38.g.
2014 / 11 / 26 ( Wed )
 最寄りの教会の寄宿舎の空き部屋の内に、四人部屋があった。何と都合の良いことに、ミスリア・ノイラート一行はちょうど四人だった。
(ちょっと狭いけど、ベッドの間に小さい暖炉もあるし、こんなもんかな。居心地は悪くないね)
 狭いだけに炎の熱がよく行き渡るのが喜ばしい。それと部屋の中に香り袋が揃えられているのがわかる。微かな花の香りが心も身体も落ち着かせる。

 リーデンは下段ベッドの上に腰を掛け、組んだ脚の上に頬杖ついてくつろいでいた。暖炉のすぐ傍では、イマリナが雪に濡れた服を広げて乾かすのに忙しい。
 向かいの下段ベッドでは病人のミスリアが横になっている。額の汗を聖人カイルサィート・デューセがタオルで拭いてあげている。

「君もやる?」
 タオルを絞って水分を盥に落とした後、聖人は二段ベッドの梯子に背を預けるゲズゥ・スディルを見上げた。
「任せる。お前の方が手際が良い」
「そう? まあ聖気の効き目もあったし、もう大丈夫そうだよ。今は眠ってるだけだから」

 そのまま聖人は片付けを始める。屋内に入った後に彼は着込んでいた白装束を脱ぎ去り、普通の立て襟のシャツ姿になった。ミスリアと同じで、聖人聖女だからと言って常に礼服を着るわけではないらしい。
 片付けを終え、カイルサィートは部屋に残ろうか去ろうか逡巡しているようだった。

(お友達が心配だけど、長時間居座るには他の僕らは他人過ぎるって感じかなー)
 当然の心遣いだ。ミスリアとは積もる話もあろうだろうけれど、ゲズゥの方は雑談を楽しむ性格ではない。引き留める者がいない限りは立ち去るのが無難である。

 ここで話題を提供し、彼を引き留められるのは自分しかいない。
 そしてリーデンにはその気があった。理由はといえば、ただ単に面白そうだからである。

「ねえ聖人さん、伴性劣性遺伝(はんせいれっせいいでん)って知ってる?」
 本日初対面の人間に突如投げつけられた質問に、カイルサィートは面食らったように目を見開く。数秒の間を挟んでから、答えた。

「隔世遺伝の一種から、男性にのみ発現する特徴のことだね。特徴を持たない親同士から世代を飛ばして男児のみに現れ、女性がその遺伝子を持っているはずでも何も発現しないゆえに、伴性劣性という新カテゴリの遺伝の仮定が立てられたって話」
 すらすらと正解が綴られる。

「……うん、本当に知ってるとは思わなかった」
 今度はリーデンが面食らう番だった。 
「君こそ、どうしてそれを?」
 問われて、リーデンはカラーコンタクトを左目から外してみせた。ありのままの瞳を聖人に向ける。

「僕はコレがそうなんじゃないかなー、って前々から思ってたんだよね」
 得意げにリーデンは「呪いの眼」を指差した。聖人は驚かずにただ頷いた。
「なるほどね。ところで……役職名じゃなくて、カイルって名前で呼んでくれてもいいんだけど」

「ん~、さっきもそんなことを言ってたね。ゴメン、特に呼ぶ気は無いから」
 呆気にとられた顔のあと、カイルサィートはぶふっと噴き出した。
「あはは! 確かに、兄弟だね」
 聖人の一言に、兄の眉がぴくっと動くのが見えた。どうやら何か心当たりがあるらしい。その辺りの逸話を是非聞きたい、そう思って口を開きかけ――

「はんせい……れっせい……?」
 ――眠そうな少女の声で、皆の注目が一斉にベッドの上に集まった。
「あれ、起こしちゃったかな。気分はどう?」
 屈み込み、聖人が柔らかい微笑みを添えて声をかける。刹那、ミスリアの元々大きい茶色の瞳が、これ以上無いくらいに更に大きくなった。

「……え。ええっ? 何で、そんな!? 夢?」
「夢じゃないよ。久しぶりだね」
「――――カイル!」

 ミスリアはがばっと起き上がって再会したばかりの友人にきつく抱き付いた。病み上がりであるとは微塵も感じさせない勢いだ。
 聖人が「ふぐぇっ」みたいな奇声を漏らしてよろめいたが、すぐに体勢を立て直してミスリアを抱きしめ返した。二人は再会を喜ぶ挨拶を幾つか交わした。

「そうだ、色々と訊きたいことはあるだろうけど、まず僕から一ついい?」
 カイルサィートはミスリアをそっと引き剥がした。
「勿論です。何でもどうぞ」
「帝都には当然、聖地巡礼の為に来たんだよね。急いでるのかな」
「え、いえ、急いでるってほどではありません、多分」

「じゃあせっかくだし、巡礼や典礼やら行事の参加はほどほどにして、正月が過ぎるまでのんびり過ごしてなよ。ルフナマーリの新年祭は一週間続くし、パレードも面白いよ」
「それは物凄く興味があるね!」
 思わずリーデンは口を挟んだ。

「いいですね! 楽しみにしています」
「うん。今の内に一杯休んで、来週は一杯遊ぼう」
「ただでさえごちゃっとした大通りが人でぎゅうぎゅう詰めになるのかぁ。超面白いだろうね」
 想像しただけで、リーデンは口元がにやにやするのを止められない。

(なんかここ最近の新年って商談とかで忙しかった気がする)
 兄の方にチラッと視線をやると、相変わらず周りの会話などどうでも良さそうに腕を組んで目を閉じている。
(やっぱり、ついてきてよかった)
 まだ見ぬこの旅の先行きを想って、リーデンは期待に胸を膨らませた。

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23:59:23 | 小説 | コメント(1) | page top↑
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コメント
--テスト--

コメント機能の調子があやしい…?
by: 甲姫 * 2014/11/27 02:26 * [ 編集] | page top↑
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