15.g.
2012 / 09 / 12 ( Wed ) 再び息ができるようになった頃、まだあの音は止んでいなかった。
その上、額を割られた少女の映像が目に焼き付いている。 ミスリアは何とか思考を巡らせようとした。しかしパニックで考えは何一つまとまらなかった。 (なんて――なんて理不尽) (羊って上顎に歯が無いはずのに、あんな牙ありえないわ) (ツェレネさんは若くて夢があったのに。出会ったばかりなのに) ――違う、そんなことを考えている場合じゃない―― 羊頭の魔物は、山羊頭の魔物と似た体の構造をしていながら、胴体は女性だった。ふっくらとした乳房に鮮血が滴っている。 (助けなきゃ。まだ間に合う?) (キモチワルイ) (理不尽だわ) (山羊の方はどうなったの、ゲズゥは無事かしら) ――違う、違う、早く聖気を。 魔物がふと、啜るのを止めた。 緋色の双眸が宙をさ迷い、やがてミスリアの上に焦点を定めた。獣の顔に表情は無いが、何故か笑っているように見えた。 (こわい。死にたくない) (体が動かない) (死にたくない) (助けなきゃ) アミュレットに触れさえすれば聖気は展開できる。幸い、羊の魔物が動きそうな気配は無い。 なのに全身に全神経を集中させても、やはり動けないものは動けなかった。 途方に暮れていたら、聴き慣れた声が耳を打った。 「やめておけ、アレは助からない」 ゲズゥはミスリアの心を読んだかのような発言をした。 (そんな残酷なこと言わないで) 助ける努力くらいするべきでしょう、と抗議しようにも声が出ない。泥沼に浸かっているみたいに体がだるい。 絶望が、見えない錘となって降りてくる。 もう間に合わない。 とっくにそれを知っていた、それでも受け入れられなかった。 否、現実感が無いのだ。吐き過ぎた疲れもあって、熱があるように頭がぼうっとする。目の前の惨状を、呆然と眺めるしかできない。 「のた打ち回っても無駄だ。強くなりたいなら戦え」 ゲズゥが珍しく声を荒げている。 すぐ隣で誰かが咳き込む音に気付いて、今の言葉がトリスティオにかけられていたのだと知った。 ミスリアは目だけを動かしてトリスティオの姿を探し、うずくまる少年を見つけた。肩で息をしながらしきりに呻いている。 「死にたくなければ、動け!」 その言葉を聴いた途端、ミスリアは叩かれたみたいな衝撃を受けた。 泥沼に浸かる錯覚が霧散した。 「何だ! 魔物が出たのか!?」 「ツェレネ!? いやあああああっ」 今になって長老の次男夫婦が家の中から出て、現状にそれぞれ反応をした。気を失った妻を、顔面蒼白な夫が支える。 「どうした!」 周りの家からも、人が出て来ている。ぽつぽつと松明の明かりが増えて、魔物の青白いゆらめきが目立たなくなった。 (このままでは犠牲者が増える) ゲズゥが山羊の魔物に何度も斬りかかるのを目の端で捉えながら、ミスリアは深呼吸した。脱力している場合では無い。 自分がまず生き延びなければ、誰かを助けることなんてできやしないのだから。 「聖女」ならば、一般人を守るのが当然の役目だ。 ミスリアはその為の術と経験を持ち合わせている。他の誰が怖気づいたとしても、自分だけは最後まで立っていなければならない。 既に失われた命に関しては、ひとまずはもう考えないようにした。 今度は体のどれかひとつでも、動ける部位を探すことに集中した。 そして発見した。 震えがひどいが、何故か左手だけは動かせるようだ。 (お願い、動いて。動け!) 左手の中指の先が、曲がった十字に似た形のアミュレットに触れた。 _______ 山羊男は、思ったよりなかなかにしぶとい。 いくつかの傷口から体液をダダ漏れにしながらもまだまだ動き回る。あの血液だと思っていたモノは本当は奴らにとってさして重要でもないのだろうか、などとゲズゥは考えた。 腕を一本切り落としてやったのだから少しは怯んで欲しいところである。 羊女の方は赤毛の娘を食べている間は大人しくしているだろうと踏んで、ゲズゥは先に山羊男を相手にしている。 今のところ二体ともまだミスリアに興味が行っていないのが救いだが、それも時間の問題だろう。 山羊男は一度雄叫びのような声を出してから、突進し出した。その僅かな間にゲズゥは思案した。 魔物の爪や角も問題だが、何よりもあの足に踏み付けられたらまずい。ゆえに奴の攻撃を避けつついかに隙を誘えるかが今一番の課題である。 仁王立ちになって剣を構え直したゲズゥは、にわかにあることに気付いた。 茂みの中から集落の民が何人か、鍬や鎌などを持ってこちらへ近づいている。 勇敢で結構だが、動きを見る限りは皆まるっきりの素人のようだった。これでは、惚れた女の死を目の当たりにして使えなくなっているそこのガキよりも足手まといかもしれない。 ――いや、逆に利用できるとすれば。 何か名案に辿り着ける気がしたが、もう山羊の角がすぐそこまで迫ってきているのでやめた。 ゲズゥは左下へ跳び、剣を薙いだ。そうして、魔物の前足を刃で捉え、切り離した。 馬であれば、そのまま地面へ崩れたことだろう。だが期待外れなことに、そうはならなかった。 山羊男はいつの間にか新たな、しかも前よりも明らかに倍は長い、腕を生やしていた。その腕を地面に立てて体勢が崩れるのを防いだ。緋色の目以外は何も考えていないような寝惚けた顔をしているのに、それくらいの知能はあるということか。 ゲズゥは畳み掛けに攻撃をしようとまた構えた。ところが山羊男はものの数秒で無くなった足を再生し、振り下ろされる剣をかわした。 まったく魔物と言うのはデタラメで面倒な存在だ、とゲズゥは舌打ちした。 |
15.f.
