21.h.
2013 / 04 / 04 ( Thu )
「……――大体こんな感じで行く。あんま時間取られねーようにさっさと片付けようぜ」
 イトゥ=エンキが再度の説明を終えて、ゲズゥとミスリアはそれぞれ賛同の意を示した。

 二人から少しだけ離れて、ミスリアは仁王立ちに構えた。
 頭上に居るナニカは飛び回るのを止めているが、仕切りなしに木の葉を揺らしている。樹の幹を上下に移動しているのかもしれない。

「では、始めます」
 要領は、普段の聖気の扱いとそう変わらなかった。アミュレットに触れ、聖獣と神々へ通じる力を感じ、それを掌を通して形にしていく。ただ一つ違うのは、そう、その「形」である。

 いつものイメージ――靄のよう膨らませたり、帯を重ねて何かを包んだり――と違って、針の形を作って天へ伸ばす。船にとっての灯台がそうであるように、魔物らの目指すべき目標となる。
 淡い黄金色の光が右手の掌から垂直に伸びた。

 そうして訪れたしじまに、全身が凍りつくようだった。無意識に、ミスリアは数え始める。
 一、二、三、四、…………十秒。二十秒。三十秒。
 静寂が絶えない。額に浮かんだ脂汗が湿気によるものなのか緊張によるものなのか、わからなかった。

 ミスリアは四十秒まで数え、そして――。
 木の葉が擦れ合う音がした直後、視界がゲズゥの背中によって遮られた。彼は前方から飛び掛ってきた影を大剣で真っ二つに切り裂き、紫色の血飛沫を弾けさせた。

 ミスリアは安堵のため息をつきかけて、しかし違和感が胸の中に広がった。

(こんなに小さいはずがない)
 切り裂かれた魔物は人間の子供とそう変わらない大きさだった。遥か頭上を跳んでいた個体はもっと、少なくとも成人男性よりは大きいように見えた。遠くから見てその大きさのモノが、近くで見てもっと小柄になるなんてあり得ない。

 じゃら、と鎖が動く音がした。左の方で、イトゥ=エンキがまた別の小柄なトビトカゲを捕らえていた。彼は鎖を引き――捕らわれたトカゲを、滑空していた別の個体にぶつけて二体とも倒した。

(これで三匹だけど、まだ一番大きいのが現れてないわ)
 倒れたトカゲたちを浄化しつつ、ミスリアは警戒を解かなかった。ゲズゥもイトゥ=エンキも、武器を構えて待っている。

(必ず来る)
 気力が削られるので針の形をした聖気はもう閉じているけれど、浄化に使っている分だけでも十分引き寄せられる。ミスリアは銀色の素粒子に包まれながら、静かに待った。

「右!」
 突如、鋭く叫んだのはイトゥ=エンキだ。
 言われた方向へ頭を巡らせた。

 真っ直ぐに、ミスリアめがけて巨大なトビトカゲが滑空している。間近で見ると、声も出なくなる大きさだ。
 跳んで間に入ったゲズゥが、舌打ちするのが聴こえた。

_______

 不公平、の言葉が浮かんだ。

 牙に四肢の鉤爪に長い尾に、長くて素早い舌。どれをも一斉に繰り出せる奴に比べて、ゲズゥは一度に一つの攻撃しかできない。それは自身がなるべく一つの行動に集中したい性分に起因している訳だが――剣と盾を持ち合わせたり二刀流や複数同時投擲ができる人間になりたいと考えた事は無い――それにしても、面倒臭い。

 特にあの舌は、触れたらまずい。根拠は無いが予感はする。
 横か背後に回ろうにも、タイミングが図りづらい。その間ミスリアを無防備にするのも得策と言えなかった。

 ゲズゥは視界の端で何やら動いているエンの姿を確認し、そちらの動きに期待することに決めた。
 青白く光る化け物との距離は、どんどん縮まっていった。

 開かれた顎の中から、棘に覆われた赤い舌が現れた。
 長い舌が伸びてきたが、ゲズゥはその軌道を見極めて避けた。すかさず剣を払ったが、奴の尾が防御に入り、腹を斬るには至らなかった。代わりに、尾の先端1フィートほどを切り落とした。

 次の反撃のチャンスを狙う為、鉤爪からの攻撃を喰らう覚悟を決めて、ゲズゥは逃げずにその場に踏み止まった。
 が、横から鼠色が入り込み、トビトカゲの肩口に巻きついた。エンの鎖だ。

 ――これは使える。
 次に起きるはずの展開を待って、ゲズゥは剣を構えなおした。腰を落とし、跳ぶ準備をする。

 魔物は怒りと痛みの金切り声を上げた。首を後ろに反らせ、太い喉を晒しながら。
 その隙にゲズゥは跳び上がり、回転の勢いを利用して、剣を振るった。

 トカゲの首が飛んだ。
 濃い緑色の光沢を放つソレは近くの樹にぶつかっては紫色の跡を残し、落ちた。

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