28.e.
2014 / 01 / 03 ( Fri )
「私たちよりも魔物狩り師と連携した方が良いのでは」
「難しいんですよ、コレが。いかんせん町が大きいだけに、彼らは東西南北いろんな方向に散らばって活動しますから。持ち場を離れさせるのも悪いです」
 小柄な護衛の男が横合いから口を出した。

「お忙しいのでしたら無理にとは言いませんわ。いかがなさいます?」
 振り返ったミスリアに、好きにしろ、の意を込めてゲズゥは点頭した。どちらにしてもリーデンに頼まれた買い物を届ける以外に予定がある訳でもない。目の前の聖女一行に付き合うことに対しては面倒臭そうな予感がするが、魔物退治自体には興味ある。

「お誘い下さってありがとうございます。ご一緒しましょう」
 ミスリアがそう答えたのとほぼ同時に、いつの間にか雨の気配を漂わせていた空から、小さな水の粒がぽつぽつと降り出した。

_______

 夕暮れより三時間程過ぎた時刻に聖女レティカと町の外れで落ち合い、彼女が手配した馬車に乗り込むこととなった。レティカの護衛たるエンリオとレイはそれぞれ馬に騎乗して馬車を護っている。キャリッジの中にはミスリアとレティカ、そしてゲズゥが座し、三人とも雨具を抜かりなく装備している。

 馬車は河の上流をずっと遡った先のほとりまで行くという。段々と道が険しくなってきているのが、激しい揺れと車輪が石に当たる音でわかる。
 雨音がキャリッジの屋根を忙しなく打つ。

(魔物狩り師たちに持ち場を離れさせたくない、って言い回しからきっと人気の無い場所まで行くとは思っていたけれど……)
 ミスリアは膝の上で手を握り合わせた。誰も居ないのなら魔物退治をしに行く意味があるのだろうか、と最初は懸念していた。そこでレティカは、この周辺に魔物がたくさん潜んでいてやがて町に近付くのではないかと人々が怖がっているそうだ、と説明した。

 理屈には合っている。けれども何故か妙な不安を覚える。
 向かいに座るレティカを見上げると、彼女はちょうど展開していた聖気を閉じた所だった。白い手袋をはめた手は、ゲズゥの右手を握っている。

「もう大丈夫ですわ。痛みはありませんか?」
 レティカはゲズゥの手を放して、微笑んだ。どこか既視感を覚えるやり取りかと思えば――そうだった。初めてゲズゥに会った日、ミスリアもこうやって掌の傷を治してあげたのだった。

 聖女の礼服の上にコートを着込んだレティカは、長く真っ直ぐな青銅色の髪を首のすぐ横で束ねていた。こうして近くで微笑まれると、高貴な生まれの人なのだろうと、初見で思い込ませるような顔立ちだと感じる。人の持つ物を欲しがっては駄目だ、そう自分に言い聞かせつつもミスリアの胸の内では劣等感に似た何かが芽生えていた。
 なるべくして聖女になった人。まるで、姉のカタリアみたいに――。

 掌を凝視していたゲズゥは、前髪に隠れていない方の黒い目を聖女レティカの碧眼に合わせた。
 彼はお礼を言わなかった。むしろ、細められた目は煙たそうにレティカを見下ろしている。

「小さな傷だからと油断してはなりません。貴女も聖女なら、ちゃんと気付いて差し上げなさい」
「いえ、私は……」
 思わず苦笑した。ゲズゥが隠したがっていたので手を出さなかっただけで、気付いてはいた。でも彼女の先ほどの言葉を借りるなら、力を温存するのも得策だ。魔物の浄化は当然のこと、いつも戦闘の過程でゲズゥがひどい怪我ばかり負うので。

 ふいにレティカの微笑みが引きつり、彼女はサッと顔を逸らした。

「……いけませんわ。だいぶ慣れたつもりでしたのに」
「どうしたんですか?」
「わたくし、生まれつき人の周りの空気や因子の性質が視覚化されますの。色がついて見えるんですわ。たとえば聖女ミスリア、貴女の周りは淡い黄金色に輝いていて」
 聖女レティカはチラッと視線をゲズゥの方へ走らせた。上向きの長い睫毛が瞳と一緒にぱちぱち瞬く。

「そして彼の周りは……黒。いえ、淀んだ色ではなくて、いっそ清々しいくらいの漆黒。虚空のようで呑み込まれそうですわ。その状態になるまでどんな罪を犯したというのです? もしくは、ご先祖様の業を背負われているのですか?」
 訊ねられたところでゲズゥが応えるはずもなく、ミスリアといえば曖昧に笑うしかなかった。

(先祖の業……「呪いの眼」かクレインカティ一族関連で何かあるのかしら)
 そこに自身の罪も重なれば。
 どれほどの穢れなんだろう、と想像してみて、ミスリアは訳もわからず気が沈んだ。

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