夏だ! 聖女だ!! ミスリアだ!!!
2012 / 08 / 16 ( Thu ) |
入れ替えました
2012 / 08 / 16 ( Thu ) |
15.a.
2012 / 08 / 12 ( Sun ) 首筋を伝う汗を手の甲で拭った。夏らしい蒸し暑さがきっと夜になってから増すだろう。そういう空気の匂いだった。
夕暮れ時の虫の声を聴いていると、何かの催眠術をかけられているような気分になる。短い間隔を置いて繰り返される鳴き声は一度意識すればなかなか消えてはくれず、気が付けば頭の中をそれに支配される。 そろそろ戻ろうと考えて、ゲズゥ・スディルは麓の集落の方へゆっくりと歩き出した。人の出入りが多いのか、はっきりとした道が地面に浮き上がっている。といっても奥深く入るのではなく民家がまだ見下ろせるような距離まで登って、食物を採集する為のものと見受ける。 ゲズゥは集落の広場へ向かって山を降りた。木製の屋根に覆われたそこはさっきからずっと視界の中に入れたままで、山の上からも広場の様子を観察していた。 宗教画や石像の聖女のような慈愛に満ちた表情を民衆に向けるミスリアを眺めて、何故だか釈然としなかった。
彼の目には小柄な少女が愛想を振りまいているようにしか見えないのに、民衆の誰もがまるで神の御前に立ったかのように涙を浮かべて感動している。ミスリアに最も近い位置の老婆が、触れるのもおこがましいとでも思っているのか、白いスカートにおそるおそる手を伸ばしている。
信仰心というものは、よくわからない。
あの盲目さは果たしてどこから来るものなのか。何かに縋りたいと願っていた人間の前にたまたま現れて手を差し伸べれば、お手頃な信仰対象として認識されるのだろうか?
いくら崇め立てようと、あれは生身の人間だ。奇跡の力にだっておそらくは限りがある。
人が王を戴くのと似ているのだろうが、違うのは聖女や聖人には血なまぐさい背景が一切無いことだ。
ゲズゥにしてみれば、宗教という概念は気味の悪い洗脳手段に思える。大衆を操作するために誰かが作り出す物だ。特にどこそこで新しい邪神教が興されたなんて話を聞くと、真っ先にそういう感想が浮かぶ。教団とやらが違うのかは知らない。
「ありがとうございます、聖女さま」
「お大事に」
例によって人の怪我や病気の治癒に勤しむ聖女ミスリアが、柔らかく微笑む。
ゲズゥは音一つ立てずに、広場の隅に滑り込んだ。
どうにも不可解だ。
宗教の象徴とも言える立場のこの少女が、人を洗脳したがっているようには見えない。ならばそれが目当てで聖女という職を選んだのではないのだろう。
では、人を「救う」ことこそが唯一の目的か。
何の迷いも無くそういった生き方を貫けるはずが無いと、ゲズゥは確信していた。純真無垢で居られるのは子供の頃までだ。皆、どこかで人間の不安定さをも併せ持っている。あの司祭がいい例だ。人間は常に善意と愛想を完璧に振りまけるようにはできていない。
もう一つ考えうるのは、ミスリア自身が救われたがっているという可能性だ。宗教に溺れる人間の多くは、他の手段では解決できない悩みを抱えている者だ。
根拠などどこにも無いが、これが一番しっくり来る。
「ヴィールヴ=ハイス教団はなんと素晴らしいのでしょう。山の向こうの輩もこの感覚を知ればいいのに」
目を潤ませて、集落の長老らしい男が熱弁を振るう。
「そうですね」
微笑を崩していないが、その一言を発したミスリアの声はどこか冷たかった。周りの他の人間はうんうんと強く頭を上下させるだけで、気付いていないらしい。
「この力があれば病も減り、そして聖獣が蘇れば世界から魔物が消えるのでしょう? 苦しみがなくなれば人間は皆幸せになれる。仲良く暮らせる。真の楽園が地上に顕現しますよ!」
長老に寄り添う息子らしい男がそう言って拳を握った。
「ええ、そうなるよう努めます」
ミスリアはにっこり笑って頷いた。周囲の人間は感心や励ましの声を連ねる。
知り合ってまだ日が浅いが、今の笑みが本心からではないとゲズゥは直感した。
ああそうか、と何かが腑に落ちる。
彼女にはあの盲目さが無い。友人だというあの聖人にもだ。二人の何かが「違う」と思っていた原因がこれでわかった。
二人とも何かから救われたがっているようでありながら、教団の話をしている時はどこか理性的だった。客観しているような、分析しているような、疑り深さが僅かにあった。
