61.f.
2016 / 09 / 03 ( Sat )
「貴様らにそこまで話す義理など――」
「どうするかは現場の状況次第で判断しろって言われてます~」
 拒絶で応えようとしたユシュハを押しのけて、フォルトへがあっさりと明かした。

「つまり、二人でどうにかなりそうならどうにかして、どうにもならなそうなら援軍要請を出しますねぇ」
「応援要請なんてどうやって届けるの」
 リーデンは周りの景色に目配せした。確かに人里離れているこの地では、連絡手段があまりに限られている。
「実は頂点(ケデク)さまの使いの大烏をお借りしてるんです。つかず離れず我々について来ているはずなんで、専用の笛を吹けば近付いてきます~」

「へえ、お利口なカラスさんなんだね」
「すごいでしょう! 頂点さま方はみんな飼ってま――あだっ!?」
 フォルトへのへらへらとした笑顔が痛みに歪んだ。ユシュハの肘鉄を背中に喰らったらしい。

「いい加減にお前は社外秘という言葉を理解しろ、阿呆が」
「すみませんんん……でも下手に隠して聖女さま方にいざという時に信用してもらえなかったら、生存確率が下がりそうじゃないですか~」
「ここぞとばかりに正論を出すな! 口の軽さを叱るべきか、思慮深さを褒めるべきかわからん!」

 じゃあ褒めて下さいよぉ、と何故か両手を差し出す部下の頭を、上司が思いっきりはたいた。
 この女性の第一印象を思い返し、ミスリアは苦笑する。傍若無人で威圧的な人だと思っていたのに、最近ではそれほどでもない。
(相変わらずゲズゥを見る目には殺意と憎悪ばかり篭ってるけど……)
 少なくとも、仕事に私情を挟まないとの一線を、守り抜くつもりであるのはなんとなくわかる。

「組織の大事な秘密だと言うのに話して下さってありがとうございます」
 礼を伝えてみると、ユシュハは一度こちらを睨み付けてから「ふん」と顔を背けた。
 リーデンが小さく咳払いをする。
「で、話を戻すよ。大人数を送り込まなかったのってやっぱ、敵の存在の有無と所在地が不確定だからなのかな」

「そうだ。大人数の行進ではより時間がかかる上、敵にも警戒されてしまうからな。その点、聖女の巡礼の形に便乗すれば、怪しまれるどころかむしろ標的にされやすくなる。そうだろう?」
 ユシュハがこちらを一瞥した。ミスリアは迷わず頷きを返す。

「はい。教団から魔物信仰集団に関する警告を受け、その上で敢えて踏み込めとの指示でした」
「餌をチラつかせて、連中を穴倉からおびき出すってとこね。おびき出せた後の作戦の詰めが甘い気がするけど」
「何も難しく考えることは無い。聖女を守り抜き、ついでに、魔物を崇める集団に付いてできるだけ情報収集をする」
 ――それだけだ。

 腰に手を当てて断言する女性はミスリアには大変頼もしく見えたけれども。
 魔物信仰。
 こうして改めてその呼び名を口にすると、心の内に冷たい物が落ちていくようだった。
 伝聞により認識するのとは果てしなく違うのだ。

 姉カタリアとエザレイ・ロゥンが関わったサエドラの町。その奥の森には魔物を造り出し、使役する人々が暮らしていた。それは独特の信仰心の表れだったのだろうか。彼らの所業を思うと、行為の根本にある思想や信仰を解明せずとも、絶対にわかり合うことは不可能だったと確信を持てる。

 では、これから衝突するやもしれない、魔物を崇める集団はどうか。
 言葉と交流を重ねてどうにか目線を合わせられるような人々であるだろうか。
 答えは十中八九、「否」だ。今からでも予想が付く。

 では、会話でわかり合えない相手をどう扱えばいい? この旅を始めてから、何度も似たような壁にぶつかっている。
 それなのに永久に解答に辿り着ける気がしなくて、ミスリアは目頭が熱を帯びるのを感じた。

_______

 次に人の痕跡を見つけられたのは、五日後のことだった。今度の野営地も無人である。
 申し訳程度の食糧を見つけ出し、そしてユシュハが両腕一杯の荷物をかき集めてきた。
 地面に投げ出されたのは、どれもミスリアにとっては見慣れない道具である。それらを囲って立つ面子の中ではフォルトへだけが使い道に即座に思い当ったらしく、スッと屈んで、一本の長い縄を手に取った。

「先輩~、これってアレですよね」
「ああ。景色の凹凸と積雪が増えて来たからもしやとは思ったが、雪崩の可能性が高い地域に入ったようだな」
「この野営した跡地が遊牧民のものだったなら、そう考えて間違いないんでしょうねぇ」
 極北についてそれなりの知識を叩き込まれてきたという二人のやり取りを、残る四人で黙って見守っていた。ほどなくして、組織ジュリノイの成員二人は意外そうな視線を向けて来た。

「なんだ。貴様らこういうのを見るのは初めてか」
「んー、流石に雪かき用シャベルは見たことあるよ、っていうかソリに積んであるんだし。そっちの棒は何? 三節棍って武器をどことなく連想させる……けど、棍棒にしては細すぎる」


更新遅れた申し訳なさで今回長めになりましたw

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13:05:30 | 小説 | コメント(0) | page top↑
61.e.
2016 / 08 / 29 ( Mon )
「うん、君たちもね」
 火も持たずに闇の中に消えたユシュハの足跡を一瞥してから、リーデンは数秒の間考え込んだ。
「僕はこっち行くから、兄さんは逆から回ってくれる」
「ああ」

 ソリが地面からぐっと浮き上がる。搭乗者の中で最も体重のあるゲズゥが降りたのだ。瞬く間に、兄弟も闇の中に消えた。
 待つだけと言うのはなんともやりづらい。ミスリアは気もそぞろに足元の荷物を整理したり、手袋に包まれた両手を擦り合わせたりした。

 前列のフォルトへが席を立ったのが見えたので、なんとなくついて行った。
 馬の世話をするつもりらしいのだと察し――彼が干し草と水を与える間、ミスリアはブラシをかけてあげることにした。

「えっと、リーデンさんでしたっけ。あの人はああ言いましたけど、近くに魔物は居ないと思います。気配に敏感な馬たちも無反応なんで~」
「無反応と言えば……動物の死体を積んでも、あまり嫌がりませんね」
「個体差ですよ。集落の人たちはそういった経験が豊富な、図太い子たちばっかり売ってくれたんです。大事にしなきゃですねぇ」

