40.f.
2015 / 02 / 26 ( Thu ) 「大体、こんな奴らどこで見つけたの――」
「心配して下さってありがとうございます。大丈夫ですよ」 それ以上詮索される前に急いで遮った。 ついでに間の良いことに、背後から何やら物音と子供のはしゃぐ声がした。 「げ、あいつらもう起き出してる。夕飯作らなきゃ」 壁にかけられた時計に目をやり、ティナはすくっと席を立ち上がった。 「長居してしまってすみません」 つられてミスリアも立ち上がる。やっと手を放してくれたリーデンは、長椅子を離れてゲズゥの傍に行った。共通語ではない彼らの言語で何か話しているのが聴こえる。緊張感に乏しい、のんびりとした会話である。 「気にしないで。本当は食べて行かないかって誘いたいんだけど……買い出し分はセロリの本数まで細かく計算してるの。予期せぬお客さんをもてなす余裕が無いわ」 「お構いなくー。僕らは宿泊先に戻れば多分もうご飯できてるしね」 と、リーデンが勝手に答えた。 「あんたに食べさせる分なんて最初(ハナ)から無いってのよ。あたしは、ミスリアちゃんと話してるの」 舌打ちの後、ティナは鬱陶しげに言い放った。女性の舌打ちには男性のそれとは違った迫力がある。 (どうしてかリーデンさんには突っかかるなあ……) 言動や行動が難ありなのは認めるけれど、それにしても反応しすぎだと思う。無視するなり流すなりすれば、彼もそこまでからかおうとはしないはずなのに。案の定、リーデンはもっと煽りたいという気持ちがひしひしと伝わる笑みを作った。それ以上の応酬を未然に防ごうと、ミスリアは声を張り上げた。 「ティナさん! 服ありがとうございました。後日またキチンとお礼をさせてください」 「あら、お礼なんていいのに。そうね、友達になってくれれば、それで十分よ」 「私で良ければよろしくお願いします」 「ありがとう。嬉しい」 ティナはふいに顔を綻ばせた。表情の変化が忙しなくて、さっきまで剣呑な顔をしていただけに、笑顔には見る者の目を奪う威力がある。切れ長の目は僅かに細められ、眉は寄せられる前の元の滑らかな形に戻った。 美女であったり美少年であったり、境目を引くのがそもそも無意味なのかもしれない。 慌ててミスリアは「私の方こそ」みたいな言葉を並べ立てた。 (ぽろっとそういうこと言えるなんて、いいな) 友達になって――そんな台詞を自然と口にできるのが羨ましい。自分がいかに気の小さい人間であるのかを思い知らされる。人と繋がりに行くのは、難しい。 カイルやレティカなど、思えばこれまでにできた友人と呼べる友人は、いずれも相手の方から歩み寄ってきてくれたものだ。 「ああ、そうそう、沼底を注視したかったら、春まで待った方がいいと思うわよ。冬の間もずっと水が濁ってて、上からは何も見えない。潜らないといけないから」 「そうなんですか……。ではそのつもりで今後の予定を立てます」 「ほんと? これからも会う機会がありそうね」 「はい。もし何かありましたら都内でお世話になってる教会を――――」 ティナと連絡先を交換してから、居間を後にした。 ミスリアたちは廊下に群がる子供たちの合間をかいくぐり、帝都ルフナマーリへと戻った。 _______ 「おかえり。意外に遅かったね」 「ただいま、カイル」 教会の会議室で、友人はテーブルに頬杖ついて分厚い本のページをめくっていた。部屋着の上に毛糸のショールを羽織っただけのラフな格好でくつろいでいる。 「待ってて下さったんですか?」 「せっかくだし、一緒に食べようと思って」 「ありがとうございます」 ミスリアは素直に喜んだ。誰かと同じ空間で生活していられる期間は、いつだって本当は悲しいくらいに短く、呆気なく終わってしまう。たまたま同じ場所に居て共に過ごす暇があるのなら、その機に感謝して飛びつくべきである。 カイルは分厚い古書に木彫りのしおりを挟んで、閉じた。表紙は随分と古びている。しかももう使われていない神聖文字で書かれているらしく、たとえ習った身でも一目見てすぐに読めたものではない。 「聖地について調べてたんだよ。なんでもあの沼では、聖獣が水浴びをしたって記述があるらしいよ」 ミスリアの視線に気付いて、彼は補足の説明をしてくれた。 「水浴びを? そんな凄い場所だったんですね」 友人は隣の席を引いて、ミスリアにも座るように促した。有り難く腰をかける。 沼の聖地について掘り下げるより先に、別の質問を口にした。 「今日はこちらで泊まるんですか?」 カイルは元々ミスリアたちとは別の教会に滞在していた。帝都ルフナマーリはあまりの広さと人口ゆえに、ヴィールヴ=ハイス教団に連なる教会を司教座聖堂含めて三軒建てている。 「ううん、君たちに用事があって寄ったんだ。今夜は魔物狩り師と見回りをすることになってる」 「私、たち? に用事ですか」 なんとなくミスリアは後ろのゲズゥを振り返った。リーデンに至っては、厨房で働くイマリナを構いに行ったのでこの場には居ない。 「然(さ)るお方の相談に乗って欲しいと司教様から頼まれてね。それで今日話を聞いてみて、この件は君たちにも手伝ってもらった方がいいかなと判断した。先方の許可ならもう取ってあるよ」 「司教様とカイルの頼みでしたら断われません。出来る限りお力添えします」 「助かるよ。君自身の力と――」彼は爽やかに笑った。「それと、君が連れている『戦力』を貸して欲しい」 カイルの琥珀色の目線がミスリアの背後を通り越して、長身の青年の上に止まる。同じようにミスリアもゲズゥに視線を注いだ。彼の意思も聞きたいと思うからだ。 ゲズゥは無表情を崩さずに口を動かした。 「何の相談だった」 「詳しい話はまだ聞けてない。その方はノイローゼになりかけてて会話が成立しにくかったんだけど……」 カイルは一度目を伏せて、次には両手を組み合わせて深刻そうな顔をした。 「命を狙われてる、と言っていたよ」 会議室の中にしばしの沈黙が訪れた。 「なら、依頼は護衛か」 やがて何かを察したようにゲズゥが言った。 「そうだね。そのお方の護衛と、できれば敵の捕縛かな。命を狙う敵というのが妄想じゃなくて実際に存在していると前提してだけど。お願いできそう?」 「問題ない」 教会が介入している点を顧みると、狙っている何者かが魔物である可能性も考えられる。とはいえ人間相手でも異形相手でも、ミスリアたちはそれなりの対戦経験を積んでいる。ゲズゥは懸念を抱く素振りを見せたりしなかった。 「リーデンさんにも話した方が良いでしょうか」 自分が引き受けたからって彼らに無理強いをしたくない、という気持ちで提案した。あくまで己の意思で選んで欲しいのである。 「気にするな。アレは、こういう話には常に乗り気だ」 そのままゲズゥは踵を返した。 通り過ぎた横顔が微かに笑っていた気がして、ミスリアは内心で仰天した。 「決まりだね。よかった」 隣のカイルは普通に本を片付けたりしていて、気付いた風には見えない。 (私の見間違い?) きっとそうだったのだろう、と無理矢理納得することにした。以前からゲズゥは身体を動かすことや戦闘に対して楽しそうに見えたことはあったけれど、表情まで変わったことは無かった、はず……。 「そろそろ食事行こうか」 「はい」 気を取り直して会議室を出て行った。 食堂に着くまでの間、今日の出来事や沼底の問題、これからの予定などについて、カイルとずっと話し合っていった。 |
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