52.d.
2016 / 01 / 20 ( Wed )
「ジュリノイの本部が近いのは偶然です。私はこの町で……」
 イマリナが卓上の食器を片付ける間、ミスリアは肩掛けのポーチから書類を取り出した。紐にくくられていた数枚の紙切れを解き、食卓に広げる。
「……お姉さまの手がかりを見つけられると思いまして」
 一瞬だけ視線を逸らした。深く語ることはしない。誰に何をどうやって聞いたのかまでは、言えない。我ながらあまりに確証の無い話であったからだ。
 リーデンの明るい緑色の双眸は察したように瞬いた。

「お姉さんも聖女さんだったんだよね」
「はい。教団に登録されていた情報によると、聖女カタリア・ノイラートは護衛三人と巡礼に向かったと記録されています。うち二人は連合を介して雇った魔物狩り師であり、前もって交渉したそうです。名はディアクラ・ハリド、イリュサ・ハリド」

「家名が一緒ってことは親類かな」
「優秀な魔物狩り師のきょうだい、と記されています。三人目は、二人と合流する前か後に出会ったのかはわかりません。教団の記録に詳細はありませんでした」
 ふうん、と言ってリーデンは腕輪代わりのチャクラムをひとつ、指でくるくると弄び始めた。ついそこに視線が釘つけになってしまうのは、考え事をしている時の癖にしては危ないからである。
 幸い、鉄の戦輪は数秒後には静止した。

「一行の足取りが途絶えたのって、どの辺?」
「それも詳しくはわかりません。お姉さまからの最後の報告書は、この国のどこかから提出されたそうですけど」
 そう答えると、リーデンはすっと目を細めた。口元の笑みには、警戒の影が落ちている。

「んー。この国って、所謂アレが盛んだって聞いてるよ」
「アレ、とは……」
 彼の言わんとしていることに気付く。
「旧信仰って言うんでしょ。皮肉なもんだよね、この大陸って北へ行けば行くほど信心深い人が集まってるらしいね。聖獣信仰も、旧信仰も。ついでに、魔物信仰だってそうなんじゃないの」

 いつの間にかリーデンは声の音量を落としていた。
 全て事実だ。一概に信心深いと言っても、信仰対象には多少の幅がある。アルシュント大陸の宗教組織はヴィールヴ=ハイス教団のみ――けれども、宗教組織でなくとも公に神を掲げる組織は存在し、密やかに活動する集団に至っては数えようが無い。

「今更だとは思うけど、君は、僕らとなるべく手を繋いでた方がいいね。こんなところで攫われるのはまずい。お姉さんの手がかりを探すどころじゃなくなるよ」
「ご、ご冗談を」
 思わずそう返すも、リーデンの微笑は本気だった。既に彼は、いつも使っている「聖女さん」呼びを改めている。

「冗談じゃないよ。ねー、兄さん」
「ああ」話を振られたゲズゥは銅製のコップからぐいっと水を飲み干して、同意した。「それと、これから仮眠を取れる場所を探すべきだな」

「さんせー。なんなら四人で雑魚寝しよっか」
「いくらなんでもそれはできません!」
 ミスリアは即座に反対した。この人は何を言い出すのか。明らかな冗談だとわかっていても、声を荒げずにはいられない。
 他の食卓の客から好奇の視線がちらちら向けられる。

「あはは、しょうがないなぁ。添い寝はマリちゃんだけで手を打とう! 残念だよ。ねー、兄さん」
「…………」
 無言は賛否どちらであるのか、わからないからこそ恐ろしい。気まずさを感じてミスリアは隣を見ることができない。
 対して、添い寝する権利を唯一与えられたイマリナは嬉しそうに手を叩いている。
(もう、みんなして私をからかって!)
 ――と思うものの、言わない。この能天気さは救いである。

 先週の内に町に着いてからずっと、ミスリアは気が重かった。姉の失踪の真実を探ることの重さは、ふと立ち止まった時に襲ってくる。覚悟は決めたはずなのに、例に無い苦痛であった。
 果たして結論が見つかっても、見つからなくても、その先で自分はどんな顔をするのだろう。
 そう考えると、なかなか寝つけられない夜が続いた。

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でんでんは主人公になんてセクハラを…

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