2012 / 09 / 11 ( Tue ) **注意**
珍しく注意喚起をします。 今回は今までより突き抜けてグロイ描写がありますので、心してお読みください。 _______ 本来ゲズゥのような接近戦に特化した人間は、魔物狩りに向かない。 魔物と対峙する時の戦法は、まず中距離または遠距離から攻撃を繰り出し、対象を弱らせるか拘束してから、接近して止めを刺すのがセオリーだ。そして常に二人以上のチームを組んで連携するのが理想だ。 (でも魔物が怖くて護衛を頼んだんじゃないから……) そうだったならば普通の魔物狩り師を雇っていた。 個人的な興味も混じっているとはいえ、わざわざゲズゥ・スディルこと「天下の大罪人」を探し出したのには違った理由がある。 これまでの旅で誰もトリスティオと同じ指摘をしなかったのは、きっとミスリアがいずれ供を増やすだろうと想像していたからに違いない。 ミスリアも、せめてあと一人は増やしたいと考えてはいる。 (残念ながら、そんなアテなんて無いけど) 協調性に乏しいゲズゥが誰かと組むのを嫌がったりしないだろうか、とも思う。たとえゲズゥが平気だとしても、どちらかというと相手の方が嫌がるかもしれない。 カイルはああいう温和で立ち入り過ぎない性格だからか、何の衝突もなく三人で旅ができた。果たして他の人間を仲間に迎えてそううまく行くかどうか。 「今までは彼一人だけでも十分でした。けれどもそれも運が味方しただけかもしれませんし、道中にいい人材に出会えたら勧誘しようと私も考えています」 嘘は言っていないけれど、ミスリアにとっては実現性の低い話である。 「そうっすね。飛び道具を扱う魔物狩り師はやっぱり必須でしょう」 その返答に納得したのか、トリスティオは深く頷いた。 「トリスの弓みたいなー?」 ツェレネが首を傾げて無邪気に問う。 「おれの腕じゃまだ旅は無理だって。大体、皆を置いていけるかよ」 「うん、置いてかないでね」 「何だその言い方」 えくぼを浮かべてツェレネが笑うと、トリスティオは頬をかすかに紅潮させた。 ミスリアが手元のハーブティーの甘い香りを嗅ぎながら「仲が良くていいなー」、みたいな感想をぼんやりと思い浮かべていた、その時。 蒸し暑いとも言えるような夜を、不似合いに冷たい微風が吹き抜けた。 その風に乗って、鼻がひん曲がる程の悪臭が届く。 それが何を意味するのかは疑いようも無かった。 テーブルを囲う三人は一斉に立ち上がり、ゲズゥも刀身剥き出しの剣を構えて前へ進み出た。トリスティオがツェレネを自らの背後に押しやった。 虫の声がいつの間にか止んでいて、奇妙な静寂が庭に満ちている。 吐息すら無意識に潜めてしまう。 前方の深い茂みを睨み、ただ待つしか出来ないその数秒が無限に続くように思えた、が。 葉と葉の擦れ合う音がした。 茂みの奥から、緋色の双眸が燃え盛る。 原始的な――捕食者に睨まれた獲物の――恐怖を制御するため、ミスリアは奥歯を噛みしめた。 前方の茂みから巨大な影が飛び出たのとほぼ同時に、トリスティオが弓に矢を番えた。 現れ出た異形のモノの左の眼球を、彼の矢が的確に射抜く。 魔物は、聴くに堪えない絶叫をしつつ仰け反った。 蝋燭の炎に照らされるソレは山羊の頭に人間の男の胴体と続き、そして下半身は山羊の毛並みに覆われた、馬を思わせる体躯をしていた。 両手にはそれぞれ指が三本しかなく、黒い爪が恐ろしく長い。 魔物が体勢を立て直しては地面を蹴るが、右の掌と左肩に次々と矢が刺さる。半人前と自分では言っていても、トリスティオは十分に戦力になった。 痛みに悶える魔物を一刀両断すべく、ゲズゥが迅速に接近している。 彼が残る一歩を踏み込んで大剣を振るうだけで、この緊迫した場面も終わる。 そんな風に後方の三人が安堵した、瞬間。 ゲズゥが踏み留まった。 素早く振り返った彼は大きく目を見開いている。 斬るべき敵を目前にして一体どうしたというのか―― ――ゴキッ。ギィッ。 何かが噛み砕かれる音と、何かが抉じ開けられるような音が背後から連続して響いた。 そのどれもがひどく鈍いものだった。 「え?」 ツェレネの突拍子も無い疑問符に、ミスリアも振り返って、そして。 総ての言葉を失った。 全身から力が抜けて、地面に尻餅をつく。 五感からの情報が巧く噛み合わなくて、場に対する飲み込みもまたちぐはぐになる。 今日までに、人間の頭蓋骨が開かれる図など見たことが無かった。 赤毛の美少女だったはずの彼女は足が地面から浮いていた。 美しい目や口や鼻から溢れ出るナニカ。 彼女の脳天に長い牙を立て、両手の爪でそれを果実にするように開き、中身を啜る羊頭の異形。 それはそれは大きな音を立てて、夢中で啜っている。 ――生きた人間の脳髄を。 理解した途端、胃の中の物が喉を逆流した。 |
15.e.
