42.i.
2015 / 04 / 28 ( Tue )
「い、いいえ。気を遣わせちゃってあたしの方こそごめんなさい……」
 あまり強く出ない司教さまにティナは毒気を抜かれたのか、あっさり引き下がった。
「お元気そうで良かった。本当にずっと、心配していたのですよ。いきなり消えたものですから」
「……黙って出てったのは悪かったと思ってる。それより、今日は違う用事で来たんでしょう」
 訊ねながらもティナは司教さまの微笑から顔を逸らした。

「そうでしたね。では本題に入りますと、当孤児院を教会の管理下に置かせて下さい。今日はそれをお願いしに来ました」
 さりげない口調で司教さまは言う。窓際で静観していたリーデンが口笛を吹いた。
「なっ――んですって」
 ティナは驚愕に顔をしかめた。

「子供たちの身の安全や秘密の厳守、今後の教育も全て我々が約束します。寄贈者の束縛から解放します代わりに、彼の検挙にご協力下さい」
 司教さまが暖炉の上の肖像画へと視線を走らせるのを見受けて、ティナは頭を振った。

「無理よ。アイツからの解放なんて望めるわけが無い」
「解決の糸口は、そちらのデイゼルさんが持ちかけて下さいました」
「……え? どういうこと」
 ティナの青緑の瞳が隣の少年を向いた。少年は真っ直ぐに視線を合わせる。

「きょーかいに守ってもらえば、みんな今よりもフツーの生活ができるよ」
「他の子たちはそれでどうにかなるかもしれないけど、デイゼル、あなたはっ! あなただけは――」
「しってる」
 少年強い語気で遮った。彼は己の出自だけでなく仲間たちについても熟知しているようだった。

 ここには帝王家に直接血の繋がりを持った彼の他に、帝国有数の貴族や軍人たちと縁深い子供たちもいる。存在をひた隠しにされているデイゼルと違って、他の子供たちは根気良く調べるだけで血筋が明らかになった。

「だからおれ、シュウドウカイに入るよ。セイジンも目指してみたい。そっちは、ソシツってのが無いとダメみたいだけど」
「聖人はともかく、修道会? って何? 知らない」
「修道会ってのはね、いくつかの厳しい誓いを立てた信徒の集まりのことだよ。会員になると簡単には俗世に出られないし、一般人と関わることもほとんどできなくなる」
 ティナが挙げた疑問に対してカイルサィートがそっと説明を呈した。

「でも彼にとっては最善の選択だろう。修道司祭以上か聖人になれば、もう政治的権力者でも容易に手出しができない。たとえ素性や居場所が漏れたとしても、帝王に即位させるのは不可能だし――何の企てにも役立たないのなら、攫ったり暗殺する意味が無いからね」

「…………本当にそれがあんたの望みなの。教会に言いくるめられたとかじゃなくて」
「そーだよ。おれはこれでいいんだ。どっちみち外の世界を好きかってにうろうろできない人生なら、だれかのために使いたい」
「デイゼル、人生は使うものじゃないわ」
「使うもんだよ」

 いつの間にか姿勢を正していた少年は、声色から仕草に至るまでに迷いが無かった。
 思えば彼は幼少の頃は屋敷に閉じ込められ、現在は孤児院から離れられない狭い世界での生活を強いられている。そんな生活から脱したところで、権力争いに巻き込まれてしまう。

 実に過酷な運命であり、だからこそ実に潔い判断だった。この少年はきっと最後まで歪まずに立派な大人になる、そんな予感がした。

「ティナ姉もほかのみんなももう会えないかもしんないけど、おれはこれでいいんだよ」
「修道者になったとしても全く外の世界に出ない、なんてことにはなりませんよ。時折の聖地巡礼や、他の修道院へ赴く場合もあります」
 司教さまがそのように付け加えた。

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