まるで、救われたいのに救われるとは本気で信じきれていないような。だからこそ、ミスリアも聖人も周りに布教しようなどとしないのかもしれない。今のミスリアは熱心に神や聖獣を讃える信徒を前にして、ただ穏やかに笑うだけだ。
信心深さとは別の問題で、教団の教えを総て鵜呑みに出来ない理由があるのだろう。聖気という現象を扱えても、少なくともそれで誰もが幸せになれるとは思っていないようだ。
ならば何故、世界を救う為の旅になど出るのか。何を目指してこの道に人生を捧げたのか。なんとなく、半端な覚悟で旅しているとでもいうのか。
そこまで考えて、ゲズゥは誰にも聴こえないような吐息を漏らした。
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やっと更新しまっせ
2012 / 08 / 12 ( Sun ) 皆様、ご無沙汰(でもないか)!
リアルのゴタゴタとは別に、新章だからかなかなか続きがうまくかけませんでしたが。 なんか…うん。こんな始め方でいいのか…? 不安が拭えませんw 数分・数時間以内に15を載せる予定です。 ところで、読者の皆様はお気づきでしょうが、「ミスリア」は人物視点の三人称で進めています。 (01の冒頭部分だけ神視点) 主にミスリアとゲズゥが中心で、たまに他の人のも入ります。 昔は神視点というか特定の人間に偏りすぎないスタイルだったのですが、数年前からのこだわりでそれはやめました。 なので、あくまで個人の主観で語っています。 主観だらけなので、印象や推測で物事をとらえ、理解しています。 時々間違った認識をしちゃうこともあります。 まぁ、そこら辺の違いは書いている私の技量次第なのであまり主張しても仕方ないのですが(笑 キャラに誤解をさせて進めるより、多分「よくわからない」を引きずる形が多いかも。 そうやって情報の断片を引き合わせて最後には総てがクリアになる物語…かもしれない! 燃えてきた!!! |
さっきのは嘘でした
2012 / 08 / 11 ( Sat ) なんだか非常に意味がわからないのですがパソコンがワイヤレスを探し出しました。
しかしiPodさんは同じネットワークを拾ってもパソのようには繋がれないようです。 ちなみに相性のいいサイトと悪いサイトがあるようで。 何はともあれこれで更新できる!!! |
えーとりあえず
2012 / 08 / 11 ( Sat ) コンゴのネットは電話回線にちょっと毛が生えた程度というか
ホテルの部屋までワイヤレスが届かないというか(笑 残念ながら環境整うまではご無沙汰しますね ひゃっはー 職場のネットはネットワーク内は速いけど外部ウェブサイトへはとんでもなく遅いです。 |
時は満ちた…
2012 / 08 / 05 ( Sun ) いよいよ数時間後に、飛行機に乗り込みますw
Are you excited? とか友達に訊かれても、うーん どうだろー な返事になりますな。 多分ものすごく楽しみにしてるのと同時に、何をイメージすればわからないというか。 不安なのかと訊かれてもそれも違います。 あ、でもフランス語と仕事がうまくできるのかはやや不安w あとは散々注意事項を叩き込まれたので実行するのみ~ な気分w 実感沸かないなー。 とりあえず荷造りや最後のやるべきことをまとめまっせ! 皆さんよい一週間を!!! いってきまーす( `・ω・)▄︻┻┳═一BAN★ |
14&第一章 あとがき
2012 / 08 / 04 ( Sat ) お疲れ様です! いつも訪問あざーす(・∀・)
2000HITがなんか微妙に迫ってきているんですがどうしよう(笑 掌編ネタのリクエスト募集→本編に当たり障りないやつを選んで書く かなヾ(。◕∀◕)ノ♫♬ ? 本編100記事達成も近い! 七月はリアル多忙につき更新がひどく遅れました。やっとここまで書けた…… 14最後の二つは本当は一度の更新にするつもりで(夜更かしして)執筆していたんですが、あまりにありえない長さになったので分けました。かといって内容は一度に読んだ方が楽しい(?)気がしたので連続投稿。 これにて第一章・行路を織り成す選択の連なり は終了です。 次から新章になりますが、どこがどう新しいのかときかれてもあばばば/(^O^)\ オーソドックスな起承転結で言えば起と承をもやもやと進んだり戻ったりしている感じでしょうかね。 では続きは14まで完読した方向けー 長いよー * * * * |
14.j.
