設定画4…?
2012 / 07 / 21 ( Sat ) |
ままさん
2012 / 07 / 18 ( Wed ) クリックで大きく。 えー、久しぶりにえびに絵をいただきました(・∀・) 10でチラッと登場しました昔のゲズゥのママンです。 若く見えるのは女性がそういう生き物だからです(? シャープ美女! (*´д`*)ハァハァ 結構息子は似ている…? 脳内補正w? 数少ないストレートヘア要員。愛でます。 |
14.f.
2012 / 07 / 17 ( Tue )
まともな王子と知り合っていたなら、もしかしたら違った思い出を共有できたかもしれない。
黄昏の頃に国の未来を憂えていた姿やら、理想の王像を語る輝かしい笑顔やら。勿論そういった人物にゲズゥが縁を持てるはずも無いが。
残念ながら命がけの場面での思い出ばかりだからか、まさかその男がどこかの国の王族だなどとはつゆほども思わなかったわけだ。
「……お前の原動力って一体何だ」
その日は巷の縄張り争いが激化したからと、侵入者の掃除にでかけたのだった。何人かで行動していたはずだが、気が付けば二人しか生き残っていなかった。
夢中で闘っている内に周囲が死屍累々になるなど、ゲズゥにとっては驚くような経験ではなかった。そして彼は味方の立場の人間を守ったり手を貸すのも普段からあまりしないので、一緒に赴いた人間に勝手に死なれることも多かった。
だがオルトは生き延びた。
それまでに何度か関わったことはあっても、記憶に残るような関わり方はしていない。
聞いた話だと奴は騎馬戦に強く、白兵戦だと中の下程度の実力らしい。実際に組んでみてわかった。手ぶらでやり合えば十回に九回は必ずこちらが勝つだろう。
「何だ? お前が私に興味を持つとは珍しい。それどころか、自分から喋り出すとは珍しいな、ゲズゥ。頭でも打ったか?」
オルトは倒れ伏せた人間と死体の間を器用に縫って、金目の物を漁っていた。口元が斜めに釣りあがっている。しゃがんでいるため上目遣いになり、藍色の双眸が挑戦的に光る。
――この男は賢い。そして冷静だ。
周りが乱闘を繰り広げる中で、一人だけ冷めた目で状況を分析し、他人を巧く盾に使って立ち回っていた。息が上がっているようにも見えない。
そんな中、時折見せる愉悦の表情は何だったのか。生き延びる事を最優先する自分とは違う何かを感じて、何故だか気になった。
「別に答えたくないなら構わないが」
ゲズゥは顔に付いた返り血を手のひらで擦り取った。
「答えないとは言っていない。そうだな、私を動かすのは好奇心、いや探究心? それも少し違う。私は、自分の限界を試したいのだ」
立ち上がり、オルトは速やかに次のカモを定めた。
「限界?」
「そうだ。誰もやっていないことをやりたいからと、私の望みはそんなモノではない。誰かが既に果たして居ようが居まいが、私自身にそれが出来るか否かが総てだ。行為自体に、意味は無くてもいい。ただ、出来ると、自分に証明したいのさ」
「……変な望みだな」
「ああ、私もそう思う。それも、楽しいのだから仕方あるまい。で、どうだ? 手始めにこの領域の『頭領』に取って代わりたい。私のささやかなクーデターに手を貸さないか、ゲズゥ・スディル」
その誘いに頷いたのが何故かと後に問われれば、オルトに触発されて「楽しそうだと思ったから」と答えるだろう。楽しさを求めて何かをするのがいつ振りだったか、もう自分にもわからない。
どうかしていた。しかし、後悔は生まれなかった。二人だけで始まったその運動は勢いを増し、数ヶ月後確かにその領域はオルトの所有物になったのである。
「私は答えたから、今度はそっちの番だ。お前の原動力こそ何だ?」
「……」
無意識に左目を押さえた。
ゲズゥはそのまま黙り込んで、いつまでも答えなかった。
_______
「……オルトはああ見えて、周りの競争を面白がっているだけだ。自国の王位など本気で欲していない」
数年も会わずじまいで再会してもすぐに名前が思い出せなかった人間のことを、ゲズゥは淡々と語る。
「…………ラサヴァで、耳打ちされたが」
「はい、覚えています。何を言われたんですか?」
ミスリアが訊ねた。
「あの時あいつは俺に、『聖獣とやらは面白そうだな。手に入れてみようと思う』と言った。『割と本気』なら、そのうち行動に出るだろう」
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14.e.
