっぱり真実を隠すのは間違ってるんじゃないかしら?)
悶々と思考を巡らせるけど、答えが出ない。
「公にならずとも誰かがこうして追い詰めさえすればそれでいいと、僕は考えていました」
静かに、カイルが話を続けた。
「叔父上に良心が残っているのなら、一生消えない罪の意識が付いて回ります。良心が残っていないのなら、それこそ止めなければなりません。おそらく似たようなことを、過去にもしたのですから。以前は流行病などではなく、魔物を意図的に呼び寄せるなどしたそうで」
「ユカイな神父だな」
そう言って、王子殿下は空を見上げて笑っている。今の話に笑えるような点は無かったはずなのに。
この人は苦手だ、とミスリアはなんとなく思った。
その時王子がミスリアと目を合わせたので、考えを読まれたのかと疑って身構えた。同じ威圧的な視線でも、彼の鋭い藍色のそれはゲズゥの空虚な眼差しと違って総てを射抜いている。ミスリアは背筋が凍ったような、内側から溶け始めたような、言い難い気分になった。
彼は足早に近寄ってきたかと思えば、ゲズゥの隣で止まった。
背を伸ばして身長差を埋め、ゲズゥに何かを耳打ちしている。それが済むとサッと身を引いて離れた。勢いで髪が揺れ、王子の右耳の軟骨にはめられた銀細工のピアスが光って見えた。
ゲズゥは珍しく表情を動かした。しかめっ面をしている。一体何を言われたのだろう。
「聖人、形ある証拠が無くても十分な立場にいる人間が信じれば事足りることもある。私はお前の言い分を受け入れる。この先どうするかは、お前たちで決めろ。私の助力が必要なら町長と話をつけてから乞え」
王子はカイルに向けてそう伝えた。
「私の言い分は? まだ何も弁明していませんが」
「不要だ。人の言葉の真偽ぐらい、見分けられる」
神父アーヴォスが何気なく訊いても、王子は笑ってあしらった。
「タリア」
呼ばれた馬は素直に歩み寄ってきた。乗り手が鞍を掴み、紺色のマントを翻して飛び乗る。流れるような動きにどことなくゲズゥを重ねてしまう。
「悪いが私はそろそろ去る。西部で兄上たちが諍いを起こしているからな。この機会に私はより『王』に近付けるかもしれん。むしろ争う内にほかが全滅してくれれば願ったりというもの」
二人の兄だけでなく、妹姫なども面倒ごとを起こしていてな、と王子殿下は付け加えた。
(カイルが言ってた先王の「条件」が関係あるのかしら。あとで聞いてみよう)
「遠方より有難うございました」
カイルは丁寧に敬礼をした。
「ああ、お前の読み通りだったな。私は旧友に会えそうだと思ったから、わざわざ足を運んだというのも理由の大部分を占めていたが……」
馬上の人となった王子はゲズゥを一瞥し、次に配下を見下ろした。
「そいつはくれてやる。今のうちに捕らえておけ」
「殿下、お見捨てにならないで下さい」
「お前が私に逆らうのか?」
「いいえ! 誓ってそのようなことは致しません」
セェレテ卿は跪いて主に深く頭を下げた。
「なら今は大人しくするんだな。最終的に王都に搬送されれば、或いはまた拾ってやってもいい。父王がお前に与えた騎士の称号と馬はどうしようもないが、命くらいはどうにかなるやもしれん」
「身に余る幸福です……」
彼女は涙ながらに感謝を表した。
随分な忠誠心だわ、とミスリアはぼんやり思った。見たところ、王家ではなく第三王子個人に心酔しているようである。何がそうさせるのか知りたい気もする。
「くくっ、まぁいい。ある意味面白かったぞ」
王子は手綱を引き、馬の向きを変えた。
「重ねて言うが、人は表面しか――己の望むようにしか物事を見ないし、見たがらない。後始末に関しては町長や他の役人たちとよく話し合うんだな」
肩から振り返り、王子が付け加えた。
「また、縁があればどこかで会うだろう」
砂埃が舞い、馬蹄の小気味いい音が遠ざかる。ミスリアは思わず咳き込んだ。
視界がはっきりした頃には王子の姿はもうどこにも無かった。
(全体的に、よくわからない人だったわ)
ミスリアはそういう結論に至った。
傍らのゲズゥを見上げると、未だに複雑そうな顔をしている。「旧友」という関係は、本当なのだろうかと気になった。
「ルセさん、彼女を役所に届けてもらえませんか?」
「いいけどよ。神父さんの方はどうするよ?」
「もう少し話をさせてくださいませんか」
「聖人さんの頼みなら構わんよ。なんなら店使うか? うちのに頼んで開けてもらうといい」
「ありがとうございます。そうします」
さらっと交わされた会話の方へミスリアは注意を向けた。いつの間にか、セェレテ卿も神父アーヴォスも縄に縛られている。二人の縄の続く先を手馴れた様子で手にしているのは役人のルセナンだ。捕らわれた二人は暴れず大人しくしているが、たとえ暴れてもルセナンの腕力から逃れるのは難しいだろう。
神父アーヴォスの縄をゲズゥに持たせ、四人はルセナンの経営する料理屋へ向かった。
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うっそう
2012 / 05 / 21 ( Mon ) |
12.h.
