3-2. f
2019 / 01 / 26 ( Sat ) 「あったかいフトンってやつで眠ってみたいとおもったことならある。そういうのはアリか」
「いいね! あったかい布団、いいと思うよ」 唯美子は手を叩いて賛成した。手軽に叶えてやれるリクエストだし、新しいものを発見する感情は、どんなにささやかな挑戦からも得られるだろう。 「……でも何百年も生きてるのに温かい布団が未体験って、ちょっと信じられないね」 「それはほら」 「!?」 少年は一瞬で唯美子の腕の中に飛び込んでくる。勢い余って後ろに倒れると、まるで出番を待ち受けていたかのように布団一式がそっと受け止めてくれた。 しゅふん、と微かな音を伴い、ふたりして沈み込む。 腹の上にかかった重みに戸惑った。水辺を思い起こさせるほのかな匂い。小柄な体は、相変わらずぬるま湯といった程度のぬくもりだ。 「じぶんじゃほとんど産熱しないから。ただフトンにくるまってもあったかくなんねーんだな」 「擬態でも一応、体温はあるんだよね」 「恒温動物のまねしてな。たべたものを熱に変えて血を皮膚にめぐらせて……燃費がわるくてやってらんね」 哺乳類ならば内臓も一定の体温で保たなければ生きていけないはずだが、そのぶん一日に何度も食事を採らなければならない。ナガメの食事頻度では人間の基準である三十六℃に届かないのもうなずける。 「えっと、じゃあ一緒にくるまってみる? わたしの体温でよければおすそ分けするよ」 おそるおそる言い出してみた。 みる、と言って唯美子の胸にうずくまっていた頭がひょっこり持ち上がる。 (わるい顔) 茶色の瞳が光ったように見えたのは、天井の丸型蛍光灯を反射したからか。 「なんでかな。誘導された気分だよ」 「へへ」 軽やかで気持ちのいい笑い声が返ってきた。 いざ消灯する時間になり布団の中で腹這いになって肘を立てていると、浴衣を着たままのナガメ少年が隣に潜り込んできた。闇の中でスマートフォンをいじる唯美子をじっと見つめる。 観察されている、ふとそう意識した。 小学生がダンゴムシにするように、生物学者が研究対象にするように。微かに黄色の輪を描いて光った双眸は、画面ではなく唯美子自身の動作を追っていた。 気になるのでやめてほしいとも何がそんなに面白いのとも訊けなかった。温かみをまるで感じさせない無機質な視線に気圧された。何かを探しているようだとも思った。 誰かに送ろうと思っていたはずの他愛ない言葉を忘れてしまい、画面の上で指を宙におどらせる。 ――ヘンな感じ……。 いつかの彼も、こんな風に至近距離から覗き込まれたことがあったのだろうか。知りたい。知りたいが、どう切り出せばいいかがわからない。 「ゆみさー」 「はいっ!?」 耳にかかった息に飛び上がった。考え込んでいて、接近されたことにまったく気が付かなかった。 「ずっとなんか言いたそうにしてるけど、なに」 こちらが言葉を選ぼうとしたのに対してなんてダイレクトな訊き方か。数秒ほど唖然となったが、気を取り直して咳払いした。 「織元さんにね。見せてもらったというか見せられたというか、不可抗力だったんだけどわたしも拒んだわけではなく……あの」 喋り始めてから段々としどろもどろになる。ため息をついて、スマホを枕元に置いた。 画面を消し忘れたため、ブルーライトが暗闇を頼りなく照らし上げている。 冷ややかな青い光が不思議と少年によく似合う。 ヒトではないモノを相手取るのがどういうことか、何度考えても自分はやはり理解できないような気がする。けれど――ナガメ単体を理解したいと願うのは、本心だ。 「きみの過去を少し見たよ」 「へー」 瞬きすらない、平淡な応答。 「驚かないんだね。頭の中? を覗かれるのって、嫌な感じがしないの」 「みられてヤなもんをわざわざ狸にやらねーし」 「な、なるほど」 あっけらかんとしすぎていないか。唯美子は拍子抜けした。 「んで、それがどーかしたか」 「あのね。できればナガメの口から聞きたいんだ……ラムさんって、どんなひとだった? きみが一番使いまわしてるふたつの姿は、あのひとを模したんだよね……?」 質問の内容にも驚いた様子はなかったが、答えるまでに意外なほど長い間があった。やがて、スマホの明かりがフッと消えた。 どんなやつかー、と少年は短く唸る。 「いつもは押しが弱いくせに、しょーもないとこでガンコ。潔癖? そんで昔はなきむしだったな」 「うん」 彼の言う「昔」がいつを指すのかよく掴めなかったが、唯美子は相槌を返した。 「いっぱいあそんでくれた。いいやつだった」掛け布団を頭から被ったのか、布が擦れる音の後、言葉が途中からくぐもって聴こえる。「もっと、あそべたのに」 言葉尻に向かって早口になっていた。 あのひとの結末は、思っていた通り、明るく幸福ではなかったのだと察する。 (どんなに経ってようと辛いものは辛いんだ) 嫌なことを思い出させた罪悪感に、とにかく慰めなくてはと慌てる。逡巡してから、布団の盛り上がりにそっと手の平をのせることにした。 一転して、気が付けば布団の中に引きずり込まれていた。 己の右手首の方を見つめた。暗がりで何も見えないが、確かに巻き付いたぬくみが――細い指が、あった。 「もっときくか」 「きみが話したい分だけ、わたしは聞くよ」 それから続いた間が数秒だったのか数分だったのか、正確なところはわからない。ただその間ずっと、小さな手から力が抜けることはなかった。 「…………ハカを」 「え?」 ハカオとは何だろうと首を傾げると、ナガメは静かに続けた。 「すげードラマじゃあないし、たぶん特別でもなんでねーんだけど。おいらが――」 ――ニンゲンに墓を建ててやった話をしよう。 亀の歩みで申し訳ない…。 3話でお会いしましょう! |
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