「はい」
 今晩に限らずこれまでにも数度、魔物から逃げる際に活躍してくれたのだ。感謝の意を込めて声をかけ、丁寧にブラッシングをしていく。
 手を動かしていれば、待つ時間は苦ではなくなった。二十分くらい経ち、逞しい体付きの女性が戻ってきた。

「食糧は見当たらなかったが、使えそうな竈を見つけた。そこで湯を沸かして水筒を補充しよう」
「お疲れ様です、それは助かります」
 ミスリアはそう言って出迎えた。

(食べられる物が見つからなかったのは残念だけど)
 野営地は放棄されて長いのか、それとも使った人々は何一つ残さずに持ち去ったのか。後者であるなら、竈だけを残したのはおかしい気もする。忘れてはいけないのがフォルトへが最初に漏らした、死の臭いがする、の一言だ。

 数分後には兄弟も戻ってきた。拾ってきたらしいスノーシューズを抱えて「敵影(てきえい)なしー」と弟が報告すると、「左に同じく」と兄も続く。今夜野宿するには安全だろうと結論付いて、全員は準備に取り掛かる。先ほど入手した肉の処理はユシュハたちが引き受けた。

「ところでさ。揉め事の跡があったよ」
 各人、テントも張り終わって食事を腹に収めた頃。リーデンが小声で切り出した。
「雪の下から何かが突き出てたのが見えてちょっと掘り出したんだけど、血痕の付いた桶だった」
「そんなものが……。他には何か見つかりませんでしたか」
 リーデンも、そしてゲズゥも否定の意で頭を横に振った。

「僕らの印象だとどうも、此処を使ってた人たちは中途半端に去ったみたいに感じるんだよね。推測すると、襲われて連れ去られたんじゃないかなー」
「我々が追い求めている『奴ら』が、近いのやもしれんな」
 発言をしたユシュハの方へとリーデンの身体が向き直った。
「そういえばお姉さんたちって、敵を見つけたらどうするの。二人で征伐しろって命令されてるとか?」

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08:25:10 | 小説 | コメント(0) | page top↑
61.d.
2016 / 08 / 27 ( Sat )
 既存の会話の流れに構わず、ユシュハが強引に話題を替えた。
 彼女に問われたことはもっともであった。主に夜に移動しているのは魔物に対して油断しない為であるのと同時に、星を見る為でもある。

 星座を追うことこそが、聖獣より授かった「行路」をなぞる方法だ。
 現在、馬ソリを走らせている方向は、昨晩の内に見定めた方角に合わせている。そろそろ再確認が必要になる頃合いだろう。それでなくとも星や月の明かりが無くては、馬を走らせるのが危険に過ぎる。

「これ以上闇雲に進めば、明晩には軌道修正が必要になるかもしれませんね。仕方ありません、野営できそうな場所を見つけて今夜は休みましょう」
 ミスリアが判断を言い渡すと、同行者たちは賛同の意を示した。

 食糧は三ヶ月分を想定して、乾燥させたパンなどをソリに搭載してある。途中で狩りや採集をして補ってはいるものの、冬場なので得られる物はあまり多くない。
 極北での旅の進行がこんな具合では、目的地に辿り着けるイメージがまだまだ遠い。

(着けるかしら、三ヶ月以内に)
 せめて現地人と出会えたなら、この漠然とした不安も多少は和らぐだろうか。フォルトへが言っていた通り、こうも誰も居ないとなると、この地そのものに大きな問題があるように疑ってしまう。

「ねえ、九時の方向に見えるのって野営地じゃない」
 静かな降雪も吹雪に加速せんとする頃、後列のリーデンが人の痕跡を見つけた。
「どうやらそのようだな。向かうか?」
 馬を御すユシュハが問う。お願いします、とミスリアは即答した。方向転換による遠心力に備えて、前列の背もたれをしっかり掴む。

 近付くに連れ、野営地に人の気配が皆無なのだとわかった。煙も立っていなければ炎の熱量もどこにも無く、そこはまさしく人が居た跡地でしかなかった。
 馬を止め、地に降り立とうと身体を傾いだ瞬間。

「微かに臭いが残ってます」
 いつになく緊迫した声で、フォルトへが言った。
 鼻を伸縮させて大気を嗅いでみたけれど、ミスリアには何も感じ取れなかった。他の者たちもピンと来ないような顔をしている。

「雪が被さっていくらか経つようですから、わかりにくくなってます。血と臓物……死、の臭いです~」
 よく嗅ぎ取れたね、とリーデンが褒めると、目が悪いので他を頑張っちゃうんですよぉ、とフォルトへは照れ臭そうに応じた。
「この地に何があったかはわからんが、一応警戒はしておくか。食糧など、使えそうな物資を手分けして探す」
 馬の手綱をフォルトへに渡して、ユシュハがソリから飛び降りた。

「んー、何で君が仕切ってるのと言いたいとこだけど、提案には賛成だからそうするよ」リーデンは毛深いフードを被った。「マリちゃん、聖女さんと此処に残っててもらっていい?」
「待って下さい。私も行きます」
 抗議したミスリアの前に、美青年が歩み寄った。至近距離で覗き込まれる形になり、不意打ちで心臓がドキッと跳ねた。

「聖女さんは待ってて。すぐ終わるから」
「でも……」
「死の残り香なんて不穏でしょ。君は降りちゃダメ。何か襲ってきたら、マリちゃんとそこの帽子のお兄さんとで対応してね」
「……わかりました。気を付けて下さい」

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22:24:18 | 小説 | コメント(0) | page top↑
すてぁたす・あっぷでいと
2016 / 08 / 26 ( Fri )
おとといの夜に出張から戻ってました。

三日間朝から晩まで職場の人と顔合わせるのはアフリカ生活以来で、新鮮ではありました。

年上上司に囲まれ、「ポケモンGOってきいたことある?」「……レベル20です」「じゃあやり方教えて!!」と晩御飯の席でせがまれるとは思わず、大変ユカイな思いをしました。

仕事内容自体は大変充実しており、初日こそは何をすればいいのかわからずあばばしたり、グループの中に宿題やりたくない人がいて困ったり(笑)ありましたけど、なんだかんだでみんな楽しそうでした。果たして私から学べるものがあったのかは謎ですが、質問には大体答えられたと思います。

さて、創作スケジュール。

今日は企画用短編を仕上げてからミスリアに没頭するつもりなので、たぶん次回更新は1・2日以内にできると思います、お待たせします。


公開前なのであまり多く語れないのが悔しいところですが、マスカダイン島企画の世界、結構面白い。私は世界設定に一番深くかかわっているので自信をもって断言したい。

このファンタジーワールドは、面白い。

9月15日を待て!!! (ってやばい、サイトの微調整が絶望的に終わってないぃいいい)

