1-1. d
2018 / 03 / 07 ( Wed )
(さすがまきちゃん)
 真希は男性陣と自然な会話を続け、間が開けば誰かに話を振っていた。残る二人の女性にも自己アピールする機会を差し挟んだり、空いたグラスにビールをテキパキと注いでいくなど、気配りにも余念がない。

 媚びた印象がしないのが、すごい。
 これを「出しゃばってる」と評する女子もいるだろうけれど、唯美子には感心しかなかった。
 ちなみに会話の内容はというと、男性側が自身の趣味を語り終えたところだった。

「きゃー! 笛吹《うすい》さんってサーフィンやってるんですか? 今日見せてくれればよかったのにぃ」
 眼鏡をかけた同期の山本女史がやや大げさにリアクションをした。普段よりも、頑張って明るく話しているのがわかる。

「夏は日中混んでて思うように楽しめないかな。だから僕は最近、ナイトサーフィンにはまってるんだ」
 男性陣の中で抜きんでて顔立ちが整っている二十代後半の彼は、名を笛吹秀明という。鋭そうなタイプのイケメンだが、笑うと目元が柔らかくなって、こちらの好感を誘う。

 雑誌のモデルが務まりそうなスラッとした長身、均整のとれた体格。スポーツで汗を流している姿がよく似合う彼は、一方で社内でも周囲の信頼が厚く、仕事ができる男として知られている。
 どうやら真希は彼を狙っているらしかった。

(美男美女で、お似合いだよね)
 のんびりと缶ビールを啜りながら、唯美子は蚊帳の外から見守る。もともと奇数の集まりで自分の居場所はないし、真希のついでに来ただけだ。引き立て役として連れてこられたのだと指摘されようと、これといった反論はない。

「夜のサーフィン!? うそー、超ステキ! 見にきちゃだめですか?」
「どうかな。今夜は曇りそうだから、難しいね。ここの浜辺は夜は灯りが少なくて、月光に頼らないといけないんだ」
 笛吹は嫌味のないジェスチャーを添えてしゃべった。そこに、黒髪をロングボブにした田嶋女史がうっとりと言う。

「月明かりのサーファー、いいですねえ」
「ありがとう。やってみるかい」
「初めてが夜って危なくないですか? 私、そんなに運動神経よくないですよぉ……でも先輩が教えてくださるなら安心かな」
 田嶋女史が上目づかいに言葉を紡ぐ。この流れで二人は約束を取り付けるかのように思えた、が。

「笛吹さんって現在フリーなんですよね。めちゃくちゃモテそうなのに、信じられないわ。あ、ビールもっとどうぞ」
 横から真希がさりげなく割り込んだ。笛吹の腕にそっと触れるなど、ボディタッチも抜かりない。
 ありがとう、と彼は満杯になったビールを嬉しそうに受け取る。

「買いかぶりだよ。僕はこれでも女性にはうるさいんだ。深入りすれば、いつも相手の方から逃げちゃうんだよね」
「お前そういや誰とも長続きしないよな」
 笛吹の隣の男性が肘でつついた。正直、名前はおぼえていない。

「そうなんですか? じゃあ試しに、理想のタイプがどんなか、教えてくださいよ」
「大して面白い答えは持ってないんだけどね」
「そんなこと言わずに、お願い! 条件がものすごく多いんですか? それともニッチな……ハーモニカが吹けるとか、スパイスの香りがするとか?」
「あははは! 八乙女さんこそ、発想が面白いね」
 こんな風に、男性の羨望の眼差しを集めるイケメンと女性の嫉妬の視線を集める美女の言葉のキャッチボールはしばらく続いた。

 いつしか会話に飽きていた唯美子は、先ほどの子供のことを思い返したりと思考を別の場所へ浮遊させた。時折、ふと笛吹と目が合った気もしたが、適当に微笑を返して、気に留めなかった。
(月か……街が近いし、見えないかな?)
 後でおぼえていたら民宿の窓から探してみよう、とこっそり思うのだった。


 満月を見上げていた。
 予報通りに、夜空は曇っている。昼間よりも風が出ているのか、雲は速やかに形を変え続けていた。
 月が幾度となく見え隠れした。その都度、表情を変えたようである。とてもではないが、街の灯りとは比べるべくもなく、心を惹き付けるものがある。

 冷たい感触が太ももを撫でる。
 首を下に動かし、深い闇を見つめた。その濃さは重い質感を伴っているようで、水面に踊る月光とはあまりに対照的だ。

(あ、パジャマ濡れちゃう……)
 潮水が勢いを増して戻ってきた。膝丈のボトムスの柔らかい布が水を吸って、肌にくっつく。
 それから意識が明晰になり、ここが海の中だと気付くまでに、数秒かかった。
 ――海。

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