08.f.
2012 / 02 / 18 ( Sat )
「あの日死んだ人間の内、大半が同じようにこの下に埋められた。俺が、この手で埋めた」
 ミスリアを下ろしながら彼は淡々と語った。

 どちらかというと感情がこもらないのではなく、抑制して話している印象を受けた。柳を見据えるゲズゥの横顔はかすかに哀愁を帯びていた。

「そんな……」
 ミスリアは喉の奥から声を絞り出した。自分に起きたことでもないのに胸が締め付けられるように痛い。濃い瘴気にも当てられて、気分が悪い。

「ほんの子供だったろうに」
 カイルが労わるようにそっと言った。柳の前に三人、横一列に並ぶ。
 しばしの間があった。

「今から十二年前――七歳か。ほぼ一日かけて掘っては埋めた。ただ、そうするべきだと一旦思い立ったからには」
 ひたすら、機械のように作業を続けたのだという。

 その光景を想像して、ミスリアは寒気がした。七歳の子供が茫然自失から醒めて、死の蔓延する場所で、せっせと動いている。日が暮れても、手を止めずに親類縁者を埋葬し続けて。血の臭いも死の臭いも気にならないほどに感覚が麻痺して……。

 思わず涙がこぼれた。かける言葉なんて見つかるはずも無い。
 何があったのか訊けなかった。彼が失ったのは言葉に出して取り戻せるものではないからこそ、余計に。

 この樹ならば、総てを見知っているのだろうか。ミスリアは枯れた枝を揺らす巨木を眺めた。何の思念も気配も感じ取れない。この樹は完全に事切れていて、魔物化すらしなかったのかもしれない。

 ――いつの間にか風が止んでいる。怖ろしい静寂に、自身の呼吸の音に、無駄に緊張する。なんとなしに傍らのゲズゥの顔を見上げた。
 虚ろな表情を浮かべていた彼が、途端に力いっぱい目を凝らした。

(何か見つけたのかしら?)
 訊きたいけど、声を出していいか迷う。カイルも神妙な顔で無言なままだ。
 試しにミスリアも柳の樹を嘗め回すようにじっくりと注視したが、暗がりで樹のシルエットしか見えない。

 ゲズゥが早足で樹の傍へ近づく。
 ミスリアは止めようと手を伸ばしかけた。その手を、カイルが手首に触れて止めた。頭を横に振っている。仕方なく、樹の下まで歩み寄って見守るだけにした。

 幹の横を回り、ゲズゥは片膝を地面についた。土の中から突き出ている長い何かを右手で掴んだようだ。引っ張っても出てこないので、彼は両手でそれを持ち直した。

 ポタッ。
 頭上からほんの小さな水音がして、ミスリアは顔を上げた。次の瞬間、視界にたくさんの白い線が満ちた。

 後ろから腕を引っ張られ、直撃を免れた。糸に似た白がいくつか空を切り、残ったほとんどの糸がゲズゥの首に巻きつく。
 糸を繰る者がゆっくりと樹の上から姿を現した。

 今の今まで、まったく気配を感じさせなかったソレは、人間の基準でいえば二十五歳かそこらの美しい娘だった。はっきりとはわからないが脚を木の枝に巻きつけてるのか、逆さに身を伸ばしている。ぬうっと顔を上げて、笑った。
 大きな瞳は快楽に彩られていた。その長い白髪ではなく指の爪の下から伸びた糸でゲズゥの首を絞めている。

 糸を引いて、魔物は捕った獲物にぐいっと顔を近づけた。爪先でゲズゥの鼻を撫でる。いつも通りの無表情な青年の顔が魔物のひときわ明るくて青白い光に照らされ、よく見える。
 娘は赤い唇を艶やかに開き、唾液をわずかに垂らした。その一滴が、ゲズゥの頬に落ちる。

 何かが溶けて蒸発したような音が聴こえた。

「――――――っ」
 ゲズゥの頬に焼けどにも似た赤い痕があった。流石の彼も苦痛に表情を歪めている。

 魔物の口から垂れたのが酸だと察して、ミスリアは思わずカイルの袖を握った。

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