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22:24:37 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
61.c.
2016 / 08 / 21 ( Sun )
 魔物を大雑把に分解した状態で捨て置いて、ゲズゥとリーデンは食用としてコヨーテの躯(むくろ)を回収して戻ってきた。
 本来ならば魔物を浄化せずに放置するのは心苦しいが、遭遇する度に浄化していてはこちらの体力がもたない。今の隙に馬たちを宥めすかし、なんとかその場を離れた。

 夜の風はまた一段と辛い。髪が乱れぬようにミスリアはコートのフードを深く被った。ユシュハのそれと同じで、フードはふわふわとした狐の毛に縁取られている。極寒を越す為のコートの入手元は全員同様にヒューラカナンテ付近の集落なので、揃っているのはそれゆえだった。

「お疲れ様です」
 片手でフードを押さえつつ後ろの列に声をかけた。それにはリーデンが微笑みを返し、ゲズゥはどこか遠くを見ていて反応しない。
「ありがとう、でも労うのはまだ早いよ。夜はこれからでしょ」
 リーデンは目を細めて天を仰ぐ。白く冷たい、結晶化した水分の粒が降り始めている。

「そうですね。では、今晩もよろしくお願いします」
「任せてー」
 この護衛たちはいつもながら、昼夜逆転した生活にすんなりと順応する。職業の性質上、よく夜更けに出回っているはずの組織ジュリノイの二人は、それでも毎度寝起きに不機嫌そうにしているのに。

 地平線をしばらく見つめてから、再び振り返る。ついゲズゥの手元に目をやった。先ほど仕留めた獣の躯を逆さに吊るして、血をソリの外へと滴らせている。幸いにも矢が内蔵に命中したため、積む前にある程度血抜きができたのだった。

 純白の一面に血の道を残しているのは野獣を招きそうなものだが、雪の上を走りながらも新たな雪が降りかかっている。赤い跡はすぐに埋もれてなくなった。

(重くないのかな。片手で吊るすの大変そう……)
 などと思っていたら、黒い瞳がすうっとこちらを向いた。一瞬だけ目が合い、居心地の悪さを感じてしまう。なるべく自然を装って体勢を前向きへと直す。

「……魔物は動物を襲わないのに、コヨーテはどうして逃げたんでしょう」
 振り返らずに大声で問うた。
「襲われないのと怖いのとは、また別の話なんじゃない? アレが実は亡者で人間に対してしか捕食本能が発動しないなんて、知ってるのは人間くらいだし。たとえば動物が観察と経験によってその事実に気付いたとしても、やっぱ咄嗟に逃げるでしょ」

「あのぅ、自分も疑問に思ったことが……あるんでずが」
 前列のフォルトへが会話に参加した。
「はい」
「人間と魔物の関係ってフィードバック・ループなんですよね。死人の魂が瘴気に反応して、魔物が発生する。魔物は人間を喰らって、より大きくて凶悪な塊となる。じゃあ喰らう人間も居ないような無人の地では、どんどん存在が弱くなったりするんでしょうか~」

「いいえ、飢餓感が強まって周囲の瘴気をもっと呼び寄せてしまうという一説もあります。生きた人間を取り込んでも飢餓感がなくなるわけでもないのですけど……自然に弱まる例は無いはずです」
「そうなんですかぁ。いえね、毎朝霧散して毎晩また再構築されるんじゃ、人の魂か肉体を取り込まないと、徐々に存在の絶対量がすり減らされるものかと」
 フォルトへの言葉に、ミスリアは少し黙り込んだ。

(霧散と再構築のサイクルにより存在が弱まる……仮にそうだったなら)
 人口の少ない場所では凶悪な魔物が跋扈していないのが条理。死者の魂か、生者の魂か肉体を追加しない限りは――分解された後の再構築で、集まる負の因子が毎度少なくなる。
 例が確認されてないだけかもしれない。それか、物凄く長い時間をかけての減少かもしれない。

「貴重な見解をありがとうございます、フォルトへさん」
「え? よくわかりませんが、お役に立ててうれしいです~」
「しかしどうする、聖女。今夜は雪で空が曇っている。星を読んで道を定めていたのだろう?」

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23:05:44 | 小説 | コメント(0) | page top↑
61.b.
2016 / 08 / 20 ( Sat )
「そんな意味があったんですね」
 あの人がブローチをしていたかどうかまでは、思い出せなかった。相対した時は緊張のあまりか、あまり隅々まで注意して見ていなかった気がする。

「おっと」
 唐突にユシュハの声がした直後、ソリが何かにつっかえたような衝撃があった。馬が驚いて嘶く。ガシュッ、と柔らかい雪が跳ね上がった。
 前の席の背もたれを掴んで体勢を保った。隣から「大丈夫?」と手話で話しかけてくるイマリナに、大丈夫ですよと笑って答える。

「石か木の根ですかねぇ。見てきます~」
 前の席から軽々とフォルトへが飛び降りた。その間、ユシュハは馬を落ち着かせる為に声をかけ続けている。
 二人に任せれば安心かなと思い、ミスリアは座り直した。膝からずれ落ちた羊毛のブランケットの位置を整えて、空を見上げる。
 最初は己の白い吐息しか視界に無かった。それが冷たい大気に溶け込んで消えると、空に桃色が伸びているのが見える。

「……極北の夕暮れは、本当に早いですね」
 決して文句を言っているのではなく、率直な感想だった。むしろ今の自分たちは夜の時間にこそをソリを走らせている。日中は野営して睡眠を取り、午後の遅い時間に出発している。
「聖女ミスリアは南方出身でしたっけ~」
 地上から締まりのない声がする。

「はい。教団で修行を積んだ頃に、初めて本物の冬を知りました」
 フォルトへさんたちにそんなこと話したかしら、と不思議に思いながらも肯定した。それにはユシュハが反応した。
「夜が長いというのは、好都合だったろうな。魔物退治の実戦経験を積む機会がいくらでもありそうなものだ」
「まあ……そうですね……」

 教団で過ごす夜は、強力な結界に守られていた。そのぶん敷地から一歩踏み出せば、いくらでも遭遇してしまう。実戦は常に討伐隊編成が抜かりなかったため死人が出たことが無いが、初心者には全てが恐怖でしかなかった。それをある程度乗り越えられるようになるまでが訓練だった。
 ヴィールヴ=ハイス教団本部が北にある理由は聖獣の近くに在りたいがため、そして俗世から少し離れていたいためだと勝手に解釈していた。こうして考えてみると、ヒューラカナンテ高地地帯は聖人・聖女という特殊な聖職者集団を鍛え上げるに最も適しているのかもしれない――。

