16.e.
2012 / 10 / 03 ( Wed ) 優雅な佇まいだ。
ヴィーナと呼ばれた女性は、腕を組んで微笑んでいた。第一印象では、妖艶さと包容力を併せ持った微笑みに思えた。 二十代かもっと上なのか、年齢が推測しにくい容姿だ。 彼女の形のいい眉毛と長い睫毛の下には、輝くサファイヤ色の瞳があった。 鮮やかな口紅や、目の周りの薄紫をベースとした派手な化粧が良く似合っていた。 銀みがかかった紺色の長い髪は複雑に編んで頭の左側にまとめ、宝石の付いた簪を挿している。右に垂らした一房の髪は丁寧に巻かれている。 「こっちが収穫? 私はヴィーナ、よろしくね」 女性はミスリアに接近してきた。 花と果実を思わせる甘い香りがふわっと広がり、眩暈がする。 (すごい格好……) 全体を通して、凹凸のはっきりとした、女性的な線を強調した服装である。 ヴィーナは短い袖の、パステルグリーン色のドレスを着ていた。ぴったりとした腹部の布は薄いピンクで半透明、そのため白い肌が透けている。フリルの付いた裾が斜めになっていて、一番短い部分では膝が露になっている。 綺麗な鎖骨だな、と思いつつ、大きく開いた胸元に目が止まった。 ミスリアは頬が紅潮するのを止められなかった。 「こんなに幼いんじゃあ私たちには使い道無さそうね」 考え込むように人差し指を唇に押し当て、ヴィーナは「んー」と唸った。 彼女が話すと、ふくよかな唇の動きを目で追いたくなるので不思議だ。白い歯の間に見え隠れする赤い舌も艶かしい。 「競売に出せば良い値が付くかもしれないけど。アナタ、生娘?」 「な、何を――」 あまりに唐突過ぎる問いにミスリアは慌てふためいて、うまく答えられなかった。 「生娘なら高額で売れるのよ。その反応からして間違いないのかしら? で、こっちの男は肉体労働か闘技場に向いてそうね――って、あら?」 ゲズゥに視線を移し、彼の顔を見上げて、ヴィーナは首を傾げた。 「アンタもしかして、ゲズゥじゃないの」 「アズリ」 ゲズゥの声には、信じられないものを見るような驚きの色があった。 (え? また知り合い?) それも今度はすぐに名前を思い出している辺り、前に遭遇したオルトファキテ王子よりも親しい関係だったのではないか。 「今はヴィーナキラトラを名乗っているわ。でもアンタには覚えられないでしょうから、アズリでいいわよ」 彼女は首を傾げたまま、にっこり笑った。 「随分と図体が大きくなっちゃって。四年前も十分大きかったのに、成長期の男の子は違うのね」 「お前はいつの間にこんなところに」 ゲズゥは心底驚いたような顔をしていた。 「一年前からかしら。アンタ、『天下の大罪人』とか呼ばれてるんだって? しばらく会わなかった内に、出世したわねぇ」 「『天下の大罪人』!? マジ、本物?」 「スゲェ! 噂通り若いんだな」 ヴィーナの言葉に、周りの男たちがざわざわと反応した。 「ああ、道理で……」 刺青の男が、顎に手を当てて一人納得した風に頷いている。 (それって出世って呼ぶようなものなの?) ミスリアは疑問に思った。 周囲の感嘆の声からして、どうやらこの人たちの価値観でいえばそういうことになるらしい。 「まぁ、生きてまた会えたのは素直に嬉しいわ」 彼女はゲズゥの頬を両手で包んだ。 背伸びをするヴィーナに合わせるように、ゲズゥが身を屈め―― ――二人の唇が重なった。 (え……?) 何が起きたのかわからず、ミスリアはただ何度も何度も瞬いた。 「えええぇええ!? 姐さん!?」 露骨に動揺を表した男たちを、ヴィーナは無視していた。 この類のことにまったく免疫の無いミスリアは、自分が何を見ているのかすらいまいちわからなかった。 何かがくっついては離れるような音が、卑猥なモノに聴こえて、背筋がぞわぞわする。 よくわからないけど、濃厚な接吻なのは間違いなかった。 |
らくがき天国2
2012 / 10 / 02 ( Tue ) 私もたまには落書きします。単に彼女のヴィジュアルが決まらないと完全には登場させられないというw あと、えびに説明しやすいように。 ↑は最新話で登場した女の人です。 服装と髪型でめっさ試行錯誤しましたけど、おそらく彼女は髪を下ろしてもキャバ嬢みたいにゴージャスな感じになるかと。しかし天パではない。天然ではまっすぐだけど熱した鉄棒(ヘアーアイロン)で巻いてもらってます。 或いはよく編み込んでるから下ろすとそのクセがのこってて巻き毛みたいになる。 服は一応↑に落ち着いてますけど彼女は多分しょっちゅう着替えますw なので衣装他にも考えなきゃ… こっちはえびが描いたセーラー服みっすん。 夏っぽさというかやっぱセーラージュピターっぽい^p^ |
16.d.
2012 / 09 / 30 ( Sun ) 間もなくして姿を現したのは、十人もの男だった。多勢に無勢とはよく言ったものである。輪の形で、ミスリアたちは完全に囲まれていた。
十人くらいならゲズゥには倒せるのではないか、と考えたりもするけれど、素人の考えは当てにならない。それに、目の前の敵を全員倒せたところでまた遭遇しないとも限らない。ここはやはり、山賊団の規模を把握した方が良いのだろう。 「うっひょー、久々のカモだぁ。連れ帰ったら姐さん褒めてくれっかな」 「何で姐さんがお前を褒めンだよ。南を見て来ようって提案したのオレだかんな」 「どうでもいいけど何だこの組み合わせ。珍しくね? 駆け落ち? 兄妹で家出?」 「普通、お嬢ちゃんはこんな危ねートコ居ないよなー」 男たちは余裕綽々と互いにお喋りを始めた。各々、手に何かしら武器を持っていて、隙が無さそうなのは素人の目にもわかる。 彼らは全員、その気になれば簡単に背景に溶け込めそうな濃い緑や紺色の服を身に纏っていた。 先刻言われた通りにミスリアは始終黙っていた。けれども無意識にゲズゥの背に隠れ、彼の灰色のシャツの裾を握った。 「金目の物持ってなさそーだけど」 ミスリアの視界の右端に居る男が、じろじろと嘗め回すようにこちらを眺めている。 「何だっていいだろ。山に入った人間をどうするかは頭が決めるこった」 中心の、十人の内のまとめ役らしい男が前へ出た。多分二十代後半くらいの歳だろう。ゲズゥ程ではないけど背が高く、同じく細身の筋肉質といった体型である。 彼の、顔の左半分の凝ったデザインの刺青が何よりも目に付いた。 刺青の男は直刀をスラッと抜き、その先をゲズゥの顎に当てた。 「お前結構デキるみたいだけど、変な真似しないでくれよ。大人しく付いてきてくれたらヤサシクするぜ。余計な傷も付けないでやるから、どうよ」 「…………」 瞬きの一つすら、ゲズゥは微動だにしない。 「無言は肯定と受け取るぜ。お前ら、コイツの武器一応没収しとけ。んで、二人とも適当に縛っとけ」 刺青の男は武器を鞘にしまうと、顎で仲間に合図した。 「うーい」 近くに居た男二人が手際よく、ゲズゥの腰の短剣と背中の大剣を引き剥がした。 「にしてもデケー剣だなぁおい。