2012 / 08 / 03 ( Fri )
カイルサィートは、言葉の一つ一つに決心をこめた。
そう、ミスリアと再会した当初は一緒に旅に出ようと提案するつもりだった。自分の方の護衛は道中雇うなりして、共に聖地を巡礼したかった。かつての同期生であり友人である人間と一緒なら心強いし、よりスムーズに旅が出来ることは想像に難くない。
ミスリアは口を不自然に開いたと思えば、数秒後に気付いて閉じた。説明を求めるべきか決めかねているのか、唇を揺らしている。
「色々と思うところがあってね。前からだけど、叔父上の教会に来てからもっと」
訊かれる前に、カイルサィートは自分から説明し始めた。
「聖獣を蘇らせることの重要性は理解している。ただ僕の目指す目標は、それだけではきっと手に入らない」
忌み地やラサヴァの町での騒ぎと、叔父の成れの果てを思い返す。そして教団関係の人間以外ほとんど誰も知らないという、魔物が発生する原理。
――本当に、このままでいいのか?
「カイルの目標って確か……『魔物に怯えずにすむ世界』でしたよね?」
「よく覚えてるね」
自然と顔がほころんだ。目標を語り合った日々が大昔のように感じる。
「その思うところが何なのかまでは、話してくれないんですよね」
「今はまだ閃きに過ぎないから……時が来たら話すかな。ごめん、約束は出来ない」
カイルサィートは苦笑いした。
そもそも今の教皇猊下の指揮下で、教団が聖獣を蘇らせることを最優先しているというのに、この決断は褒められるものではない。
「わかりました。ではここでお別れ、ですね」
俯いたミスリアの様子がいつになく暗い。
「こらこら、そんな顔しないの」
つい子供をあやすような声色になって、少女の肩を叩いた。
ミスリアは間髪居れずに抱きついて来た。
まるで今生の別れを惜しむような抱擁に、驚かざるを得まい。行き場の無い両手をさまよわせる。
やがてカイルサィートはため息混じりに微笑んで、小さな体を抱きしめ返した。
「生きていればまた会えるよ」
優しく告げた。こっちだって感極まらないように必死だ。
「違う」
それまで馬の手綱を手に持ち、傍観していただけのゲズゥが発話した。無表情に、一言だけ。言わんとしている事は多分伝わった。
「訂正するよ。お互いに生きていて、再会したいという心意気と手段・縁・機会があれば、必ずまた会えるよ」
「…………はい」
くぐもった声は、泣いていない。
「旅、頑張ってね。教団を通して手紙を出せば通じるはずだから、たまには書いてみる」
「はい」
ようやっと離れたミスリアは瞑目している。次に茶色の目が開いた時は、笑っていた。
「私もできれば手紙を書きます。今まで、有難うございます。カイルの進む道がどうであっても私は貴方の味方です」
「ありがとう。僕も同じ気持ちだよ」
そこでカイルは、ミスリアの向こうに立つ黒髪の青年に声をかけた。
「ゲズゥ、君もありがとう。ミスリアをよろしく頼むよ」
名で呼ぶ約束をしていないので不思議な感じがしたが、気にせず続けた。
「君には再会したいという心意気が無いだろうから、これが最後になるかもしれないよ。最後くらい、名前を覚えて欲しいな。できれば呼んでくれても」
他にも言いたいことはたくさんあるが、口から出ていたのはそんな言葉だった。
「断る」
素っ気無い返事。ミスリアが目を丸くした。
カイルサィートはどうしてか、怒りよりも笑いがこみ上げる。
「あはは! そういう率直な物言い、結構好きだよ」
「俺はお前は苦手だ」
やはり無表情にゲズゥが言い切った。
「え。どうして?」
「話し方が知った人間を彷彿とさせる」
「それって僕自身に非が無いんじゃない。その人とはどういう関係?」
「……」
表情に変化は表れなかったが、ゲズゥはそっぽを向いた。どうやら答えたくない質問らしい。
