55.e.
2016 / 04 / 16 ( Sat )
「どういう――」
「そんなことよりもどうやらこの先……お姉さまが行こうとしていた聖地は、ただならないことになっているようです」
 遮られた。そのことにゲズゥは眉をしかめたが、結局手を引いて軽く頭を掻く。

「ただならないって、何だ」
「それは近付いてみないとわかりません」
「…………」
「保護されていると言っても、聖地の幾つかは教団の管理の手から逃れてしまってるんですよ。現地人との折り合いが悪いなどが理由で、どうしても詳しいことはわからないんです」

「お前の姉の報告書には」
 問い質すと、ミスリアは一度視線を落とした。足元に置かれた鞄の中の紙束を意識しているのだろう。
「サエドラを通って聖地に行こうとした以外には何も……。少なくともその先に目的地があったのは確かですが、間にどんな障害物があったのかまでは不明です。誰かに邪魔をされたのか、地理の所為で通れなかったのか――想像の域を出ません」

「そうか」
 一瞬、ゲズゥの脳裏をリーデンが口にした「奥の森」の言葉が横切った。それをミスリアに伝えるべきだ。そう思ったが、僅かに躊躇した。
「すみません。起こしてしまいましたか」
 いつの間にか目を覚ました隣の女に手話を向けている少女は、一見いつも通りの様子だった。

 言えなかった。
 その不安は初めて抱いた感情のようで、さざ波が大波に育つかどうかの瀬戸際であった。知るのが早いか遅いかの違いでしかないことでも、飲み込んでしまう。

 ――何に呼ばれているのかは知らないが、行くな。まだ俺たちにはお前が必要だ――
 それも、言わなかった。
 自覚はあった。もはやミスリアと離れる未来を拒絶している己の心を。自覚したところで、次に考慮すべきなのはどうすれば離れずに済むか、その手段である。
 頬杖ついて、掛け布から覗ける窓の外の景色をぼんやりと目に入れた。

「あの、もしかして何か怒ってません?」
 見れば、リーデンの従者の女はまた眠りについている。珍しい現象に出会い、戸惑う表情のミスリアがこちらを見上げている。
「…………」

「怒ってますよね……?」
 自信なさげな質問。そこで、よくわかったな、とは答えずに。
「寝てろ」
 とだけ言った。


短めでサーセン。出かけないと! でゅわっ!

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