1-2. a
2018 / 03 / 16 ( Fri )
『先日、〇〇市〇〇区にて女性の刺殺体が発見された件についての続報です』
 フライパンで野菜を炒めていた唯美子は、物騒なニュースに反応し、箸を動かす手を止めた。
 しかし換気扇がうるさい。
 これでは続きが聴き取れない。一旦火を弱めて箸を置き、居間のテレビの音量を上げに行った。

『去年十一月に〇〇県でも女性が発見された事件や一昨年の〇〇県での事件との関連性が懸念されており――』
 ちゃぶ台に積み重なっていた新聞の下を探る。ほどなくリモコンを発掘することに成功し、「音量を上げる」ボタンを連打した。
 満足した唯美子は、キッチンに戻って夕飯の支度を終えた。

『手口や発見場所が違ったものの、いずれの事件でも死体から内臓がごっそりなくなっている点が共通しており、犯人はまだ捕まっておらず――』
 丼にごはんを盛り、その上におかずを仕分けてのせる。いただきます、と軽く手を合わせてから食事に至った。

 作ったばかりの炒め物に残り物の煮物、某市場で買った佃煮で、三品。独り暮らしにしては頑張った方の日であろう(ちなみにこの盛り方は使用する皿の数を、すなわち洗い物を減らすためである)。頑張らない日には主に冷蔵庫にあるもので煮込みうどんを作って済ませている。

 海での短い休息から数日経って、木曜日になっていた。後一日働けば週末だ。
 夢中遊行――と呼んでいいのかはわからない――はあれきり発生していない。
 真希に相談した時には検査してもらった方がいいと騒がれたものの、気が進まないので、様子見になっている。二度目があったら受診するつもりだ。

(あの時の真希ちゃん面白かったな)
 野菜を咀嚼しながら、くすりと思い出し笑いをする。
 皆のあこがれの的である男性に助けられた挙句、夜道を二人で歩いたのだ。こちらに感謝以上の感情がなくとも、事の顛末を聞いた真希が羨ましがったのも仕方がないだろう。

『――県警はこれまでに捜索願が出ている女性のリストを改めて検証しているそうです。その辺り、先生はどうお考えですか』
 丼から顔を上げると、いつしか画面が切り替わっていた。中年の男女が向かい合って座っている。犯罪心理学の専門家だという男性が、犯人像について語るようだ。
 唯美子は論議に注目した。怖いが、つい気になってしまう。

『こういった連続的犯行に及ぶ人間は、被害者を選ぶに用いるパターンと言いましょうか、好みがあるものでしてね』
 彼らは深刻そうに声を潜め、それでいて、アナウンサー特有のハキハキとした語調を崩さない。
 思わず箸を置いて見入ってしまう。

『でもこれまで見つかっている三件の被害者は服装や髪型もバラバラだったんですよね?』
『ええ、そこが問題ですね。現状、共通しているのは全員が若い女性だという点だけで、犯人がどうやって次の犠牲者を選んでいるかはほとんど見当がついていません』
 また画面が切り替わった。これまで発見された女性たちの顔写真と短い紹介が並べられる。
 左から順に――ぽっちゃり気味の穏やかな表情をした主婦、化粧の濃い短髪の女子高生、無表情で巻き毛のボブを茶色に染めた大学生。
 なるほど、共通点は見当たらない。

「へー、ころされたヤツら、こんなんだったんか。みぎ端っこの女、ゆみに似てるな。髪色ちがうけど」
 突然。実に、突然だった。
 ひとりだけの空間に、他者の声が響いたのは。しかも耳元で。
「!?」
 驚いて唯美子は膝をちゃぶ台の裏にぶつけた。痛みにしばらく動けずにいると、声の主は構わずに話し続けた。

「なあ、まえは黒髪おかっぱだったよな。なんでいまはワカメみたいな頭になってるん」
「……これはパーマです! デジタルパーマ! ワカメ言わないで」
 いつか浜辺で遭遇した少年に向かって、抗議した。
「デジタルってなんだよ、サイバー空間でやってもらってんの? ちょっとはなれてたあいだに日本もすすんだなー」
 つぶらな瞳が好奇心旺盛に見つめてくる。

「ちが――ううん、なんでデジタルって呼ぶのか、わたしにもわかんないけど。そんなことよりきみ、どこから入ってきたの!?」


すでにストックが底つきそうだけど気にしないよ…

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