2012 / 07 / 16 ( Mon )
(大陸を手に入れようだなんて、小国の第三王子に出来るわけが無いわ)
一体彼女は何を血迷った事を言っているのだろう。
呆れて何も感想が出ない。きっとゲズゥだって「くだらない」の一言で一蹴してくれるだろう。
けれども前方に立つ彼は何も言わなかった。しばらく経っても、僅かに首を傾げるだけだ。
徐々に不安が、ミスリアの胸中に広がった。
旧友からの誘い、大陸が手に入るという誘惑。ゲズゥが応じる可能性は完全に否定できない。
もしも彼がそれを望むのならば、引き止める言葉をうまく並べられるだろうか。
もともとなし崩し的にミスリアについてきているような印象はあった。護衛を引き受けてくれた理由は未だに聞き出せていない。
(やめて。おいていかないで――)
今度こそ道が分かれる予感がして、ミスリアは両手をきつく握り合わせた。
ゲズゥの返事を聞き届ける勇気を己の中からかき集める。
「それはお前からの勧誘か」
恐れていた肯定の言葉は無く、ただ無機質な問いがあった。
「……何故?」
「オルトは俺にそんなことは言わない」
ゲズゥは差し伸べられた手を凝視している。
「……何だと?」
明らかにムッとした顔になり、セェレテ卿が不快そうに訊き返した。
「俺の忠誠など、望まない」
「――貴様が殿下を語るな! 名を呼び捨てるな! 知り合ったのが先だったからって調子に乗るなよ!」
途端に、セェレテ卿が怒りに任せて怒鳴りだした。そうしていると、彼女が毛嫌いしていたらしいシャスヴォル国の元兵隊長とどことなく似ている、とミスリアは密かに思った。隣のカイルが反射的に身構える。
対するゲズゥは、興味無さそうに肩をすくめただけである。
「……ならば殿下ご自身の望みであれば、貴様は応えるのか?」
幾分か落ち着いてから、セェレテ卿はもう一度口を開いた。ゲズゥの勧誘にオルトファキテ殿下が関与していなかったことを認めるような発言だ。
「いや、別に」
「何故だ? これほど心躍る話は無いだろう。あのお方が如何に素晴らしいのか、貴様なら知っているはずだ。ついていけば満ち足りた人生を得られる。少数派である我々だからこそ」
セェレテ卿は心外そうに熱弁を振るった。地位やお金で釣る気はないらしく、仕えるべき主君の素晴らしさをひたすら推している。
最後辺りの、「少数派」という単語にのみゲズゥは眉を吊り上げるという反応を示した。
「オルトに不満がある訳じゃない。ただ――」
彼は肩から振り返り、ミスリアを一瞥した。黒曜石を思わせる瞳に、思わず心臓が跳ね上がる。
何かを確かめるような、伺うような視線だった。
「――多分、俺はそういう目的の為に、生きていない」
「世界征服よりも世界を救う為、などとくだらない使命感か? いくら命の恩があっても、仕える人間は選ぶものだ」
それはミスリアが仕えるに値しない人間だと暗に仄めかしているようだった。
こちらとしてはゲズゥを自分に仕えさせるつもりでも無いので、怒る気も起きない。
「誰かに従えというなら、それこそがくだらない。俺の主は、俺だけだ」
彼はキッパリと断言した。
(確か、亡くなったお母様が言っていた……)
聞き覚えのある言葉に、ミスリアは納得した。もしかしたら彼は幼少の頃からそれを守り続けてきたのかもしれない。
何であれ、ゲズゥが申し出を受け入れる気が無いのだとわかって、こっそり安堵する。
反論の代わりに、セェレテ卿がゲズゥを睨んでいる。やがてまた、鼻で笑った。
「なら、損をするのは貴様の方だな」
「そうだな」
何の感情も篭っていない返事。
「ふっ、まあいい。実は殿下から貴様への伝言を預かっている。本来の用事は、こっちだ」
そのためにミスリアたち一行を探し出したのであって、某氏への長らく続いた鬱憤を晴らしたのとゲズゥを勧誘したのはついでらしい。
「伝言?」
「そうさ。『私は割と本気だ』――何の意味かは、自ずと知れるだろうと。私にはさっぱりわからんが」
セェレテ卿は腰に手を当てた。主を全面的に信頼しているのか、隠し事をされても欠片も気にしている風に見えない。
「確かに伝えたぞ。私はこれで去ることにする。死体は放っておけ。また、何処かで会うことがあるかもしれんな」
楽しげに言い捨てると、彼女は現れたのと同じぐらいに迅速にその場をあとにした。
残された三人が、顔を見合わせる。
傍には人間の死体が一体と、草を食む馬が一頭。
なんともいえない沈黙が降りた。その沈黙を最初に破ったのは、カイルだ。
「嵐みたいな人だなぁ……。とりあえず、伝言の意味はわかった?」
どこか好奇心の混じる声色で、彼はゲズゥに問いかけた。
ゲズゥは大きく嘆息した。
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(゜д゜)
2012 / 07 / 13 ( Fri ) 書類に溺れています ひゃっはー
今日は健康診断行ってきます。 願わくばコレステロールとか高くありませんようにwww <何気に測ったことない 来週は荷造りですね__orz 皆様、夏風邪などにお気をつけてお過ごしください。 |
14.d.
2012 / 07 / 11 ( Wed ) 「ははははは! 貴様はずっと前から鬱陶しくてならなかったんだ。お互いに自由の身になれた今だからこそ、こうしてやれたのさ」
聞き覚えのある声は紛れも無く彼女のものだ。返事のできない相手に好き放題言い放っている。
ミスリアはこみ上げてくる感情の名を知らない。何故だか息のし方が思い出せない。
今までで人が死ぬ場面にも、生まれる場面にも、立ち会ったことはある。けれども人があからさまに殺される場面は、初めてだった。
(どうしてあの人は、簡単にそんなことをするの。どうして、笑っているの)
訊ねたところで、どんな返答が返ってきても自分に理解できるとは到底思えない。
(ゲズゥなら、殺した後はどういう反応をするのかしら――)
脈絡も無いことを思った。大分混乱しているらしい。
「セェレテ卿、貴女は近いうちに処刑されると聞いたのですが」
口を挟んだカイルの声は普段よりも低く、警戒に満ちている。
「聖人デューセ、残念だったな。私が死人に見えるか?」
彼女はそうして高笑いをした。
「見えませんね。貴女は魔物ではなく生きた人間です」
冷ややかにカイルが答える。
「ならそこの男の仲間に入れてやってもいいが」
「それはしなくていい」
ゲズゥが何でも無さそうに提案したら、カイルが即座に却下した。
ミスリアは目を瞑り、口から一度大きく深呼吸をする。カイルのシャツを握る手の力を抜いた。今度は鼻だけで深呼吸をする。そうしていくらか気持ちが落ち着いたら、カイルの腕の中から抜け出た。
(よく人がいきなり現れる日だわ)
ため息を飲み込み、ミスリアは倒れた男の首から剣を抜く女性の後姿を捉える。奥歯をかみ締め、目を逸らさずに見届けた。
女性はベージュ色の麻のブラウスに群青色の麻ズボンといった、身軽そうな格好をしている。
顎までの長さの、薄茶色の髪は毛先が微妙に揃っていない。――薄茶色?