こんな形初めて見たぜ」 「重っ……。こんなん振り回せんの?」 男たちはブツブツと呟き合った。 「お嬢ちゃん、そんな怯えなくてもいいぜ。別に殺しやしねーさ。すぐにはな」 背後からそんな言葉をかけられ、ミスリアは震えが増した。縄をかけながら触れてくる手の感触が、気持ち悪い。 ゲズゥを見上げると、彼は気付いて目だけ動かした。何の感情も映し出さない、黒曜石のような右目と一瞬だけ目が合うと、不思議とミスリアの不安も和らいだ。 「アニキ……オレ、この野郎の方、どっかで見た気がするんだけど……」 若い男の一人が難しい顔をして呟いた。 「んー? ムカつく顔だよなあ。オレもどっかで見たことあるような気はするけどな――」 刺青の男は振り返り様に、ゲズゥを殴り飛ばした。悲鳴を上げそうになるのを堪えて、ミスリアは息を飲むだけに留めた。 「ま、その内思い出せばいいってこった」 男は興味をなくしたようにさっさと先を歩いてしまった。 ゲズゥは血の混じった唾を吐いた。 彼はミスリアに向かって、声を出さずに唇だけを動かした。その意図を受け取って、ミスリアは小さく頷いた。 ――「治すな」――それは、聖女だと知られたら面倒が増えると言う旨のことだった。 _______ 二日二晩、連れ回された。 道中、何度か魔物に襲われたりもしたけれど、そこは流石は組織である。十人の山賊は巧みな連携を用いて、あっという間に敵を倒した。いっそ感心を誘う手並だった。 彼らの存在が山中の動物に知れ渡っているのか、熊や山猫に至っては近付いてすら来なかった。ミスリアは洗練された集団の凄さを見せ付けられた気分になった。 そうしている内に、件の洞窟の入口の一つに、一同は着いた。 時刻は既に深夜である。疲弊しきっているのに眠くないのは、それに勝る緊張感からだろう。 林道が途切れるまで山肌を回り、崖を降った所の、岩と岩の間に隠されたような場所に入口はあった。そこにあるとあらかじめ知っていなければ絶対に見つけられないような位置である。 洞窟の中を歩くと、三十分後に広い場所に出た。 冷たく湿った空気が微かな風にかき乱されている。 天井がどこか開いているのか、月明かりが広場の中心を明るく照らしていた。 「ただいまー。ヴィーナ姐さん、いるー?」 刺青の男は見張りの男に手を振った。 「いるわよ」 奥の暗闇の中から女性の声がした。 「お帰り。あの人ならまだ戻ってないわ」 おっとりとした、急がない話し方だった。 シャラン、と宝石やアクセサリー類特有の音を立てて、女性は影から踏み出した。 月明かりに照らされたのは目を疑うほどの絶世の美女だった。 |
16.c.
2012 / 09 / 29 ( Sat ) 吹き抜ける突風に、心臓が縮み上がった気がした。
汗の雫が額から頬を伝った。 時折聴こえる鷹の鳴き声が、やけに大きく鼓膜に響く。 (た、高い――) 後ろを振り返っては駄目だと、ミスリアは何度も自分に言い聞かせた。 (何でこんな、落ちたら気絶も即死も出来ないような微妙な高さなの) きっと内出血でじわじわ死ぬか、獣か魔物に喰われて死ぬか――どの道、まともな最期を迎えられるとは到底思えない。 三日前に決めた通り、ゲズゥとミスリアは山肌に沿って踏み進んでいた―― 「情報によると教団の人間は大体北へ迂回して遠回りするそうです。私はできれば時間がかからない方を望みます。ゲズゥは何かご存知ではありませんか?」 「……確かユリャンの中央辺りに洞窟がある。そこを通れば一週間程度で楽に山脈を抜けられるが」 「が?」 「賊が張っているはずだ。無茶苦茶な通行料を要求されるらしい」 「大金ですか」 「もっと悪趣味だ。前に話していた知り合いが、旅の連れの一人を売られて、もう一人は腕一本失くしたと言っていた」 「そ、それは、困ります」 「山から下りずに南から回れば余分に二週間はかかるだろうが、山賊を完全に退けられるかもしれない」 「ではその行き方で――」 「……そこは、熊か大山猫が出ると聞く」 「熊!? 他に選択肢は無いんですか!?」 「無い」 「そんな……」 ――結果、南へ進むことになった。 道と呼べるような道はほとんど無かった。二人は腰まで来る長い野草を踏み分け、時には岩を登り、山肌を覆う森を突き進んだ。 幸い、これといった野獣や魔物には遭遇していない。その点を不審に思うべきかどうかはまだわからない。 ふと、ミスリアが足を踏み外した。 何か掴める物を求めて両手を振り回したが、運悪く何も無かった。 (落ちる――!) 最悪の事態を恐れて目を閉じるものの、体は宙に浮かなかった。代わりに、手首が強い力で掴まれた。 目を開くと、ゲズゥの左右非対称の目と視線が絡み合った。 「ありがとうございます」 思わずお礼を伝えた。 ゲズゥは片手でミスリアを引っ張り上げ、次いで両手で抱え上げた。足首を器用に樹の根に引っ掛けて体重を支えている。 ミスリアを腕に抱えたまま、彼はまた歩き出した。慌ててゲズゥの首に腕を回すと、汗が手に付いた。お互い動き回っているせいで体温が上昇している。 (今更だけど、やっぱりこれは恥ずかしいわ) 勿論、その為の供でもある。ミスリア一人だったら目的地へ着く見込みが全く無かったであろう旅だ。 (軽々と運ぶんだもの。子供を抱き抱えるのに慣れてるのかしら?) そう考えると納得できそうなものだけれど、どこかイメージが合わない。 草や藪や樹の入り混じった森を進んでく内に、大分標高も高くなっている。 それまで枝を手や短剣で押し退けていたゲズゥが、手を止めた。途端に、道が開いたのだ。 ゲズゥは眉間に皺を寄せて近くの枝を調べるように手に取った。 「どうしました?」 「切り口が新しい。奴らの縄張りは思ってたより広いらしいな」 枝には切られたような痕があった。それは野獣や魔物ではなく、道具を使う人間が、この道を通ったことを物語っている。 「では、熊や魔物が出なかったのも……」 山賊が原因なのだろうか。 「黙っていろ」 ゲズゥはミスリアを下ろし、耳元で囁いた。 耳に熱い息がかかって、ミスリアは反射的に小さく震えた。 「抵抗するな。捕まった方がかえって好都合になり得る。組織の規模や状況がわからないことには始まらない。どの道、今は逃げるのは不可能だ」 低い声が、鼓膜を打った。 「……わかりました。私にはどうしようもできませんから、貴方の判断を信じます」 ミスリアは素直に深く頷いた。 「あまり他人を信じると、いつか身を滅ぼす」 彼はミスリアから離れて、鼻で笑った。 「ゲズゥは私にとって『他人』ですか?」 どうしてそんなことを訊いたのか、自分でもよくわからない。利害が一致するだけの関係だと昨夜言われたのを、気にしてのことだろうか。 一瞬、彼が自分を捨てて山賊の仲間入りを選ぶのではないかと頭を過ぎった。しかしそうなっても、詰る資格が自分にある訳が無い。 ゲズゥは眉を吊り上げるだけで、何も答えなかった。 そして彼がミスリアに背を向けたその時、周囲が一気にざわついた。 |
16.b.
