28.f.
2014 / 01 / 05 ( Sun )
 いつまで経ってもゲズゥは黙ったままなので、その内聖女レティカは気まずそうなため息をついた。
「聖獣を蘇らせることがかなえば、どんな穢れも清算されるでしょう。それだけの偉業ですものね。お互い頑張りましょう」
「そうですね」
 とミスリアが頷けば、ちょうどその時に馬車が止まった。
 キャリッジの戸が外向けに開く。フードを目深に被った大柄な人が姿を現し、レティカに手を差し伸べた。おそらくレイと言う名の寡黙な女性だろう。

「足元注意して下さいね」
 喋ったのは聖女レティカの護衛の一人、確か名前をエンリオと言った男性である。彼はレイが開けたのと反対側の戸を開いて、ミスリアに手を差し伸べた。

「ありがとうございます」
 その手袋のはめられた手を取り、言われた通りに下を見ながら足を踏み出した。両足とも地面についてから彼と目線を見合わせる。するとエンリオはフードの下で何か意外そうな顔をしていた。

「……小さい聖女様ですねぇ。このボクの目線よりも下に頭があるなんて――」
「エンリオ! 女性に対して失礼ですわよ」レティカの叱る声が馬車の向こう側から響く。「そもそも人の真価は見た目などで定まりません」

「す、すいません。いえ、ほら、ボクも小さい部類ですから、決してバカにしてるんじゃないですよ。純粋にびっくりしただけです」
 と、彼が慌てて弁明した。レティカが厳しい声で「先入観をお捨てなさい」と釘をさす。

「私は気にしてませんよ。事実ですし」
「ならいいです。ホントすいませんでした!」
 そう締めくくってエンリオは馬車の御者へ声をかけた。支払いがてら一時間半後に迎えに来るように指示している。この場で待たせたら危険に晒されるかもしれないと配慮してのことだ。

(……精進しなきゃ)
 ミスリアは自分が小さいだけでなく聖職者にしては異例の歳なのは自覚している。世間一般が描く聖女のイメージはどちらかと言えば聖画に住む聖母や聖人たちのような、理知的で神秘的な大人たちだろう。時々向けられる人々の目が「こんな子供が大陸の命運を変えうるのか」と訝しんでいるのはわかる。

(誰にどう見られようと、実力が無ければはじまらない)
 聖女ミスリア・ノイラートは夜の闇の中を一歩、踏み出した。ぐしゅ、っとたっぷり濡れた地面を長靴が踏みしめる。

 河のほとりは夜の雨という膜に完全に覆われていた。月明かりが雲の向こうから漏れているゆえ真っ暗ではないけれど、視界は阻まれ、物音を聴き取ることも困難で、しかも土や濡れた緑の匂いが濃くなっていて腐臭に気付けないかもしれない。いきなり何かが襲い掛かかったとしても、反応が遅れてしまうだろう。

 こういう時に最も頼りになる青年の隣まで歩み寄った。

 真っ黒な革製コートに全身を包んだゲズゥは静かに周囲に視線を巡らせている。コートは一旦リーデンの元に戻った時に持ってきた代物だ。夜も出かけると伝えたら、リーデンはどこからかそれを取り出した。フードの下は詰襟で、裾はふくらはぎまで届くほど長く、リーデンの着ていた服のように右肩と脇辺りにボタンが付いていた。どう見ても高価な物だろうに、彼は何でも無さそうに貸し出したのであった。

「――多いな」
 脈絡なくゲズゥはそう言った。
「敵の数がですか」
 どうやって探っているのかは、考えても仕方ない気がするので訊かない。

「ああ、すぐに囲まれる。本当にやるのか」
 じっと見つめられる気配を感じた。ミスリアは視線を返して答える。
「討伐の為に来たんですから。できる限り倒しましょう」
 そう言うと、背後からレティカが相槌を打った。

「ええ、その意気ですわ。この一帯を一掃しますわよ」
 後ろに居た彼女は進み出て、開始の合図が如く右手を振りかざす。

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