2012 / 09 / 09 ( Sun ) 親しげに呼ばれたトリスティオも一度だけ手を振り返す。
どこか照れているように体を強張らせているが、口元は確かに笑っている。 「おー、レネ。元気か」 「私はいつも元気だよ? それに昨日も会ったじゃない」 「そういえばそうだったな」 照れ隠しのためか、彼は黒い巻き毛の前髪を指先に絡めている。 「変なの。それで、見回りどう? 何か居た?」 「や、居たら騒ぎにしてるって」 「じゃあトリスも一緒に食べようよ。魔物居ないなら外でもいいよね」 ツェレネが笑顔で誘う。ツェレネの両親はというと、仕事で疲れているから屋内で食べるらしい。 「それは……」 トリスティオは気遣わしげな視線を向けてきた。客であるミスリアたちに遠慮しているのだろう。 「是非、私からもお願いします」 ミスリアが微笑みを返すとトリスティオはしばし考えるような素振りをし、頷いた。 (何か聞けるかもしれないし) こんな誘い方はずるい気もするけれど、かといって急に「この集落の諸々の事情を聞かせて欲しい」と詰め寄っても不自然である。 一同は裏庭のテーブルの席に腰掛け、食卓を整えた。ティーセットを並べ、皿とスプーンを配り、プディングを盛り付ける。 当たり前のように、ゲズゥだけが離れた位置の樹に寄りかかって立っている。 「ツェレネさんはお料理が上手ですね」 「ありがとうございます。でも聖女さまの奇跡の力の方が凄いですよ」 「それは、凄いのは私ではなく教団の教えです」 「謙虚っすね」 三人はブレッドプディングとハーブティーを楽しみ、しばらく雑談をした。 頃合を見て、ミスリアはさっきと同じ質問を繰り返した。 「それでトリスティオさん、巡回をしていたというのは?」 訊かれて、彼は目を瞬かせた。やや垂れ気味の目に、森のように深い緑色の瞳が揺れる。 「トリスティオさんは魔物狩り師なのですか?」 ミスリアは質問を変えてみた。 「まさか。確かに、ついこの前までココに住んでた魔物狩り師に師事してたんっすけど。おれはまだまだ半人前で、教えてもらえてないことも多くて」 「彼らは王都に発ったんですよ」 ツェレネが付け加えた。 「ミョレン国の王都のことですか」 ティーカップを口に引き寄せながら、ミスリアは確認した。 「はい。二人のうち一人は王子サマに呼ばれて、もう一人は聖人サマの旅の護衛に指名されたって言ってたっす」 それらの時期が重なった所為で、集落は今は魔物狩り師が不在という状態になったのだと言う。 「王子って……第三王子ではありませんよね?」 なんとなく背中にゲズゥの視線を感じながら、ミスリアは訊ねた。 「第一じゃなかったかしら、ねえ」 ツェレネは思い出すように顎に手を当て、トリスティオを見た。 「第一でしたよ。何かあるんすか?」 「いいえ、なんとなくです」 ミスリアは笑ってごまかした。ゲズゥをチラリと盗み見れば、彼はどこへとも無く視線を遠くへやっている。 「それより、ミョレン国に聖人の呼びかけがあるんですね」 教団との関係が芳しくない国なのに、意外に感じる。 「すっごい強い人ですから、いろんなトコから声かかってたんすよ。こんな辺境でひっそりと鍛えてただけなのに、いつの間にか噂が広まっちゃって」 トリスティオは師のことを誇らしげに語る。ツェレネもうんうんと頭を縦に振って同意している。 「なるほど」 「方々からの話を聞いてて、一番ついて行きたいと思った人を選んだって言ってました。やー、おれもいつかはああなりたいっす」 「頑張ってください。きっとなれます」 ミスリアはそっと微笑んだ。 ツェレネにも励ましの言葉をかけられ、トリスティオが照れくさそうに笑う。 その後続いた会話は、あまりミスリアの耳に入らなかった。 (また、夢を追ってる人……それにその聖人様も立派だわ) 自分は、人がついて行きたいと思えるような人間では決して無い。 そんな方法では人を集められないし、むしろ考え付きもしなかった。 心のうちに広がる暗い波を自覚して、ミスリアは焦燥感を覚える。 自分の良さを提示して呼びかけた訳でもなければ、潜在的な何かで引き寄せた訳でもなく。 (私は) また、斜め後ろのゲズゥを盗み見る。今度は気付いて、彼が視線を返す。黒い瞳には何も映らない。 (死ぬ間際の……実質、追い詰められていた人を) 他に選択肢の無い人間に半ば押し付けるような形で取引を持ちかけた自分は、間違っていたのかもしれない。 意図して打算的な方法を取ったんじゃない――なんて、説いた所でただの言い訳である。 「――は、一人だけなんすか?」 「はい?」 トリスティオに何か話しかけられている。ミスリアは悶々とした物思いから抜け出た。 「聖女さん、護衛は一人だけなんすか? 普通、聖人や聖女の旅は最低でも魔物狩り師が一人、戦士や兵士が二人は護衛についているって聞いてたんすけど」 「はい、普通はそうですね」 なんて的を射たことを言うのだろう、と内心では苦笑しながら、とりあえず同意した。 |
15.d.
