12.g
2012 / 05 / 12 ( Sat )
「よう。悪いな、オレは喧嘩はともかく武術はからっきしなんで隠れさせてもらった。ま、もしさっきの奴らが動くようなら出てくるつもりだったんだ、ホントだぜ」
にしし、と役人が歯を見せて笑う。
「どうも。度々お世話になりますね」
役人の姿を認めた聖人が、畏まって礼をした。
「それはお互い様さ。無事で良かった」
役人が礼を返す。
ゲズゥはオルトの方を向き直った。ミョレンの第三王子は腕を組んで馬に寄りかかった状態で、かすかに口元を釣りあがらせている。傍らでは、既に剣を収めた女騎士が警戒した面持ちで控えている。いつでもまた剣を抜けるように柄に片手を置いて。
「オルトファキテ殿下」
今度は自国の王子に向かって、役人が最高級の敬礼をした。
姿勢を正してオルトが簡略式の礼を返す。どうやら立場が上の者が、下の者を認めたという挨拶になるらしい。
「私に書状を送った役人はお前か」
「確かにこのルセナンが殿下に一連の事件をまとめた書状をお送りしました。提案し、書いたのはこちらの方です」
ゲズゥたちと並んだ役人が、隣の聖人を手のひらで指した。
「ほう」
「神父アーヴォス・デューセの甥、聖人カイルサィート・デューセ氏です」
役人が聖人の紹介をする。ついでにミスリアをも紹介している。
「ああ、神父の名は書状にあったな。林の方の教会の主だったか」
役人の話を丁寧に聞き、書状にもしっかりと目を通したとわかるオルトの姿勢は、傍から見れば真摯である。国境付近の小さな町にまで気を回す、或いは賢君とも錯覚できる。
「甥は、何やら面倒な目に遭ったようだな」
オルトは聖人を頭から爪先までじろじろと見た。
ミスリアに大体治されているので目立った外傷は残らないが、破けた服、泥水や血の汚れなどはどうしようもない。元の服の色が真っ白であったがためにこれは目立つ。
「恐れ入ります」
聖人は爽やかに笑って礼をした。事情を細かく説明する気が無いのは明らかだ。オルトも特に追究しない。
「それで? 何故、告訴などの手続きを踏まず、私に直接連絡を取った? 私は王でもなければ王太子でもない、ただの第三王子だ。直訴や王国裁判とも繋がらない」
オルトは聖人を真っ直ぐ見据えて言う。
「正常に機能しなくなった国だからこそ、正当な手続きでは不足に思えたからです。彼女――シューリマ・セェレテは貴方の信者だそうですので、もしかしたら貴方なら難なく止められると思いました」
一呼吸置いてから、聖人は揺るぎない口調で応じた。
信者という表現に対して、オルトは「違いない」と言って喉を鳴らして笑った。女騎士が聖人を睨むが、主君が見ているからか口出しをしない。
オルトを殿下などと呼ばず貴方と呼んだのにはどういう意図があったのか、ゲズゥにはわからない。聖人はミョレンの国民でないから敬称で呼ばなくてもどうということはないが。
「私がシューリマを庇う可能性は考えたのか?」
「考慮はしましたけど、僕は先王が貴方がたに出した『条件』を小耳に挟みまして。噂に過ぎませんけれど、賭けてみる気になりました」
話題に上がった「条件」は次代の王を決める基準か何かのことだろうと思う。
聖人の言葉に、オルトは口元を右側だけ上に釣り上がらせて笑った。しかし次の瞬間、真剣そうな表情に替わった。
「よかろう。その読み通りに動いてやる。コイツは騎士の位を剥奪され、牢に入れられるか最悪処刑されることとなる」
しばしの沈黙が続いた。
「殿下……!?」
主が冗談で言っていないと遅れて理解して、女騎士が声を裏返した。
「黙れ。お前、国境の警備はどうした?」
女騎士の動揺も構い無しに、オルトが責めるように問う。声を荒げない代わりに、目元がいくらか険しい。
「……兵士を配備しています」
女は目に見えて怯んだ。
「隊を置いて、統率する長が持ち場を離れてどうする。頭を使おうとしないのは、お前の悪い癖だな」
「申し開きもございません」
ついさっきまで自信満々だった女が今では泣きそうになっている。
「私には使えない駒など不要だ」
普段から見下したような藍色の瞳が、今は本当に相手を見下ろしている。昔と同じ鋭い目線に更に拍車がかかり、不遜を許さないものとなっている。
――なるほど、過去に知っていたあの男を王族にするとこうなるのか。
否、おそらくはこれが本来の態度で、あの頃のオルトは制御していたのだろう。
「……と、この通りコイツは頭脳の面が割と弱い。巧妙な計画を立てられる人種では無いぞ」
不意に視線を外し、オルトは再び聖人に話しかけた。
「それは……共犯者、が」
何故か聖人が急に口ごもる。表情が一転して暗い。
「ならばちょうどこちらに向かって歩いて来ている奴がそうか?」
後方からゆったりとした、静かな足音。オルトに言われ、一同がその方を向いた。
人物が影から人の姿へとはっきりしてくる。
「神父様?」
距離を縮めようと一歩踏み出したのは、無意識のことだろう。半ば反射的に、ゲズゥはミスリアの肩を掴んだ。
「ミスリア」
驚いて、彼女は体を震わせた。
「近づくな。その男の顔をよく見ろ」
戸惑いを隠せぬ様子で、ミスリアが歩み寄る男を見上げた。
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