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2016 / 08 / 21 ( Sun ) 魔物を大雑把に分解した状態で捨て置いて、ゲズゥとリーデンは食用としてコヨーテの躯(むくろ)を回収して戻ってきた。 本来ならば魔物を浄化せずに放置するのは心苦しいが、遭遇する度に浄化していてはこちらの体力がもたない。今の隙に馬たちを宥めすかし、なんとかその場を離れた。夜の風はまた一段と辛い。髪が乱れぬようにミスリアはコートのフードを深く被った。ユシュハのそれと同じで、フードはふわふわとした狐の毛に縁取られている。極寒を越す為のコートの入手元は全員同様にヒューラカナンテ付近の集落なので、揃っているのはそれゆえだった。 「お疲れ様です」 片手でフードを押さえつつ後ろの列に声をかけた。それにはリーデンが微笑みを返し、ゲズゥはどこか遠くを見ていて反応しない。 「ありがとう、でも労うのはまだ早いよ。夜はこれからでしょ」 リーデンは目を細めて天を仰ぐ。白く冷たい、結晶化した水分の粒が降り始めている。 「そうですね。では、今晩もよろしくお願いします」 「任せてー」 この護衛たちはいつもながら、昼夜逆転した生活にすんなりと順応する。職業の性質上、よく夜更けに出回っているはずの組織ジュリノイの二人は、それでも毎度寝起きに不機嫌そうにしているのに。 地平線をしばらく見つめてから、再び振り返る。ついゲズゥの手元に目をやった。先ほど仕留めた獣の躯を逆さに吊るして、血をソリの外へと滴らせている。幸いにも矢が内蔵に命中したため、積む前にある程度血抜きができたのだった。 純白の一面に血の道を残しているのは野獣を招きそうなものだが、雪の上を走りながらも新たな雪が降りかかっている。赤い跡はすぐに埋もれてなくなった。 (重くないのかな。片手で吊るすの大変そう……) などと思っていたら、黒い瞳がすうっとこちらを向いた。一瞬だけ目が合い、居心地の悪さを感じてしまう。なるべく自然を装って体勢を前向きへと直す。 「……魔物は動物を襲わないのに、コヨーテはどうして逃げたんでしょう」 振り返らずに大声で問うた。 「襲われないのと怖いのとは、また別の話なんじゃない? アレが実は亡者で人間に対してしか捕食本能が発動しないなんて、知ってるのは人間くらいだし。たとえば動物が観察と経験によってその事実に気付いたとしても、やっぱ咄嗟に逃げるでしょ」 「あのぅ、自分も疑問に思ったことが……あるんでずが」 前列のフォルトへが会話に参加した。 「はい」 「人間と魔物の関係ってフィードバック・ループなんですよね。死人の魂が瘴気に反応して、魔物が発生する。魔物は人間を喰らって、より大きくて凶悪な塊となる。じゃあ喰らう人間も居ないような無人の地では、どんどん存在が弱くなったりするんでしょうか~」 「いいえ、飢餓感が強まって周囲の瘴気をもっと呼び寄せてしまうという一説もあります。生きた人間を取り込んでも飢餓感がなくなるわけでもないのですけど……自然に弱まる例は無いはずです」 「そうなんですかぁ。いえね、毎朝霧散して毎晩また再構築されるんじゃ、人の魂か肉体を取り込まないと、徐々に存在の絶対量がすり減らされるものかと」 フォルトへの言葉に、ミスリアは少し黙り込んだ。 (霧散と再構築のサイクルにより存在が弱まる……仮にそうだったなら) 人口の少ない場所では凶悪な魔物が跋扈していないのが条理。死者の魂か、生者の魂か肉体を追加しない限りは――分解された後の再構築で、集まる負の因子が毎度少なくなる。 例が確認されてないだけかもしれない。それか、物凄く長い時間をかけての減少かもしれない。 「貴重な見解をありがとうございます、フォルトへさん」 「え? よくわかりませんが、お役に立ててうれしいです~」 「しかしどうする、聖女。今夜は雪で空が曇っている。星を読んで道を定めていたのだろう?」 |
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