2012 / 09 / 28 ( Fri ) 「魔物に怯えなくていい世界ってさ、どうすれば実現できると思う?」
「怯えなくていい世界……ですか? カイルサィートさん」 「そう。本当は魔物の居ない世界が理想なんだけど、それは人類の歴史とこの世の仕組みを見る限りは不可能そうだから。あと、カイルでいいって前から言ってるんだけどな。敬称も要らないよ」 「すみません」 謝るミスリアに対して、カイルサィート・デューセは爽やかに笑いかけた。 初めて実践訓練で彼と同じ班になった時のことだ。対象の魔物を無事に倒し、浄化も終わったばかりで、全員が帰路に着いた。最後尾で二人並んで歩いていたら、話しかけられた。 同期の中でも幼かったミスリアは、当時十二歳。もともとあまり社交的と言えないミスリアは六つ年上の異性とは話が合うはずも無いと考え、それまで必要以上に口をきかなかったのだけれど。 「ミスリア、君はどう思う?」 カイルの琥珀色の瞳の後ろには理知的な光があった。 容姿や性格が特別目立たない彼は、聖気の扱いに秀でているか戦闘術に長けているということも無く、全ての聖典を網羅している風でもない。ゆえに他の同期生からは注目を浴びない。ところが実践訓練で一緒に組んでみてわかったが、彼はバランス良く何でもできるタイプだ。しかもどうやらかなり頭が良いらしい。 「そうですね。純粋に魔物の居ない世界が不可能だとすると……。『怯え』がポイントなら、『安心』できる世界を造れば良いと思います。いつどこに魔物が現れてもすぐに対応できるように結界や戦力が揃っていれば、人々は守られていることに安心するはずです」 「その考えには賛成。ただ問題は、教団が万年人手不足で魔物狩り師もあまり数が多くないことかな」 「確かに厳しいですね……」 「とりあえずは満たすべき条件を考えてみたんだけど、聞く?」 「はい」 「一つ目は、当然だけど、聖獣の復活。世界から完全に魔物を根絶やしにすることは不可能でも、数を大幅に減らす必要はある。 二つ目は、魔物がよく出現する場所と出現しそうな場所を常に把握すること。といっても出現しそうな場所なんて『瘴気が濃い』と『死人の魂が多く浮遊してる』場所以上に絞りようが無いけどね。それでもう一つ条件があるんだけど……これが可能かどうか、或いは正しいのかすら、僕にはわからない」 「何ですか?」 いつの間にか真剣にカイルの話に耳を傾けていた。 「それは――……」 _______ 回想から戻って、ミスリアは目の前の少年をもう一度まじまじと見つめた。 どうして忘れていたのだろう。カイルが語っていたのは彼自身の仮説でしかなかっただろうけど、現実的で明白な手段だった。去り際に口にしていた「思うところ」も、これに関連していたのかもしれない。 「私には何とも言えませんけれど……トリスティオさん、貴方が求める答えを、知っていそうな人になら心当たりがあります」 今のカイルなら、あれからもっと具体的な対策に辿り着いていたとしても何ら不思議は無い。 「いつか集落を離れる時があれば、聖人カイルサィート・デューセに会ってみてください」 「聖人……?」 訝しげに訊き返すトリスティオに、ミスリアは頷いた。 「わかり、ました……覚えて置くっす」 複雑そうな表情を浮かべている。昨日の今日で、無理も無い。 トリスティオはいつの間にか隣に来ていたゲズゥの姿を見上げ、深々と頭を下げた。 「気を付けて下さい。特に山奥に入ると山賊の縄張りっすから」 「注意します。お世話になりました」 無言の姿勢を貫くゲズゥの代わりに、ミスリアが礼を返した。 「や、こちらこそ」 もう一度互いに礼をして、そうしてあっさりと別れは済んだ。 去り行く少年の後姿を見届けてから、ミスリアは地面に膝を付いた。 失われた命の為に追悼の祈りを捧げ、皆の魂の安息を願った。 それが終わると、今度は自分の願いを心の内に唱えた。 (どうか、私に先へ進む勇気を下さい) ミスリアは聖獣か神々か、それとも亡くなった人間に願いかけていたのかもしれない。自分でもはっきりとはわからない。 隣を見やると、不安や恐怖とは無縁そうな青年が無表情に遠くを見ていた。 「行きましょうか」 ミスリアがぽそっと呟く。 返事の代わりに、ゲズゥは歩き出した。 |
16.a.
2012 / 09 / 24 ( Mon ) 山の上から眺める夜明けの色合いはたとえようも無く美しい。感嘆していたら、ちょうど白い鳥の群れが視界を過ぎった。
澄んだ空気を肺一杯に吸い込むと、未だ昨晩の疲れが癒えない身体にも多少の活気が戻る。 下へ視線をずらせば濃い緑色が辺りを占め、麓にあるはずの民家を隠している。 その情景を目に入れたまま、ミスリア・ノイラートは自分の肩より少し長い、茶色の髪を指で梳いた。寝癖の所為かいつも以上にウェーブ髪がしつこく絡まりあっている。梳き終えると、ポニーテールに束ねた。 ミスリアにしては珍しく、ズボンを履いた旅装姿である。 アルシュント大陸では女性のズボン姿はあまり受け入れられていない。職業か稼業がそれを必要としているならともかく、淑女は決まってスカートを履くものとされている。 しかし今は世間の目も無いし、山越えをするからには、動きやすい格好でいなければならない。 大体の支度を終えたミスリアが振り返ると、ゲズゥ・スディルが同じく旅支度を整えていた。 彼は父親の形見だという曲がった大剣を丁寧に拭っている。 青年の整った横顔につい見惚れていたら、その顔が何かに気付いたようにこちらを向いた。 「お、お早うございます」 ミスリアは本日最初の挨拶をするも、これといって返事は無かった。 よく見れば、彼の黒い右目はミスリアを捉えていない。眼差しは左後ろへと通り過ぎている。 その視線の先を追った。 「あ!」 そこには昨夜会った、トリスティオと名乗った黒い巻き毛の少年が立っていた。相変わらず足音が静かである。 初めて姿を見かけた時とほとんど変わらない格好で、俯いている。そのためか顔に陰りができて表情が良く見えない。 (って、あれ? 昨日とほとんど変わらないどころか……もしかして着替えてすらいない?) 泥や返り血やらの痕と思しき汚れの付着した服と弓矢を見て、そんなことを思った。 「あの」 意を決したように、少年は顔を上げた。 彼の目の充血具合を見るに、一睡も眠らなかったのではなかろうか。夢すら見ない深い眠りを経たミスリアとしては、妙な罪悪感があった。 けれども彼は、自分の両足で立っている。昨日の今日だというのに、賞賛すべき精神力だ。 「はい」 ミスリアはただ一言、返事をした。 「……昨日は助けて下さって、ありがとうございました!」 一度姿勢を正してから、トリスティオはがばっと頭を下げた。 「え? あ……いえ」 急なことに、思わずしどろもどろになる。ゲズゥを見やると、彼は無関心そうに大剣の手入れを継続していた。 「なんか昔から何かあると余所者の所為って事になってて、皆はあんなでしたけど、でも助けて頂いた事に変わりありませんから! ちゃんとお礼言わなきゃって思って追ってきました。まだ近くに居てよかった」 「そんな……お気になさらないで下さい。私は無力でした。結局、救えなかった命も……」 語尾に向けてミスリアの声は沈んでいった。 「いいえ。レネも、他の人たちも、おれが不甲斐ないからああなったんす。聖女さんが気にすることないっすよ」 ミスリア以上に、トリスティオの声は暗い。 「……おれが子供だった頃はまだ魔物なんて全然少なくて、平和でしたよ。魔物狩り師になりたいって言ったら、バカなこと言ってないで畑を手伝えって大人たちに笑われてたんす。でもレネだけは笑わないで、応援してくれた……」 懐かしむように、彼の口元が綻んだ。 「そう、だったんですか」 後に魔物の数も増えて、周りも態度を改めたのだろうことは想像できた。 「生まれ育った場所を、仲間を、やっぱり守りたいって思うから、おれはまだ此処に残って、強くなります。レネの学校を開く夢も、代わりに叶えてやる方法が無いか、探したい。居なくなったなんて……全然そんな風には思えなくて……」 「……はい」 他に、なんて声をかけてやれば良いのかわからなかった。亡くなった人がいつまでも傍に居る感覚を、ミスリアとて良く知っている。 「トリスティオさん……貴方にこんなことを言って良いのかわかりませんけど」 「なんすか? 