彼女はこんな容姿だっただろうか?
くるりと、素早く女性が振り返る。
不敵な笑みをたたえている二十代半ばほどの女性は、紛れも無くシューリマ・セェレテ卿だった。
「化粧か何かでそばかすを誤魔化しているのですか?」
カイルが訊いた。
「まあ、そんなところだ。顔を知る人間なら近づけばすぐにわかるだろうが」――彼女は息絶えた元兵隊長を顎で指し――「遠くからはわかるまい。処刑が済み、人々に忘れ去られるまでは、一番の特徴を潰しておけと殿下のご命令だ。染め粉を手に入れるのには苦労したな」
「処刑が済むというのは、貴女の身代わりに立てられた罪無き別人のことですか?」
己の舌から転がり出た言葉と声の冷淡さに、ミスリア本人さえも驚いた。
「さて、別人ではあるが、罪の有無はどうだろうな。何かしら裏のある人物をついでに私に仕立て上げて消すのかも知れん。殿下ならば一つの石で二羽も三羽も鳥を打ち落とすのが常だ」
セェレテ卿は自慢げに答えた。どうやらオルトファキテ殿下が彼女の解放に手を回したのは間違いないらしい。
「それよりも、私はちょうど貴様に用があったのだ、『天下の大罪人』」
剣で空を切り、セェレテ卿が血に濡れた剣先でゲズゥを指した。といっても、剣先は彼より五歩以上は離れている。
「……貴様、『戦闘種族』だろう?」
楽しそうに彼女は笑う。新しい遊びを見つけた子供のようだ。
聞いた事のない単語に、ミスリアは首を傾げた。カイルを仰ぎ見ても、彼の瞳にも疑問符がちらついている。
ゲズゥは、一見何の反応も表していない。ところが剣の柄を握る右腕に力がこめられるのを、ミスリアはしかと見た。
「剣を交えた時に確信した。私の速さについて来られる人間などそう多くない」
「確信したということは、お前もそうか」
抑揚の無い声でゲズゥが応える。
「ほう? とぼけるな、貴様とて私に気付いただろう。我々は互いに互いを認識できる。まさか『呪いの眼』の末裔に戦闘種族の血筋が混じっているとは思わなかったが」
セェレテ卿が鼻で笑う。
(戦闘種族って、呼び方からして戦いに特化した人間のことかしら?)
アルシュント大陸での「人種」とは――血の繋がりによって遺伝する、身体的な特徴を共有した少数派人間を意味する。それぞれを、共有する特徴で括って「何々種族」と呼ぶが、その分類の仕方は結構おおまかである。どれもが呪いの眼の一族のようなわかりやすい特徴を有している訳ではない。
総ての種族で共通しているのは、どれも少数派であることだけだ。そのため、本人たち以外に存在を知られていなかったり、歴史の流れと共に埋もれることが多い。
「――共に来い」
セェレテ卿の次の発言は意外過ぎるものだった。剣を下ろし、空いた手をゲズゥに差し出している。
ミスリアとカイルは目を瞠った。
「殿下に従え! 貴様の実力なら我々にとっては即戦力となりうる。どうだ、オルトファキテ・キューナ・サスティワ殿下の下でゆくゆくは大陸を手に入れようじゃないか」
「無茶苦茶なことを仰いますね」
苦笑交じりにカイルが呟いた。
「別に貴様らは誘ってないぞ。何処へなりとも行けばいい、私は追わない」
セェレテ卿はカイルに向けて、しっしっ、と追い払うように手を上下に振った。 |
14.c.
2012 / 07 / 07 ( Sat )
「ミスリア、少し下がろう。巻き込まれたら困るからね」
ふいにカイルの声がした。
「でも……」
「心配いらないよ、きっと。この場合、周りが見えてる方に分があると思う。その点、彼は十分に冷静だから」
戦闘に関する知識に乏しいミスリアには、カイルの示す理論に異を唱えられない。引かれるままに、馬を下がらせる。ついでにカイルの手を借りて、馬上から降りた。
鉄と鉄のぶつかる音。傍目にもゲズゥよりも筋力の優れた男が、勢いに任せて剣を弾き飛ばした瞬間だった。
ミスリアが息を呑むのとほぼ同時に、ゲズゥは元兵隊長の懐に踏み込んだ。左手で槍を制し、右肘で腹を押さえ込む。そういえば前にも、似たような展開があった。得物を失うとゲズゥはうろたえるどころかそれを逆に利用するらしい。
元兵隊長にできた隙は、短かった。ゲズゥはその内に飛び上がり、相手の顎に頭突きをくらわせた。見るからにかなり痛そうだ。
「がはっ……!」
元兵隊長は呻いた。
普通ならば衝撃で身動き取れなくなりそうなものの、彼は報復に燃える両目を光らせ、後ろに倒れつつも足で槍の柄を蹴った。
「――!」
ゲズゥは声ともいえない呻き声を漏らした。槍の刃がちょうどこめかみ辺りにぶつかったようである。
血飛沫に驚いて、ミスリアは小さく悲鳴を上げた。
しかし斬られた当人は体勢を崩していない。むしろ、体勢を崩した元兵隊長にすかさず踵落としをくらわせている。
「……あんな早業、初めて見たよ」
呆然と感心を表すカイルに、ミスリアは頷いた。
それでも元兵隊長はよく粘る。鎧を着込んでいない分だけ身軽であり、彼は地面から跳ね上がった。
