54.c.
2016 / 03 / 18 ( Fri )
「リーデンさん?」
「ちょっと気になったんだよねー。教団の人手が少ないってよく聞くけど、具体的には何人ぐらいいるの? 機密事項?」
 その質問には枢機卿が応じた。

「機密事項ではありません。お答えしましょう。修道士課程を終えてなお存命である者の数は私が先月に確認できた時点で九百八十二名、うち百五十七名は聖人課程を経ています。その中の三十六名が過去二十年以内に聖獣を蘇らせる旅に出て、未だに旅を終えていません」

「ふーん、じゃあその中で生きてるって確認できてるのは?」
「報告書は任意ですが、生存確認としての定期連絡は必須。過去一年の間で連絡が途絶えていない者は僅か九名です。聖女ミスリア・ノイラート、貴女を含めて」
 旅を中断した聖女レティカは、その頭数に入っていないと言う。

 ――流石に少ない。
 リーデンも同じことを思ったらしく、眉をしかめた。

「聖人・聖女の全体数でも四、五分の一程度しか聖獣を目指さないんだね。意外」
「それは仕方のないことです。一概に聖気を扱えるからと言っても年齢や力量に個人差はありますし、旅や冒険やらに向いているとも限らない。大陸には治癒と浄化の力を今すぐに必要としている地も多い。巡礼にもさまざまな形があるのですよ」

「にしても、二十年で三十六人ねぇ。一年に二人と輩出されないのは妥当、なのかな」
「既に死を確認できた者は数から差し引いてあります。旅に出ただけで言うなら、もっといました」
「んんー……それで未だに聖獣が蘇る兆しが無いってのはどうなの……」
 まだ引っかかる点があるのか、リーデンは目線を逸らして考え込んだ。しかしそれ以上は何も口に出さない。

「ともかくして、姉君の記録の件は任せなさい。なんなら本部まで足を運ばなくても、使者を送って模写を持って来させます。私の権限であれば持ち出しは可能です。一週間以内には必ず」
「そんな」
 ミスリアが抗議できるより先に、枢機卿が手を差し伸べた。

「遠慮は不要です。此処でお会いできた縁を記念して、受け取りなさい」
「ありがとうございます、猊下」
 ミスリアは伸ばされた手を取り、厳つい指輪に口付けを落とす。
「どうかあなた方の旅路に神々と聖獣のご加護があらんことを、聖女ミスリア・ノイラート」

「同じく、あなた様の往く道に大いなる存在のご加護があらんことを。グリフェロ・アンディア枢機卿猊下」
 聖職者同士で儀式的な挨拶が交わされる。或いは聖気も交わされたのかもしれないが、そこまではゲズゥにはわからなかった。

 そうして枢機卿は去り、一同はあてがわれた寝室に戻った。
 パタン、と部屋の戸が閉まりきった途端に、リーデンが小声で言った。

「聖女さん、本当はあの子たちのこと追ってお仕置きしてやりたいんじゃないのー?」
「……お」
 お仕置き、とミスリアはうわごとのように復唱する。あの地下で見せた激情の片鱗が少女の面(おもて)に再び浮かび上がっているのに気付き、ゲズゥはなんとなく距離を詰めた。

「お前は奴らの行先に目処が付いたのか」
 と、リーデンに向けて問う。弟の含みのある眼光から察するに、考えはあるのだろう。
「当たるかは別として、予想することはできるよ」
 リーデンはウフレ=ザンダの地図をどこかから取り出して膝上に広げてみせた。現在地である首都に指を滑らせ、図書館の場所にガラスのペーパーウェイト(=文鎮)をのせる。
「僕らが出会ったのはココね。ちなみに枢機卿さんが行く定例会も多分首都圏内かな」

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