追究はせずに、カイルサィートは荷物をまとめることに移った。ミスリアには馬を使うよう強く勧められ、やんわり抵抗したものの最終的には折れた。
馬に飛び乗って、彼はついさっきまで旅の連れであった二人を見下ろし、微笑みかける。
「それじゃあ行くけど、二人とも元気で。無茶しないでね」
「はい。カイルこそ!」
ミスリアは大きく手を振った。彼女の背後に立つゲズゥは腕を組んでいる。
最後にもう一度笑って、頷いた。
ヤァ! と馬に声をかけて向きを変える。
前方の青く茂る平原と、美味しそうな綿雲の点在する空を見据えた。遠くから鷹の鳴き声が響き、呼応したかのように暖かい風が吹く。
聖人カイルサィート・デューセは己の次なる行く先に向かって迷わず駆り出した。
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14.i.
2012 / 08 / 03 ( Fri )
二人がすぐに振り返る。大雑把な切り出し方なのに随分と食いつきが良いようだ。
軽く咳払いをした。
「亡き先王は戦で散った兄の王位を継いだ人でね。ゆえに短い間だったけど、ミョレンの歴史を顧みれば珍しく賢君だったと思う。聞いた話だとね」
「そうだったんですか」
「そんな国王が病床についた時、腹心である宰相を呼び寄せたんだ。次の王になる人間は、有能な彼に見極めて欲しいと」
「それが例の『条件』に繋がると?」
ミスリアはポニーテールから逃げた髪の一房を耳にかけ直し、訊いた。ラサヴァで、カイルサィートが王子殿下に言った言葉を覚えているのだろう。
「そうだね。王冠は宰相が隠し、彼だけが在り処を知っている。そして彼は継承者候補たちに王の遺言を伝えた――『国民に最も支持される人間が王冠を戴く』と」
カイルサィートは話を続けながらも周囲への注意を緩めなかった。もとより肌の露出が少ないため枝などに引っ掛けられて怪我をする心配は無いが、それでも蜘蛛の巣や大きな虫、そして蛇などを避けたい。
「果たして宰相が王の真実を語っているのか、これが彼自身の謀(はかりごと)なのかは僕にはわからないけど。宰相殿には親類縁者が一人も居ないし、本人は国以外の何事にも無関心。彼を強請ったり尋問にかけたりして王冠の在り処を聞き出すことは不可能に近いらしい」
しかも王冠を託されたからには自分自身が王になりたい、とは決して考えないような誠実な人物だと聞く。
「では条件に従うしかないのですね。国民の支持と言っても解釈は多々ありそうです」
「だから手持ちの領地や利益を増やそうとする者もいれば、慈善事業に励む者もいるのかな。シューリマ・セェレテは、オルトファキテ王子の名の下で偽の活躍を積もうと狙ってたんじゃないかな。王子はそういうのをいらなかったみたいだけど」
自国よりも聖獣が欲しいと言った第三王子を思って、カイルサィートは数秒ほど立ち止まった。
ミョレン国内のイザコザだけならこちらにとっては関係無いのひとことで済ませられるが、聖獣が絡むとなるとそうは行かない。しかし途方も無さ過ぎて警戒する必要があるのか怪しい。教団に報告しても信じてくれない気さえする。
思考を巡らせても答えが出ない問題はひとまず忘れて、カイルサィートは自分が聞いた他の噂を話すことにした。止めていた足を動かす。
「現在のミョレン王国で王位継承権を有しているのは、先王の兄弟姉妹が何人か、あとは先王の直系の子が四人。その四人の中で唯一、オルトファキテ王子だけは母親が平民以下の身分で、詳しい経緯は知らないけど、どうやら母親は王子を産んだ一週間後に自害したらしい」
ミスリアがはっと息を呑む。大分先を歩くゲズゥが、まるで話に興味を持ったように振り返っている。
