31.a.
2014 / 04 / 10 ( Thu ) 桃色の液体に緑色の小粒とは、随分といかがわしい。そんな外見の薬だが、効果の方は期待できるのだろうか。 ゲズゥ・スディル・クレインカティは手渡された小瓶を掌の上で揺らしたりしてみた。これまた、いかがわしい臭いが小瓶の蓋と口の隙間から漏れる――たとえるなら、草を汗で湿らせたかのような。「そいつは強力な痛み止めですぞ。こっちは造血剤、食事の度に一つ、よく噛み砕いて飲みなされ。なに、若い男といえばただでさえ血の気が多くて、造血なんざ必要ないでしょうがね」 ――ハッハッハ! と壮年の医者が豪放に笑いながら巾着を放り投げる。 巾着を受け取ったゲズゥは、想定外に中身が硬くて重いことに目を細めた。 「ありがとうございます、先生」 ミスリアが医者の正面に立って直角に倣った深い礼をする。 医者は黒い顎鬚を一撫でしてニヤニヤ笑った。鋭い眉や鼻の高さ含め、猛禽類寄りの顔立ちなのがどうも気になる。胡散臭い雰囲気とは裏腹に、町内では名医として腕の良さに定評があるらしいが。 「それじゃあ、杖もつけてやりましょうぞ」 そう言って医者は狭い診察室から廊下へとしばらく姿を消した。戻って来た頃にはその手に一対のT字形の杖が握られていた。 「その怪我でここまで歩く気合があったのは、結構結構。しかーし、せっかく縫った傷口が開いても困りますからな、なるべく安静にしてなされ。幸い、デカい患者様を診るのは初めてじゃない。この長さで足りますな?」 ゲズゥは差し出された木製の杖を早速脇下に当て、試しに寄りかかってみた。重心は安定していて、脇に当たる部分も硬すぎず軟らかすぎずでちょうどいい。これなら負担も少なく歩けるだろう。 「問題ない」 と、以上の旨を簡潔にまとめて答えた。 「よし。となると、支払いの話に移ってもいいですかな」 猛禽類風の医者が椅子を引いてミスリアに勧める。はい、と頷いてミスリアは椅子にそっと腰をかけた。 二人が金の話をする間、ゲズゥは無言で傍観に徹した。数字やら細かい交渉は面倒だ。必要な物はどうあっても必要なのだから、高い金を払うことになっても手に入りさえすればいいと彼は考える。ちなみに弟のリーデンは、必要な物の為にこそ完膚なきまでに値切る派ある。 そんなわけで治療費の話はほどほど耳に入れつつ、己の身勝手な寄り道に文句ひとつ言わずに付き合ってくれている少女を、なんとなくじっと観察して過ごした。 _______ 夢を見ていたとしたら、内容は記憶に残らなかった。 まどろみの中で唯一強く感じていたのは「寒さ」だけだったと思う。 そんな膜のように薄い無意識から脱した時、まず最初に意識を射止めたのは左手に巻き付いていた柔らかい温もり、それから―― 「あつい」 ――手の甲を時々打つ、小さな熱。 「……え?」 傍らで項垂れていた少女は、ゆっくりと頭をもたげた。その顔をおぼろげに認識して、ゲズゥは熱の源を知った。 「そういえば、涙ってのは、熱いんだったな」 忘れていた訳ではないはずなのに、僅かな衝撃を覚えた。 |
|