55.g.
2016 / 04 / 23 ( Sat ) 奴の後ろ首に打撃を与えて気絶させたと同時に、残る敵が手を振り上げた。ゲズゥはその手から踊り出て来た物を、横に跳んで避けた。この身に代わって打たれた地面から、土が跳ね上がる。
凶器の様相が残像となって目に焼き付いた。 投げ出された勢いで伸び、鞭のようにもしなる、関節の多い鉄器だ。関節の形状は矢尻に似ている。 当たれば肉を抉られるだろう。 繰り出される一手ずつを避けつつ、対策を考えた。次第に息は上がり、額には汗の粒が浮かんでいた。絡め取られるのも時間の問題だ。 ふと、ゲズゥの視覚と脳の繋がる場所で一つの認識が弾けた。不規則な動きの中での、唯一の規則。 使い手のクセ。 鉄器を投げ出す動きは他者が見切れないような幾つものパターンがあるが、関節のどこかが障害物に引っかかって主の手元に戻りにくくなった場合だけ、直後の攻撃は必ず―― ――バシ! ゲズゥは左足を蹴り下ろして、靴底で鉄器を地面に押さえつけんとした。巻き戻る運動の威力の方が勝り、試みは失敗に終わる、が。 ぎぎぎぎっ、と巻き戻る音が不自然に止まった。そこらにあった切り株に引っかかったのだ。使い手は慣れた手つきで腕を振り、引っかかった武器を外した。 鉄器が巻き戻る。次の一撃は―― ――向かって左上から逆時計回り――! 予測さえできればなんてことはない。ゲズゥは流れに沿うようにして敵の懐に飛び込み、顎に立ち膝蹴りを叩き込んだ。 これで自分が相手をしていた二人は倒れた。 素早く馬車の方を振り返った。と同時に、物騒な音がした。骨が砕ける音であろう。 白髪の男が、メイスを振り回している。ここからでは表情までは見えない。 予備動作が全くない辺り、迷いの無さが窺える。この男にとっては人間の骨を砕くのと魔物の巨体を殴り崩すのに、大した違いは無いのかもしれない。 個人的には常々、生物を「斬る」よりも「砕く」方が手に残る感触が不快だと思っていた。 シュエギという男の現在の人格はそこをどう思っているのか、興味が沸いた。 ごず、とメイスが敵を打った鈍い音の後、残っている敵の数は最初に居た五人の内一人だけとなった。 最後の一人の頬骨に、チャクラムが命中する。 絶叫が響いた。 「止まってる的の方が襲いやすいって思ったー? こっちだって止まってる方が動いてる的を狙いやすいんだよ」 笑い声が敵の悲鳴に重なる。当のリーデンは御者席から一歩も離れておらず、いつしか馬車を前後回転させていた。 鉄輪を投げたのは窓から身を乗り出した長髪の女の方である。今まで考えてみたことも無かったが、リーデンの従者なら暗器の扱いを会得していても何ら不思議はない。 夜盗どもが例の妙な口笛を交わし合って逃げる動きに移っても、追ったりはしなかった。 その理由は、こちら側にあった。 「大丈夫ですか!」 馬車から転がり出たミスリアが、膝をついて項垂れた男の傍に駆け寄った。 男はメイスを地面に立てて支えとしつつ、激しく咳き込んでいる。足元ではどこからか流れ出ている血だまりが、徐々に広がっていた。 「ゲズゥも、怪我をされたんですね」 少女の心配する声がこちらにも向けられた。今更のように思い出したが、そういえば落馬の際に頭などを打っていた。 「俺は後回しでいい。治すなら、そっちの方が重傷だ」 どう見ても最も合理的な判断だ。そう思って答えたのだが、シュエギとやらが何故か過剰に反応した。 |
|