再度槍による攻撃を繰り出すが、それをゲズゥは淡々と避け続ける。まるで、突かれる位置を先読みしているようだ。
「逃げるな! 貴様、なんぞに! この私が! 敗れていいわけがあるか!」
いっそ彼が瘴気でも吐いているかのように見える。急に背筋が寒くなって、ミスリアは身震いした。
「……そうか」
いつの間にまた相手の背後に回ったゲズゥが、興味無さそうに言う。
これもまた早業だった。瞬く間に、あんなにも図体の大きい元兵隊長が宙を飛んでいる。運が悪いのかゲズゥが狙って投げ飛ばしたのか、彼はそのまま小岩に激突した。多少の土やら草やらが跳ねる。
ゴツッ、という音に思わずミスリアとカイルは顔をしかめた。
元兵隊長は岩を背にぐったりしている。タフな彼も流石に動けないのか、口を半開きにして息も荒い。意識はあるようで、瞳は未だに憎悪に燃えている。
「お疲れ。といっても、彼みたいに憎しみに振り回される方が疲れる気がするけどね」
カイルは爽やかな笑顔を浮かべて、佇むゲズゥに声をかけた。
確かに、元兵隊長がぐったりしているのは身体的なダメージだけが原因とは思えない。彼は父親を失って悲しかったのだろうか。それとも家が没落した事で受けた屈辱の方が、大きかったのだろうか。
「嫌味か」
冷淡な返事が返ってきた。
(そういえば将軍さんを殺したのは憎しみからだって言ってたわ)
ならばゲズゥも憎悪に振り回される感覚を知っているのだろう。カイルの言葉が自分に対する嫌味と受け取るのも不思議ない。
「え? そういうつもりで言ったんじゃないけど……」
困ったようにカイルが苦笑いをする。ゲズゥはそれ以上は何も言わず、弾き飛ばされた大剣の回収に向かっている。本気で気にしていないのかもしれない。
「まあそれはいいか。それよりどうする? このまま置いていくのはひどいし、だからといって治癒を施すのも何だか気が進まないな」
「そうですね……」
「気になるなら、近くの人里に捨ててくればいいだろう」
「……君が言うと、段々それが最善に思えてくるのは何でだろうね」
「無責任です! それでは罪も縁も無い人に厄介ごとを押し付けることになります」
「うん。ここまでの執着心、適当に捨てただけじゃあまた追ってきそうだしね」
「では誰かに身柄を引き渡すべきと?」
「そうだね……。ねえ、ところで耳からものすごい血が出ているよ」
「あっ! 私が治しましょうか」
「ほっといても塞がる」
目前の危険が消え、三人とも緊張を緩めて話をしていたからか。
樹の後ろから滑り出てきた新しい人影への対応が遅れてしまった。
勿論、最初に気付いたのはゲズゥだった。彼が目を細めたことに、次はミスリアが気付いた。あろうことか彼は何の行動にも出なかったので、視線の先を追うだけにした。
人影は元兵隊長の横に立つと、長く細い物を伸ばした。
「シューリマ……セェレテ!? 何故――」
驚愕に彩られた声は、それだけしか言えなかった。すぐに喘ぎ声と、何かおぞましい音が続いた。
何が起きたのか理解した時にはもう終わっていた。
「ミスリア! 見ない方がいい」
カイルに頭を抱き抱えられ、彼の胸に額を押し当てられた。
けれども、既に映像は目に焼き付いている。
シャスヴォル国の元兵隊長の喉元に細い剣が生えていた。
あれでは間違いなく事切れていた。聖気を展開するまでも無い。
ミスリアはカイルのシャツを握り締め、体が震えるのを止めなかった。吐き気を通り越して、頭がぼうっと麻痺している。
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管理人についてのお報せ。
2012 / 07 / 04 ( Wed )
こんにちはー
今する報告でもない気がしますが(笑)、テンションが高いので今のうちにしてしまおうと思います!
この度、甲は引越しすることが決まりました。
なのでしばらく身の回りがバタバタすることかと思います。
およそ一月後に、アフリカに行きます。
はい。
アフリカです。
仕事の都合(?)で半年ほど行って参ります。めっさ楽しみです。
といっても砂漠でなんたらの採集をするとかそういうワイルドなのではなく、首都で地味~にデータ管理をするような仕事になるでしょう^^
ネット環境どころか数日に一回は停電するとか電話がよく切れるとかそういう世界ですが、ブログを更新する程度なら余裕らしいです。
ようつべは見れないそうですが(別に見ませんけどw)
市内に遊べる場所も少ないそうで、かえって執筆が進むかもしれません(ていうかネタとか一杯ありそうね!)
フランス語が錆だらけなのでこのごろがんばって復習しています ははははは
今から支度が大変そうなニオイがします。
でも「ミスリア」も隙あらばがんばります。
こっそり応援していただけると幸せです。うふ。
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14.b.
