十 - h.
2017 / 10 / 30 ( Mon )
絶賛ヘイトがたまる系展開です。
読んで胃に影響があるかもしれないのでご注意ください。



「うん、放さないよ。どのみち君の王子様は、取り込んでいてここには来れない。塔を兵で囲ませてあるし、大声を出しても無駄だ」
「えっ」
 聞き捨てならない情報がサラリと落とされたことで、セリカはしばし己の置かれている状況を忘れた。

(囲まれてる……)
 となれば、先に外に逃れたはずの二人はどうなっているのか。
 更に失意を広げるような言葉が、アストファンから投げつけられた。
「決死の救出劇もここまでだね、お疲れさま」
 ――読み負けたのか。

 もっとうまいやり方があったのではないか。イルッシオに借りていた兵士をこちらに回すべきだったか。否、それではエランの守りが手薄になっていた。どう組み替えても、或いはこの男は戦力の少ない方を突いたのではないか――。
 いずれにせようまく頭が回らない。腰にのしかかる圧力が思考を妨害する。

「あんたは……なん、なの……! こんな、何がしたいのよッ」
「そうだねえ。君は、勘違いしてないかい。別に私は崇高な目的なんて持ってないよ。どうせ何も思い通りにならない一生なら、少しでも面白い方へ進みたいじゃない? 野望は大きく、お祭りはより派手に。私は人がもがき苦しむのを眺めるのが好きなんだ。それだけだよ」

 男のあまりにも平然とした返答に、絶句した。
 ものの見事に歪んでいる。歴史の中では「地位や権力・財力を与えてはならなかった悪人」が現れるのも稀ではないが、まさか身近なところで出会うとは、セリカは予想だにしていなかった。戦慄した。恐怖が直に伝わるのは癪だが、不可抗力だ。

(こいつ、誰も咎めてないだけで裏ではやばいことしてるんじゃ)
 公子たちのスタート地点は似ていたはずだった。思えば、似たような台詞を第五公子が口にしたのを聞いたことがある気もする。
 解釈を広げれば、窮屈は公子に限ったことではない。大陸に生きる大抵の人間は、何かしらしがらみや枷を持って生まれてしまう。そこからどう生きるかが、人の真価を定めるのではないか。この国に来てからセリカは、次第にそう思うようになっていた。

「想像してみなよ。たとえエランの尽力で何もかもが丸く収まったとしても、代償として、君という得難いパートナーを失うんだ。ゾクゾクするね」
 香の匂いが近付いた。
 衣服が掴まれる。焦り、喚き散らした。
「最っ低! 社会のゴミ! はた迷惑が服を着てるだけの、ケダモノ以下!」

「聞こえないな。もっともっと叫んでおくれよ」
 鉄の摩擦音がした。セリカを組み伏せたまま、クズ男は器用に刃物を鞘から抜いたらしい。
 冷たい予感が全身を駆け抜けた。下手に暴れようものなら、切られる。
「知ってたかい。こういう時って黙って抵抗しない方が加害者の男も興ざめして、早いトコ終わらせてくれるらしいよ。まあ私はそんな生ぬるいことはしないから、期待しないように」

「――――」
 助けて、と。声にならない悲鳴が、喉でつっかえた。
 エランが来れるか来れないかの問題ではないのだ。すぐに泣きごとを言ってしまったら、何の為の別行動か。
(呼んじゃだめだ。任されたのに、ひとりで成せないようじゃ、パートナーを名乗る資格が無い)
 血が滲むほどに強く唇を噛んだ。
 今は耐える以外に、何ができようか。ここで汚れてしまっても婚約は破棄されるだろうが、セリカはそのことに思考を向けるのが怖かった。

 脳裏にちらつく衝動。普段は潜在意識の奥底に眠っている原始的な凶暴性が、呼び覚まされる。
 何もできない。絶妙な具合に押さえつけられていた。抗えない悔しさに、頭の奥が赤く染まる。ゼテミアンの母語で幾度となく「死ね」との呪詛を呟いた。
 帯が、スカートが、切り裂かれるのを感じた。衣擦れなんて聴きたくないのに、耳を塞ぐ術がない。

 何もできない間は、何をすればいいか。
 妄想した。
 隙を見つけた瞬間、それとも解放された瞬間。どう報復してやろうか。どこを、引きちぎってやろうか。暗い妄想だけが心の拠り所だ。
 悲しくなんてない。居場所が無くなっても、エランの隣にいる未来が手に入らなくても。この男だけは、ズタズタにしてやる――!

「ひっ」
 肌が冷たい空気に晒された。そこに髪のようなひんやりと柔らかい感触が接したかと思えば、次は、もっと熱を帯びたものだった。手の平。そして指。
 気持ち悪い。家族以外の異性にここまでの接近を許したことが無いのだ。肌に触れられたことも、無い――
 違う、それは違った。ひとりだけいた。だが、こんな吐き気を催すような接触では決してなく。

 この場面でエランを思い出すのがひどく申し訳なくて、虚しくて、無理やりに思慕を憎悪で上塗りしようとした。涙を堪えつつ、両目は血走っている。
 臀部に熱が掠った。
 ――死にたい。

(死ぬなら、絶対こいつを道連れにする)
 ひときわ物騒な思いに支配された。
 されたまま、数秒が過ぎた。
 どさり、と大きな物音がして、セリカは重みから解放された。

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