九 - d.
2017 / 09 / 01 ( Fri )
 先にイルッシオが両手で長剣を振るう。
 セリカは本能的に後退った。
 あれは刃物としては鈍い分類で、敵に叩き付けるようにして切るのが主流だ。軽装備のエランにまともに当たったら、骨折はまず免れない。

「やめてよ!? ああもう、お兄さんのバカ! 脳筋!」
 停止を呼びかける悲鳴、むなしく。セリカの目前で火花が散った。
(熱っ……!)
 頬に、刹那的な熱が弾ける。それとひどく耳障りな音が響いている。
 鉄と鉄が擦れる音だ。
 左手に持ったナイフを長剣の側面に滑らせながら、エランがイルッシオの懐に飛び込む。

(左手?)
 セリカが疑問に思った一瞬の内に、黒い衣がしなった。それは鞭のように甲冑の騎士の両腕に巻き付き、動きを封じる。剣先が地に突き刺さった。
 すぐに布を手放して、エランは左足でイルッシオの腕を踏み台にし、右膝で顎下を蹴り上げた。衝撃音と共に、土埃が舞う。
(何今の!? すごっ! 超かっこいい!)
 不謹慎ながらセリカは興奮した。弟の実力を知っている姉としては、イルッシオがこんなに早く倒されるのを見るのは新鮮である。

「あの体勢から飛び蹴りって、やりますね。隻眼も身長も体格も不利だとわかってて他で補うとか、潔くていいっすね」
 と、イルッシオがのんびりと称賛する。立ち上がろうとする彼に、エランは手を貸した。
「まぐれです。膂力も体力もあなたに敵わないと踏んで、早々に奇策に出させていただきました。十回勝負すれば、九回はそちらが勝つでしょう」
「ご謙遜を、義兄(あに)上。今の一回が全てだったんすよ」
 二人は何食わぬ顔で向かい合う。始まりと同じくらい唐突に、終わってしまった。

「あんたって右利きな気がしてたんだけど」
 ふと思い出して、セリカは先ほどの疑問をエランに指摘した。
「生来そうだ。片目になってから不便で、左もある程度使えるようにした」
「へえ。努力家ね――……じゃなくて、もう決着でいいわけ?」
 どうも二人ともこういったことの勝敗にこだわらない性分らしい。セリカの問いに、イルッシオは肩を竦めた。次に、エランが口を開く。

「ひとつ訊ねても」
「何すかね、義兄上」
「あなたの一行には武装した兵が何人いるのでしょうか」
「重装備の騎兵が八人、練度は上の下ってとこですかね。何故?」
「貸していただけないだろうかと」
 イルッシオはゆっくりと瞬きだけを返した。セリカも、何言ってるの、と視線でエランに訴えかける。

「ルシャンフはともかく、私は公都に兵を置いていない。宰相の手助けにどれほど期待できるかわからない現状、選択肢は多く持った方が賢明だ」
 と、エランはこちらを見て答えた。
「浅慮じゃないっすか。他国の人間だからと言って、貴殿のお家騒動に手を染めていないって言い切れないでしょう。俺が敵と手を結んでたらどうするんです」

「はて、姉の無事を確かめる為だけに馬を急がせた公子が、そんなことをしますか。あなた方にとっての『きょうだい』は、私の知るそれとは性質が違うように感じます」
「そうでしょーね」イルッシオは首を左右に巡らせて、バキボキと鳴らした。「でも他国の兵を引き連れて都に入るのは外聞悪そうですよ」
「落ちるほどの評判を持ってません」
 今度はエランが肩を竦める。イルッシオは値踏みするように目を細めた。

「アウグロン兄上はかわいい妹姫が妙な輩に誑かされたと心配で気が気じゃないみたいですが、俺は人を見る目はあるつもりっす。姉上は、誑かされるようなお人じゃない。貴殿を随分と信頼しているようだ」
 そう言って彼は右の籠手(ガントレット)を脱ぎ、指笛を吹いた。二分ほど経つと、複数の馬蹄の音が響いた。

「てことで、いいですよ。貸します」
「待ってイルッシオ、あんた自身は護衛どうするのよ」
「大丈夫ですよ。他に練度・上の上の精鋭が二人居ますんで」
 彼は親指で背後を差した。なるほど、指笛の呼びかけに応じた騎兵の数は先ほど聞いた「八人」ではなく、十人だ。

 そうだった、この男はこういうしたたかさを持ち合わせているのだった。最初からこの人数を連れて来たのにも、意図があったかもしれない。
 話はあっという間にまとまり、別れの挨拶に移った。

「ご安心ください、姉上。父上たちは何も知らないままです。うまくごまかしますから」
「お兄さんによろしくね」
「はい。身の回りが落ち着いたら、ぜひ二人で挨拶に来てくださいよ。バルバも兄上も待ってます」

「必ず行きます。ありがとうございました」
 と、エランが深く礼をした。
 去りゆく三騎と一羽を見送った後に、セリカは大きく息を吐いた。すると隣の青年から気遣わしげな視線を受けた。

「目まぐるしくてちょっとついていけない。行き当たりばったりだわ……」
「臨機応変と言ってくれ」
「そうね。エランってリーダーとしては混乱の時代をうまく乗り切りそうだけど、平穏には向かないかもね」
「大公やってみたら? なんて言ったら、怒るぞ」

「言わない言わない」
 否定に手を振る。エランは黒い布を頭から被り直し、目だけをこちらに向けた。青灰色の瞳に、深刻そうな光が宿っている。

「気が変わったか」
「え?」
 訊き返すと、いつになく弱気な声で彼は「後悔しているか」と囁いた。




長髪美形=悪 に続き、 弟=曲者 という謎公式まで…。ち、違うもん、イルッシオはリーデンとは違うもん(;'∀')

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

23:08:48 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<九 - e. | ホーム | 九 - c.>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