2012 / 07 / 03 ( Tue )
一人で追ってきて、一人であとをつけてきたというのなら、凄まじい執念である。
それもそのはず。ゲズゥこそがこの人の、偉大なる将軍だった父親の、仇だと言う。
国境で交わされた会話を思い出してミスリアは吐き気を催した。それを押さえ込むため、口元に手の甲を当てた。
――大丈夫? との、カイルの気遣わしげな目配せに何とか頷く。
「貴様が父上を惨殺してからというもの、我が一家は没落の一途を辿り続けた。公開処刑が決まり、貴様さえ死ねばようやく立て直せると思った――だが貴様は生き延びた。しかも、無事に国外に逃れたという! あれから我が一家がどれほど笑いモノにされてきたのか、わかるまい! 聖女、貴様とて同罪だ!」
元兵隊長は、瞬間的に矛先をミスリアに変えた。長い槍の刃が煌いたのは、恐怖でそう見えたからなのか実際に光を反射していたからなのか、わからない。彼の一突きが届くような距離にいなくとも、ミスリアは体が強張った。
「役職を辞してまで国境を越えたのはひとえに復讐を果たすためだ。今日は逃がさぬ。貴様ら全員の屍を踏み躙るまで、私は止まらない!」
鬼気迫る様子で元兵隊長は叫ぶ。
「言い訳をするなら今のうちだ。したところで、もっと無残に殺してやるとも」
元兵隊長は今度は大きく体を揺らしながら笑った。
もはや彼には常識が残っていないのだろう。「天下の大罪人」はともかくして、聖人や聖女にまで死の脅迫をしていいものではない。
ゲズゥは、つまらなそうにため息をついた。そして元兵隊長の方には目もくれずに、何故かこちらを伺っている。
一度瞬くと、ゲズゥは復讐を唱える男と再び正対した。
「何を言い訳しろと。アレを殺したのは元は従兄との約束がきっかけで、いわば村の仇討ちであっても、結局は俺が自分自身の憎しみに基づいてやったことだ」
そう話すゲズゥが、いつもの無機質な話し方と違ってひどく面倒臭そうなのが印象に残る。
従兄との約束とはどういうことだろう。村の仇討ちだったならば、かの将軍は村を崩壊させた実行犯の一人であったと?
疑問を抱きながらも、ミスリアはゲズゥとのとある会話を思い出していた。
『俺は生きるために必要なら他者を喰らう。生存本能に倣って』
『――今までが全部そうだったとは言わない』
村の仇討ちのため。
それは即ち復讐心と憎しみに駆られて、生きたままの将軍を苦しませて殺したと。親類縁者の復讐のためといってもそれは非道な行いであり、果てしなく間違っている。
(でもそれが人間っぽく思えるのは、どうしてかしら)
何を根拠にそう思うのか自分でもよくわからなくて、ミスリアは首を傾げた。
生き物の命を奪うという行為は、何よりの至悪であるはずなのに。拷問にかけるなど、もってのほかだ。
「黙れ! 下種が――」
元兵隊長は顔を紅潮させて、益々激昂した。
「お前が俺に復讐するのはお前の勝手だ。そこで返り討ちにするのは俺の勝手だ。そうなっても恨むなよ」
あくまでゲズゥは冷静に告げる。
彼は手首を巡らせ弧を描き、剣先を鞍上の男へ向けた。
「……ミスリア、お前は殺すなと言うのだろう」
体の向きを変えずに、ゲズゥは静かに問いかけた。
「はい。お願いします」
ミスリアはできるだけ毅然として答えた。傍らのカイルを瞥見すると、彼は励ますようにただ微笑んだ。
「わかった」
短い返事の後、ゲズゥが地面を蹴る。傍観しているこちらの目では追えないほどに速い。
見事な瞬発力をもってして、彼は相手の背後に回った。樹の幹を足場にしている。
元兵隊長が慌てて槍を回転させるが、ゲズゥは姿勢を低くして槍頭をかわした。次いで飛び出し、大剣の柄で馬の後ろ足を殴った。
白馬が嘶き、咄嗟に逃げ出す。乗り手が振り落とされるのを狙って、ゲズゥが剣を薙いだ。
元兵隊長は槍の柄(え)部分で刃を受け流した。地面に槍を突き立て、それを支えにして後退した。その内に体勢を立て直している。
すぐ後の攻防で彼は勢いを付け、僅かにゲズゥを押している。しきりに何かを叫んだり、吼えたりしながら。
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14.a.
2012 / 06 / 30 ( Sat )
「ミスリア、絶対に聖女になってはだめよ」
彼女は強い口調と硬い表情で言った。自分が、聖女になる目標を嬉々と話した直後だ。
「どうして……?」
そんな反応をされると思っていなかったから、喜んでくれるとばかり思っていたから、ミスリアは悲しくなった。
それが顔と声に出たのだろう。その人は、ミスリアの目線の高さに合うよう膝立ちになった。
優しい手に、そっと両肩を掴まれた。
「ごめんなさい。いつか、あなたにもわかる時が来るわ」
その人は泣きそうな笑顔を浮かべた。見ているこちらが泣きたくなる。
「わからないよ、おねえさま」
「今はそうでしょうね」
姉はそう言って抱きしめてくれた。
「いいからお願いよ。聖女にはならないで。幸せに、なってね」
抱きしめる腕に力が入った。
それでも、ミスリアは是と約束できなかった。
肩に落ちた熱い滴が姉の涙だとわかったのは、もう少し後のことだ。
_______
姉が家を出た日の夢を見るのは、久しぶりだった。昔はもっと頻繁に見たかもしれない。
(まるで聖女になったら幸せにはなれないみたいな口ぶりよね)
今でも姉の言葉の意味が見つからない。
ミスリア・ノイラートは出かける支度を手伝いながらぼんやりそんなことを思った。携帯食の入ったこの荷物を馬につけて最後だ。
今朝も曇天である。
雨が降ろうものなら進みが今より遅くなるので、心配だ。
心配事といえば、昨夜通りかかった気配の話をカイルから聞いている。結界を解いた瞬間に襲って来ないとも限らないので、朝から慎重にもなる。
隣でゲズゥが背中に背負っている剣の柄を片手で握り締めた。警戒に、目を細めている。
「それじゃあ結界を解くけど、準備はいい?」
カイルの問いかけに、ミスリアもゲズゥも頷いた。
短い呪文の後、カイルの手のひらにのった青水晶が淡く光った。次いで、目に見えない隔たりが完全に消えてなくなる。
いきなり物音がして、誰かが凶器を手に飛び掛かるのではないかと身構えた。しかし数分経ってもそんなことは起こらない。
「どうしましょうか」
