45.c.
2015 / 07 / 07 ( Tue ) 突発的な声に男たちはぎょっとなり、警戒気味にこちらに視線を走らせた。が、そんなことは丸きり無視して記憶の中を漁る。 一体どの時点で眼球は失われたのか。遠くからミスリア一行を見つけて声をかけた時はまだ距離があったし、ハッキリ確認した気がしない。出会い頭に相手の両目が揃っているのかどうかをわざわざ確認する方が稀だ。(兄さん前髪また伸びてるし……そりゃあ遠くからじゃわかんないのも当然だよね) たった一つの異変を除いて、外傷の痕らしき痕が無い。血などが乾いた痕跡ですら見当たらない。まるで眼球だけをどこかにポロッと落としてしまったかのようだ。 (まさか目玉が自分で足を生やして逃げるわけでもなし――いや、そうとも言い切れないか) 呪いの眼と呼ばれるモノは、魔物を人体に取り込もうとした実験の成れの果てである。リーデンがその事実を知ったのは比較的最近だが、知っている以上、あらゆる不条理な可能性をも考慮すべきである。魔物とは元よりそういう存在だ。 こうして考え込んでいる間に男たちが隣の空いた鎖を取った。ゲズゥをも逆さ吊りにする気だ。妨害をしても無駄だと判断し、ガチャリと嵌められていく足枷をリーデンはぼんやりと見つめた。 そこで一つの発見をする。 近くにあると思っていた兄の「気配」は依然動かぬままだ。即ち、近くにあるらしいが、少なくとも半径15ヤード(約13.7メートル)以内に居ないように感じるのだ。それだと目の前の男は、この矛盾はどうしたものか。 (僕らを繋ぐ見えない「糸」の支点が左眼だとするなら、その繋がりが眼と一緒になくなるのはわかる。でも――) 繋がりは活きている。ただその端点が目の前にぶら下がる男に無いだけだ。これは本気で、眼が独立した状態で活動していると考えねばなるまい、とリーデンは珍しくげんなりしていた。 「こっちこそが――――だ!」 手ぶらになった男たちの注意が再度こちらに向いた。 「そうだな。白いな。お前の言う通り、コイツが――――かもしれない」 男たちは一つ、リーデンに聴き取れない単語を使った。 「は? 何言ってんの君たち」 北の共通語で話しかけてみたが、奴らは興奮していて聞く耳持たない。あろうことか岩壁を伝って近付いてきている。 「ヴゥラフよ、歓迎する」 「失礼をした、ヴゥラフよ」 相変わらず意味は知れないが、何度目かで発音を聴き取ることができた。 「ちょっと、どういうこと? ヴゥラフ? って何それ」 と問いかけても返事が無い。 男たちはせっせとリーデンの足枷を外してくれている。次いで肩を掴んだり腰に縄を巻いたりと、少なくとも枷を外してそのまま谷底に落とすつもりは無いようだ。 自由になれることに対する期待が生まれたと同時に一つの焦りが浮かんだ。これでは多分、兄と話す機会が失われる。 そうとわかれば即決した。唯一届きそうな右脚を伸ばす。 「起っきろォ!」 距離や体勢の関係で、蹴りは腕をかする程度の衝撃しか与えられなかった。それでも逆さの兄をぐるぐると横に回転させるだけの勢いはあった。これで意識が戻らなかったら唾を吐きかけるくらいしかもう策が――。 幸い、数秒後には瞼が震えた。ちょうどその頃に回転も収まった。 「に、い、さ、ん? 君はー、僕にー、色々と説明しなきゃなんないコトがー、あるんじゃないかなぁ?」 黒い右目の焦点が合うより先に、リーデンは毒気を吐きつけた。 「…………同意だが、後に回すしか無さそうだな」 状況をざっと見回したゲズゥがやはりげんなりとした様子で応じた。こちらのやり取りなどお構いなしに捕獲者たちがリーデンを抱えて上へ上へと引き上げている。 「しょうがない! 今の表情(カオ)が面白かったから、それに免じて許してあげよう!」 下方に遠ざかる兄に向けて、ほんのちょっぴり上機嫌になったリーデンが叫びかけた。 |
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