2012 / 09 / 03 ( Mon ) 「ところで聖女様」
「は、はい。何でしょう」 ツェレネに話しかけられ、ミスリアは視線を移した。 「デザートは、何が食べたいですか!?」 青く澄んだ瞳がぐいっと近づいて来る。それがとてつもなく重要な問題であるかのように、彼女は興奮している。 「え、えーと」 ミスリアは自分よりも背の高い美少女に気圧されていた。 間近で見るツェレネは羨ましいくらいに可愛い。顔のパーツは形もバランスもよく、小顔で輪郭は柔らかい。鮮やかな赤い髪が色白の肌に冴え、長い睫毛まで綺麗な赤だ。 「たとえばパイとブレッドプディングのどちらがいいでしょう」 「で、ではブレッドプディングでお願いします」 「はい、すぐできますからね!」 満面の笑顔でツェレネは請け負い、足軽に台所へ向かった。ミスリアが食器の片付けや洗い物を手伝おうとすると、客人は何もしなくて良いと家主は言う。 そう言われれば仕方ないので、ミスリアは玄関先に出た。そこのベンチ型ブランコにそっと腰掛ける。ぎぃい、と木製ベンチの軋む音が響いた。 昼間よりも空は晴れ、星の煌きが見えつつある。湿気が多いのか、ベンチがどことなくべた付いている気がする。 薄闇の中には四角い家と、道を行き交う人間の姿があった。 (魔物は現れていないようだけど……) 胸騒ぎはおさまらない。やはり長老の次男に問い質した方が良かったのだろうか。何故、魔物狩り師が一人も居ないのかを。 ミスリアはブランコの鎖に手をかけ、ゆったりとベンチを揺らした。キィ、キィ、と鎖の軋む音がする。 右を見上げれば、ゲズゥがいつの間にか隣に来ていた。 彼は手に持った皿一杯の食べ物をみるみるうちに食べ尽くしていった。 何だか緊張感が無い――そう思った途端、目が合った。 「羨ましそうに、あの娘を見ていたな」 静かに彼は言った。食べ終わった皿を地面に置いている。 その言葉に、ミスリアの心が揺れる。 「そんなことありません」と否定するべきか、「よくわかりましたね」と肯定するべきか。 嘘のつけないミスリアは、諦めて頷いた。 さて、ツェレネの何が一番羨ましいのか絞ると――あの容姿も、家族も、確かに羨ましいけれど。 「……夢、を追っているのが素敵だなぁと思います。眩しいくらいに」 同じように静かな声で、ミスリアは本心を語った。 「…………」 ゲズゥの黒い右目は探るように細められている。こちらとしても何故か目を逸らせない。 (そう思う私が変なの?) ミスリアには夢と言えるような夢は無い。顔を輝かせて他人に話せるような、そんなモノは。 今の自分を形成しているのは美しい未来への期待などではなく、たった一つの果たさねばならない目標だ。使命と呼んでいいのかすらわからない。当然、果たした後のことも考えていない。 しばらく、二人は無言で見詰め合った。 ふと、ゲズゥは何かに気付いたように目を見開き、頭を巡らせた。 思わずその視線の先を辿ると、そこには人影があった。足音が静かだったせいか、存在に気付けなかった。 「こんばんは」 人影は軽く会釈をした。声変わりを経ても、まだ少年っぽさの残る声だ。 「こんばんは」 ミスリアはベンチに座ったまま、礼を返した。 少年は通り過ぎるのかと思いきや、どういうわけか彼は一直線に歩み寄ってくる。 玄関の灯りに映し出された顔はゲズゥよりも年下の十七か十八くらいに見える。長袖のシャツに革のベストを着ている。 彼もまた、広場では会わなかった人間だ。 「確か、旅の聖女さんっすよね。自分はトリスティオと言います」 少年はもう一度会釈した。肩には弓を、背には矢筒を持っている。 平均的な成人男性より背が低く、多分ツェレネと同じか少し高いくらいだろう。 「はい。ミスリア・ノイラートと申します」 ブランコから降りて、ミスリアはスカートを広げる礼をした。 「彼は私の護衛を務めるスディル氏です」 ゲズゥをも紹介し、ミスリアは振り返った。 するとゲズゥは無表情に、トリスティオと名乗った少年を眺めている。 (何か興味を引くものを見つけたのかしら?) 「……なるほど、よろしくっす」 一方でトリスティオは食い入るようにゲズゥを見上げている。 「なんか、メチャクチャ強そうっすね」 独り言とも感想とも言えないような呟きを漏らした。ゲズゥの体格を見ているのか、装備を見ているのか、それとも雰囲気からそう感じているのかは判断できない。 「そうですね」 うまい返し方が思い付かないので、ミスリアは無難に笑って答える。 「トリスティオさんはこの家に何か御用があるのですか? 皆、中に居ますけど」 「あー、いえ。巡回のついでに顔見せようかなーと思ってただけっす」 「巡回ですか?」 何か重要なことを聞いたような気がして、ミスリアは訊き返した。答えが聞ける前に、玄関の扉が開いた。 「デザートできましたよ! せっかくですし外で食べますか――って、トリス、やっほー!」 エプロン姿のツェレネは、トリスティオの姿を認めるなり空いた手をぶんぶんと振った。 |
本編100記事達成記念
2012 / 08 / 28 ( Tue ) あれまぁ 近いとはわかってたのにいつの間に。
今日気付いてたった今思い立ったという、超即席書き下ろし番外編ですw 何でか拾い食いのこと考えてたこの頃。 それをネタに掌編書きたかったのでここに載せちゃいます。 ちょっと伏せてる部分もありますがいつか何のことだったのかわかるでしょうw あー それにしても 足の指が謎の虫(姿を見てない)に刺されてめっちゃくちゃ痛かゆい~~ 腫れすぎて怖いわ せめて血を抜こうと思ったけど指の関節辺りだから難しくてw う~~~~ 二度とサンダルなど履くものかぁああ ↓続きからどうぞ↓ |
15.c.