ミスリアがゲズゥに訊いた。
「気配が無い。とりあえず進むべきだな」
「じゃあ、そうしようか」
カイルも同意し、かくして三人は再び歩き出した。
一時間半ほど進んだら、ちょっとした丘に辿り着いた。丘の上の大きな木の根が歪な形で伸び広がるのを、避けて通るようにとミスリアは馬の手綱を繰る。
あまりに地面と木の根にばかり注意していたからだろうか。右横から現れた影にまったく気が付かなかった。
――ヒュン。
空気が切られる音にはっとして、ミスリアは顔を上げた。
馬が緊張したように嘶き、後退る。
すぐ近くに、銀色に光る平面があった。自分の横顔がおぼろげに映っている。
ミスリアは戦々恐々と、宙に止まったままの大剣の先を視線だけで探った。
すると見事な白馬に跨った、がっしりとした体格の男性が伸ばしかけた腕を引くのが見えた。その腕を阻むために振り下ろされたと思われる大剣の方はまだ動かない。
「…………」
突如現れた三十歳かそこらの男を、ゲズゥが無言で見据えていた。男は舌打ちをして、長い槍を構え直した。
黒いくせ毛と褐色肌。憎しみに支配された眼差しと表情は一度しか見たことが無いけれど、すぐに思い出した。鎧を含まない軽装になっている点だけは以前と違う。
(この人、シャスヴォル国の兵隊長……!)
驚きを顔に出さないように必死に堪えた。
いつの間にか左隣に来ていたカイルを見下ろすと、彼は片手に抜き身の直剣を構えていた。空いた右手でミスリアの乗る馬をそっと宥めている。
「ついにまた、この機会を手にしたぞ」
兵隊長が下唇を舐めた。
以前にも増して、纏う気配は危険な熱を帯びている。
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整理加筆修正のおしらせ
2012 / 06 / 30 ( Sat ) どうも! すみません( ・ρ・)
いつも訪問・拍手・コメントなどありがとうございます。毎日のように来て下さる方まで居て卒倒しそうなくらい嬉しいです (((( *ノノ) キャ で。 本当はこんなことするのは非常~に気が引けるのですが、どうしても納得できなかったので13d-f あたりの切り方を調整しました。13f の最後の方にだけ二文くらい加筆してます。わざわざ読み返すほどでもないかもw 既に前の更新で読まれた方もいるでしょう。13f の一部を14の冒頭部分にして、多少の加筆修正もしています。こちらは見覚えがあるでしょうけど普通の更新のつもりで読んで下さいね (ノ)・ω・(ヾ) では今後はこのようなことが無いように気をつけます! |
13.f.
2012 / 06 / 28 ( Thu )
時折弾ける焚き火を見張っていた。
傍らでは、毛布に包まった少女が安らかな寝息を立てている。
(年頃の女の子に、道端での野宿はできればあんまりさせたくないな……)
眠るミスリアになんとなく微笑みかけてから、カイルサィートは正面にいる長身の青年を見上げた。
程よい大きさの石をどこから見つけ出したのか、ゲズゥはその上に座って瞑目している。腕を組み、右足を曲げて踵を左の膝にのせた姿勢だ。瞑想しているのか寝ているのかは知れない。
どちらでも構わない。言いたいことを一方的に言いたいだけなので、カイルサィートは口を開いた。ミスリアを起こしてしまわないよう、小声を用いる。
「ゲズゥ・スディル、或いは『天下の大罪人』。ミスリアは君が『語られているほど凶悪じゃない』と見ているみたいだけど、僕は少し違う解釈をしている。君は背徳に、何も感じないんだ。祖国にすら見捨てられ、何もかもを奪われた境遇――結果として君が人間として何か欠如しているのかもしれないという話を聞いたけど、実際に会ってみてあながち外れていないと思う」
カイルサィートは目を閉じた。自分の言葉の重さは十分に理解している。いっそ、一方的に言い捨てるだけで終わってもいい。
逆上されて殺されるなら、せめてミスリアが逃げ切れるまでの時間は稼ぐ。
「別に君の生き方が間違っているとか、そういうことが言いたいんじゃない」
彼の生き方自体を全て理解できているなんて思わない。まだまだ気になる点は多いし、誰も他の誰かを全て理解できやしない。そんなものは驕りだ。それでも、他人を理解しようと努力をし続けるべきである。
ふと視線を感じた。
目を開けると、色の合わない両目が炎越しにカイルサィートの姿を写していた。といっても黒い右目はともかく、白地に金色の斑点と縦に細長い瞳孔の左目では、写っているものがはっきりとは見えない。
その双眸は威圧的でありながら静かだった。背筋が凍り、微動だにしてはいけないと本能が訴える。
本能とは裏腹に、不思議と頭では恐れることは無いとわかっていた。出会ってからの時間を思い返せば、簡単に納得できる。彼はむやみに暴力を振るわない。
「……ほら、ミスリアって道端の虫の死骸にでも心を痛めるから……危ういと思ったんだ。君が傍にいて、いつかはそういう意味で傷付くんじゃないかと思って」
「遅い」
低い声が短く答えた。返事をくれるとは思わなかったので少しだけ驚く。
「うん。確か、ミスリアが対話していた最中の魔物を君が豪快に斬ったらしいね? まぁ、相手が生きた人間じゃなかっただけ幸いかな。でも、何だろうね、要するに」
カイルサィートは自分の言いたいことをまとめようと、一息ついた。
「僕はミスリアを信じているし彼女の選択を応援するけど、やっぱり君の方からも少しでも気を遣って欲しい。ということを、頼んだところで聞いてもらえなくても、せめて記憶のどこかに留め置いてくれると助かる」
言い終わると、軽く頭を下げた。
しばらくして頭を上げると、ゲズゥは訝しげな顔をしていた。
(何か皮肉を吐きそうな雰囲気だな)
確かにゲズゥは口を開けている。が、彼が何か言う前に森の方から物音がした。
刹那、ゲズゥの顔から表情が消え去った。
残るのは敵を探す獣の瞳だ。
カイルサィートも、己の吐息を静めた。
最初の音がしてから、二人は動かずにただ待ち続けた。
どれほどの間、そうしていたのかはわからない。
はっきりとした音はもうしなかった。草がふみしめられるような、微かな音なら聴いたかもしれない。
やがて、ゲズゥが興味をなくしたように目を伏せ、剣の柄を握っていた右手を開いた。
