32.e.
2014 / 05 / 12 ( Mon ) 跳んだり跳ねたりしながら投げナイフを操る、あのすばしっこくて小柄な男を猿と重ねるのは容易である。 ゲズゥに「何でお猿さんを?」と訊ねると、「目が良いから」と答えが返った。リーデンは納得してその人物を呼びに行った。 「お猿さん、お願いがあるんだけど」 「猿!? ボクのことですか」 「うん。君、目が良いんでしょ」 「それなりには良いですよ……」 猿と呼ばれたことに不平があるのか、エンリオは口を尖らせた。それには構わずに、一緒に河を見に行って欲しいと話したら、彼は二つ返事で同意した。彼なりに何か引っかかっているらしい。 「これだけの数が一斉に現れるからには、統一された意思、つまり『源』があると考えるのは当然です。そこから分離した個体が陸に上がって人間を襲っている」 「どこかに大きなお魚さんが居るってことだね」 「ひとつの例ですね。昨日も探したんですけど、これといったモノは見つかりませんでした。今日はどうでしょうね」 リーデンとエンリオは、岸まで歩み寄った。 「暗くてイマイチ何も見えないね」 人並み以上に夜目の利くリーデンでも、水の中までは見えない。視線で遠くまで探るが、やはりダメだ。 隣のエンリオは黙りこくっている。右から左へとゆっくり頭を巡らせながら、両目を細めたり見開いたり、を何度も繰り返している。 彼の目線の先を辿ってみても何もわからなかった。 一分後、エンリオが口を開いた。十時の方向を向いている。 「…………左、あっちの方で水底が薄っすら光ってるように見えます」 「んー、ゴメン、僕には見えない」 「水に入って確かめても?」 その提案に関してリーデンはしばし考え込んだ。自分にはそこまでする必要があるように思えないが、なんとなく、兄の視線が後ろから注がれているのを感じ取った。 おそらく根源を絶たなければどれだけ討伐隊を送り込んでも無駄だ。民の不安とやらは消えない。 リーデンはそんなものはどうでもいいが、魔物の根源の正体には興味がある。 「わかった。僕は入らずに岸から援護するけど、それでもいい?」 「十分です」 そういうことに決まったので、二人は件の場所に近づくように左に少しずれた。水に入る前にエンリオが余計な外套や装備を脱ぎ捨てている。 水面は、先程魔物の大群を吐き出したとは思えぬほどに凪いでいる。 リーデンは両手それぞれに武器を用意して待った。光っているのがどの辺りなのか、エンリオの泳ぐ方向を確認しながら探す。 何も見えないのは変わらないが、エンリオが止まったので、大体の位置は掴めた。 彼は立ち泳ぎをしながら水底をじっと睨んでいる。 潜るべきかどうか迷ってるのかな、などと考え、引き続き見守っていると―― ――ゴボボボボ。 渦でも発生したのかと疑わせる、水が吸い込まれるような耳障りな音がした。次いで、エンリオが叫び声を上げて暴れた。目に見えぬ敵に引っ張り込まれまいと、溺れまいと抵抗している風である。 (これはヤバそう) 手を貸してやるべきなのかもしれない。 リーデンは素早く辺りを見回し、河の中で足場になりそうな物を探した。残念ながら何も見つからない。 束の間逡巡していたら、巨大なエイの形をした魔物が四匹、水の中から飛び上がった。 「なんて素敵なタイミング」 巨大な魔物たちは低空飛行をし出した。リーデンにとっては足場にしか見えない。 高く跳び上がり、四匹の魔物を順番に踏み越えて行った。四匹目の上に立つと、振り落されないように身を屈め、左の袖に隠し持っていたナイフを取り出した。やはり振り落されない為にエイの背中にナイフを突き刺し、右手で自身の帯を引き抜いた。 リーデンが日頃から身に着けている帯は二本ある。普段、他人の目につく上の帯は鉄輪を提げる為につけているものであって、服を調整する為に着けている帯はその下だ。より長い下の帯を引っ張り出して、エンリオに届くようにと垂らした。 パニックに陥っていながらも、エンリオはすぐにこちらの意図を察した。手を伸ばし、手袋をした手で帯を握る。 水中の渦巻きと方向を同調させてぐるぐる飛ぶエイの上で、リーデンは唇を噛んで腹に力を入れた。目が回る前に、急いで帯を引き上げる。 |
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