四 - h.
2017 / 04 / 25 ( Tue )
「どうした、タバンヌス」
 リューキネの髪を結い終えたらしいエランが、振り返った。
「ベネフォーリ公子殿下がお呼びです。エラン公子、セリカラーサ公女ご両名にお伝えしたいことがあるそうで」
「わかった。すぐに向かう」
 目配せされた。その意図を汲み取り、セリカはカップに残る茶をひと思いに飲み切る。食器をなるべく静かにまとめて、使用人に手渡した。

「ごちそうさまでした。リューキネ公女殿下、席を立ってもよろしいでしょうか」
「ええ。いってらっしゃいませ、セリカ姉さま。エラン兄さまも。髪、ありがとうございました」
「リュー、あまり風に当たりすぎるなよ。無理は禁物だ」
「わかってますわ。でも今日は本当に気分がいいんですのよ」

「そうだな。いつもより食欲もあったようだな」
 エランは妹姫の被り物を丁寧に直した。それから別れの挨拶を済ませてその場から立ち去る。
 セリカも後に続こうとして、しかし服を引っ張られてたたらを踏んだ。振り返ると、神妙な顔でリューキネが見上げてくる。

「ひとつ忠告させてくださいませ」
「忠告?」
「――殿方の事情に、姫君が興味を持つべきではありません」
 眼光を鋭くして、リューキネは声を潜めた。

「わたくしたちは非力です。想いのままに口を挟んで大事(おおごと)に巻き込まれても、誰も助けてはくれませんのよ。女が出しゃばったのがいけないのだと、笑われるだけですわ」
「なんであたしにそんな話を……」
 問い質してもリューキネは「さあなんででしょう」と曖昧に笑うだけである。そのまま彼女は手を放して、こちらに背を向けた。
 追及するべきではないと悟り、セリカは会釈をして踵を返す。

_______

 鞍上のベネフォーリ公子は深刻そうな表情を浮かべていた。
 彼はこれからムゥダ=ヴァハナを発たねばならないと言う。簡易的な旅装に身を包み、最低限の荷物を馬の背に積んで、護衛も僅か数人を従えている。

「困ったことになった。私が統治する州にて暴動が起こったらしい。発端はまだ突き止められていないが、戻って様子を確かめに行かねばならない。すまない、エラン。結婚式には出席できなさそうだ」
「お気遣いなく。事態が速やかに解決しますように、兄上のご幸運を祈ります」
「ありがとう。それと困ったことはまだある。父上の容態が悪化したそうだ。もしも明日の朝までに良くならないようなら、式は延期されるだろう」
 ――式が延期に?

 花嫁でありながら今日、何の予定も入れられなかった点を思い返す。準備が滞っているように感じられたのは気のせいではなかったらしい。きっとこうなることを見越して誰かが進行を遅らせたのだろう。
 結婚が先延ばしにされる可能性が、セリカを複雑な気分にさせる。
 エランの三歩後ろで頭を下げたままとにかく静聴を続けた。

「それもお気遣いなく。場合によっては、ベネ兄上が戻って来れるほどの猶予を得られるかもしれませんね」
 と、エランは殊勝な返事をした。きっと今頃は長兄に向けて例の作り笑いを見せているのだろうとセリカは予想する。
「そうだといいな。……公女殿下、少しよろしいですか」
 ぶふん、と馬が鼻を鳴らす音が聴こえた。ベネフォーリを乗せた馬が近付いてくるのがわかる。

「何でしょうか」
「すみません。度々、ご迷惑をおかけしています。それに、この国に着いたばかりで不安もあるでしょう。希望があれば何でも気軽にエランに相談してみてください。人には淡白な印象を持たれがちですが、責任感が強い者です。きっと公女殿下が過ごしやすいよう、尽くしてくれるでしょう」

 ――第一公子はヌンディーク大公と似たようなことを言う。
 この時セリカは、もしかしたらまたエランが嫌そうな顔をしているのではないかと気になった。現状、確認する術は無いが。
 それらしい礼の言葉や挨拶で応じてから、二人でベネフォーリ公子の少数の一行を見送った。

(責任感、か)
 件の青年の横顔を盗み見る。
(こいつがあたしに構うのは「責任感」からなのかしらね)
 考えてみれば、会ったばかりの人間に特別な感情を抱いたりはしない。間を埋めるのは礼節や気遣い――ちゃんとした礼節さえあるのかどうか、両者ともに怪しいところだが。

「それならそうと……無理、しなくてもいいのに」
 無意識に呟いていた。
「何か言ったか」
「なんでもないわ」
 セリカは頭を振る。

 面白くないのだろうか、自分は。何か不満なのだろうか。
 森で出会ったのは迎えに来てくれたからではなかったのだと知った時と同様の、気持ちの沈みを自覚する。
 ――これはあてがわれた相手、形式上の関係だ。期待をするような要素は何処にも無い。

 心の中の確たる一線を、セリカは再度認識する。



あとがきは多分明日に…。ねっみい。

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