02.e.
2011 / 12 / 23 ( Fri )
 それ以上、ゲズゥは言葉を続けなかった。首を横に傾けてコキコキと鳴らしている。
 
 ミスリアは根拠無く、もしかしたら少し間をおけば彼はまた喋り出すのではないかと思い、黙ってることにした。
 机の下のゴミ箱に包帯を捨てに行き、再びゲズゥの前に立ち、両手を揃えて待った。
 その間、彼は一歩も動かなかった。

「…………で、お前は」
 しばらくして確かにゲズゥは沈黙を破った。

「本気で、大陸を縦断する気か」
 無表情なまま静かに問うた。

 聖獣を甦らせる旅を指しているらしい。現在地、アルシュント大陸の南東最先端から北方まで行くには数ヶ月以上かかるとされる。しかも実際はゲズゥが使った「縦断」という言葉から連想できる一直線な道のりとかけ離れている。

「私は本気ですが?」
「酔狂だな」

 道り抜ける国の治安や地形の険しさはじめ、この大陸は少女が旅するにはあまりに危険が多い。だからこそ優秀な護衛が必要なわけだが、どうしても成功率の低い旅だった。

「この先、数々の困難や障害に出遭うことでしょう。でも私の身の安全さえ守っていただければ、他に何もあなたが心配する必要はありません。路銀や衣食住は当然のこと、あなたの怪我や病もすべて私が治し続けますから」
 微笑みながら言ったが、対する彼の表情は変化なし。彼女は話を続けた。

「報酬に関しては、前払いの金銀が欲しければ出します。それから、聖獣が飛翔を終えた度に選ぶ安眠場所からはなぜかいつも宝石などの財宝が溢れ出すと聞きますので、持ち帰れば教団が大金を出して買い取って下さるでしょう」

 呪いの眼が加わった両目で見下ろされると威圧感が倍なので、またしても緊張してきた。ミスリアはうっかり早口にならないように注意している。心の隙を見せられない。

「あなたもまだ人生が終わるのはもったいないと思いません? 一緒に来てくだされば、死刑がなくなることも……」
 言いかけて止めたのは、ゲズゥが踵を返したからだ。
 
 背を向けられたことに、少なからずミスリアは傷ついた。
「あの、どちらへ……?」

 自分が未熟だから失敗した。
 話術も説得力もないからか。お金の話を出したからか。年下のくせに生意気で、あまりに偉そうな態度だからか。何であれ、きっと何かが気に障ったのだろう。火あぶりにされるほうがましと思われるぐらい。

 もうダメだと思った。
 他のどの段階で挫折するよりも、痛い。目頭が熱い。情けなさに俯く。

「……わかった」

 が、返ってきた返事は短く、まったく意図が伝わらなかった。

 ミスリアが顔を上げると、左肩から振り返ったゲズゥの、白い眼の方と目が合う。陽光が金色の斑点に反射してキラキラ美しい。

「引き受ける」
「――え?」

 意外過ぎて頭の中が真っ白になる。
 何を考えているのかてんで理解不能な男だ。せめて今の話のどの部分で引き受ける気になったのか教えて欲しい。なんて、訊ねたところでまた無言無表情で返されそうな予感がして、言葉に詰まる。

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