18.g.
2012 / 12 / 08 ( Sat ) 相槌を打たずにミスリアが俯いた。長くなりつつある栗色の前髪が目元を隠したため、その表情は窺えない。
ゲズゥは身体の向きをゆっくりと変えた。数ヤード離れた場所に模様の男が立っている。 ポケットに片手を突っ込み、誰とも絡まずに一人で「余興」を見つめるその横顔には、笑みの欠片も無かった。 今の様子然り、ミスリアへの接し方然り、模様の男が仲間の価値観を共有していないのは明らかだ。それ故に、山賊団の中で浮いているように見える。 おそらくこの男は根はまともな感性の持ち主なんだろう。少なくとも、自分よりマシなのは間違いない。 「……です……」 ミスリアが何かを呟いたのが聴こえた。ゲズゥは動かずに、耳だけ澄ました。 「いやです」 二度目ははっきりと聴こえた。 「何が」 「また誰かが目の前で死ぬのは嫌です。見殺しになんて出来ません」 「だからって邪魔する気か」 呆れて、ゲズゥはミスリアをまじまじと見た。これだけの人間を敵に回すなど面倒以外の何物でもないというのに、それを示唆しているように聴こえる。 「私は自分が総ての人間を総ての苦しみから救ってあげられると思うほど、夢見がちじゃありません。これでも現実を見ています」 顔を上げた少女の両目は確かに正気の光を保っている。 「なら、大人しくしていろ」 煙を吐いてからゲズゥはそう言った。 「でも、目の前で苦しんでいる人を放っておけないのとは別問題です!」 「具体的にどうするつもりだ」 と、訊ねたら、ミスリアはそこで押し黙った。 自分に出来ることを真剣に考え連ねる為の沈黙だろう。 長い目で見るなら、世の中の美しいモノも醜いモノも経験し正面から直視してこそ人は成長するのではないか、と思うことがある。ゆえにこの場に干渉する気も失せる。 だが、目の前でまた人が惨たらしく死ねば、今此処で少女の心が折れる可能性は高い。 そうなってはまずい、気がする。 願おうと願うまいとこの少女は自分の今後の運命に深く関わっている。先に進めなくなったら、その時自分はどうなる? 数分ほど思案してから、ゲズゥは心を決めた。 「わかった」 「はい?」 「あの男を助ける。それでいいんだろう」 茶色の瞳に困惑が浮かんだ。耳を疑っているのだろう。 しかし冗談ではないと理解すると、ミスリアは瞠目した。やがて、頷いた。 「ありがとうございます」 いつに無く力強い目線が返ってきて、何故だか今度はこっちが困惑しかける。 相変わらずよく礼を言う女だ、と思いながら、ゲズゥは動き出した。 _______ くつろぎながらも周囲に抜かりなく注意を払っていたヴィーナは、長身の青年の動きにすぐに気が付いた。 彼は普段呆けていて何を考えているのかわからないくせに、一旦思い立てば間髪入れずに行動に移す節がある。 思慮深いとは思うけれど、度々直感に忠実に動くのだから、やっぱり浅慮とも取れる。 (存在感だけなら「静」に近いのに、行動力があって、立ち止まらない。フシギな子……見ていて飽きが来ないわ) ヴィーナはワイングラスをくるくる回して、赤い液体の放つ香りを楽しんだ。 |
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