2012 / 08 / 26 ( Sun ) 「神話ですか……。今でこそヴィールヴ=ハイス教団が大陸の唯一の宗教集団と広く認識されていますが、その昔はもっと様々な信仰があったそうですよ。それぞれの団体が崇拝する神の名の下、大勢の人々が争い合うほどに」
口元にかすかな笑みを浮かべて、ミスリアがそう語った。多少は気が紛れているらしい。 「ところが百年前にとある人物によって統一されて――」 「すみません」 ふいに戸がノックされ、話はそこで切り上げられた。 「お夕飯できましたので良かったらどうぞお召し上がりください」 言われてみれば、何かの煮物の濃厚な香りがここまで届いている。 「有難うございます。今行きますね」 そうして赤毛の少女が誘うままに、ゲズゥとミスリアはダイニングルームへ向かった。 _______ 階段を降りる途中で、ミスリアは思わず立ち止まった。 さっきからずっと胸の奥がざわついている気がしてならない。 「何だ」 背後から聴こえてきた低い声は普段よりもいくらか低くなっている。流石、気付くのが早い。 「魔物って神出鬼没で一見何もないところから構築されるだけあって、気配を前もって察知するのは難しいんです」 「……いるのか」 ゲズゥはその前振りからミスリアの言いたいことを読み取った。 「わかりません。でも胸騒ぎがします」 ミスリアは服の下のアミュレットを知らず握り締めていた。 「おそらくこの集落に魔物狩り師はいない」 淡々と告げる彼を、弾かれたように振り返る。前髪に隠れていない方の黒い瞳と目が合った。 どうしてそんなことがわかるんですか? と訊ねようとして、結局その言葉は飲み込んだ。広場の中心に居たミスリアには人間観察をする余裕は無かった。しかしゲズゥが歩き回っていたのは知っている。 魔物狩り師というのはぱっと見ただけですぐにそれとわかる。彼らは常に武器を持ち歩き、特に夜が近付くと獣のように鋭い目線で周囲を巡回する。いつどこに現れるか知れない化け物が相手である以上、そうしなければ遅れをとるからだ。その反面、道行く普通の人間には見向きもしない。 見れば、ゲズゥも部屋では下ろしていたはずの剣をいつの間にか再び背負い、腰に短剣を携帯している。 (準備がよくて守られる身としては頼もしいけど、敵に回したらどうなるかなんて、それは考えない方がいいかな……) 背筋が冷たい手で撫でられたような錯覚を覚え、頭を横に振った。 (そんなことより魔物狩り師がいないとなると……この集落に結界は張られてないし、今までどうやって魔物を退けていたというの) 黙々とそんなことを考えながら、食事の席に辿り着いた。 ちょうど長老の次男夫婦が帰ってきていた。二人とも日に焼けて泥に汚れている。彼らは先ほどは広場に居なかったのか、ミスリアにとっては見知らぬ顔だ。俗に言う濃い顔立ちではあるけど、娘と同じくはにかむ時に笑窪が出来て、とても好感を持てる。三人揃って、瞳が空のように青い。 互いに軽い挨拶を交わした。ミスリアらの事情なら誰かから伝え聞いたというらしく、詳しい説明は省けた。 「お父さん、お母さん、お疲れ様です」 長老の孫娘が微笑みながらコップに水を注ぎ、それを両親にそれぞれ差し出す。 「ありがとう、ツェレネ。助かるわぁ」 二人はコップを受け取って一気に飲み干した。 「私だって畑仕事くらい手伝うのに」 「何言ってるんだ。お前は町の学校に行くんだろーが、できるだけ勉強してた方がいい」 「……うん。そうだね!」 短いやり取りを娘と交わした後、二人は着替えに行った。 「さあ! 遠慮なくお召し上がりください。お父さんたちを待たなくていいですからね!」 ツェレネと呼ばれた少女はくるりと振り返った。真っ直ぐな赤い髪がふわっと広がり、ついつい見取れてしまう。 「ではお言葉に甘えて」 ミスリアは椅子を引いて座った。 四角いテーブルに並べられたご馳走が食欲をそそる。パンとチーズ、野菜炒めに鶏肉の煮物。これなら旅の道中に食べていた保存食の味を忘れられそうだ。 「あ、あの……スディル、さん? どうぞ席へ」 ダイニングルームの片隅に立つゲズゥへ、ツェレネが声をかける。ミスリアと一緒に降りてきたはいいが、食事の席に着く気配がまったく無い。 ちなみに身元が集落の人間に知られると面倒そうだからと、ゲズゥのことは苗字だけで紹介しておいた。 「一人分残しておけば彼は後でいただくと思いますから、今はお気になさらないでください」 微笑みながらミスリアが代わりに答えた。ゲズゥが他人と一緒に座って食事を摂りたがらないのにいつの間にか慣れてしまっていたので、他の人がそれをおかしいと思うだろうことを失念していた。 