12.i.
2012 / 05 / 23 ( Wed )
 それとも今後同じようにつけこまれないように、教訓として真実を教えるべきか? 人々の美しい思い出を汚していいものだろうか。親族を亡くした者たちは、愛する人たちが死んだ本当の理由を知って、心が晴れるだろうか。病という理不尽な急死を、更なる理不尽な死因と入れ替えて、彼らは救われる? 否、悲しみは深まるのではないか。
 
 きっと教団や神々への信仰心も揺らぐことになる。教団や神々の方針は別問題としても、信仰心は人間の精神を安定させる重要な役割を担う。失えば、この町はこの先どうなる?
 
(頭が爆発しそう……)
 ミスリアは肩を落とした。間違いなく自分は政治の類に向いていない。
(でも神父様の邪な名誉欲は満たされたままだから、やっぱり真実を隠すのは間違ってるんじゃないかしら?)
 悶々と思考を巡らせるけど、答えが出ない。
 
「公にならずとも誰かがこうして追い詰めさえすればそれでいいと、僕は考えていました」
 静かに、カイルが話を続けた。
「叔父上に良心が残っているのなら、一生消えない罪の意識が付いて回ります。良心が残っていないのなら、それこそ止めなければなりません。おそらく似たようなことを、過去にもしたのですから。以前は流行病などではなく、魔物を意図的に呼び寄せるなどしたそうで」
 
「ユカイな神父だな」
 そう言って、王子殿下は空を見上げて笑っている。今の話に笑えるような点は無かったはずなのに。
 この人は苦手だ、とミスリアはなんとなく思った。
 
 その時王子がミスリアと目を合わせたので、考えを読まれたのかと疑って身構えた。同じ威圧的な視線でも、彼の鋭い藍色のそれはゲズゥの空虚な眼差しと違って総てを射抜いている。ミスリアは背筋が凍ったような、内側から溶け始めたような、言い難い気分になった。
 彼は足早に近寄ってきたかと思えば、ゲズゥの隣で止まった。
 
 背を伸ばして身長差を埋め、ゲズゥに何かを耳打ちしている。それが済むとサッと身を引いて離れた。勢いで髪が揺れ、王子の右耳の軟骨にはめられた銀細工のピアスが光って見えた。
 ゲズゥは珍しく表情を動かした。しかめっ面をしている。一体何を言われたのだろう。
 
「聖人、形ある証拠が無くても十分な立場にいる人間が信じれば事足りることもある。私はお前の言い分を受け入れる。この先どうするかは、お前たちで決めろ。私の助力が必要なら町長と話をつけてから乞え」
 王子はカイルに向けてそう伝えた。
 
「私の言い分は? まだ何も弁明していませんが」
「不要だ。人の言葉の真偽ぐらい、見分けられる」
 神父アーヴォスが何気なく訊いても、王子は笑ってあしらった。
 
「タリア」
 呼ばれた馬は素直に歩み寄ってきた。乗り手が鞍を掴み、紺色のマントを翻して飛び乗る。流れるような動きにどことなくゲズゥを重ねてしまう。
 
「悪いが私はそろそろ去る。西部で兄上たちが諍いを起こしているからな。この機会に私はより『王』に近付けるかもしれん。むしろ争う内にほかが全滅してくれれば願ったりというもの」
 二人の兄だけでなく、妹姫なども面倒ごとを起こしていてな、と王子殿下は付け加えた。
 
(カイルが言ってた先王の「条件」が関係あるのかしら。あとで聞いてみよう)
 
「遠方より有難うございました」
 カイルは丁寧に敬礼をした。
「ああ、お前の読み通りだったな。私は旧友に会えそうだと思ったから、わざわざ足を運んだというのも理由の大部分を占めていたが……」
 馬上の人となった王子はゲズゥを一瞥し、次に配下を見下ろした。
 
「そいつはくれてやる。今のうちに捕らえておけ」
「殿下、お見捨てにならないで下さい」
「お前が私に逆らうのか?」
「いいえ! 誓ってそのようなことは致しません」
 セェレテ卿は跪いて主に深く頭を下げた。
 
「なら今は大人しくするんだな。最終的に王都に搬送されれば、或いはまた拾ってやってもいい。父王がお前に与えた騎士の称号と馬はどうしようもないが、命くらいはどうにかなるやもしれん」
「身に余る幸福です……」
 彼女は涙ながらに感謝を表した。
 
 随分な忠誠心だわ、とミスリアはぼんやり思った。見たところ、王家ではなく第三王子個人に心酔しているようである。何がそうさせるのか知りたい気もする。
 
「くくっ、まぁいい。ある意味面白かったぞ」
 王子は手綱を引き、馬の向きを変えた。
「重ねて言うが、人は表面しか――己の望むようにしか物事を見ないし、見たがらない。後始末に関しては町長や他の役人たちとよく話し合うんだな」
 肩から振り返り、王子が付け加えた。
 
「また、縁があればどこかで会うだろう」
 砂埃が舞い、馬蹄の小気味いい音が遠ざかる。ミスリアは思わず咳き込んだ。
 視界がはっきりした頃には王子の姿はもうどこにも無かった。
 
(全体的に、よくわからない人だったわ)
 ミスリアはそういう結論に至った。
 傍らのゲズゥを見上げると、未だに複雑そうな顔をしている。「旧友」という関係は、本当なのだろうかと気になった。
 
「ルセさん、彼女を役所に届けてもらえませんか?」
「いいけどよ。神父さんの方はどうするよ?」
「もう少し話をさせてくださいませんか」
「聖人さんの頼みなら構わんよ。なんなら店使うか? うちのに頼んで開けてもらうといい」
 
「ありがとうございます。そうします」
 さらっと交わされた会話の方へミスリアは注意を向けた。いつの間にか、セェレテ卿も神父アーヴォスも縄に縛られている。二人の縄の続く先を手馴れた様子で手にしているのは役人のルセナンだ。捕らわれた二人は暴れず大人しくしているが、たとえ暴れてもルセナンの腕力から逃れるのは難しいだろう。
 
 神父アーヴォスの縄をゲズゥに持たせ、四人はルセナンの経営する料理屋へ向かった。

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