02.f.
2011 / 12 / 24 ( Sat ) ゲズゥはミスリアに再び背を向け、手枷をぐいっと引っ張った。つられて鎖が引かれ、先を持ってたらしい警備兵が強引に引き寄せられて扉にぶつかる。
「がはっ! 何をする!」 勢いで開けられた扉からは、複雑な表情の総統やその他の人間が一同に待機していたのが改めて確認できる。 「はずせ」 簡潔に、用件だけをゲズゥが兵に言い放った。 「馬鹿言え! 調子に乗るな、下衆が――」 ぶつけた額をさすり、警備兵が殴りかかりそうな勢いでゲズゥに詰め寄ったが、言い終わらなかった。 「ひぃっ! の、呪いの眼」 他の人間も怯むのを見て、ミスリアは疑問に思った。 (シャスヴォル国ではどういう風に言い伝えられてるんだろう? すごい怯え方……。呪いの眼の一族はこの地域にしか居ないらしいし、国外へはまったく情報が漏れないから、私には『呪い』のイメージが沸かないわ) 首を傾げて想像してみたが、わからないものはわからない。 警備兵の縋るような視線に、髭を生やした方の側近がうなずき、代わって指示を仰いだ。 「閣下、どういたします」 「そうだな……聖女、ミスリア・ノイラートよ」 総統は警備兵を押しのけ、部屋の中へ踏み入った。 「はい」 「罪人を罰さない法など、それだけで秩序を乱すこととなる。はじめはたったの一件でも、いずれ社会を保てなくなる」 「瘴気と魔物が蔓延する世界なんてそれだけで秩序を失っているでしょう? これは歯車を元に戻すために必要な措置のうちです」 「……魔物の点に関しては反論しないが、収拾をつけねばなるまい。ゲズゥ・スディルは、今より国外追放の身とし、二度と我がシャスヴォル国の土を踏むことを禁ずる。もしも発見されれば、その場で即座に斬り捨てる。以後、教団がどのような決断を下そうと、覆ることは無いと思え」 総統は腰にかけていた剣をスラリと右手で抜き、ゲズゥ目掛けて振り下ろした。呪いの左眼の一寸前で止まる。総統のほうが身長が低いので腕が斜め上に伸びている。 ミスリアは小さく息を呑んだ。 「わかったら、跪いて感謝するがいい。少女に守ってもらって、ひどい社会のゴミだ。返事のひとつもできないか?」 ゲズゥは総統をしばらく睨み、次に蔑むように鼻で笑った。目がまったく笑っていなくて怖い。 「貴様……」 総統がそれ以上何かを言う前に、ゲズゥがその顔に唾をかけた。 あまりのことに誰もが呆気に取られ、すぐに激昂した。 側近の一人がゲズゥを殴り、兵も加勢して、床に押し伏せた。そこに他の兵が近づき、頭を蹴る。 「やめて! やめてください!」 ミスリアの叫びもむなしく、何かの熱に浮かれたように何人もの軍人が無防備な青年に暴力を振るい続けた。割って入る体力も勇気もなく、見守るほかない。 「やめんか!」 我に返った皆が総統を振り返る。顔は既に拭いたあとらしい。 総統はコツコツと歩み寄り、かがんでゲズゥを覗き込んだ。 「クズこそ怖いもの知らずか。だが、どっちが無様だ? だから、素直に跪いていればよかったものの」 従えている部下に比べ、統率者の方は明らかに権力者の余裕があった。無礼を働かれたのに総統は涼しげに笑っている。 「……たのまれ、って……こんな……クソの、溜まり場みたいな、国に…………」 途切れ途切れにゲズゥが言葉を吐く。 頭を抑えられながらも、頭上の総統を向こうともがいているようだ。唇が切れて血が出ているのが見える。 「――もどるものか」 囁きのような恨み言だった。 ほとんど感情を見せなかったゲズゥが、赤黒い憎悪を両目に宿した瞬間だ。 ふん、と総統は急に興味が失せたようにさがった。 「クズが何を言っても我々には届かん。それよりも」 総統がミスリアの方に向き直る。 ミスリアは、動揺を隠すために、ぱっと微笑んだ。ちょっと不自然かもしれない。 「何ですか?」 「五日の猶予を与える。五日目の夜明けまでに国境を越えなかったら、討伐隊を組んで追うから、心しておけ。聖女ミスリアの言い分を受け取った上で、これが我々の譲歩だ。それまでに国外へ出た場合、二度と関与しないことを誓おう」 「討伐隊をかわし切って、国外へ出られた場合は?」 「ありえない。先回りして最精鋭部隊を送るゆえ、いくらこやつとて、少女を守りながら全員を相手になどできまい。我々はそなたを人質に取ることも厭わぬぞ。聖女を見捨てたら、教団をも敵にまわす事になるな。逆にこやつがそなたを人質にとっても無駄だということになろう」 よくできた理屈だった。どの道ミスリアを守り抜けないなら護衛として失格だ。かばう理由がなくなる。 「せめて十日にしていただけませんか?」 「五日だ。そこは譲らない。十分な時間であるはずだ」 「では、了解しました。ありがとう存じます」 純白のスカートを広げ、深く敬礼をした。 ちらりと横目で、ゲズゥを盗み見る。彼は以前の無感情な目に戻っていたが、こころなしか、その眼差しは更に虚ろさが増していた。 |
|