42.d.
2015 / 04 / 08 ( Wed )
「それでレイラさんとはどう言ったお知り合いで?」
「あれ、レイラさんじゃなくてレイナさんだったかも。僕の知り合いじゃなくて、司教さまが昔、彼女の葬儀を執り行ったらしいんだ。その娘さんの行方を捜してるっておっしゃってた」
 問われたカイルはすんなりと答える。

「娘さんを?」
「そう、葬儀の際に会ったきり、ずっと息災かどうか気にかけてるそうでね。件の娘さんも『ティナ』って名前だったような気がするんだけどな」
「偶然でしょうか」
「さあね」
 カイルは小さく肩を竦めた。

(司教さまと会ったことがあるからって、何がどうなるわけでもないのかな……)
 本人の思わせぶりな応答が無ければ、無関係と考えても不思議の無い話だ。ティナという名前はこの辺りではこれといって珍しくもない。

 そうこう考え事をしている内に、荷物が着々と増えていった。普段の買い出しよりも人手が多いからか、ティナはほぼ休まずに食物や生活用品を買い続けては、男性陣に持たせていた。自分について来る一行を監視というよりは荷物持ちとして認識しているようだ。
 一方で男性たちの扱いがひたすら雑なのに対し、ティナは買い物袋を自分の肩や腕に重ねることはしても、ミスリアに何かを持たせようとはしなかった。

「あの、私も持ちます」
 流石に申し訳なくなってきたので、自ら申し出てみた。
「でもミスリアちゃんに瓜より重い物を持たせるのは人として間違ってると思うのよ」
「そ、そんな。瓜より重い物……確かにちょっと自信ありませんけれど……」
 ここで見栄を張れない自分に複雑な気持ちになり、俯きかけた。けれどもティナの方が更に複雑そうな表情になった。

「……ミスリアちゃんは、こんなことになっちゃって……あの屋敷に現れたのがあたしで――軽蔑した?」
「いいえ。理由を教えて欲しいと、そのことばかりを思っています」
 偽りのない本心を述べて頭を振った。なのにティナの整った顔には翳りが増す一方だ。
「そんな目で見ないで」
 彼女は軽やかな金髪と首に巻いたスカーフを翻しながらくるりと背を向けてきた。傷付けてしまったのかと思って焦る。

(どんな目をしていたのかしら)
 自分ではわからない。表情を確かめるかのように頬に手を当ててみても、目まではどうしようもない。
 ややあって、ぎこちない静寂を破ったのはカイルだった。

「極刑を怖れないという君に、罪状をどうこうではなく、別の取引材料を提案しよう」
 聖人の正装である白装束の長い袖を捲り上げ、カイルは爽やかに笑った。対するティナは青緑の瞳に僅かな興味を示した。
「あら。聞くだけ聞きましょうか」
「君の守りたいものの安全の保証」

 静聴するティナはすうっと目を細めた。

「君が雇い主に逆らえないのは、その人との繋がりが露見すれば孤児たちの現状が確実に悪化するから? 加えて、どうしても好転する見込みは無いと思っているから、僕らに協力して何かを得ようともしない」
 鋭いのね、とティナは小さく漏らした。

「どんな弱みを握られているのかは想像できないけれど、それは教団の手助けがあってもどうにもならない次元の問題なのかな」
「教団が助けてくれるわけが無いでしょうよ」
「どうかな」
「大体、この都の中では教団の影響力もたかが知れてる。いつも政治的権力に直面すると、逃げるか、傍観を決め込むばっかり」
「それが真実だったなら、とても残念だ」
「過去じゃないのよ。昔も今もこれからもずっとそうよ」

 二人の会話に聴き入っていたミスリアは、唐突に思い出した。ルフナマーリの司教座聖堂では割と最近に代替わりがあったのだと。
 転機である。方針までもが引き継がれなかったのなら――

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