「通り過ぎたな」
「……そう」
張り詰めていた息を吐き出した。どの道、結界があるのでどんな敵だったとしても簡単に入り込んだりできなかったろうが、だからといって無視できない。
「狐か何かかな。それとも魔物?」
一定のリズムで寝息を立てているミスリアを眺めながら、呟いた。
「人間」
「え? よくわかったね」
彼には音の大きさや間隔か何かで判断できたのだろうか。カイルサィートに聴こえなかったような音か、空気の揺れか、はたまた臭いのひとつでも感じ取った可能性もある。
「ただの勘だ」
返ってきた答えはあっさりとしていた。ただの勘でいいのか。
夜盗やら賊の類を懸念して、カイルサィートは眉をしかめた。何かしら対策を立てるべきかもしれない、と相談を持ちかけようと思った途端。
ゲズゥが道端に生える樹を登り始めたのである。
考えうる理由としては――見晴らしがいいので危険要素をいち早く発見できそうだからか、それとも単に寝るつもりなのではないかと思う。
「三時間したら起こせ。交代する」
頭上から降ってくる声。見張りの話だ。どうやら登った理由は後者の方が当てはまるらしい。眠気に抗う方法なら多く持ち合わせているので、こちらとしては断る理由は無い。
「わかった。お休み」
樹の上に向かって答えた。
不審な気配を、ゲズゥ・スディルが気にしないと決めたのならこちらとて過剰に気にしても仕方ない。
カイルサィートは日記帳と羽ペンを荷物の中から取り出した。
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13.e.
2012 / 06 / 26 ( Tue )
――主のために行ったらしい所業だというのに、最終的にそのせいで主に切られた女。
ゲズゥは不敵な笑みを絶えずたたえていた女騎士に思いを馳せた。滑稽である。
といっても、オルトはいわば海か空のような、広いような深いようなとらえ所の無い男だ。かつて一年以上と行動を共にしただけに、ゲズゥは直感でわかっていた。
「どうだろうな」
「何が、ですか?」
力なくミスリアが訊く。
「……あの女に利用価値を見出す限り、オルトは多分そいつを助ける」
「どうやって?」
ある程度抑制しているとはいえ、聖人の目は興味深々だ。
「顔や背格好が似た人間を代わりに処刑すればいい」
「そんな――」
「あの男はそれくらい何とも思わん」
ますます気分が悪そうなミスリアに構わず、ゲズゥはまた歩き出した。
オルトが女騎士に対して見出した利用価値に関して、あの女と刃を交えた時からゲズゥには密かに思うところもあった。しかしそれを理解できない相手に教えても無益だ。 食べ終わった林檎を森の中へと投げ捨てた。
トスッ、と落ちた瞬間の控えめな音がする。その衝撃か音に驚いたらしい小動物が、ガサガサと逃げ回る音が聴こえる。
そういえば聞きそびれたことがあると思い出して、ゲズゥは歩く速さをゆるめて背後の聖人を振り返った。
「うん? どうしたの」
すぐに気付いて、聖人の方が声をかけてきた。馬上のミスリアもこちらに注目している。
「夜の魔物をどうしのぐ気だ」
ゲズゥはミスリアと聖人の二人に問題提起をした。まさか夜通し移動を続けるつもりは無いだろう。しかも小さな村が点在しているとはいえ道から大分外れてしまうため、宿泊先を探すより野宿の方が手間が少ない。
野生の動物は炎などで近寄らせないなどと対策は立てられるものの、魔物除けに効くのは「結界」といった術だけのようだ。それらの類は専門家こそがどうにかすべき問題である。
そうでなければ、交代で寝ずの番をするしかない。
「カイル、考えがあると言っていましたよね」
ミスリアは聖人の方へ視線を向けた。
「そうだね。例の水晶をまだ持ってる?」
「はい、ここに」
ミスリアは懐から何か小さな袋を取り出した。細い指で引き紐を解いている。
「村の封印が解けた時、空から降ってきた石のようなものを覚えていますか? これがあの時の水晶です」
覚えている。空が歪んだかと思えば一点の石に収まった、という不思議現象。あの時は母を見送った直後であっただけに深く気に留めなかった。
こちらからも見えるように、ミスリアが手のひらを差し出す。
水晶といえば面の多い宝石みたいなものを想像した。ところがミスリアの手のひらにのっている青みがかった透明のそれは飾り物の石みたく、滑らかだった。人の手によって磨かれたものに思える。
ゲズゥは今まで生きた年月の間にさまざまな石を見てきた。見た目で似ているのはガラスの小玉辺りだが、この青水晶は何かが根本的に違う。何がとなるとはっきりとわからない。どうにも教団やら聖気がらみとなると曖昧な感想ばかりになってしまう。しかし、近づいて確かめたいほどでもない。
「これを使って簡易式の結界を練るんだけど。聞く?」
理解できるかどうかあやしいが、いつかは生きるために役に立つ知識となるかもしれないという可能性を検討してから、頷いた。
前を向き直り、歩き出す。背後からゆるやかな馬の蹄の音と聖人の声が続く。
「今は込み入った説明は省くよ。即ち水晶とは、とある何かを別の何かに『繋ぐ』のをより簡単にする、媒体なんだ」
聖人は軽い調子でそう始めた。
端から理解の範疇を超えているが、ゲズゥは何も言わないでおいた。道端の倒木を踏んで、ひとり先頭を黙々と進む。
「村の封印の要だったのはこの水晶で、核の魔物が消えれば封印も解けるように二重に術がかかっていたんだね。封印と魔物という二つの不安定な存在を繋ぐのは難しい。でも如何に高等な術でも既に解けた今では、この水晶は空白状態に戻っている」
「術が書き込まれていない空白状態なので、私たちが新たな術に使えるわけです」
「そういうことだね。水晶が無くても術を練ることは可能だけど、それだと成功しにくいからね。それで、封印と結界の原理については別の機会に話せばいいかな」
「大体わかりましたか?」
遠慮がちにミスリアが問う。
「…………」
振り返って、頷いた。わかったといえばわかった。
でもこの話はもういい、とも思う。
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ひとりごと1
2012 / 06 / 23 ( Sat ) |
13.d.