2012 / 05 / 18 ( Fri )
もしかしたら姿かたちが似ているだけの別人だったりするのだろうかと懸念しながら、ミスリアはその人を見た。
黒装束に身を包んだ中肉中背の男性は頭髪が少なく、耳周りにだけプラチナブロンド色の髪が生えている。雲の影に隠れて顔ははっきり見えない。
さく、さく、と砂利と靴裏が接触する音を聴きつつ、顔がよく見えるまでの距離に男性が近づくのを待った。
「おや、皆様おそろいで。騒ぎがすると、角の店の住人が仰っていたので来てみれば……」
にっこり笑う様も、琥珀色の瞳も、髪と同じ色の整えられた顎鬚も、知っている通りの神父アーヴォス・デューセと相違ない。けれど何か、妙なものを感じた。それが何なのかわかろうとして、ミスリアはつい見入った。
(作り笑い……?)
笑顔の内の、細められた目。いつもの優しげな目元が、ほんの僅かに引きつっている。
木の上から二人の会話を盗み聞いたあの時から今までに、抑えていたいくつかの疑問が沸き起こった。カイルの、神父アーヴォスに対する言動も思い出す。そう、最初に忌み地に出向いた日にも、欲望の話をした。
「叔父上、これは貴方からしてどんな状況に見えますか?」
カイルが苦々しい表情を浮かべている。
「さて……」
王子殿下とセェレテ卿を認めて、神父アーヴォスはまず敬礼をした。
「オルトファキテ王子殿下、王都からいらしたのですか? ご足労ありがとう存じます」
「ああ、気にするな」
にやにやと笑いながら王子殿下が軽く礼を返す。すっかり面白いものを観察する目になっている。
「それでこれは、どういう状況なんだい?」
神父はカイルの問いに問いで返した。やはり作り笑いを顔に浮かべて。
「そうですね……」
カイルはまず目を閉じた。数拍過ぎてから開き、周りを見渡した。その目線を追うように、ミスリアも場に集まっている全員を見渡した。中でもルセナンが一番驚いた顔をしていると気付く。
「そこにいるシューリマ・セェレテ卿の悪事の一端に言及していたところです。その件で彼女には共犯者がいたという話になりまして、ちょうど叔父上が現れました」
「だから私が問題の共犯者であると?」
「タイミングよく現れたからといって事件に結びつけるのは安易過ぎますよ。流石にそんなことはしませんって」
白々しい笑い声で、カイルが答えた。彼のこんな声を聴くのは初めてかもしれない。
「ふむ、そもそも何の悪事かな?」
「ラサヴァの疫病騒ぎが仕組まれていたという、信じがたい話です」
「それは確かに信じがたいね」
本気でそう思っているのか疑いたくなるような、わざとらしい言い方だった。
「…………できれば僕は逆であって欲しかった」
カイルは深いため息をついた。
(いつの間に、何の話になったの?)
例によってカイルは話題転換が急すぎる。ミスリアだけでなくルセナンも、ついていけていないような顔をしている。セェレテ卿は警戒心むき出しの表情を、王子殿下はにやついた顔を保ったままで、ゲズゥに関しては確認するまでもなく無表情である。
「セェレテ卿にそそのかされて道を外しただけならまだ良かった。でも、元は叔父上が提案したのですね。僕を殴りつけて拷問などにかけた彼らが洩らしていましたよ。これが事件に結びつける理由の一つです」
「拷問? 話が見えないな」
「疫病騒ぎの首謀者が叔父上だったと言っているんですよ」
「形ある証拠が存在しないならただの言いがかりだね」
神父アーヴォスの笑顔は崩れない。
「某商社が雇われていた金額も聞きましたので、それを上回る額を出せば買収できるかもしれませんけどね。供述を書かせるなどして」
一方でカイルの纏う空気が、普段の彼の秋風のように涼しく爽やかなものからは想像もつかないほど、冷ややかになっている。
ミスリアは両手をそっと握り合わせて、見守るしかできなかった。介入したいとは微塵も思わない。
「なぁ、神父さんの反応。甥っ子にひどい容疑をかけられてんのに、ショックを受けるより罪を否定することを優先してる。全然うろたえてないのも変だ。やっぱり事実か」
ミスリアとゲズゥにのみ聴こえるように、ルセナンが小声で指摘した。
「だろうな。買収より、とっ捕まえて吐かせる方が効率が良さそうだがな。沈黙を守る義理など奴らに無いだろう」
「それは、そうでしょうけど……」
ゲズゥの提案に、ミスリアは渋々賛同した。
「別に僕は、町民のために貴方のしたことを明るみに出そうとか、然るべき罰を受けて欲しいと思っているわけではありませんよ。それは役人方の仕事で」――カイルはちらっとルセナンの方を見やり――「僕はそこまで正義感が強いわけではないんです」
「人は、表面しか見ないものだ。糾弾しても、民は神父の方を選ぶかもしれんな。ものの本質を見つめる人間など稀」
ふいに口を出したのは、王子殿下だった。
「では町民には真実をまったく伝えなくてもいいと?」
ルセナンが王子殿下に訊ねた。
「神父は異動になったとでも言って、連れ去ればいい。行為自体が間違っていようと、もしも真実が明るみに出ることなく済むなら、人々の心の中に残るのは英雄の思い出だけだ。たとえそいつらの英雄が遠いどこかで牢に入っていようとな」
「一理ありますね」
カイルがそう言うので、ミスリアも考えてみた。確かに、余計な混乱を予防するのは統率者として正しい判断に思える。
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