遠慮しないでどうぞ」 「私がツェレネさんにあげると言った祈祷書があるんですが、あれを一緒に」 葬ってあげて欲しい、と言おうとして詰まった。 「そうっすね、きっとその方がアイツも喜ぶっすよ。うちは火葬の風習があるんで燃やすことになりますけど」 言い終わらなかったが、トリスティオはそれを察した。苦々しい顔をしているのは、遺体の状態を思い出したからなのかもしれない。 「構いません」 たとえちゃんと供養してもらえても瘴気の濃い場所では魂が魔物に転じることはある。それを心配してのことだ。シャスヴォルの兵隊長にしたようにミスリアが自ら葬式を執り行う訳には行かないから、せめて神々と縁の深い祈祷書を一緒に葬らせる。 「聖女さん、一つ訊いていいっすか」 「はい」 ミスリアは神妙な面持ちになった。トリスティオの森色の瞳が、微かに怨念の炎を宿したからである。 「魔物がいつどこで現れるのかは、予測できないものなんすよね。じゃあ人間は、一体どうすれば後手に回らずに済むんですか?」 「それ、は……」 責め立てるような目に、ミスリアはたじろいだ。 問いの答えを、ミスリアは知らない。 魔物を阻んだり倒したり消滅させる方法は研究されているのに、現れる場所を特定する術は未だに存在しないのだ。ましてや、出現するのを阻止する方法なんて。 だったら、情報を掻き集めて何とか対策を立てればいいのだろうけど。そこまでは修行で教えられないし、巧いやり方が開発されていないのかもしれない。 たとえば今考えろと言われても思いつくものではない―― ふと、友人の声が頭の中で響いた。 |
15 あとがき
2012 / 09 / 22 ( Sat ) どうも、食あたり(おそらく)明けの甲です(・∀・)
いやーつらかった。同僚や上司(しかも医者z)たちの心配と的確なアドバイスが嬉しかったです。 的確過ぎて不安になることも無いな! 消化器官たちがめっちゃ痛くてなんかヤバイ不治の病だったらどうしようと思ったけど! さて。 何でしょうね、金曜になると必ずネットが消える呪いでもかかってるんですかねこのホテルは。意図的?(停電の後) 雨季で色々アレなのかしら。今週末は水切れないデヨー 続きは15読み終わった人向け。 |
15.j.
2012 / 09 / 22 ( Sat ) しばらく平和だった場所に魔物が急に現れたのは偶然かもしれないし、必然だったかもしれない。
魔物は性質上、聖気に惹かれて寄ってくる。自分が事の元凶だった可能性はどうしても否めない。 考え出すとそうとしか思えなくなり、両手で頭を抱え、髪の毛をかき乱した。 「……彼女の未来が絶たれるくらいなら、私が代わりに死ねば良かった!」 半ば自暴自棄、半ば本心からの言葉を吐き捨てた。 将来の夢を持たない自分と、夢を持って輝いていた少女とでは、早世して可哀相なのは後者だ。自らの聖女としての使命と意義は、棚にあげるとして。 無意識の独り言に、返事があった。 「馬鹿馬鹿しい」 頭上から降ってきた苛立ちを含んだ声色に、ミスリアは少なからず驚いた。 「もしお前が代わりにやられていたとしてあの娘が死なずに済んだのか? 助かったかもしれないが、結局死んだかもしれない。正解の無い仮定を立てても時間の無駄だ」 「それはそうですけど」 ミスリアは顔を上げた。距離は近いのに、暗過ぎてゲズゥがどんな表情をしているのかは見えない。 「単にお前が生き延びてあいつが死んだという事実があるだけだ」 彼のあまりに冷淡な物言いに、ミスリアは身震いした。 「……恐ろしいほど正しくて、理にかなったことを言うんですね。私はそんな風には割り切れません。私とさえ出会っていなければって、どうしても思うんです!」 つい身を乗り出し、ゲズゥに食って掛かった。普段なら考えられないことだが、今のミスリアは相当気が滅入っている。 「ならこれからはずっと野宿して行けばいい。何処の村や町とも誰とも関わらずにな」 ミスリアに釣られているのか、ゲズゥもいつになく大きな声を出している。 「最悪、そうします。私は今まで甘かったんです」 唇をきつく引き結んで答えた。 「お前のその責任感が、馬鹿馬鹿しいと言っている。聖女が与える恩恵はそれ以上に価値の無い物か? 世界とやらを救いたければ、犠牲にいちいち反応するな。所詮その程度の覚悟か。それこそ甘い」 漆黒の前髪が揺れて、ゲズゥの呪いの左眼が顕になっている。光源は無いのに金色の斑点だけが光沢を放っているように見えたのは、錯覚かもしれない。 「私はっ……! 世界を救いたくて旅に出たんじゃありません!」 視線を逸らさず、言い放った。 「じゃあ何の為だ!」 「言わなければいけませんか!?」 夜を裂いてしまいそうな叫び声をあげて、ミスリアははっとなった。 どこからか、小動物が逃げる音がする。 後には奇妙な静寂が残った。 やはり暗くてわからないけれど、ゲズゥが驚いた顔をしているみたいに感じた。 (どうしよう) ミスリアは俯き、袖で涙を拭った。 思えば――言い方はひどいけれど、ゲズゥはウジウジと自責の念に囚われていた自分を諭してくれていただけである。 (私の方からこんな旅に巻き込んだんだもの) 真意ぐらい話すべきだろう。でも、心の準備がまだ出来ていない。話せばまた、馬鹿馬鹿しいと一蹴されそうでもある。 逡巡していたら、長いため息が聴こえた。 ミスリアは反射的に顔を上げた。どうしたんですか、と訊いていいものか迷う。 「……十九年生きて、こんなに喋ったのは初めてな気がする」 いつもは無機質な印象を与えがちな低い声が、この時は明らかな呆れを帯びていた。 「わ、私もこんなに怒鳴ったのは生まれて初めてです……」 似たような告白を、ミスリアも返した。何故か恥ずかしくなって目を逸らした。 「別に、理由なんて言わなくていい。俺とお前は、互いを生かすという利害が一致する関係だ。それ以上の思惑を共有する必要は無い」 もう一度ため息をついてから、ゲズゥは立ち上がった。 「………………はい」 ミスリアは頷きながらも、少しだけ、寂しさが胸を突くのを感じた。 「それより、もう寝る」 再びゲズゥはミスリアの首根っこを掴んだ。 「え」 「ここに居たら狼に襲われる」 それだけ言うとゲズゥは傍の樹を登った。ミスリアを一本の枝に置いていき、彼自身は逆側の太い枝の上で横になった。 (狼って……) 此処からは危険なユリャン山脈に入らねばならないのだと、今更ながらに思い出した。 今だって、朝日が昇るまでにまた魔物に襲われるかもしれない。ちゃんと休めるか不安になる。 「あの、狭い範囲でなら、数時間ほど結界を張れると思います」 「……」 「カイルに水晶は預けてしまいましたけど、聖人と聖女のアミュレットには小さな水晶がついてますから」 十字の形に似たアミュレットの左右の棒がちょうど下に曲がったところに、それぞれ紫色の水晶が付いている。滅多なことが無い限り、なるべく使わない決まりである。また、水晶は貴重なので、これは聖人聖女以外の他の聖職者のアミュレットには無い。 「狭いって、どのくらいだ」 「えーと、今の私に残る力だと、人一人囲めるくらいでしょうか……」 そこまで言って、言いだしっぺのミスリアは肩を落とした。一人しか囲めないのなら結界を張る意味が無いに等しい。 「なるほど」 その一声の後、本日三度目にミスリアは首根っこを掴まれた。 (私は猫じゃないのに――) 抗議の一つも出来ない内に、今度は何か暖かい所に落とされた。 (ええぇえええ) そこはゲズゥのお腹の上だった。ミスリアはぎょっと驚いて身じろぎしたが、落ちないようにか、いつの間にか腰回りをきつく抱かれている。 (これなら一人分の広さでも二人囲めるけど!) 慌てるミスリアに対して、ゲズゥは今にも眠りそうな様子でくつろいでいた。片腕で枕を作って、多分目を閉じている。 こうなってはやむをえない。 これは生きる為に必要なこと、意識してはダメ、と自分に言い聞かせながら。 ミスリアは水晶に祈りを捧げ、結界を組み立てた。 それが終わると同時に自分の意思とは無関係に、ゲズゥに重なるように前に倒れ込む。 この体勢はマズイ。何とかどかなきゃ、みたいな考えが頭を過ぎるけれど、疲れと眠気で動けない。 一定のリズムをもって上下する温もりと心音の心地よさに、ミスリアは身を委ねた。 |
15.i.