「終わりました~。もう進められますよ――……」
 引っかかっていた石を全部どけたらしいフォルトへが、何故か立ち上がる途中で言葉尻を切った。途端に馬の嘶きが激しくなる。
「先輩、右方注意っ」
 彼の緊迫した声に、動物が威嚇する声が重なる。

 続いて、パシュッ! と短い音がした。それがユシュハの右手に装着されたクロスボゥの音だと、一瞬遅れて気付く。
 恐々と右方を見た。
 少し離れた場所に、矢に撃ち倒された哺乳類の姿があった。

「コヨーテか。群集を好む動物のはずだが」
「この個体、何かから逃げてたみたいですよぉ。てことは――」
 彼がみなまで言わずとも、答えが横の針葉樹林から飛び出て来た。
 巨大で歪な影。異形。即ち、魔物。
 ミスリアの全身に緊張が走り、無意識に、服の下のアミュレットに手が行った。
 まだ地上に足を下ろしていたフォルトへは逃げようと判断したらしく、動かぬソリの最前列に跳び上がっていた。

「おい。戦え」
 敵に背を向けて逃げた部下に、上司が厳しく叱咤する。
「勘弁してくださいよぉ、先輩。自分の特技は人間の攻撃を先読みすることであって、行動が予測不能の魔物相手じゃあどうにもならないどころか、自分ド近視なんで超不利ですって」
 緊張感の無い返事が返った。

「情けないにもほどがあるぞ!」
「まあまあ。後ろのお二人にお任せしましょう」
 人差し指を弾くようにして、フォルトへはにこにこと最後列を指し示した。
 つられてミスリアは振り返る。

 まるで見計らったのかのように、ちょうど「呪いの眼」を有する兄弟が、ソリから飛び上がっていたところだった。
 大剣が閃く。鉄の輪が宙を舞う。
 ミスリアが息を吸い込み、次に吐き出したまでの短い時間で、魔物は無力化されていた。

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23:04:32 | 小説 | コメント(0) | page top↑
一応ながら
2016 / 08 / 18 ( Thu )
数日黙ってるくらいで「作者生きてる?」って心配してくださる方がいるかは不明ですが(笑)、生きてますよと言っておく。

今週は企画物書いてたので(9/15公開予定)例によってミスリア遅れてますが、勿論書いてない間も練り練りしてます。


そうそう、来週出張なんですよ。人生で…二回目? くらいなのか?

前回はただのついででついて行ったけれど、今回は講師役の末席です(やはりついでと言えなくもない)



ところで、眠い。
仕事するのはいいが、同僚と顔を合わせるのがとてもめんどくさい。

同僚と仲良くすることも込みで給料をもらっているのだと自分に言い聞かせて頑張ってます。


今日のコミコはゴーストッカー、ハンナさん、お兄ちゃんのカノジョ、剣の王国、などと大変豊作です。一週間で一番楽しみな日です! (前は木曜日でした。つくもと菜の花とLuck Balance終わっちゃった…)火曜日更新も読んでるものは5作はありますが、ふおおお気になるううう! は5evilsと全ての人が美しい世界(休載中OTL)くらい。

時差があるため、私にとってはコミコは夜更かしして読むものではなく、朝起きたあとに今日の更新作品を思い出して、時間までニヤニヤするものなのです。ふははははは。


ラスト余談。

筋トレ頑張ってるせいか、最近腕(Or肩)が袖を通れない服が続出してて、慈善事業に寄付するしかない空気になっています。もう私は年中袖なし+緩いカーディガンかセーターで行くしかないのか。注:こういった展開は今に始まったことではなく、数年前にも一度二度あった

その点、太ももはスリムになってきている気がしないでもない。謎。

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21:48:53 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
61.a.
2016 / 08 / 15 ( Mon )
 大陸の最北部は、冬の訪れが早い。
 ミスリアの知る暦の上ではまだ秋なのに、辺りは既に今年初の積雪を経ている。数インチではなくフィート(十二インチ、約30.5cm)単位の分厚さの雪は、常緑針葉樹林の床に繁茂する苔に重く圧し掛かっていることだろう。

 寒々しい向かい風が、乾いて赤みを帯びたミスリアの頬をチリチリと掠って行った。
 樹林と樹林の間を抜けると毎度こうなのである。この地帯の針葉樹は細長く伸びて群体となって密集しているため、中に居る間は風の勢いが削がれるが、その分、開けた場所を通るのが苦難であった。

 一行を乗せた屋根付きソリは筋骨が盛り上がった逞しい馬四頭に引かれて、広大な大自然を横切っていく。
 これから先も赤茶や緑よりも白の度合いが増す一方だと思うと、心中は複雑だった。

 昼夜の割合が何よりも気がかりだ。ヒューラカナンテの冬でも昼が短く夜が長かったが、極北の冬は更にそれが顕著だと言う。気温と過ごしやすさの問題はさておき、太陽の恩恵を受けられる時間が短いのは――反比例して魔物と遭遇する機会が多いということだ。

「豪雪地帯、恐るべし。なんにもないですね~」
 深刻な物思いに耽るミスリアをよそに、気が抜けるような呑気な感想が前方からもたらされた。たった今、鼻声で喋った男性を見上げて応じる。
「平和が一番だと思いますよ」

「ぞうでずげど」
 ずびっ、と鼻水をすする音。ソリの最前列に座る男性は、ハンカチで一度鼻をかんでから再びこちらを振り返った。
「あまりに何も無いと、逆に不安になりませんか? もう教団を経ってから三週間は経つのに、最初に小さな集落を幾つか通った以降は……現地人と遭遇しないどころか野営地の跡地にも当たらないなんて」
「それだけ広大な地で、人口密度が低いってことでは」

「どうでしょうね~」
「私も気になるな」
 男性の隣で馬の手綱を握っている剛腕の女性が、振り返らずに言った。灰色のニット帽を被った男性と違い、彼女は狐の毛に縁取られたフードを被っている。その所為で声はくぐもってこちらに届くのだが、それでも難なく聴き取れるほどに、力強い喋り方であった。

「あの……今更かもしれませんけど……組織からの同行者が貴方がただったのは驚きました。まさか私の護衛を引き受けてくれるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
 不快感を隠し切れずに正直に話すと、フォルトへ・ブリュガンドという名の男性が、ふへへへ、と声に出して笑った。
「前に言ったじゃないですか~、自分は聖女ミスリア応援してますって。この話が来た時は、断ろうなんて微塵も考えませんでしたよぉ」
 好意的に答えた部下に対し、上司のユシュハ・ダーシェンという女性は平坦に言った。

