48.f.
2015 / 10 / 01 ( Thu ) 「……みたいだな」
両目を閉じて静止したゲズゥが、しばらく経ってから不機嫌そうに答えた。 「王子、貴方には敵の居場所がわかるんですか?」 「知っている。向こうは隠してもいないから、軽く偵察すればわかるような位置にあるぞ」 ただし、と彼は河の方に視線をやった。 「――向こう岸にある。泳いで渡るのは論外として、飛行能力を持たない我々では、橋のかかっている地点まで行く必要がある」 「橋があるってことは、向こう側にも里が?」 「いや、反対側に民家は無い。どうも猛獣が住処としているらしくてな、定住地に使えなかったそうだ。橋は主に狩りや採集に行く時や移動の為に使っているらしい」 どうやって調べ上げたのか、相変わらず王子はカルロンギィの事情に精通していた。 時間を一秒たりとも無駄にできないとわかって、すぐに全員でこの場を去る支度をした。速度を優先するため、食糧や毛布などの生活用品は捨てることになる。 「ここから距離は」 大剣を背負い終えたゲズゥが質問した。それに対して王子は闇の中を指差す。 「四マイル未満と言ったところかな」 「となると三十分前後か」 「待て待て、私をお前みたいな若々しい化け物と一緒にするな。無装備で走ったとしても四十五分以上はかかるぞ」 「………… 」 胡乱げな目をするゲズゥと、愉快そうに笑う王子。その横でミスリアは何とも言えない心持ちで二人を交互に見やった。もし自分の足で走ろうとすれば、一時間はかかる。 「くくっ、本気で置いて行きそうな顔をするなよ。あの銀髪はお前にとってそれほど大切か? すぐに駆けつけねばどうにもならない種の人間か?」 「……すぐに駆け付けなくても死にはしない」 くるりと王子に背を向けて、ゲズゥはこちらに手を差し伸べた。歩み寄ると、ふいに足が地面から離れた。そのまま軽々と青年の肩に担がれる。 何の合図も無しに、月下での疾走が始まる。振り落されないようにミスリアは逞しい背中にしがみついた。 「私は先回りして隠れ場所を見つけることを勧める」 しばらく走ってから、王子が口を開いた。息は上がっているものの、ゲズゥの方が彼に合わせて減速をしているようである。 「何の為にです?」 「決まっている。カルロンギィの民の出方を観察する為だ。運が良ければ目的も突き止められる。大体、深夜に『混じり物』の棲家に率先して飛び込みたいとは思わんな」 「そ、それは勿論私だってそんなことしたくありませんよ」 「だからこそだ。里の連中が行動に移したからには人員も揃えているはずだ。我々のみで突撃するよりは安全性が増す」 「でも私たちの安全と引き換えに彼らに犠牲が出るのでは」 「知らん。現状、そこまで気にしている余裕はなかろう」 「確かに――」 返事の途中、ただならぬ感覚が背骨を通り抜けた。 ゲズゥの肩に担がれているがゆえに向いていた後方ではなく、進んでいる方向を振り向こうと上体を捻る。 「どうした」 短い問いかけがあった。答えようとしても声が出ない。 (この感じ!? 聖地が、近い!) そんなまさか、よりによって聖なる地の近くに魔性の者が居を構えるなど―― |
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