「そうですか……?」 「ところでツェレネさん、町の学校に行かれるんですか?」 やたら残念そうな眼差しをした少女に、ミスリアは違う話を振ってみた。すぐに彼女は我に返り、ミスリアの皿を盛り始める。 「おかしいですよね、いい歳して」 「え? そんなことありませんよ――――と、野菜はそのくらいで十分です、有難うございます」 ミスリアは食べ物の盛られた皿を受け取った。 「まだその資金が貯まってないんです、あとちょっとってところで。私、先生になってここで学校を開くのが夢なんですよ」 ツェレネはぱあっと顔を輝かせた。 「十年前くらい前でしょうか、とある旅の研究者様がここの集落にしばらく留まって下さって、字の読み書きや歴史など色々教えてもらったんです。書物も一杯いただいたんですよ! 私もああいう風になりたくて」 「素敵な夢ですね。きっと叶います」 「有難うございます、聖女様! あ、何かいらないご本とかあったら……」 「祈祷書しか持っていませんけど、それで良ければ差し上げましょうか?」 「いいんですか!?」 両手を合わせて喜ぶ少女を前に、ダメと言うわけが無い。 「はい。私は中身はもう暗記していますので」 ミスリアは懐から小さな本を取り出し、それをツェレネに渡した。何年か前に暗記してあるものを、形だけ持ち歩いていたのである。 (祈祷書でそこまで喜べるなんて凄いわ……) ご飯そっちのけでページを捲っている様子が微笑ましい。 隅のゲズゥへチラッと視線を巡らせてみたら、彼は腕を組んで目を閉じていた。無関心なのは間違いないが、寝てはいないのだろう。 ミスリアはパンを千切り、口に運んだ。硬い外側と柔らかい内側の調和がいい。二口目には、煮物の汁を少しつけてから食べた。鶏肉の旨みが染み込んで、想像以上に美味しい。自分も家事はよくやる方だと思うが、彼女の料理の腕はもっと上かもしれない。 着替え終わったツェレネの両親も戻ると、食卓は更に賑やかになった。食べきれないのに、ミスリアの皿はどんどん盛られていく。 「ツェレネ、お前ももっと食べなさい」 「え~、肉体労働してないのにあんまり食べたら太っちゃうよ」 「年頃の娘が何言ってるんだか。お母さんなんてアンタぐらいの歳じゃあ……」 ミスリアは微笑んで見守っていた。 互いを思いやる家族、そして夢見る娘とそれを応援する両親。幸せな家庭とはこういうものなのかな、としみじみ思う。 確かに昔は自分の家もこうだったはずだけれど、すっかり忘れていた。 (お姉さま) 唇をぎゅっと噛み締めたのを周りに見られないように、ミスリアは俯いた。 視線を感じて顔を上げると、黒曜石を思わせる瞳がこちらをじっと見ている。揺らぐ蝋燭の炎が映っていて綺麗だなと思った。 |
健康男子じゃないよ
2012 / 08 / 25 ( Sat ) |
15.b.
2012 / 08 / 22 ( Wed )
自分らしくない考え事などやめて、ゲズゥは足音一つ立てずにその場を離れることにした。
広場から数えて三軒目の素朴な石造りの家が今夜の宿泊先だ。長老の次男の家だと聞いた。素朴とはいえ集落の数少ない二階建ての家である。
中に入ると、長老の孫娘が台所で一人忙しなく家事をこなしていた。
「ようこそいらっしゃいました」
ゲズゥを認めて、十代後半ぐらいの歳の少女が振り返った。鮮やかな赤い髪を大きなリボンでまとめ、膝丈のワンピースにエプロンという出で立ちだ。ここの他の娘たちに比べると際立って肌が白い印象がある。
「お夕飯でしたらもうすぐ出来上がりますので、くつろいで待っていてくださいね」
はにかむ少女には返事を返さずに、ゲズゥは二階の客室へ向かった。階段を上り始めたところでまた話しかけられた。
「あ、あの! 一晩だけでよろしいんですか? 明日出発と言わずにもう少しのんびりしてからでも……。何もないところですが」
精一杯おもてなしします、と消え入るような声で孫娘が続けた。
一応足を止めていたゲズゥは、話がそれだけだとわかってまた動き出した。
「――本当に! ほんとに、ユリャン山脈を越えるつもりなんですか? あそこは危ないんですよ!」
娘は今度はいきなりわけのわからないことを訴えた。
つもりも何も行路を決めるのはミスリアだ、とゲズゥは割り切っている。彼に主体性が無いという訳では決してない。意見は勿論必要ならば出すが、それでも大抵の決断は委ねる気でいる。この旅はこれで良いと、いつの間にか自分で判断していた。おそらくは命を拾われたあの日に。
やはり答えずに、ゲズゥは部屋の方へ進もうとした。