「ケデクさま直々の命令だ、従うに決まっている。仕事に私情を挟んだりしない」
「その『ケデク』とは?」
「ほらぁ。聖女ミスリアもお会いしたはずです。全身を隠した怪しい感じのお方ですよぉ」
 瞬間、フォルトへの横腹にユシュハの肘が素早い打撃を与えた。ぐえっ、との呻き声が続く。

「不敬だぞ、弁えろ」
「え~、だって怪しいですもん。自分も初めて間近で見た時は、どんな不審者が入り込んだのかと思いました」
 部下の言い分を無視して、ユシュハがひとりでに話を続けた。

「組織ジュリノイの最高権力者は十一人居る。彼らは全員、黒い十一芒星(ウンデカグラム)を象ったブローチを身に着けていて、それぞれひとつだけ角が紫色になっているんだ」
「ケデクってのは、旧い言語で『頂点』って意味ですからね~。十一芒星の角を指して、頂点(ケデク)さまと呼ぶんです」

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08:13:21 | 小説 | コメント(0) | page top↑
60 あとがき
2016 / 08 / 13 ( Sat )
今朝と午後の甲:なんか今日ていうかこの頃全然筆進まないんだけどー。うー。詰まった…いつものイメージ音楽も効かない…珈琲…効かない……

今頃の甲:ああこれだ、うんこれそうそれ、やばい今後の構想が
めっちゃ視えてキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

キーアイテム:https://www.youtube.com/watch?v=7Ifw6qtblow
やっぱり詰まった時はつべこべ言わずにこういうのかけるべきだなwww

みなさんもお試しあれ!

以下読み終わった人向け。



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09:43:27 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
60.i.
2016 / 08 / 13 ( Sat )
 ミスリアは目を伏せて頷いた。
 蓮の咲く池の傍でエザレイ・ロゥンと一緒に明け方を待った夜に、悟ってしまった。

「自ら答えを紐解き、それでも使命を果たす気持ちが萎まない者のみ、先へ進む資格があるのかもしれませんね」
「ええ。完全に同調できた果てには……至上の聖なる存在と語らい、ゆくゆくは教団を導く尊き大聖者になれる。などと、夢見ていた頃がわたくしにもありました」
 レティカの整った顔立ちに翳りが浮かんだ。白い手袋に覆われた細い指が、首から提げられた薄いナイフへと伸びる。す、と革の鞘をなぞる仕草が、哀愁を帯びている。

「わたくしは、一度は心が折れた者。二人の葬式の間、ずっと、ずっと考えていましたの。もう一度立ち上がるべきではないかと……けれどいくら悩んでも、この先新しい護衛を見つけて旅を続ける決意は、わたくしの中には見つけられませんでした」
 突如として彼女はナイフの鞘を握り締めた。手袋の絹と鞘の革が擦れ合う嫌な効果音が耳に響く。
 反射的にミスリアは身を乗り出し、己の掌をレティカの震える手に重ねた。

「その選択は……聖女レティカ、貴女だけのものです。どのような結論を出したところで誰も貴女を責められません」
「そう、そうですわね」
 レティカの手から力が抜けたのがわかって、こちらも手を放して椅子に腰を掛け直した。

「私だってどこかで切り離せたらなって思うんです。護衛が私たちと運命を――末路を、共にするのは――」
 いやです、と言い終わることはできなかった。
 途端に息苦しくなり、心臓辺りに右手の爪先を食い込ませた。
 ――嫌だ、嫌だ。耐えられない。置きざりにするのも――

「無理ですわね。魔物信仰を是とする輩が潜む以上、一人で旅をすることは、危険すぎますわ」
 レティカが諭すように柔らかく言う。
「でも切り離さないと、私は……」
 考えたくなのに、望まないのに、想像してしまう。
 別れの際にあの無表情の青年は、それこそどんな顔をするのか。いつも通りに動じないだろうか、それともずっと言えずに居た自分を軽蔑するだろうか。

『それがお前の願いなら、俺は手伝おう』
『お前の時間を少し貰えれば、それでいい』
 髪を引っ張られた時の痛みが鮮明に頭皮に蘇る。

(言わなきゃ。でもこのまま避け続けて、嫌われた方が正しいのかも)
 たとえそれが最善だとしても、どうしようもなく寂しい。既に何日も、まともに話していないのだ。
(せっかく心を開いてもらえたのに、今度は私の手でその戸を閉じなければならないなんて)
 嫌われるのは辛い。傷付けるのも辛い。傷付けることで自分が傷付くのも、泣き出しそうなほどに嫌だった。

「お辛いでしょう。せめて、かつて呆然自失としていたわたくしに貴女がそうしてくださったように、お力になれそうなことがあれば何でもお申しつけください。本当に、お話を聞くことしかできないかもしれませんけれど」
「いいえ、十分ですよ」
 心遣いが胸の内に染み渡る。

 レティカの優しさに甘えて、ミスリアはつっかえていたたくさんの想いを明かした。肝心な「先への不安」に関しては多くは語らなかったが、これまでの旅を声に出して振り返るだけで、いくらか気が軽くなる。
 果てには姉の話に至り――肩を震わせて大泣きをした自分をそっと包んだ温もりには、深く感謝した。

「わたくしは忘れませんわ、聖女ミスリア。貴女がどのように生きて、どのように戦ったか。わたくし自身、これからどうなろうと、絶対に忘れません」
「ありがとうございます。私も、絶対に忘れません」
 いつしか教皇猊下の仰られた通り、人と出会うことは、世界を広げることである。
 ――他人との縁は、人生の宝。
 レティカと固く抱き合いながら、ミスリアはその事実を噛みしめていた。

_______

 長い間、何故だか息をしていなかった。
 天井の中心を占める六角形の窓ガラスから差し込む力強い光が、瞼に「開け」と否応なく命令しているようで、ついでに意識を覚醒させてくれた。
 窓から入り込む光は、複雑な形の巨大な角柱(プリズム)を通り、虹の色を余すことなく壁に映し出している。それらに照らされし、壁に描かれた図形や模様もまた美しく、地に生きる物としてのあらゆるしがらみや苦しみを一時でも完全に忘れさせてくれた。

 太陽の角度から察するに、時刻はきっと正午だろう。
 聖女ミスリア・ノイラートが大聖堂の大理石の床の上で大胆にも仰向けに寝転がっていたのは、この地が大昔に聖獣と聖人が対話したという神聖な場所であるからだ。典礼に使われる聖堂の背後、敷地内の建物の並びで言うなれば中央の一点。