「……とまぁ、王子ははじめから王位継承権を持っていなかったってね。ところが彼は成人してからの数年間、消息を絶った。死んだんじゃないかって噂が出回るほど長い間が過ぎるといきなり城に戻って王と謁見し、その直後に王は第三王子にも継承権を与えると言って譲らなかったそうだよ」
「どうして王様はそんなことを言ったんでしょう。王子殿下の才気を知って考えを改めた……とか?」
「その読みはいい線行ってると思うよ」
勿論、実際の正解は知らない。
カイルサィートは無言で藪を払う長身の青年の、後ろ頭をじっと見つめた。
(おそらく、彼らが出会ったのは王子が城から失踪していた数年の間)
王子のそれまでの人格とそれからの人格に如何ほどの差異があるのか、知ってみたいような知りたくないような、微妙な意欲が沸く。
少なくともその数年がどんなだったか、訊ねてみればゲズゥ・スディルは答えるだろうか。
(またの機会があれば訊くかな)
たとえその機会がいつ訪れるのか、想像がつかなくても。
そろそろ時間切れである。
岩壁に挟まれてた道が、視界が、急に開けた。
前方では少々の平野の先に、濃い緑色に覆われた低い山が連なる。山々の麓には畑と民家が並んでいる。
ミスリアが情景に感嘆の声を上げた。
「何だか大陸のこの辺りは地形がめまぐるしく変わりますね。綺麗です」
「南西へ行くとただの平地の方が珍しいね」
カイルサィートは右隣に目配せした。
数歩先で道がちょうど別れている。民家に近づきすぎない距離から、平地を進められる。
「僕はここから北へ行くよ」
笑ってそう伝えたら、ミスリアが落胆に表情を曇らせた。鞍上からおもむろに降りて、彼女はカイルサィートの正面に立った。
「ちょっと残念です。できればもっと一緒に旅をしたかった……」
「それは僕も最初はそう提案したかったけどね」
「と言いますと?」
小柄な少女が首を傾げた。ウェーブのかかった栗色の髪が風になびく。
「考えが変わったと言うのかな。僕は聖獣を蘇らせる旅には出ないよ」
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満身創痍
2012 / 08 / 02 ( Thu ) |
14.h.
2012 / 07 / 30 ( Mon )
浮かんだ映像を打ち消すため、ゲズゥは目を開いた。
ちょうどミスリアが地面に膝をついたところだった。
彼女は手のひらを上にして両手を合わせ、聖人が小瓶から垂らす水を受けた。その水を使って手を洗うようにこすり合わせる。
そこで歌が終わった。
「地上での生を終えた器から、魂が穏やかに旅立ちますよう――」
聖人が十字に似た銀細工の首飾りを左手で握り、言葉を紡いだ。先ほどのよくわからない言語と違って、これはシャスヴォルの母国語だ。考えうる理由としては、死した対象と縁深い言語を選んだのだろう。
「清めます」
呼応したのはそっと手を広げたミスリアだ。こちらは南の共通語。
「旅立った魂が聖獣に導かれ、天上の神々へ辿り着けますよう――」
「祈ります」
今度は祈るようにして両手の指を絡め、握り合わせる。
「そうして地上に残された器が、生命の輪に循環できますよう――」
「授けます」
ミスリアは素手で墓石の前の土をどけて小さな窪みを作った。
いつの間にか首飾りを離していた聖人が身を屈め、手のひらから何か小さな物を滑らせた。ちょうど窪みの中へとそれは落ちた。
「どうか、健やかに」
土を戻し、最後にまた水を少しかけてから、二人が同時にそう言った。立ち上がり、互いに向けて軽く礼をする。
それからしばしの間があった。
「終わりましたよ」
振り返り、ミスリアがゲズゥに声をかけた。手ぬぐいで土のついた手を拭いている。
「君も、手伝ってくれてありがとう」
聖人が爽やかに笑う。