2012 / 06 / 19 ( Tue )
「そうだな」
ルセナンは深く頷いた。
「噂だと、睨んだだけで人を呪い殺す力を持った眼って説もあるぜ。どうなんだろうな? あの兄ちゃん、そんなことしてたか?」
好奇心と畏怖の入り混じった目で、ルセナンが訊く。
「いいえ」
頭を振って否定した。ミスリアの知る限りではゲズゥが睨んだだけで相手がどうこうなるなんて現象は起きていない。だからといって、知らないところでそれをやっていないとは言い切れない。真実であれば末恐ろしい能力だ。
「噂は、あくまで噂に過ぎないでしょう。でも貴重な情報を有難うございました」
信じていないといった具合で、カイルが笑んでいる。もとより、俄かに信じられる話でもない。
「それより僕らもそろそろ出ないと。下手すると置いていかれるかも」
ミスリアにしか聴こえないようにカイルは小声で言った。
「え」
一瞬想像して、硬直した。
「冗談。でも、一人で先に行ったとしても余裕で自分で生活できそうだよね、彼」
カイルがあまりに爽やかに笑うので、ミスリアも釣られて破顔した。
「……では、お話の途中ですが私たちはもう行きます。色々とお世話になりました」
二人は揃って会釈した。
「いや、こちらこそ世話になったな」
「お気をつけて。旅、頑張ってくださいね!」
ルセナン夫婦が会釈を返す。そして明るく手を振って送り出してくれた。
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ラサヴァの町での馬の入手は困難だった。数が少なく、値段が高い。そのため、買ったのは一頭だけである。荷物を背につけて、鞍にはミスリアが乗っている。一人で乗るのに不安そうな顔をしているが、聖人が手綱を引いているので問題無いだろう。
町から伸びる一本の道を、旅装姿の三人と一頭は無言で進んでいる。まもなく町から出るため、道のレンガの舗装が途切れ、前方に続いているのはただの土手道である。
談笑が無いのは気にならないどころか、むしろ理想的だった。
背後の二人は料理屋を出てからずっと何か聞きたそうな様子である。言い出しづらいのだろう、時々こちらに視線を投げかけては口を開き、しかしとて問いを形にすることなくまた目を逸らす。
察していながらも思いっきり無視を決め込んで、ゲズゥは歩を進めた。
彼は多少の荷物を腰に提げ、大剣を背負い、片手の林檎を時々かじりながら程よいペースで歩いていた。いつしか周囲の景色は人間の建てた建築物から大地より伸びた木々に切り替わった。記憶の中の周囲の地理・地形を、実際のそれと比べながら、脳内の地図を書き換えている。
この先には森、丘、岩壁、低い山。ミョレンの国境を抜ければ、視界に収まりきらないような高山が現れ、山脈を成す。
国境を抜ける手前で聖人とは道が分かれるらしい。
そこからの行き先への地図はミスリアが持っているが、地図と方位磁石を読んだだけではあの山脈の抜け方を知ることはできない。最後にあの付近へ行った頃のことを、ゲズゥは思い返した。夜な夜な襲ってくる魔物は当然のこと、獰猛な野生動物が居た気がする。山賊などもおそらくまだあそこで縄を張っているだろう。
「……結局、流行り病騒ぎは、全部の責任をセェレテ卿と某商社に押し付けて円満解決に仕立て上げたみたいだね、町長と役人たちが」
ようやく口火を切った聖人が最初に触れたのはラサヴァの話題だった。
「そうですね」
未だになんと感じればいいのか決めかねているような声で、ミスリアが答える。司祭の名誉は守られたということだ。
「商社の人間は牢入りだったり死刑判決になったりしたけど、セェレテ卿は、数日のうちに公開処刑にされるそうだよ。やっぱり、そうしないと元が騎士だから示しが付かないのかな」
聖人が抑揚の無い声で言うと、ゲズゥはぴたりと足を止めた。
振り向けば、ミスリアが血の気の引いた顔になっていた。鞍を掴む手に力を込めたのか、間接が白んでいる。この少女は、敵の立場だった人間の死を聞いても動揺するのか。
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