 ミスリアはまず、肺が機能を再開してから間もなく、指の関節を動かしてみた。次いで手首や足。
 衣越しに背中に触れる硬い床は、まるで血が通っているかのように微かに温かい。それは触れている内に移ってしまったミスリアの体温ではなく、太陽から授かった熱でもなく、聖気が集中しているがゆえの温かさであるのは、意識の奥深くから感じ取れた。
 次第にゆっくりと上体を起こす。

「旅立つ為に必要な知識は揃いましたか、聖女ミスリア」
 正装姿の教皇猊下が訊ねてきた。特徴的な大きな帽子の所為で、小柄な猊下がますます小さく見える。
「はい。道はちゃんと、頭に叩き込みました」
 我ながら覇気の無い声だ。
 必要なお導きは確かに得られた。

「予定通りに出発します」
「よろしい。どうかあなたがたに聖獣と神々のご加護がありますように。これからも長らく健やかに過ごせますように」
「ありがたき幸せにございます」

 猊下が差し伸べてきた手を取り、立ち上がる。シーダーの香りが鼻孔を掠めた。
 穏やかな碧眼からは何の裏も感じられなかった。けれどミスリアには、たった今いただいたばかりの言辞をどう受け取ればいいのかわからなくなっていた。
 得られたのは、安眠の地へのお導きだけではなかったからだ。


 ――聖なる資質を秘めたものよ、そう怯えるな。
 ――我はどのようにして活動しうるのか。汝(なんじ)ら人間どもは、仕組みを理解していない。
 ――希望と絶望はそれほど違うか?
 ――穢れし愚か者を携えた聖女。汝が鍵となろう。

 ――さあ、疾く我が元へ来るがいい。永き眠りから、我をヒトの蔓延る大地へと蘇らせてみせよ――!

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08:51:10 | 小説 | コメント(0) | page top↑
60.h.
2016 / 08 / 11 ( Thu )
「聖地を保護する団体の拠点が、これまた聖地の上に建てられたのは、自然な流れなんだろうね。どっちにしろ、近場みたいで安心した」
「すみません。何かと移動ばかりでは疲れますよね」
「んーん。のんびり時間に余裕を持って移動してるから、疲れるなんてことは全然無いよ。むしろ、此処に着いてからは君に比べて遥かに暇かな。ねー、兄さん」

 ああ、との返事があった。
 たったそれだけの声を聞くだけで、どうして心が掻き乱されたように感じるのだろう。唇の端を軽く噛んで、ミスリアは雑念を振り払った。

 ――出発は来週。
 明後日は典礼に出席し、それから聖地を訪れる。
 予定を伝え終えると、ミスリアは話を切り上げて部屋を出た。聖女レティカを伴い、大聖堂の方へと緩やかに歩を進める。

(カルロンギィ渓谷から此処までの道のりに関しては、何も訊かれなかったな)
 訊かれたとしてもどう答えたものかわからないのだから、それで良かった、はずだ。
 悶々と思考が絡まって足を止めると、ふいに行き先の変更を提案された。

「わたくしの部屋に行きませんか。よろしければ、心中をお話しくださいな」
 レティカから優しく声をかけられた。彼女の宝石のように美しい碧眼を見つめ返して、逡巡する。相談に乗ってもらえるなど願っても無い話である。
 旅の仲間とは別の、友人というものの有難さ。本当は、近くに居るだけで、わけもなく心強く感じていた。ミスリアは礼を言って承諾した。

 そうして二人は小さな個室に行き着いた。
 見習いから修道士までは共同寝室を利用するが、聖人以上となると個室を申請することができる。個室と言っても家具は最小限であり――窓ひとつに、ベッド、机、上開きのチェスト――修道院の独房と大差ないらしい。
 窓枠に置かれたポプリの小瓶から、ローズマリーの香りが漂っている。落ち着ける場所に入った反射か、小さなため息が唇の間から漏れた。

「どうぞ」
 机に付いている椅子を引き出して、レティカは座るように勧めてきた。ぎっ、と短い軋み音を立てて腰を下ろす。一方のレティカはベッドの方に腰を掛けたので、見下ろすような形になってしまった。低身長なミスリアは、どうも人を見下ろすのに慣れない。
 咳払いで気を取り直して、口火を切った。

「私の姉も聖女だったという話はしましたよね」
「ええ、聞きましたわ」
「実はこの前、ウフレ=ザンダという国に行ったのですが……」途中で言い渋る。あの辺りの旅の記憶を遡るのは、容易ではなかった。「すみません、順序を考えてもいいですか」

「構いませんわ」
「ありがとうございます」
 まずはカルロンギィ渓谷で見知ったことを話すことにした。そしてそこから生じた疑問点も。
 最初に巡った数か所の聖地は、次に向かうべき場所を視覚などに訴えかけて教えるという、直線的な情報をもたらしてくれた。
 しかし、カルロンギィ渓谷のあの岩壁からは違った。

「確かに導かれました。遠くから『話しかけてきた』どなたかが、私に言葉を授けて下さったのです」
 聖獣のものと思しき意思は、そこが次の巡礼地かどうかは教えては下さらなかった。その点が曖昧だったが、姉が命を賭して守った地に足を踏み入れたら、またしても声は接触してきた――。

 静聴していたレティカの面差しに、共感の色が広がった。やはり彼女も、聖獣に至るまでの聖地巡礼とはただ一直線にこなすものではないと理解しているようだった。

「本人が聖獣さまと同調しやすいかどうかが決め手みたいですわ。わたくしは貴女よりも同調しにくいようなので、聖地を七つ巡ってもまだ、かろうじて途切れ途切れに声が聴こえた程度です」
「教団はこのことは……」
「伝えませんわ。伝えられないのでしょう」

「……はい」
 隠蔽とは必ずしも、悪意と謀略を背景にしていない。聖獣と同調した果てに待つのが何なのか、教団が知らないはずが無いのだ。
 頭ではわかっていても、心の方はまだ、追い付かないのである。

「それ即ち『死』と同義。恐れをなして誰も旅に出なくなりますものね」




今回の60話ってなんも起こってねーなー、とか思って最初から読み返してみたら、全然そんなことは無かったw

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06:49:51 | 小説 | コメント(0) | page top↑
60.g.
2016 / 08 / 08 ( Mon )
 だからと言って当人たちに問い質すわけにも行かず、ミスリアは手の中の方位磁石を回して暇を持て余した。
 その内、壁際の本棚にもたれかかっていたリーデンが顔を上げた。