ゲズゥは一度頷き、樹から離れて二人に歩み寄った。
「今のは、種か」
「はい。生を終えた肉体が還りやすいように植えるのです。これでこの場からは瘴気が発しにくいようになりました。歌は、死した魂に敬意を表し、天へ昇華するように説得するためのものです」
神妙な面持ちでミスリアが答えた。
「といっても本人の業や穢れが重すぎると、結局は魔物に転じるかもしれないけどね。あくまで可能性を減らす手段であって、絶対ではないよ。でも少なくとも周囲の他の魔物が近寄らなくなる。魔物同士がむやみに絡み合えば最悪、君の故郷のようになりかねないからね」
聖人は服に付いた土を払いつつ言った。植える種は花や木などと、種類は何でも良いらしい。
さて、と呟いて聖人は空を見上げた。雲が減り、日の光が漏れている。
「随分と時間を取られちゃったね。そろそろ行こうか」
「はい」
そうして三人は樹に繋いでいた馬の元へ行き、荷物をまとめて再出発した。
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見知った葉っぱを見かけてカイルサィートは一瞬、立ち止まった。
三枚ずつ生えている点や、色、蔦の形などでわかる。
「そこ触らないようにね」
前を歩くゲズゥに注意喚起したが、言い終わる前に彼はそれを避けて進んでいた。先に気付いていたのだろう。
「どうしました?」
馬上からミスリアが訊ねる。
「ツタウルシだよ。触れたらかぶれる」
「あ、知ってます。発疹や皮膚炎になるそうですね」
「葉の油が厄介だな。洗っても洗ってもかゆい」
振り返らずにゲズゥが付け加えた。
と思ったらいきなり、ゲズゥの姿が消えた。カイルサィートは瞬いて、何が起きたのか考えた。
(素早くしゃがんだから消えた風に見えたのかな)
三人が進む道は既に獣道であり、薮に覆われている。長身の彼でもしゃがんでしまえば姿が隠れる。道の側面にはいつしか岩壁が現れ、視界が狭まっている。
カイルサィートは歩み寄って、様子を伺った。
「何かいた? 蛇?」
「……キノコ」
ゲズゥが指差した箇所に視線を落とした。
倒れた樹の幹の影に、確かに茶と白のキノコが群れて生えている。
「こいつは生で食っても美味い」
「なるほど、いいね。でもできれば洗えるといいな」
それが毒キノコであるかは、疑わなかった。カイルサィートの持つ知識の中には無い種だが、ゲズゥの育ちを思えば彼が森の中の食べられる物とそうでない物を見分けられないはずが無い。
「さっきの水は」
「聖水は貴重だからダメですよ」
ミスリアが苦笑した。その返答にゲズゥは肩をすくめた。
仕方なく布で拭くだけにして、歩きながら食べた。パンなどと合わせると生のキノコに含まれる水分で、パンによって乾いた喉が潤う。
先頭のゲズゥが慣れた手つきで道を作っている。短剣を振るい、必要な分だけ藪を払っている。
ザシュッ、と言う枝の斬られる音と足音や衣擦れ以外は、静かだった。前後に人の気配はしない。
「そういえば、ミョレン国だけど」
カイルサィートは雑談をしだした。
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ヴィザ キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!
2012 / 07 / 29 ( Sun ) |
個人的ななんたら
2012 / 07 / 27 ( Fri ) ヴィザよ~ 早く届け~~~(念
友人のアパートが水浸しになりましたw ので、今晩はうちに泊まることになるでしょう。 よりによって別の友達の送別会もどきな集まりに行ってたので一日中家を離れてたため、気づくのが遅れましたね。ははは・・・ |
14.g.