その時、タイミングよく玄関が開いた。
「山脈の向こうに行かなければなりませんので、仕方ありません。迂回すれば一ヶ月以上は余分にかかります」
入ってきたミスリアがたしなめるような口調で言う。
「……聖女様。そう……そうですよね。過ぎたことを言ってごめんなさい」
「いいえ。お気遣い有難うございます」
しおらしく謝る孫娘に対して更に、ミスリアは宿や食事など色々と世話になることへの礼を言った。ミスリアの方が孫娘よりも年下だろうに殊勝なものだ。
二人の少女をよそに、ゲズゥは二階へ上がった。
狭い客室にベッドが一台あって、その他の家具といえば小さな鏡台が一台だけ。窓もまた一つしかなく、ガラスにも網にも覆われていない。壁には燭台がある。
ゲズゥは背中から剣を下ろしてベッドに背中を預け、床にあぐらをかいた。
「お疲れ様です」
扉が開き、ミスリアが姿を現した。疲れるようなことをしていないのにお疲れと言われるのは変だと思いつつ、
「戻るのが早かったな」
とゲズゥは返した。
広場のあの様子ではまだまだ働かされそうだと勝手に予想していた。
他と隔絶された集落であるだけに、住人は最初こそはゲズゥたち余所者をしっかりと警戒していた。ところがミスリアが聖女という身分を明かした途端に歓迎されたのである。聖女・聖人どころか医術に通じた人間すら滅多にお目にかかれない辺境の地だという。
「はい。『もう休みたいです』みたいなことを言ったら解放して下さいましたよ。そりゃあ疲れてるだろうしお腹も空いているだろう、って長老様の一声で皆も納得しました」
ふぅ、とミスリアは声に出してため息をついた。心なしかふらついた足取りでベッドに歩み寄り、腰をかけた。ゲズゥからは腕を伸ばせば簡単に届く距離である。
「……血って、どうしてあんな色なんでしょうね。もっとこう、瞼の裏に残らないような無難な色であればいいのに」
「…………」
例えば人間の体内から淡い水色の液体が漏れるのを想像してみたが、それはそれで気色悪い気がする。そもそも瞼の色に残らない色というのがわからない。
目を擦るミスリアの投げやりな呟きを聞いて、何かに思い当たった。朝のうちに目撃した男が刺し殺される場面、そしてその死体の有様――臭いごと、否応無く脳裏に焼きつく類の映像だ。一日に何度でも思い出すような。
ゲズゥとてふとした時に思い出すが、そういった場面に既に何も感じなくなって久しい。これでも子供の頃は、生理的な拒否反応やら嫌悪感があった。
「血の色が赤なのを理由付ける神話でもありそうだが、知らないのか」
気を紛らわせられるかもしれないと踏んでくだらないことを訊いてみた。
「あるとしても私は知りません」
苦笑い交じりにミスリアは答える。
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夏だ! 聖女だ!! ミスリアだ!!!
2012 / 08 / 16 ( Thu ) |
入れ替えました
2012 / 08 / 16 ( Thu ) |
15.a.
2012 / 08 / 12 ( Sun ) 首筋を伝う汗を手の甲で拭った。夏らしい蒸し暑さがきっと夜になってから増すだろう。そういう空気の匂いだった。
夕暮れ時の虫の声を聴いていると、何かの催眠術をかけられているような気分になる。短い間隔を置いて繰り返される鳴き声は一度意識すればなかなか消えてはくれず、気が付けば頭の中をそれに支配される。 そろそろ戻ろうと考えて、ゲズゥ・スディルは麓の集落の方へゆっくりと歩き出した。人の出入りが多いのか、はっきりとした道が地面に浮き上がっている。といっても奥深く入るのではなく民家がまだ見下ろせるような距離まで登って、食物を採集する為のものと見受ける。 ゲズゥは集落の広場へ向かって山を降りた。木製の屋根に覆われたそこはさっきからずっと視界の中に入れたままで、山の上からも広場の様子を観察していた。 宗教画や石像の聖女のような慈愛に満ちた表情を民衆に向けるミスリアを眺めて、何故だか釈然としなかった。
彼の目には小柄な少女が愛想を振りまいているようにしか見えないのに、民衆の誰もがまるで神の御前に立ったかのように涙を浮かべて感動している。ミスリアに最も近い位置の老婆が、触れるのもおこがましいとでも思っているのか、白いスカートにおそるおそる手を伸ばしている。
信仰心というものは、よくわからない。
あの盲目さは果たしてどこから来るものなのか。何かに縋りたいと願っていた人間の前にたまたま現れて手を差し伸べれば、お手頃な信仰対象として認識されるのだろうか?
