55.f.
2016 / 04 / 21 ( Thu ) 「別に、話してくれたっていいじゃないですか」
いじわるー、とミスリアは不平を漏らして口角を下げる。不覚にも可愛いと思ってしまったが、問題は別のところにあった。 なかなか引き下がってくれない。となれば、反撃に出るしかない。 「そっちこそ、話してないことがあるだろう」 車内の空気が凍った。 少女の顔色が気まずそうなものに変わるのを見計らって、更に畳みかけた。 「何故このタイミングで、巡礼の道を外れて姉の手がかりを求めた」 ミスリアは視線を逸らして黙りこくっている。 「それとも、実は外れていないのか。姉が消息を絶った地点がそのまま、次に向かうべき聖地か」 「……そう考えるのが或いは一番自然なのかもしれません」 「つまり、わからないと」 「そうですね。全ては聖獣のお導きです。真実を知りたければウフレ=ザンダに行け、と」 ――み言葉を賜ったのです。 薄闇に浮かぶ聖女の微笑みは儚げで、神秘的な燐光を帯びていた。 まただ。また、浮世離れた印象がある――聖気を展開したわけでもないのに。 胸騒ぎがした。これこそが己の、ゲズゥ・スディル・クレインカティにとっての最も「開けてはならない箱」である気がした。 結論を恐れてまごついているのは性に合わない。だが、壊れ物の扱い方は心得ていない。無理にこじ開けようとした結果、とことんまで心を閉ざされたのでは救いが無い。 これ以上の質問攻めをしていいものか。答えの出ないまま、逡巡はいつまでも続くように思われた――が。 俄かに馬車が急停車した。その衝撃で窓際にのせていた肘がずれ、前のめりに揺さぶられた。 「どうしたんですか!?」 「ごめん、追手っていうかなんていうかー」 リーデンの返事を聞き終えるよりも早く、ゲズゥは側面の扉を開け放って飛び出した。追手とやらは、すぐに目に入った。馬上の人間が五人。身なりからして夜盗の類だ。 五人は妙な口笛で合図を取り合っている。 ゲズゥは姿勢を低くして目を細めた。大剣は馬車の後方の荷物の中である。この場面で取れる選択肢はそう多くない。 「あなたは馬が怯えて逃げ出さないように制御していてください!」 シュエギとやらがこちらに向かっているのが声の接近具合でわかった。 夜盗までの距離が完全になくなるまで、残り数秒とない。 鉄の鈍い光が視界の端に入った。メイスだ。グレイヴと違ってそれほど邪魔にならない武器であるからか、狭い御者席に座りながらも手元に置いていたのだろう。 ――それよりも、迫る五頭の馬と乗り手だ。 速度に差がある。馬車に向かう三頭の内、横並びになっているのが二頭。ここが狙い目だ。 決断した。 跳んだ。 ゲズゥは並んでいる夜盗の内の片方に、抱き付くようにして飛びかかった。 「!? 放せ! この!」 羽交い絞めにしたかったが、そううまく行くはずもなく。暴れられ、もつれ合い、落ちそうになる。その時点で速度は隣の馬にやや劣っていた。 隣の夜盗が短剣を抜いて振り下ろす。ゲズゥは左の手首でその軌道を遮った。上着が裂かれる音がしたが、革の籠手が皮膚をかろうじて守り切る。 男たちが北の共通語で何かを叫んでいる。 構わずに右手を隣の馬に伸ばした。鞍を掴もうとするが届かずに空振る。代わりに尾を掴んだ―― けたたましい嘶きの後、混乱があった。 気が付けば強烈な衝撃に見舞われ、落馬していた。激痛で起き上がるのも困難だが、それでも落ちた他の二人よりも先に平衡感覚が戻る。膝立ちになり、頭から首までぬめっと流れ落ちてきた血を、袖で拭う。 すぐ横で殺意が閃いたのを肌がいち早く察知した。 しかし奴にはまだ混乱の余韻が残っているのか、幼児でも避けられそうなほどに短剣がふらついている。 ゲズゥは上体を傾けて難を逃れ、次いで夜盗の手首をいともたやすく捻り上げた。 |
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