42.e.
2015 / 04 / 15 ( Wed )
「ティナ姉、干し芋買って~!」
「芋! 芋!」
 台車を押す芋売りが通り過ぎて間もなく、小さな影が後ろからティナに体当たりした。
 彼女はさして驚いた様子を見せずに振り向いた。十歳くらいの男の子と女の子の二人組である。

「あなたたち、また城壁の穴から入って来たの?」
「うん!」
「懲りないわね。いつか人攫いに遭っても知らないわよ」
「うっそだー、どうせティナ姉が助けに来てくれるだろー」
「そうだけど、調子に乗ってんじゃないわッ」

 空いた手で子供たちの後頭部をはたこうとするティナ。勿論、子供たちはちょこまかと逃げ回っていてなかなか当たらない。
 そんな微笑ましい光景を目に入れたままミスリアは考え事に耽った。

(状況がどうしても好転する見込みが無いってどういう意味だろう……? お金の問題じゃないのかな)
 金銭問題でなければ、他に何があるだろうか。たとえば治安が悪くて街の外に住んでる――は何か的外れな気がするし、後は子供たちかティナ自身が抱える事情だろうか。
 なんとなくカイルを見上げると、彼は小声でミスリアの名を呼んで手招きした。招かれるままに距離を縮めた。

「僕は孤児院について探ってみる。君は、さりげなく子供たちに聞き込んでみて。きっと引率者の彼女よりは口がゆるいよ」
 声が漏れないように彼は耳打ちしてきた。それをミスリアは承諾した。
「わかりました。やってみます」

 ――などと首を縦に振ってみたものの、その機会はすぐには訪れなかった。買い物を終えて孤児院に戻っても料理の下ごしらえなどをずっと手伝い、子供たちと話せずにいた。

 ようやく夕飯の準備がひと段落したところで、ミスリアは裏庭の様子を見に行くことにした。
 まず最初に、松ぼっくりを投げつけられているリーデンの姿が目に入る。ことごとく華麗に避けている。

「ハハハハハ! 全っ然当たらないねー。子供は好きじゃないけど、こういう遊びなら好きだよ」
 十代後半の青年は身体の柔軟性や脚力を駆使して松ぼっくりを避ける。子供たちは悔しそうにしながらも感嘆の声を挙げた。
「兄ちゃんスゲー! 人間の動きじゃないぜ!」
「ぶはっ! ていうか変なポーズで避けんなよ! キモいし!」

「片手で逆立ちできんの!? やり方おせーて!」
「お断りだよ。生憎、人に物を教えるだけの忍耐力は無いんだー」
 そう言ってリーデンはどうでもよさそうな笑顔を返す。子供たちのやる気に火が点いたのか、宙に舞う松ぼっくりの数が倍増した。

 楽しそうでいいな、と感想を抱きつつも流れ弾に当たらないように庭の端をそーっと迂回した。

「みっすん、みっすん」
 足元から呼ばわる声があった。
「デイゼルさん? そこで何をされてるんですか」
「秘密基地。みっすんもちょっと来なよ」
 巻き毛の少年は木の幹と岩陰の間からひょっこりとニヤニヤ笑いを覗かせている。

 一瞬たじろいだものの、これはチャンスだと気付いた。カイルに勧められたまま、何か訊き出せるかもしれない。
 早速スカートの裾を両手で持ち上げて姿勢を低くした。デイゼルは歳の割に少し小柄で、ミスリアとほとんど体格が変わらない。彼が通れる隙間なら自分も通れるはずである。

「何処へ行く」
 突然、木の葉の間から低い声が降りかかってきた。振り仰いでみると真上に黒い塊が見えた。
(なんとなく定位置に居そうなのは感じてたけど、この木だったのね)
 少し声を張り上げ、ミスリアは護衛の青年に返事をした。

「大丈夫ですよ。ここにいますから」
「何かあったら叫べ」
「はい」
 何故、呼べ、ではなく叫べ、だったのだろうかとぼんやり考えながらもミスリアは地面を這った。

 隙間を通り抜けると、そこはちょうど岩に囲まれた闇の空間だった。外の世界の光はほとんど入って来ない。狭い闇に包まれて、心地良くもあり恐ろしいとも思う。少なくとも夜に一人だったなら虫や蛇が気になってどうしようもない。
 ところが今は、少年の楽しそうな笑い声が近くにある。膝同士がぶつかるこの距離では、彼の吐息も体温も近くに感じられて何やらくすぐったい。

(そういえばデイゼルさんだけ、街中に入って来たところを見たことないわ)
 ふとそんなことを思い出していた。他の子たちは漏れなく遊びに来るのに――彼は街に興味が沸かないのだろうか。
 ついでに言えば最年長でリーダー格でありながら、時折こうして何気なく姿を消している気がする。

「実は話があるんだ」
 変わらず楽しそうな声が囁く。
「何でしょう」
 言った直後に、軽く返事したことに多少の不安を覚えた。秘密基地でする話はやはり秘密なのだろうか。彼がこれからどういう話をするのか全く予想できなかった。怪我した小鳥をティナに内緒で匿っている程度の話か、それとももっととんでもない爆弾を投下されるのだろうか。

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