55.b.
2016 / 04 / 05 ( Tue )
 徒歩での長旅は女性には辛いからと、馬車を手に入れた。
 そうして首都を発って二日目、リーデン・ユラス・クレインカティはシュエギと並んで御車席で馬の手綱を引いていた。

 この地帯は坂が多い。鋭い上り坂が続くと馬が疲弊するため、速度を調整しつつ進んだ。
 サエドラの町までの道のりはまだ遠く、はっきり言って退屈だ。夜はともかく、昼間は賊に出くわすことも無ければ対向車ともほとんどすれ違わない。

 牧歌的なほどに緑豊かでのどかな景色もしばらくすれば見飽きてしまう。
 知っている鼻唄を一通り出し切った後、リーデンは暇潰しに、記憶喪失の男に適当に話しかけた。

「泡沫のオニーサン、髪縛って髭剃ったらめっちゃ見違えたね。髪の色を別とすれば、二十代っぽいよ。第一印象だと三十とか四十って思ったのに」
「はあ、ありがとうございます」
 男もやはり適当に受け答えをする。光沢を全く放っていない灰銀色の双眸は一体何を映しているのやら。

 このまるで生命力を感じさせない顔も、隠れているよりは見える方がずっといい。伸び放題の髪を紐でくくって前髪を横に流し、髭を剃ってしまうと――あらふしぎ、意外に男前と呼べそうな顔立ちが現れた。これで表情にもうちょっと彩りがあれば、それなりに人目を惹けるかもしれない。

(別に聖女ミスリア一行に目立ち要員はこれ以上要らないけどー)
 要らないが、顔面偏差値が高いのは悪いことではない。むしろ、随所で利用できるものなので歓迎する。

「オニーサンってホントは幾つなんだろうね。なんなら一緒にお祝いしようか」
 ここでリーデンは、首都でバタバタした所為で流れかけた「生誕祝い」の案を掘り返す。
「お祝い?」
「こんな世の中だとさ、一年生き延びるだけで偉業だと思うんだよね。それをお祝いしようってわけ。生まれ月も時期も皆バラバラだから、全員分をまとめて祝おうって話」

「いい考えですね」
「でしょー」
 シュエギが本気で感心しているのが声色からわかった。自身の誕生月などわからない者には、こういう祝い方の方が嬉しいのも頷ける。

「それはそうとサエドラは今頃は平和と慈愛の女神イェルマ=ユリィへの祭事で慌しいかもしれません」
 さらりと、男は情報を落として行った。
 リーデンは一度硬直した。手綱が引っ張られる感触で我に返り、何と返すべきか迷った末――

「……よく知ってるんだね」
 と声音を低くした。
 シュエギがサエドラについて何か知っているらしいのは明らかだったが、これまでは問い詰めても成果が芳しくなかった。町が聖職者に風当たりが悪い話も風聞で得た知識と言った。
 ならばこの情報はどこから来たのか。少なくとも昨日今日の話題に上っていない。隠していたのか、それとも今思い出したのか。

「はて……。昔の記憶にあったのでしょうか」
「じゃあ訊くけど、君の中にそのお祭の視覚的イメージがあったりしない?」
「…………」
 今度はシュエギが硬直する番だった。

(聖女さんたちはこの人をあんまり刺激しないように決めたみたいだけど、僕はちょっと意見が違うんだよね)
 リーデンは嬉々として隣の男の反応を窺った。表情筋に動きは無いが、眼球が二度、素早く動いた。

「……ありません」
 ようやく零れた答えはため息のようだった。
「うっそだー。浮かびかけて、すぐに消えちゃったんじゃないの」
 諦めずに突いてみる。
「あなたの鋭さは……少々、気味が悪いですね」

「ありがとう。そしてごめん。自重はしないよ」
「はあ」
 そこで話は一旦区切られた。
 ちょうど上り坂がまた始まったので、二頭の馬に喝を入れる。


みんな覚えてるーw?? 慈愛の女神イェルマ=ユリィの名前は前に一回だけフォルトへが口にしてるよ! 超どうでもいい!
ちなみにジェルーチ&ジェルーゾの家名が「イェルバ」なのももしかしたら神々との縁を意識したものかもしれないけど、私には真相がわからないよ!?

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