2012 / 07 / 22 ( Sun )
言っている意味が通じなかったのか、ミスリアはきょとんとしていた。次に小首をかしげ、次第に複雑そうな表情になった。
「聖獣を……手に入れる……? って、どういう風にして手に入れるんですか?」
腕を組み、ああでもないこうでもないと唸った。イメージできないらしい。
「さぁ。制圧するか、捕まえるか、滅ぼすか何かじゃないか」
とりあえず思いつくままに言ってみた。オルトの考えることなど、昔からわかるようでわからないものだと諦めている。
大きな樹脂の欠片で土を掘る手を止めて、今度は聖人が眉をしかめた。
「途方も無い話だね。聖獣の居場所すら知らないだろうに」
そう言って袖を捲り上げて、聖人は作業を再開した。
死体を埋める為の穴を掘る作業だ。ゲズゥも樹脂の欠片を用いて、土をどけた。あと程なくして大の男が入るような穴になる。
「誰も知らないのか」
「それは少し違うよ。教団が管理してきた重要機密として、知識は断片という形で広く存在している」
聖人の言い方に、謎かけか、とゲズゥは呆れた。
「知っている人がたくさん居るのに本当は誰も知らない、という状態です。情報を繋ぎ合わせないと、北の一体どこに聖獣の安眠地があるのか割り出せないようにしているのですよ」
少し離れた位置に立つミスリアが補足した。
「でしたら私たち聖人聖女さえも最終目的地を知らないのではないかって話になりますけど、進むべき道ならあります。それに偽の情報の中から真実を探し出す方法も」
ミスリアは落ち着いた声でそう言って、遠い何処かを見上げた。実際の曇り空の中にある何かを見つめてはいないのだろう。
聖獣に到達するまでの道のりが、既に途方も無いのだということはなんとなくわかった。
それなのにそんな道に人生を捧げる人間が目の前に居る。付き合おうとしている自分もやはり、おかしいのかも知れない。
穴を掘り終わり、ゲズゥは聖人と協力してその中へと元兵隊長の死体を放り込んだ。聖人の表情は硬く、人がやりたくない作業をあくまで仕事だと割り切ってこなす時の、真剣な顔だった。傍らに立つミスリアはまだ気分が悪そうだが、それでも目を逸らさない。
放り込んでから土をかけ直す作業は、ゲズゥが一人で引き受けた。本音では埋葬してやりたいとは特に思わないが、あの二人が魔物が発生しないようにちゃんと弔いたいと提案したのである。
それに対して、ゲズゥはどういう弔いの儀式なのか見てみたいと興味本位に考えた。
柳の樹の下に埋葬するだけが故郷の村の風習であり、その後の人生でもゲズゥはあまり複雑な葬式に立ち会ったことは無かった。ましてや、聖職者の関わった葬儀など。
聖人がどこからか石を持ってきた。人間の頭ほどの大きさのそれを墓石代わりに置く。
ミスリアは懐から取り出した小瓶を、聖人に渡した。受け取った聖人は地面に片足立ちになり、小瓶の蓋を回して開けた。
透明な水が一滴零れる。
それは不自然なほどゆっくりと垂れ、瓶を離れて落下し、そして石に当たって弾けた。
いつの間にか、折り重なる声が耳を打っていた。
二人が何かを唱えている。正確には歌っている? それもまったく同じ歌という訳ではなく、合唱になるようにそれぞれ音を分担している、ように聴こえる。音楽に通じていないゲズゥにはそういう認識になる。
近くの樹に背中を預け、心地良い音に目を閉じた。
『――多分、俺はそういう目的の為に、生きていない』
つい先ほど自分が口にした言葉を頭の中で反芻する。
どうしてそのように答えたのかは自分でもはっきりとわかっていない。ただ、あの女やオルトについて行っても、きっと変われないと思った。
おそらく、一生に一度だけ与えられた機会。
処刑されるはずだった自分と同じ生き方では、誰も守れやしないのだ。
ゲズゥは自嘲気味に笑った。
――アレはとうの昔に庇護を必要としなくなったというのに、未だに守ってやりたいと思うなど馬鹿げている。
あまりに綺麗な顔が嫌味ったらしく微笑むさまが脳裏に浮かんで、ゲズゥはイライラするようなモヤモヤするような、なんとも言えない心持になった。
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