43.b.
2015 / 05 / 07 ( Thu ) 「食べている最中に声をかけるべきではなかったですね、すみません」
「…………どういう意味で訊いている」 訊ね返してゲズゥは串の欠片を路頭に吐き捨てた。吐いた唾に血の朱色が混じっているのが見えて、ミスリアは近くのベンチに座るよう促す。ベンチは長さの半分ほどに木陰がかかっていて、彼は自らそちらの方を選んで座った。 ミスリアの身長だと――こうして座らせでもしないと、稀に見るこの長身の青年の顔には届きにくいのである。 それから傍らに立ち、手をかざして聖気を展開した。 「えっと、そうですね、家族とか仲間への愛情じゃなくて……恋愛、の意味合いでです」 使い慣れない単語に言いよどむ。気恥ずかしさに微かに身じろぎしてしまう。その弾みで、かざしていた右手の小指の爪先がゲズゥの頬をかすった。 何とも言えない刹那の感触。吃驚して手を引くと、後を追うように黒い眼差しが素早く動いた。 黒曜石を思わせる瞳はその表面に晴れ渡った青空を映していて、綺麗だ。つい見入ってしまって動けない。なんとか呪縛を逃れたくて俯いた。 彼が次に喉から声を発した時、ミスリアの目線の先は喉仏から顎を上り、最後に口元へと伝った。 「別段、興味は無い」 口元を見ていた所為だろうか。発せられた低い声が、いつもと違う質感を伴っていたように感じられたのは。 一拍遅れて我に返る。 「あ、そ、そうですか。くだらないことを訊いてしまいましたね。すみません」 必要以上に落ち着きなく答えると、あろうことか青年は言葉の応酬を続けた。 「お前はあるのか。興味」 「え。恋にですか?」 頷きが返る。 (恋愛、かぁ……) 一気にさまざまな思考が脳内を巡った。まだ故郷の島に住んでいた頃に、同年代の友達や姉と、誰が誰の嫁になるのが一番お似合いかを想像して遊んだこと。修道女課程を修めていた日々の中、隠れて夜更かしして恋愛小説を読んでいた同室の子。ミスリアは教団に入った時点でそういった話題への関心は薄かったけれど、いつからか、全く自分とは無関係だと思うようになっていた。 聖人聖女はその役職に就いている限り、異性と関係を持つことはできない。と言ってもそれは永続的な話ではなく、カイルの父親のように役職を返上して伴侶を得ることは可能だ。 それでも少なくとも聖獣を蘇らせる旅が終わるまでは恋とは無縁に生きるだろう、とミスリアは受け入れている。 見聞も経験も足りない分、それがどういうものなのかはほとんどイメージが無い。例えば周りに恋の花が咲いていたとしても、きっと気付けない。 いつか未来で自分が恋をしている様子を色々と想像をしてみるも、うまく浮かばなくて悶々とした。相手はどんな人になるだろうか。相手……? 「なるほど」 突然、ゲズゥが言った。 「な、何に納得したんですか」 物思いを遮られた驚きに肩が跳ねた。 「反応が『女』だな」 続く言葉を聞いても、彼が何に得心がいったのかは不明なままだった。どうやらこちらの表情や挙動の細かい変化を観察していたらしいが、そこから一体何を見出したのか。 「確かに私の性別は『女』ですけど、それは周知の事実で、改めて確認するようなことではないかと……?」 「そういう意味じゃ、ない」 「ではどういう意味なんです?」 首を傾げて問う。 「自分で考えるといい」 心なしか楽しそうに答えて、ゲズゥは立ち上がった。 なんだこれ。書いてて私がドキドキしただと……………………………… 歹ヒのう くそう、喉仏萌え! ミスリア本編に全文検索かけてみたら、なんとこれまでに「恋愛」の単語が登場したのは1回だけであったΣ( ̄□ ̄lll)<22、イトゥ=エンキ視点のところ。「恋」だけなら13回。これからはもっと出る…よ? |
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