2012 / 09 / 19 ( Wed ) 魔物は瞬時に大人しくなった。
念のためにゲズゥは短剣を抜き、羊女の首を掻っ切った。血飛沫のようなモノが吹き出ても、魔物はそれでも暴れない。 矢に射抜かれた箇所を中心に粒子化が進んでいるのを認めて、ゲズゥは魔物の背から飛び降りた。完治からは程遠い身体が軋む。 そこから先ずは地面に両手を付いている少女の元へ行った。 「近付いて浄化しなくていいのか」 ミスリアの傍らに立ち、訊ねかけた。山羊男も羊女も不動のまま質量が減って小さくなっているが、まだ油断はできない。 「……たぶん、大丈夫……だと、思います」 普段は澄んでいる少女の声も今は掠れている。 「……そうか」 ゲズゥ以上に魔物という存在を理解しているはずのミスリアがそう言うなら、信じて良いのだろう。 原理は良くわからないが、彼女が相当な無理をして援護してくれたのもなんとなく感じ取れる。 「ぐ……うっ…………レネ……!」 弓矢のガキは覚束ない足取りで無残な亡骸の傍へ駆け寄った。 一連の流れに呆気に取られていた集落の人間も負傷者の手当てをし始め、犠牲者の死を嘆き出す。最初の赤毛の娘以外に、何人かが山羊男にやられたらしい。それ自体は、ゲズゥにとってはどうでもいいことだった。 魔物が二体とも完全に消えるのを見届け、次にミスリアを見下ろした。 悲しみに濡れた茶色の瞳が瞬き、涙が白い頬を伝っている。 他に魔物の気配を感じないか訊くべきだという考えが、ゲズゥの脳裏を過ぎった。だがその問いは無意味だと判断する。他に魔物が居ようが居まいが、もう知った事ではない。 ――もう少し休ませてやりたい気持ちも無くは無いが。 ゲズゥは大剣を背負い直すと、ミスリアの首根っこを掴んだ。 「な!? 何ですか」 少女の驚いた顔が見上げてくる。 「引き上げる」 荷物が半分ほど部屋に置きっぱなしなのが惜しいが、この際諦めるしかないだろう。 「でも怪我をされた方の治癒をしないと……!」 「無駄だ。こうなった以上、俺らに居場所は無い」 逃れようと抵抗するミスリアを、彼は両手で抱え上げた。 庭は集まってきた大勢の人間の声でざわついている。 「どうしてこんなことになったんだ!」 「何週間も魔物なんて出なかったのに……」 「余所者を迎え入れたからだ。他に理由なんて考えられないだろう!?」 「そうね、そうに違いない。聖女さまだからって気を抜いたわ」 「あの二人の所為でこんなことに!」 予想通りの非難の声と睨み付ける視線。実際に二人の所為だとしてもそうでなくとも、魔物を倒した功績も、もはや関係無い。 困惑するミスリアを無視して、ゲズゥは山へ向かって走り出した。 _______ 道が途切れて既に三十分以上は経っている。 こんな暗闇の林の中をこうも速く走れる人間はきっと他に居ないだろう。それもほとんどが斜面だ。自分を抱えて走る長身の青年を一瞥して、ミスリアは場違いな感心を覚えた。 (何だか逃げてばかり……) それも今回はシャスヴォルから逃げ出た時とは事情が違う。一体自分たちは今は何から逃げているというのだろうか。 世間から追い出されたような疎外感を感じ――「天下の大罪人」と呼ばれるゲズゥは何時もこんな気持ちなのかと想像する。否、彼の孤独はこんなものではないはずだ―― 「きゃっ」 急に取り落とされたように下ろされ、ミスリアは慌てて地に立った。 振り返るとゲズゥは樹の根元を背に座り込んでいた。ひどく咳き込んでいる。見た目以上に重傷を負っているのかもしれない。 (治さなきゃ) ミスリアは歩み寄り、手をかざした。気力を使い果たして億劫だが、かろうじて聖気を展開できた。いつもよりは弱々しい光で傷だらけのゲズゥを包む。 どれ程の間、そうしていたかはわからない。途中で何度も集中が途切れそうになるのを必死に堪え続けた。これくらいの労力は守ってもらう上での当然の対価である。 やがて、ゲズゥが「もういい」と手を振って示した。それを待っていたかのように体中から勝手に力が抜け、ミスリアは地面にへたり込んだ。 (なんて一日……) 今朝がものすごく遠い昔のように感じられる。 今日の出来事を思い出しただけで疲れが増した。 (……たすけ、られなかった……) そしてツェレネの最期が生々しく脳裏に蘇った。ミスリアは反射的に口を覆う。 「私の、所為」 涙が零れたのも、唇から言葉が漏れたのも、無意識からだった。 |
ほぼ私信です1
2012 / 09 / 18 ( Tue ) 海老反りへ。
>拍手 羊女に「ようじょ」を見出す君の執念に脱帽! げっさんだったから気味悪いとか思うのだけどね。普通にもふもふふわふわですよ。 そうか、君が2000か… じゃあ特別編のネタでも練っておこうか。 ミクシィのこれ見てかいるたん思い出したワロス http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2157350&media_id=75&from=home&position=5 1,5,7あたりが特にw |
はははは
2012 / 09 / 17 ( Mon ) 当たり前と思えるものが当たり前じゃなくなる。
いやー 金曜日には続き書きあがってたのにホテルがなんと停電しまくって、ついでにワイヤレスがまだ使えないw 職場からこっそり更新。 昨日は半日ぐらい水道も止まっててトイレはバケツの水で流しましたよ ワロス あ、でもジャングルっぽいとこでヤシから作ったお酒とか飲んできました。 さすがアフリカ。ぱねぇ。ヤシのお酒は美味しいけどめっさ胃もたれするんだぜ! ちなみにその村は電気も水道も通ってなくて火とか井戸とかです。 手を洗うときは瓶に水ためて誰かに流してもらいます。 おっと、そういう話よりも。 2000HITが近い!w う~ん ネタが無い。 忍者ツールにアンケートができたみたいだから試そうかしら? |
15.h.
