08.a.
2012 / 02 / 07 ( Tue )
 ひと月に三十日数えるうち六日を一週間と呼び、つまりひと月に五週間ある。虹の六色に合わせてそれぞれの日を順に赤期日、橙期日、などと呼ぶ。一週間のうちに正式な休日は最後の紫期日だけであり、重要な祭事はその日に当たることが多い。

 曇っているけど割と明るい、青期日の正午。
 カイルサィート・デューセは左手でコーヒーマッグを口に運びながら、目の前の二人の様子を不思議に思っていた。

(これはきっと、昨晩何かあったんだろうね)

 ダイニングルームにはぎこちない空気が漂っている。カイルサィートの向かいの席に俯きながら黙々と昼食を平らげる小柄な少女がおり、キッチンの方には同じく黙々とサンドイッチを食べる長身の青年がおり、二人ともまったく目を合わせようとしない。
 もとよりそんな雰囲気のゲズゥ・スディルはともかく、ミスリアまで無言なのは珍しい。

「ところでミスリア、旅立つ前にちゃんと成人式を挙げた?」
 カイルサィートは当たり障りない話題から攻めた。
 呼ばれて茶色ウェーブ髪の少女は顔を上げた。白いきめ細かな肌の顔の中にあるくりくりとした茶色い瞳が、手元の麦スープからカイルサィートへと視線を移す。

「あ……はい。故郷にて済ませてきました」
 アルシュント大陸では男性は十五、女性は十四歳で成人式を挙げるのがしきたりである。ミスリアは今年の春頃にその歳を迎えた。

 ミスリアの護衛のゲズゥが動きを止めたのを、カイルサィートは目ざとく捉えた。会話に聞き入ってるためか、手がサンドイッチの最後の一口を持ったまま空中にて固定されている。きっと、己が同行している少女の歳を知らなかったのだろう。驚いているのかもしれない。

「ご両親、元気にしてた?」
「はい。お父様もお母様も変わりなかったです」
 ミスリアは少しだけ顔をほころばせた。

「そう、それはよかった。しばらく会ってなかったんだよね」
 十四歳の少女が世界のために人生を丸投げするなんて普通ならおよそ考えられない話だが、聖女ミスリア・ノイラートの決心の固さを、カイルサィートは良く知っていた。
「はい……」

 その後しばらく、二人で他愛無い世間話のようなやり取りを続けた。会わなかった数ヶ月の溝を埋めるように。
 昼食もほぼ食べ終わった頃、ふとミスリアが訊いた。

「カイルこそ、昨日はどうでした? 隣町の流行り病はおさまりそうですか?」
「そうだね……」
 問われてカイルサィートは笑顔を作った。なんとなく、壁の時計を確認する。

「まだアーヴォス叔父上は参拝の方と会っているし……」
 意味ありげに聞こえるような言い方を選んでしまったか。ミスリアは話に置いていかれたかのような顔をしている。
「神父アーヴォスですか?」

「あの男が何かしでかしたのか」
 唐突に会話に割って入ってきた低い声に、カイルサィートは驚いて振り返った。いつの間にかゲズゥがダイニングテーブルのすぐ傍に来ている。
「何かしでかしたのかって――君は叔父上をどう思っているのかな」
 そんな失礼な言い方しなくても、と困ったように注意するミスリアを片手で制して、カイルは煽ぐように聞き返した。

 純粋な、興味からである。この青年になら何が見えたのだろう?

「…………別に。単なる勘。あの男の目には、欲望の色が映っていた」
「欲望の色か。的を射ているね」
 ほんのちょっとしか会ってないのによくそこまで読み取れたものだ。感心に何度か頷いてから、カイルサィートは次の言を紡いだ。

「今夜の忌み地行きを思えば、叔父上にはまだ味方としていてもらった方がいいんじゃないかと思う。僕が疑惑を持ち、考察し、調べ上げた案件についてはその後話し合おう」
 なるべく深刻な空気にならないようににっこり笑って言ったのだが、逆の効果を得たようだ。

 ゲズゥは警戒を込めて両目を細め、ミスリアは疲れたような傷ついたような苦しげな表情を薄っすら浮かべている。

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