いくら崇め立てようと、あれは生身の人間だ。奇跡の力にだっておそらくは限りがある。
人が王を戴くのと似ているのだろうが、違うのは聖女や聖人には血なまぐさい背景が一切無いことだ。
ゲズゥにしてみれば、宗教という概念は気味の悪い洗脳手段に思える。大衆を操作するために誰かが作り出す物だ。特にどこそこで新しい邪神教が興されたなんて話を聞くと、真っ先にそういう感想が浮かぶ。教団とやらが違うのかは知らない。
「ありがとうございます、聖女さま」
「お大事に」
例によって人の怪我や病気の治癒に勤しむ聖女ミスリアが、柔らかく微笑む。
ゲズゥは音一つ立てずに、広場の隅に滑り込んだ。
どうにも不可解だ。
宗教の象徴とも言える立場のこの少女が、人を洗脳したがっているようには見えない。ならばそれが目当てで聖女という職を選んだのではないのだろう。
では、人を「救う」ことこそが唯一の目的か。
何の迷いも無くそういった生き方を貫けるはずが無いと、ゲズゥは確信していた。純真無垢で居られるのは子供の頃までだ。皆、どこかで人間の不安定さをも併せ持っている。あの司祭がいい例だ。人間は常に善意と愛想を完璧に振りまけるようにはできていない。
もう一つ考えうるのは、ミスリア自身が救われたがっているという可能性だ。宗教に溺れる人間の多くは、他の手段では解決できない悩みを抱えている者だ。
根拠などどこにも無いが、これが一番しっくり来る。
「ヴィールヴ=ハイス教団はなんと素晴らしいのでしょう。山の向こうの輩もこの感覚を知ればいいのに」
目を潤ませて、集落の長老らしい男が熱弁を振るう。
「そうですね」
微笑を崩していないが、その一言を発したミスリアの声はどこか冷たかった。周りの他の人間はうんうんと強く頭を上下させるだけで、気付いていないらしい。
「この力があれば病も減り、そして聖獣が蘇れば世界から魔物が消えるのでしょう? 苦しみがなくなれば人間は皆幸せになれる。仲良く暮らせる。真の楽園が地上に顕現しますよ!」
長老に寄り添う息子らしい男がそう言って拳を握った。
「ええ、そうなるよう努めます」
ミスリアはにっこり笑って頷いた。周囲の人間は感心や励ましの声を連ねる。
知り合ってまだ日が浅いが、今の笑みが本心からではないとゲズゥは直感した。
ああそうか、と何かが腑に落ちる。
彼女にはあの盲目さが無い。友人だというあの聖人にもだ。二人の何かが「違う」と思っていた原因がこれでわかった。
二人とも何かから救われたがっているようでありながら、教団の話をしている時はどこか理性的だった。客観しているような、分析しているような、疑り深さが僅かにあった。
まるで、救われたいのに救われるとは本気で信じきれていないような。だからこそ、ミスリアも聖人も周りに布教しようなどとしないのかもしれない。今のミスリアは熱心に神や聖獣を讃える信徒を前にして、ただ穏やかに笑うだけだ。
信心深さとは別の問題で、教団の教えを総て鵜呑みに出来ない理由があるのだろう。聖気という現象を扱えても、少なくともそれで誰もが幸せになれるとは思っていないようだ。
ならば何故、世界を救う為の旅になど出るのか。何を目指してこの道に人生を捧げたのか。なんとなく、半端な覚悟で旅しているとでもいうのか。
そこまで考えて、ゲズゥは誰にも聴こえないような吐息を漏らした。
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やっと更新しまっせ
2012 / 08 / 12 ( Sun ) 皆様、ご無沙汰(でもないか)!
リアルのゴタゴタとは別に、新章だからかなかなか続きがうまくかけませんでしたが。 なんか…うん。こんな始め方でいいのか…? 不安が拭えませんw 数分・数時間以内に15を載せる予定です。 ところで、読者の皆様はお気づきでしょうが、「ミスリア」は人物視点の三人称で進めています。 (01の冒頭部分だけ神視点) 主にミスリアとゲズゥが中心で、たまに他の人のも入ります。 昔は神視点というか特定の人間に偏りすぎないスタイルだったのですが、数年前からのこだわりでそれはやめました。 なので、あくまで個人の主観で語っています。 主観だらけなので、印象や推測で物事をとらえ、理解しています。 時々間違った認識をしちゃうこともあります。 まぁ、そこら辺の違いは書いている私の技量次第なのであまり主張しても仕方ないのですが(笑 キャラに誤解をさせて進めるより、多分「よくわからない」を引きずる形が多いかも。 そうやって情報の断片を引き合わせて最後には総てがクリアになる物語…かもしれない! 燃えてきた!!! |
さっきのは嘘でした
2012 / 08 / 11 ( Sat ) なんだか非常に意味がわからないのですがパソコンがワイヤレスを探し出しました。
しかしiPodさんは同じネットワークを拾ってもパソのようには繋がれないようです。 ちなみに相性のいいサイトと悪いサイトがあるようで。 何はともあれこれで更新できる!!! |
えーとりあえず
2012 / 08 / 11 ( Sat ) コンゴのネットは電話回線にちょっと毛が生えた程度というか
ホテルの部屋までワイヤレスが届かないというか(笑 残念ながら環境整うまではご無沙汰しますね ひゃっはー 職場のネットはネットワーク内は速いけど外部ウェブサイトへはとんでもなく遅いです。 |
時は満ちた…
2012 / 08 / 05 ( Sun ) いよいよ数時間後に、飛行機に乗り込みますw
Are you excited? とか友達に訊かれても、うーん どうだろー な返事になりますな。 多分ものすごく楽しみにしてるのと同時に、何をイメージすればわからないというか。 不安なのかと訊かれてもそれも違います。 あ、でもフランス語と仕事がうまくできるのかはやや不安w あとは散々注意事項を叩き込まれたので実行するのみ~ な気分w 実感沸かないなー。 とりあえず荷造りや最後のやるべきことをまとめまっせ! 皆さんよい一週間を!!! いってきまーす( `・ω・)▄︻┻┳═一BAN★ |