2012 / 09 / 17 ( Mon ) ゲズゥは魔物狩りの専門家でなくとも、勝つ為に何が必要かに関しては自分なりの考えを持っていた。
たとえば慎重さと持久力。得体の知れない化け物相手に、性急に踏み込みすぎるのは危険だから、根気良く長期戦に持ち込まねばならない場合も多い。 同時に、変化し続ける状況に瞬時に対応する反射神経と判断力も必須である。 羊女が食事を娘の脳髄から手足の肉の方へと移していたのが視界に入った。全部食べ終われば、おそらくは次の獲物を探すだろう。そうなればゲズゥは二体とも相手にしなければならない。 驚異的な再生力が羊女にも共通しているとしたら、益々厄介だ。 見れば、山羊男は思い出したように次から次へと傷を治している。 奴が一旦思い立ったからには、これからはマメに再生するだろうと仮定しなければならない。不公平なことに生きた人間のゲズゥにそんな再生能力は無い。怪我を負わなくても、長引けば体力の消耗は免れない。 手数の多さで圧倒すればどうにかなるだろうか、と試しに大剣から短剣へと得物を替えた。魔物の背後に回り、黒い毛に覆われた体を幾度と無く斬り付けた。容易に振り返られない魔物は悲鳴を上げるが、結局傷は数秒で消える。この分では全体を両断したとしてもくっつきそうである。 ゲズゥは一歩下がった。 これっぽっちも打開策が浮かばない。 こうなったらミスリアだけ拾って全速力で逃げるか、と真面目に検討し始めたら、転機は思わぬところから降って沸いた。 「うおおおおお!」 魔物がゲズゥに向き直ったちょうどその時、死角から集落の人間が一人飛び出てきた。振り下ろされた鎌が、魔物の尻にザックリと突き刺さる。直後、その男は魔物の後ろ足に蹴られて吹き飛んでいたが、そんなことよりも。 ――なるほど、凶器が体内に突き刺さったままの状態なら再生は遅れるらしい。 とはいえ、刺すより斬るのが主な攻撃手段であるゲズゥにはあまり意味の無い発見だった。 素人どもが勢いづいて一斉に山羊男に襲い掛かっている隙に、ゲズゥは羊女の方へ目をやった。もはや赤い髪の毛以外は原型を留めていない娘の、内臓を引きずり出して喰っている。もうあまり猶予は残っていない。 山羊男の方はあっという間に周囲を一掃していた。三、四本の鍬や鎌が突き刺さっているためか動きが鈍いが、素人どもを爪で裂いたり蹴飛ばすには十分な体力が残っているようだ。引き千切った誰かの腕を、音を立てて骨ごと咀嚼している。 大剣を構え、ゲズゥは宙を跳んだ。 空中で一回転して勢いをつけてから、山羊男の胴体と下半身の付け根めがけて剣を振り下ろした。 すんでのところで魔物は飛び退いた。 着地をしたゲズゥはまた舌打ちをして――異変に気付き、目を細めた。 手応えが無かったので空を切ったとばかり思っていた。それなのに、魔物の胴体と下半身の付け根はまるで斬られたかのようにぱっかり開いている。紫黒色の血液は流れておらず、代わりに銀色の素粒子が零れていた。 胴体の素肌では、人面がざわついている。 銀色の粒子、といえば。 思わずゲズゥは剣の先に目をやった。するとそこには付け足されたように金色の光があった。 どうやっているのかはわからないが、ミスリアが聖気で剣の切っ先を有りのままのそれよりも少し長くしていると察しが付く。 ――聖気によって浄化された部分ならば、再生できない。 すぐにピンと来て、ゲズゥは剣を構え直した。 しかも魔物はうっとりと銀色の光を眺めるだけで、周りへの注意も疎かだ。これならば倒せる。 念のためにまた魔物の後ろに回り、剣を振り下ろした。 左右に均等に分かたれた山羊男は、それでもくずおれることは無かったが。くっつきなおすことも無く、切り口からどんどん銀色の素粒子を放っている。そうして質量が見る見るうちに減っていく。 振り返り、ゲズゥはミスリアの姿を確認した。目をきつく瞑り、左手で首飾りを握っている。 実質、今最も役に立つのが十四歳の小娘とは皮肉なものだ。やはり聖女であるだけにこういう時は肝が据わるのだろうか、と僅かばかり感心をしていたら―― 横から何かが衝突してきた。 そのままとんでもない重量によって地面にうつ伏せに押し付けられた。 ゲズゥは、己の肋骨が折れる音を聴いた。内臓もおそらくいくつか潰れている。激痛に何度か失神しかけるが、何とか意識を保った。 文字通り、息ができない。口の中で草と土と鉄の味が混じり合う。 羊の鳴き声に目を開けば、血に塗れた雌羊の頭がすぐ近くにあった。緋色のつぶらな瞳に覗き込まれ、ゲズゥはなんともいえない気分になる。 というより、臭い。至近距離でのあまりの腐臭に、流石のゲズゥも吐きそうになる。 羊女の両手の爪に頭を掴まれ、これは今度こそ死ぬだろうなと予感がした。 唐突に、羊頭が離れた。魔物は怒りに悲鳴を上げている。次いでゲズゥは、重りから解放された。 的を捉えられなかった矢が地面に舞い落ちるのを見て、何が起きたのか把握した。どうせなら当たっていれば尚良かったが。 ゲズゥは這って起き上がった。ミスリアが離れた場所から治癒をしてくれているため、痛みがいくらか和らいでいる。 羊女は次の標的を決められないのか、叫びながらぐるぐると同じ場所を飛び回っている。山羊男よりは頭が悪そうで何よりだ。 魔物が立ち止まる一瞬を狙い、ゲズゥは跳躍した。 まるで馬の背に跳び乗るような形で羊女の首に片腕を回し、後ろから絞めた。馬と違って柔らかい羊毛の座り心地が、若干気味悪い。 ゲズゥの腕を引き剥がそうとして女の黒い爪が食い込む。唇を噛み締め、耐えた。 羊女はひたすら暴れ回った。振り落とされまいと、ゲズゥは脚に力を込める。こうも動かれては短剣を抜くことが出来ない。 揺れる視界の中から、黒い巻き毛のガキが弓矢を構えているのがチラッと見えた。 ひどい顔だが、戦う気がある限りは使えるかもしれない。残る力を振り絞り、ゲズゥは女の首をギリギリと締め上げた。そうして、ガキの次の行動を待つ。 放たれた矢は二本ほど外れた。 乗り物酔いのような気持ち悪さが襲ってきているため、ゲズゥはそう長くは待ってやれない。もうダメかと腕の力が抜けかける。 ドッ、という音と共に横から衝撃があった。 羊の横腹に該当する部分に、淡い金色に光る矢が刺さっている。 |
15.g.
