1-1. f
2018 / 03 / 13 ( Tue )
「うぇ、まっず。やっぱ塩水まっずいなー、こんなとこにすむ奴らの気が知れねー」
 助けてくれた人物は背を丸めて唾を吐き出している。すぐに気を取り直したように、唯美子の傍に来た。
「おい、しっかりしろ」

 頬を叩かれた。顎に響くほどの衝撃で、麻痺していた皮膚に活気が戻るようだった。
 お礼が言いたいのに、返事をしているつもりなのに、喉からは呻き声しか出ていなかった。
 震える腕をふらふらと伸ばした。受け止めてくれた手は力強く、ほんのりと温かい。

「あーあ。全っ然、克服できてねーじゃん」
 吐息のように微かな呆れ笑い。小馬鹿にしたような言動の向こうに、確かな心遣いがあった。その話し方に、既視感をおぼえる。

(だれ?)
 月からの逆光で相手の姿はよく見えない。
 疑問の答えに辿り着ける前に、男性がいきなり黙り込んだ。かと思えば鋭く舌打ちをした。
「いまみつかるのは得策じゃねー……またあとでな、ゆみ」
 あっという間に気配が消えた。
(まって、いっちゃ、やだ)
 取り残された唯美子は、わけもわからずに猛烈な寂しさをおぼえていた。


 短い間、気を失っていたらしい。
 頭痛にめまい、更にぐわんぐわんと頭の中でおかしな音が鳴っていたところで再び目が覚めた。

「大丈夫かい」
 瞬く度に、視界の角度がわずかに変わった。誰かにそっと抱き起こされたようだ。
 至近距離から覗き込む端正な顔には見覚えがあった。ウェットスーツに身を包んだ彼は会社の経理課の先輩、その名も。

「うすい……さん?」
 よかった、と彼は安堵のため息をこぼした。
「曇ってたけど諦めきれなくて、波の様子だけでも見てみようと思って出て来たんだ。よかったよ。たまたま僕が通りかからなかったら、どうなってたことか。きみはひとりで何をしてたんだい」
「わかりません……目が覚めたら海の中で……あの、あなたがわたしを助けてくれたんですか」

「間に合ってよかった」
 どうも会話がかみ合わない。かみ合わないと言えば、陸に上がった前後のあやふやな記憶と現状に齟齬を感じていた。
 目の前の彼とは別の声が耳の奥に残っている。もっと言葉遣いや声音が荒い感じだった気がするが、頭が痛くて考えがまとまらなかった。

 ――助かった。あの黒い海から生還した。今は、それしか考えられない。
「本当によかったです」
 泣いているのをさとられないため、顔をそむける。すると視線の先、つまり脇腹に逞しい手があった。狼狽した。一旦意識してしまえば、そこの感覚のみが何倍にも拡張されてしまう。
 察した笛吹がパッと手を放した。

「失礼。必死だったもので」
「い、いいえ」
「戻ろうか。立てそうかい」
「平気です、ありがとうございます」
 これ以上世話になるのも悪いと、よろめきながらも自力で立ち上がった。
 先導する背中をぼんやりと見つめる。ウェットスーツが濡れていないように見えるけれど、そんなはずはない。見間違いだろう。

(あんなに手が冷たかったんだもの)
 無意識に脇腹をさすった。まだ感触が残っている気がして、頬が熱くなった。
 訊いてしまえば早い。が、とにかく宿に戻って風呂に入りたい唯美子は、他のことは後回しでいいと判断した。笛吹だって一刻も早く温まりたいに違いない。
 はやる気持ちに応じて、砂を蹴る素足に力を入れた。





ここまでで一話でした。いかがでしょうか。わかりやすい謎と、わかりにくい謎を混ぜたつもりです。次話から大きな動きがあります…たぶんw

ゆみこ:割とのんびり屋&マイペース
???:割とフリーダム&神出鬼没

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