61.d.
2016 / 08 / 27 ( Sat ) 既存の会話の流れに構わず、ユシュハが強引に話題を替えた。 彼女に問われたことはもっともであった。主に夜に移動しているのは魔物に対して油断しない為であるのと同時に、星を見る為でもある。星座を追うことこそが、聖獣より授かった「行路」をなぞる方法だ。 現在、馬ソリを走らせている方向は、昨晩の内に見定めた方角に合わせている。そろそろ再確認が必要になる頃合いだろう。それでなくとも星や月の明かりが無くては、馬を走らせるのが危険に過ぎる。 「これ以上闇雲に進めば、明晩には軌道修正が必要になるかもしれませんね。仕方ありません、野営できそうな場所を見つけて今夜は休みましょう」 ミスリアが判断を言い渡すと、同行者たちは賛同の意を示した。 食糧は三ヶ月分を想定して、乾燥させたパンなどをソリに搭載してある。途中で狩りや採集をして補ってはいるものの、冬場なので得られる物はあまり多くない。 極北での旅の進行がこんな具合では、目的地に辿り着けるイメージがまだまだ遠い。 (着けるかしら、三ヶ月以内に) せめて現地人と出会えたなら、この漠然とした不安も多少は和らぐだろうか。フォルトへが言っていた通り、こうも誰も居ないとなると、この地そのものに大きな問題があるように疑ってしまう。 「ねえ、九時の方向に見えるのって野営地じゃない」 静かな降雪も吹雪に加速せんとする頃、後列のリーデンが人の痕跡を見つけた。 「どうやらそのようだな。向かうか?」 馬を御すユシュハが問う。お願いします、とミスリアは即答した。方向転換による遠心力に備えて、前列の背もたれをしっかり掴む。 近付くに連れ、野営地に人の気配が皆無なのだとわかった。煙も立っていなければ炎の熱量もどこにも無く、そこはまさしく人が居た跡地でしかなかった。 馬を止め、地に降り立とうと身体を傾いだ瞬間。 「微かに臭いが残ってます」 いつになく緊迫した声で、フォルトへが言った。 鼻を伸縮させて大気を嗅いでみたけれど、ミスリアには何も感じ取れなかった。他の者たちもピンと来ないような顔をしている。 「雪が被さっていくらか経つようですから、わかりにくくなってます。血と臓物……死、の臭いです~」 よく嗅ぎ取れたね、とリーデンが褒めると、目が悪いので他を頑張っちゃうんですよぉ、とフォルトへは照れ臭そうに応じた。 「この地に何があったかはわからんが、一応警戒はしておくか。食糧など、使えそうな物資を手分けして探す」 馬の手綱をフォルトへに渡して、ユシュハがソリから飛び降りた。 「んー、何で君が仕切ってるのと言いたいとこだけど、提案には賛成だからそうするよ」リーデンは毛深いフードを被った。「マリちゃん、聖女さんと此処に残っててもらっていい?」 「待って下さい。私も行きます」 抗議したミスリアの前に、美青年が歩み寄った。至近距離で覗き込まれる形になり、不意打ちで心臓がドキッと跳ねた。 「聖女さんは待ってて。すぐ終わるから」 「でも……」 「死の残り香なんて不穏でしょ。君は降りちゃダメ。何か襲ってきたら、マリちゃんとそこの帽子のお兄さんとで対応してね」 「……わかりました。気を付けて下さい」 |
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