2012 / 09 / 12 ( Wed ) 再び息ができるようになった頃、まだあの音は止んでいなかった。
その上、額を割られた少女の映像が目に焼き付いている。 ミスリアは何とか思考を巡らせようとした。しかしパニックで考えは何一つまとまらなかった。 (なんて――なんて理不尽) (羊って上顎に歯が無いはずのに、あんな牙ありえないわ) (ツェレネさんは若くて夢があったのに。出会ったばかりなのに) ――違う、そんなことを考えている場合じゃない―― 羊頭の魔物は、山羊頭の魔物と似た体の構造をしていながら、胴体は女性だった。ふっくらとした乳房に鮮血が滴っている。 (助けなきゃ。まだ間に合う?) (キモチワルイ) (理不尽だわ) (山羊の方はどうなったの、ゲズゥは無事かしら) ――違う、違う、早く聖気を。 魔物がふと、啜るのを止めた。 緋色の双眸が宙をさ迷い、やがてミスリアの上に焦点を定めた。獣の顔に表情は無いが、何故か笑っているように見えた。 (こわい。死にたくない) (体が動かない) (死にたくない) (助けなきゃ) アミュレットに触れさえすれば聖気は展開できる。幸い、羊の魔物が動きそうな気配は無い。 なのに全身に全神経を集中させても、やはり動けないものは動けなかった。 途方に暮れていたら、聴き慣れた声が耳を打った。 「やめておけ、アレは助からない」 ゲズゥはミスリアの心を読んだかのような発言をした。 (そんな残酷なこと言わないで) 助ける努力くらいするべきでしょう、と抗議しようにも声が出ない。泥沼に浸かっているみたいに体がだるい。 絶望が、見えない錘となって降りてくる。 もう間に合わない。 とっくにそれを知っていた、それでも受け入れられなかった。 否、現実感が無いのだ。吐き過ぎた疲れもあって、熱があるように頭がぼうっとする。目の前の惨状を、呆然と眺めるしかできない。 「のた打ち回っても無駄だ。強くなりたいなら戦え」 ゲズゥが珍しく声を荒げている。 すぐ隣で誰かが咳き込む音に気付いて、今の言葉がトリスティオにかけられていたのだと知った。 ミスリアは目だけを動かしてトリスティオの姿を探し、うずくまる少年を見つけた。肩で息をしながらしきりに呻いている。 「死にたくなければ、動け!」 その言葉を聴いた途端、ミスリアは叩かれたみたいな衝撃を受けた。 泥沼に浸かる錯覚が霧散した。 「何だ! 魔物が出たのか!?」 「ツェレネ!? いやあああああっ」 今になって長老の次男夫婦が家の中から出て、現状にそれぞれ反応をした。気を失った妻を、顔面蒼白な夫が支える。 「どうした!」 周りの家からも、人が出て来ている。ぽつぽつと松明の明かりが増えて、魔物の青白いゆらめきが目立たなくなった。 (このままでは犠牲者が増える) ゲズゥが山羊の魔物に何度も斬りかかるのを目の端で捉えながら、ミスリアは深呼吸した。脱力している場合では無い。 自分がまず生き延びなければ、誰かを助けることなんてできやしないのだから。 「聖女」ならば、一般人を守るのが当然の役目だ。 ミスリアはその為の術と経験を持ち合わせている。他の誰が怖気づいたとしても、自分だけは最後まで立っていなければならない。 既に失われた命に関しては、ひとまずはもう考えないようにした。 今度は体のどれかひとつでも、動ける部位を探すことに集中した。 そして発見した。 震えがひどいが、何故か左手だけは動かせるようだ。 (お願い、動いて。動け!) 左手の中指の先が、曲がった十字に似た形のアミュレットに触れた。 _______ 山羊男は、思ったよりなかなかにしぶとい。 いくつかの傷口から体液をダダ漏れにしながらもまだまだ動き回る。あの血液だと思っていたモノは本当は奴らにとってさして重要でもないのだろうか、などとゲズゥは考えた。 腕を一本切り落としてやったのだから少しは怯んで欲しいところである。 羊女の方は赤毛の娘を食べている間は大人しくしているだろうと踏んで、ゲズゥは先に山羊男を相手にしている。 今のところ二体ともまだミスリアに興味が行っていないのが救いだが、それも時間の問題だろう。 山羊男は一度雄叫びのような声を出してから、突進し出した。その僅かな間にゲズゥは思案した。 魔物の爪や角も問題だが、何よりもあの足に踏み付けられたらまずい。ゆえに奴の攻撃を避けつついかに隙を誘えるかが今一番の課題である。 仁王立ちになって剣を構え直したゲズゥは、にわかにあることに気付いた。 茂みの中から集落の民が何人か、鍬や鎌などを持ってこちらへ近づいている。 勇敢で結構だが、動きを見る限りは皆まるっきりの素人のようだった。これでは、惚れた女の死を目の当たりにして使えなくなっているそこのガキよりも足手まといかもしれない。 ――いや、逆に利用できるとすれば。 何か名案に辿り着ける気がしたが、もう山羊の角がすぐそこまで迫ってきているのでやめた。 ゲズゥは左下へ跳び、剣を薙いだ。そうして、魔物の前足を刃で捉え、切り離した。 馬であれば、そのまま地面へ崩れたことだろう。だが期待外れなことに、そうはならなかった。 山羊男はいつの間にか新たな、しかも前よりも明らかに倍は長い、腕を生やしていた。その腕を地面に立てて体勢が崩れるのを防いだ。緋色の目以外は何も考えていないような寝惚けた顔をしているのに、それくらいの知能はあるということか。 ゲズゥは畳み掛けに攻撃をしようとまた構えた。ところが山羊男はものの数秒で無くなった足を再生し、振り下ろされる剣をかわした。 まったく魔物と言うのはデタラメで面倒な存在だ、とゲズゥは舌打ちした。 |
15.f.
2012 / 09 / 11 ( Tue ) **注意**
珍しく注意喚起をします。 今回は今までより突き抜けてグロイ描写がありますので、心してお読みください。 _______ 本来ゲズゥのような接近戦に特化した人間は、魔物狩りに向かない。 魔物と対峙する時の戦法は、まず中距離または遠距離から攻撃を繰り出し、対象を弱らせるか拘束してから、接近して止めを刺すのがセオリーだ。そして常に二人以上のチームを組んで連携するのが理想だ。 (でも魔物が怖くて護衛を頼んだんじゃないから……) そうだったならば普通の魔物狩り師を雇っていた。 個人的な興味も混じっているとはいえ、わざわざゲズゥ・スディルこと「天下の大罪人」を探し出したのには違った理由がある。 これまでの旅で誰もトリスティオと同じ指摘をしなかったのは、きっとミスリアがいずれ供を増やすだろうと想像していたからに違いない。 ミスリアも、せめてあと一人は増やしたいと考えてはいる。 (残念ながら、そんなアテなんて無いけど) 協調性に乏しいゲズゥが誰かと組むのを嫌がったりしないだろうか、とも思う。たとえゲズゥが平気だとしても、どちらかというと相手の方が嫌がるかもしれない。 カイルはああいう温和で立ち入り過ぎない性格だからか、何の衝突もなく三人で旅ができた。果たして他の人間を仲間に迎えてそううまく行くかどうか。 「今までは彼一人だけでも十分でした。けれどもそれも運が味方しただけかもしれませんし、道中にいい人材に出会えたら勧誘しようと私も考えています」 嘘は言っていないけれど、ミスリアにとっては実現性の低い話である。 「そうっすね。飛び道具を扱う魔物狩り師はやっぱり必須でしょう」 その返答に納得したのか、トリスティオは深く頷いた。 「トリスの弓みたいなー?」 ツェレネが首を傾げて無邪気に問う。 「おれの腕じゃまだ旅は無理だって。大体、皆を置いていけるかよ」 「うん、置いてかないでね」 「何だその言い方」 えくぼを浮かべてツェレネが笑うと、トリスティオは頬をかすかに紅潮させた。 