「ほぼ未踏の地だけど、案内役を頼める人間がいるくらいなら、完全にそうじゃないんでしょ」
「はい、時季によってはあちこちに野営地が見られるみたいです」
「集落じゃなくて、野営地なんだね」
「現地人は主に遊牧民が多いそうです。跡地の位置ですら地図に載ってないそうですけど」

「ふーん、それは知らなかったな。僕は聖女さんに会うまでは、ヤシュレより北に行ったことなかったからさー」
「私もあまり詳しくは無いですね」
 ミスリアは思わず苦笑した。遊牧民のことは、召集を通して聞き知ったのである。
「でもこの地で修行したんでしょ。ファイヌィから此処までだと、なんだかんだ色んな場所を通過したんじゃないの」

「私は九歳の頃に教団本部に来たんですけど、何ヶ月も馬車に揺らされて気持ちが悪かった以外の記憶は無いですね……。全く寄り道しませんでしたし」
 そして去年――教団を発って一度里帰りを、ついにはゲズゥと出会うまでの道のりでも、道草をする余裕は無かった。
「それは勿体ない気もするね。そっちの聖女さんは? 『北』は行ったことあるの」
 話を振られた聖女レティカは、真っ直ぐな青銅色の髪を揺らして頭を振った。

「アルシュント大陸をそれなりに旅しましたけれど、それでもヒューラカナンテより北は、わたくしにとっても未知の領域ですわ」
 聖女レティカの返答を受けて、リーデンは唇に親指の先を当てた。
「気になることはイロイロあるんだよねぇ。魔物信仰、遊牧民、それと……九人、だっけ」

「何がですか?」
 突然の数字が指すところがわからず、ミスリアは首を傾げた。
「前に枢機卿の人が言ってたよね。旅に出ている聖人聖女の中で、現在でも連絡が途絶えてないのは、君含めて九人って」

 リーデンが掌でミスリアを指した。彼の手首に連なる腕輪(チャクラム)が、しゃらん、と耳障りのいい音を立てたのと同時に、ミスリアの脳裏にグリフェロ・アンディア枢機卿猊下の声が蘇った。

『三十六名が過去二十年以内に聖獣を蘇らせる旅に出て、未だに旅を終えていません』

 旅を終えていないと判じられる基準に想いを馳せる――おそらく、一に聖獣がまだ蘇っていないことと、または二に、本人がヴィールヴ=ハイス教団に帰還していないことだろうか。

「その数字ですが、わたくしが先日聞いた限りでは、五名になったそうです」
 横合いからレティカが静かに口を挟んだ。「一人は死が確認されて、残る三人は先月を最後に、音沙汰が無くなったそうですわ」
「まあ、そういうこともあるよね。焦点を移そう」
 何故かリーデンは消えたかもしれない三人については何も言及しなかった。彼はもしかしたら既に耳にしているのかもしれない。
(消えた三人の内の一人が、北に向かったってことを)
 その者は年配の聖人だったそうだ。それ以上のことは、詳しくは聞かされていない。

「二十年の間に行方不明者が二十人以上出てるんだよね」
 問われて、首肯した。
 本棚から身を起こしたリーデンが、にっこり笑って近付いて来た。

「さて、聖獣を蘇らせるには、『幾人』の聖人聖女が要るのかな」
「――」
 無意識に、ミスリアはひゅっと喉を鳴らす。
 またもや無意識に、目が泳ぐ。扉の脇に佇むゲズゥを一瞥すると、底なしに黒い瞳と視線が絡み合った。数瞬ほどそのままだったが、どこか責められているような気がして、目を逸らしてしまう。
 台所にて鍋を火にかけているイマリナの後ろ姿を眺めながら、どう答えたものかと思案する。

「白状しますと、そのように考えたことがありませんでしたわ」
 幸い、レティカが先にそう言ってくれた。後に続く形でミスリアも口を開く。
「……私は少しくらいはあります。でも行ってみなければ答えに至ることはできないと、思います……」
「ん。それもそうかー」
 くるりと裾を翻して、リーデンはあっさり引き下がった。

 ――どうしてこんなにも察しが良いのだろう。
 いっそ寒気がするほどだった。
 そしてまた話題は移り変わる。

「ねえ教えてよ、聖女さん。聖地を巡っていた順番に何か意味があったんだよね。これから北上するってことは、もう巡礼はいいの?」
「まだひとつ、聖獣の元へ向かう前に訪れなければならない聖地があります」
 件(くだん)の場所は他ならぬ教団の敷地内にあるのだと、ミスリアは語った。

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05:46:38 | 小説 | コメント(0) | page top↑
60.f.
2016 / 08 / 05 ( Fri )
「自分が属している組織だと言うのに、辛辣ですね」
「泥臭い部分を見過ごしてでも尽くす価値があるが、泥自体は消えない」
 男がそう答えると、嘲るような笑いが双方から漏れた。蝋燭の炎が突然の吐息に揉まれて、揺れる。

「……もっぱら当面の問題は、実際に洗脳紛いの信仰を広めている、あの連中ですけどね」
「同感だ」
「どうにもあの子を、猛獣をおびき寄せる餌代わりにしているようで、気分が悪いです」
 教皇は首を後ろへ傾(かし)いで、小さくため息を吐いた。

「引き受けたのは本人だ。ならば同情は不要」
「おや、さっきと言っていることが違いますけど」
 へにゃりと笑って教皇が指摘する。すると、男は教皇を見下ろして歪に笑った。
「あれは個人の感傷。そしてこれは、人の上に立つ者としての覚悟。人を使う、覚悟だ」

「お止めなさい。大切な聖女を道具のように使い捨てるのは許しませんよ」
「語弊だ。自己犠牲の精神に敬意を払って、最大限に有効活用してやるのさ」
「生き延びる心積もりで挑むなら、自己犠牲ではないでしょう。ものの見方がとことん合いませんね、君とは」
「大義の為に人命を費やすところは同じではないか。ただし貴様らは本人自らそれを望むように推奨して、我々は命令している」
 結果にいかほどの違いがあるのか――と男は笑った。

「個人の一生を尊重する君が、逆らえぬ部下たちに残酷な命令を下して組織を前進させる様は皮肉ですね。その矛盾をどう消化しているのです」
「簡単だ。命令に従うことに疲れたら出世すればいい、とのように下っ端どもを慰めている」
 男は不敵そうに言い切った。

「…………君は、なんていうか――長生きしそうだね」
 元の砕けた口調に戻り、教皇は呆れ気味に目を細める。
「安心しろ。少なくとも貴様の倍以上は生きるさ、寝首さえかかれなければな」
「ふふ。その寝首をかかれなければ、が難しいんじゃないか。せいぜい頑張りたまえ」
 直後、二人を取り囲む闇を満たしたのは、気を許した者同士の間に流れるような暖かい空気だったのか。少なくとも、悲壮感などでは決してなかった。

