52.a.
2016 / 01 / 07 ( Thu )
 それは出会ってまだ日の浅い頃のことだっただろうか。どこかで買い物をしていた時――理不尽なほど長い間店員に待たされて、青年は苛立ちから来る頭痛に苦しんでいた。隣でのほほんと笑っている少女を見下ろす度に、その苛立ちに拍車がかかるようだった。
 少女はどこへともなく視線を彷徨わせ、息をつく。そして己の体温と気温の差により生じた湯気を見つめながら言った。

「この世界は、素敵ですね」
「そうかぁ? 別に普通だろ」
 青年は言葉じりを吊り上げて問い返す。
「素敵ですよ」
「具体的に何に対してそう言ってるんだ」
 彼に言わせてみれば世界は喪失や苦難、欺瞞などに満ちている。素敵と言える要素よりもそうでない部分の方が圧倒的に多いように感じられた。

「空が青くて木の葉が赤くて、吐く息が白いです。落葉のにおいも、吹き抜ける風の冷たさも素敵でしょう」
「……全部当たり前のことじゃねぇか」
「当たり前だからこそ、愛おしいんですよ」
 少女は楽しそうに落ち葉を一枚拾った。湿気た地面の水分を吸い、茶色く変色したさまは決して美しくない。なのに聖女カタリア・ノイラートは、くるくると楽しげに葉柄を回している。その動作から滲み出る穏やかさに、青年は不覚にも感じ入った。

「あー……あんたはすげーな」
「え?」
「何も無いところに愛を感じるのか。そういうのって、信仰の力かねぇ。それとも性格なだけか?」
「何も無いなんてことはありませんよ。世界は常に命と光に満ちています」
 両手を振り回しスカートを翻しながら舞う少女の言葉は、冬の空気と同じくらいに透き通っている。

「あんたと話してると、俺は自分がくだらない人間なんだなって思い知らされるよ」
 淀んだフィルター越しでしか世界を見つめられない自らの目を恥じた。
「くだらないだなんて。貴方はご自身の良さを、まだ自覚できていないだけです」
 朝日みたいな笑顔で彼女は断言した。
 見惚れるよりも先に、嘲笑が漏れる。

「良さ、ねえ」
「――あ! 店員さん戻って来ましたよ。あの二人も呼んだ方がいいですよね」
「そうだな。ちょっくら探してくるよ」
 会話の焦点が逸れたのを有り難く受け入れ、青年は近くに居るはずの仲間たちの方へ足を運んだ。自分の話をするのはむず痒いし、あまり長く自己分析していると、卑屈さが全開になってしまう。

 だけど本当は、嬉しかった。
 たとえ彼女のそれが妄信だったとしても。誰か一人だけでも手放しで認めてくれたことが嬉しかったのに――いつも、うまいこと礼が言えなかった。
 もっと大切にするべきだった。
 そんな風に後悔しか生み出せない己が、何よりも惨めで醜い――。

_______

「ミスリア、足元」
「はい?」
 何気なく歩いていたら、背後のゲズゥが急に注意喚起を投げかけてきた。ミスリアは言われた方の足元に視線を向けずに、思わず振り返る。足を止めるべきだったのに、しなかった。

 躓いた。
 転びそうだったのを、後ろからがっしりと抱き抱えられて凌ぐ。

(なっ、何を踏んだの)
 ゲズゥの腕に支えられたまま、地面に横たわる大きな物を一瞥した。姿形は成人男性だ。道端で横になっているから、既に息の無い者かと疑ってしまう。けれども腐臭はしなかった。踏んだ感触も、柔らかかった。

「往来で仰向けに行き倒れるなんて、豪快だねぇ」
 隣でリーデンがころころ笑う。
「行き倒れって、ええっ!? お気を確かに! 私の声が聴こえますか!?」
 どうしてこの人は道行く誰からも見向きされていないのか。などと、気にしている場合ではない。ミスリアは膝をついて男性の肩を揺さぶった。



まだ十分に練っていない気がしますが、まあいっか。はじめちゃう!

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