ミスリアが手元のハーブティーの甘い香りを嗅ぎながら「仲が良くていいなー」、みたいな感想をぼんやりと思い浮かべていた、その時。 蒸し暑いとも言えるような夜を、不似合いに冷たい微風が吹き抜けた。 その風に乗って、鼻がひん曲がる程の悪臭が届く。 それが何を意味するのかは疑いようも無かった。 テーブルを囲う三人は一斉に立ち上がり、ゲズゥも刀身剥き出しの剣を構えて前へ進み出た。トリスティオがツェレネを自らの背後に押しやった。 虫の声がいつの間にか止んでいて、奇妙な静寂が庭に満ちている。 吐息すら無意識に潜めてしまう。 前方の深い茂みを睨み、ただ待つしか出来ないその数秒が無限に続くように思えた、が。 葉と葉の擦れ合う音がした。 茂みの奥から、緋色の双眸が燃え盛る。 原始的な――捕食者に睨まれた獲物の――恐怖を制御するため、ミスリアは奥歯を噛みしめた。 前方の茂みから巨大な影が飛び出たのとほぼ同時に、トリスティオが弓に矢を番えた。 現れ出た異形のモノの左の眼球を、彼の矢が的確に射抜く。 魔物は、聴くに堪えない絶叫をしつつ仰け反った。 蝋燭の炎に照らされるソレは山羊の頭に人間の男の胴体と続き、そして下半身は山羊の毛並みに覆われた、馬を思わせる体躯をしていた。 両手にはそれぞれ指が三本しかなく、黒い爪が恐ろしく長い。 魔物が体勢を立て直しては地面を蹴るが、右の掌と左肩に次々と矢が刺さる。半人前と自分では言っていても、トリスティオは十分に戦力になった。 痛みに悶える魔物を一刀両断すべく、ゲズゥが迅速に接近している。 彼が残る一歩を踏み込んで大剣を振るうだけで、この緊迫した場面も終わる。 そんな風に後方の三人が安堵した、瞬間。 ゲズゥが踏み留まった。 素早く振り返った彼は大きく目を見開いている。 斬るべき敵を目前にして一体どうしたというのか―― ――ゴキッ。ギィッ。 何かが噛み砕かれる音と、何かが抉じ開けられるような音が背後から連続して響いた。 そのどれもがひどく鈍いものだった。 「え?」 ツェレネの突拍子も無い疑問符に、ミスリアも振り返って、そして。 総ての言葉を失った。 全身から力が抜けて、地面に尻餅をつく。 五感からの情報が巧く噛み合わなくて、場に対する飲み込みもまたちぐはぐになる。 今日までに、人間の頭蓋骨が開かれる図など見たことが無かった。 赤毛の美少女だったはずの彼女は足が地面から浮いていた。 美しい目や口や鼻から溢れ出るナニカ。 彼女の脳天に長い牙を立て、両手の爪でそれを果実にするように開き、中身を啜る羊頭の異形。 それはそれは大きな音を立てて、夢中で啜っている。 ――生きた人間の脳髄を。 理解した途端、胃の中の物が喉を逆流した。 |
15.e.
2012 / 09 / 09 ( Sun ) 親しげに呼ばれたトリスティオも一度だけ手を振り返す。
どこか照れているように体を強張らせているが、口元は確かに笑っている。 「おー、レネ。元気か」 「私はいつも元気だよ? それに昨日も会ったじゃない」 「そういえばそうだったな」 照れ隠しのためか、彼は黒い巻き毛の前髪を指先に絡めている。 「変なの。それで、見回りどう? 何か居た?」 「や、居たら騒ぎにしてるって」 「じゃあトリスも一緒に食べようよ。魔物居ないなら外でもいいよね」 ツェレネが笑顔で誘う。ツェレネの両親はというと、仕事で疲れているから屋内で食べるらしい。 「それは……」 トリスティオは気遣わしげな視線を向けてきた。客であるミスリアたちに遠慮しているのだろう。 「是非、私からもお願いします」 ミスリアが微笑みを返すとトリスティオはしばし考えるような素振りをし、頷いた。 (何か聞けるかもしれないし) こんな誘い方はずるい気もするけれど、かといって急に「この集落の諸々の事情を聞かせて欲しい」と詰め寄っても不自然である。 一同は裏庭のテーブルの席に腰掛け、食卓を整えた。ティーセットを並べ、皿とスプーンを配り、プディングを盛り付ける。 当たり前のように、ゲズゥだけが離れた位置の樹に寄りかかって立っている。 「ツェレネさんはお料理が上手ですね」 「ありがとうございます。でも聖女さまの奇跡の力の方が凄いですよ」 「それは、凄いのは私ではなく教団の教えです」 「謙虚っすね」 三人はブレッドプディングとハーブティーを楽しみ、しばらく雑談をした。 頃合を見て、ミスリアはさっきと同じ質問を繰り返した。 「それでトリスティオさん、巡回をしていたというのは?」 訊かれて、彼は目を瞬かせた。やや垂れ気味の目に、森のように深い緑色の瞳が揺れる。 「トリスティオさんは魔物狩り師なのですか?」 ミスリアは質問を変えてみた。 「まさか。確かに、ついこの前までココに住んでた魔物狩り師に師事してたんっすけど。おれはまだまだ半人前で、教えてもらえてないことも多くて」 「彼らは王都に発ったんですよ」 ツェレネが付け加えた。 「ミョレン国の王都のことですか」 ティーカップを口に引き寄せながら、ミスリアは確認した。 「はい。二人のうち一人は王子サマに呼ばれて、もう一人は聖人サマの旅の護衛に指名されたって言ってたっす」 それらの時期が重なった所為で、集落は今は魔物狩り師が不在という状態になったのだと言う。 「王子って……第三王子ではありませんよね?」 なんとなく背中にゲズゥの視線を感じながら、ミスリアは訊ねた。 「第一じゃなかったかしら、ねえ」 ツェレネは思い出すように顎に手を当て、トリスティオを見た。 「第一でしたよ。何かあるんすか?」 「いいえ、なんとなくです」 ミスリアは笑ってごまかした。ゲズゥをチラリと盗み見れば、彼はどこへとも無く視線を遠くへやっている。 「それより、ミョレン国に聖人の呼びかけがあるんですね」 教団との関係が芳しくない国なのに、意外に感じる。 「すっごい強い人ですから、いろんなトコから声かかってたんすよ。こんな辺境でひっそりと鍛えてただけなのに、いつの間にか噂が広まっちゃって」 トリスティオは師のことを誇らしげに語る。ツェレネもうんうんと頭を縦に振って同意している。 「なるほど」 「方々からの話を聞いてて、一番ついて行きたいと思った人を選んだって言ってました。やー、おれもいつかはああなりたいっす」 「頑張ってください。きっとなれます」 ミスリアはそっと微笑んだ。 ツェレネにも励ましの言葉をかけられ、トリスティオが照れくさそうに笑う。 その後続いた会話は、あまりミスリアの耳に入らなかった。 (また、夢を追ってる人……それにその聖人様も立派だわ) 自分は、人がついて行きたいと思えるような人間では決して無い。 そんな方法では人を集められないし、むしろ考え付きもしなかった。 心のうちに広がる暗い波を自覚して、ミスリアは焦燥感を覚える。 自分の良さを提示して呼びかけた訳でもなければ、潜在的な何かで引き寄せた訳でもなく。 (私は) また、斜め後ろのゲズゥを盗み見る。今度は気付いて、彼が視線を返す。黒い瞳には何も映らない。 (死ぬ間際の……実質、追い詰められていた人を) 他に選択肢の無い人間に半ば押し付けるような形で取引を持ちかけた自分は、間違っていたのかもしれない。 意図して打算的な方法を取ったんじゃない――なんて、説いた所でただの言い訳である。 「――は、一人だけなんすか?」 「はい?」 トリスティオに何か話しかけられている。ミスリアは悶々とした物思いから抜け出た。 「聖女さん、護衛は一人だけなんすか? 普通、聖人や聖女の旅は最低でも魔物狩り師が一人、戦士や兵士が二人は護衛についているって聞いてたんすけど」 「はい、普通はそうですね」 なんて的を射たことを言うのだろう、と内心では苦笑しながら、とりあえず同意した。 |