02.c.
2011 / 12 / 21 ( Wed )
 誰も居ない、窓が一つも無い、閉ざされた会議室の片隅でミスリアはずるずると床にへたり込んだ。純白のドレスが汚れる可能性は置いといて。

(こ、こわかった……)

 ゲズゥ・スディルは廊下で服を着せてもらっている。ノックしてから入るはずだから、もう少しだけ一人でいられる。

 それにしても、無駄に緊張した。寿命が数年、いや、数十年、縮んだといってもいい。

 大見得切ったはいいが、ミスリアは本当にただの少女だった。聖女といっても高い位を持っているわけでもなく、偉い立場の人間とはめったに関われない。教皇猊下にお目どおりかなったのも一度しかない。

 なのに一国の元首と対等に話し合おうだなんて、自分にはあまりにも背伸び過ぎた。それもあんな大衆の前で。本当はもっと早く、それこそ処刑日時が定まる以前に交渉に来たかったのに、勅書が手に入るのが遅れたせいで最中に飛び出すことになってしまった。派手な登場を狙いたかったわけじゃないのに。内心では死ぬほど恥ずかしかった。

 教団を引き合いに出してアピールしたのも、賭けだった。大陸中の国は諸々な面で教団の援助を頼りにしているといっても、個々の差はある。国に干渉できる度合いは与えている恵みに比例してるようなものだ。

 シャスヴォル国は、教団から多少の資源を受け取っている程度だ。人材を派遣されることを拒み、流行り病や戦の際も聖人聖女の能力を求めたりしない。

 恩恵が途絶えるのを恐れて話を呑んでくれるかなんて、ほぼ見込みの無い話だった。

 大体、ミスリア自身にたいした影響力が無い。教団が聖女一人の成功にそこまで期待しているわけがなかった。勝手を許されたのは教皇様のお情けで、シャスヴォル国との折り合いが悪くなりそうなら間違いなくミスリアから切り捨てられる筋書きだ。

 必死に足掻いた結果、どうにか成功したわけだが。
 今になって一気に疲れが押し寄せる。

 だけど、やっと会えた。「天下の大罪人」に。
 間近で見ると、凄い威圧感だった。十九歳なんて、にわかには信じられない。

 大人の軍人と並ぶと、体格差は確かにあった。でも彼は細身の筋肉質みたいで、十分に力は強いだろう。何より、高身長に驚いた。部屋の中にいた人間の中で、傍目にもゲズゥが一番か二番目に背が高かった。これは書類で読むのと、実際に目の当たりにするのとではまるで違う。

 顔はもっと怖い感じを想像してたけど、外れた。

(むしろちょっと格好いい、かも……)

 そんなことを考えている場合ではなかったが。
 なんとしても、利を示し続ける方法を考えねば、いずれ自分は喰われるだろう。命を助けただけではきっと足りない。でも、分かり合えると信じている。

 事件の報告書や記録を読みふけったうちに、天下の大罪人が、実は人が言うほど凶悪な人柄ではないと予想していた。きっと、噂や人の想像が勝手に一人歩きしただけで。

 それこそがミスリアの理想だとか妄想で、考えが砂糖菓子よりも甘すぎる、と仲間には何度も止められた。けど憧れや好奇心にも似た妄信を原動力に、突っ走った。いつ、短慮だと笑われて教団に捨て置かれても仕方ないのはわかっていた。わかっていて、ここまできた。

 子供っぽい錯覚だとは思うけど、どうにも御伽噺の登場人物と対面しているような高揚感があった。

 同時に、気になることもある。
 出会ってから一時間近く経つが、彼は未だに一言も発してない。まさか口が利けないはずないだろうが、これでは内面を判断しようがない。更には、こう見えてミスリアは話が得意な方でもないので、今後、間が持つのか、会話が続くのか心配だ。

 その時、扉がノックされた。

「はい!」

 ミスリアはさっと立ち上がり、スカートの裾を軽くはたいたりして見繕った。

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08:20:12 | 小説 | トラックバック() | コメント(0) | page top↑
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