 誰が言い出したわけでもなく、二人は似たタイミングで歩き出した。
 通路を抜けて、隠し扉の前の本棚を押し戻し――責務と重荷が待ち受けている、現実世界へと再び足を踏み入れる。

_______

「というわけで、当初の予定通りに北に向かいます。問題は、当初の予定よりも時間がかかるかもしれないことですね」
 ミスリアはコーヒーテーブルの傍の席から、部屋に居る仲間たちと聖女レティカの顔を順に見回した。

「このヒューラカナンテから見て北東に都市国家、北西にウフレ=ザンダ。けれど真っ直ぐ北上した先は、ほぼ未踏の地になります」
「そうですわね。緻密な地図は手に入りにくく、地形と天候が厳しいのですものね」
 テーブルの向かいに座る聖女レティカがさりげなく補足する。

 更には、おそらく危険な集団による不穏な動きが予想されると、幾度に渡る召集によって警告されたのである。現に案内役を伴って調査に出かけた組織の成員からの連絡が途絶えたと言う。
 そのことと、旅の一行に組織の同伴者が加わることを話すと、護衛たちは黙り込んでしまった。
 こちらの話を今も聴いている様子であるが、お喋りなリーデンでさえ数分ほど発言をしていない。

(もしかしたら二人で秘密の談義を……?)
 呪いの眼を共有する兄弟の特殊な会話方法を思い浮かべた。

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23:49:18 | 小説 | コメント(0) | page top↑
60.e.
2016 / 08 / 03 ( Wed )
_______

 一本の蝋燭に火が灯ると、細々とした明かりが、殺風景な空間を照らし出す。辺りはやたらと静かで、空気が微かに湿っている。
 明るい色の衣服を纏った華奢な男が持つ蝋燭に引き寄せられるかのように、暗い色の衣服を纏った男が歩み寄った。

「被り物をしなくていいのかい。君は素顔を隠すのが原則だろう」
 来訪者をゆっくりと見上げて、蝋燭を持つ彼はそう言った。
「問題ない、どうせ貴様は既に私の素顔を知っている。あまり被ってると息が詰まるのでな」
 暗い服の男は抑揚の無い声で応じた。掠れた声は、彼が公衆の面前で話す時と違っていくらかトーンが低い。こちらの方が地声であり、中性的な声は意図して出しているのだ。

 此処は数あるヴィールヴ=ハイス教団の隠し通路の中でも、とりわけ存在を知られていない。書庫の一角の隠し扉を越せば、この場所に至ることができる。
 教団そのものの歴史は浅いが、拠点は旧い城砦を再建・改造したものだ。こういった仕掛けは把握しきれないほどに残っている。それを私用で使うのは本来ならばあってはならないことだろうに――権力を持て余す彼らには、堅苦しくない秘密基地のひとつやふたつ、求めてしまっても仕方がない。

 二人は昔から特別仲が良かったわけではなく、たまたま同郷の者であった。
 歳が七つは離れているため、ほとんど会話を交わしたことが無かった。故郷を発った時期は別々であり、その後もそれぞれの人生を刻んで十数年――ある時、彼らは職務中に再会した。双方ともに正装をしていたが、互いを認識し、思い出すまでにそう時間はかからなかった。

 以来、歩み寄りと呼べるほどの動きでないにしろ、なし崩し的に話す機会が増えた。
 友人だなどとは決して思わない。失くしても心が痛まないような腐れ縁だ。しかし繋がっている内は、使いたくなる縁である。
 彼らに挨拶や世間話は不要であり、話し言葉も普段よりやや崩れる。

「例の小さき聖女と話をした」
 刺青の施された方の手で、男は燭台をかっさらった。己よりも体力の無さそうな相手に、物を持たせるのが落ち着かないからだ。
「それはそれは。彼女を怖がらせてはいないだろうね」
 燭台を奪われた男はふわりと笑みを浮かべる。

「私ごときに気後れをするようでは、この先身が持つまい」
「聖女ミスリアは勇敢だよ。けれど生命を脅かすものへの恐怖と、権力への畏怖は全くの別物だ」
 そこにしばしの間があった。対犯罪組織を率いる役割を負った男は、隠し通路の先にある行き止まりの方をなんとなく見つめる。聖女との会話を静かに振り返った。

「ほんの少しの才能を持って生まれ……それを伸ばせるような生き方を選んだのなら、祝福こそすれ、他人が哀れむのは野暮なものだとわかってはいるが。聖人や聖女というのは、酷な役職だな」
「では私と君の違いは、そんな人を可哀想だと思うかどうかだと、君は言うのかい」
「ほざけ。違いがその程度であったなら、組織と教団の協力体制はもっと早くに整ったはずだ」
「そう言わないで下さい。違っていながらも私たちはこうして協力できていますよ」
 からかうように、教皇は丁寧な言葉遣いに替わってくすくす笑う。

「現在はな……貴様の死後、どうなるかな」
 対する男は腕を組んで鼻で笑った。教皇の残り時間が如何ほどであるのか、他でもないこの者は知っている。
「大丈夫です。後任者候補の目星も付けてあるので、きっと私亡き後も誰かがうまいことやってくれるでしょう」
「個を捨てた筆頭が、貴様よな」

「失敬な! そんなこと、貴方にだけは言われたくありませんよ」
「ふん、我々は個人主義者の寄せ集めに過ぎぬ。組織としての体裁を保ってはいるが、指揮系統やら成員の管理やら、貴様らの団体とは非なるものだ」
「本当に? 洗脳紛いの『信仰』はそちらの専売特許ではありませんか」
「笑わせるな。組織は洗脳紛いの真似をしているかもしれないが、大して効力は無い。人が人を裁く為に神の名を借りているに過ぎない」



なんか思ってたようにはうまいこと進まなくて、予定より早くこの場面を前倒ししちゃいました。

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また流れぶちきってすんません
2016 / 07 / 28 ( Thu )
うあー、もう木曜日か。

今週末は帰郷&家族旅行(五大湖★)なので執筆する時間が取れるかどうかひたすらに怪しいです。

もしかしたら60は8月頭の内に終わらせるかもしれません。

頑張れば何かしらひねり出せるかもしれないけど、今回は情報整理回なので生半可な仕事はできません、すみませんー。じっくり書かないといけないのだよ…。戦闘とかただの会話回はすぱっと書けるんですがww


ではー。

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