息してるよ…
2015 / 12 / 22 ( Tue ) そういえばレビュー祭なるものに参加しまして、私のレビューが投稿されましたので、よかったらどうぞ
http://ncode.syosetu.com/n6430cz/27/ 引越しいそがしす。 ペンキ終わってからは 荷造り→足りないものに気付いて買いに行く→荷物運ぶ→冒頭に戻る の繰り返しで、連日体力消耗してます。 ふひい。そういえばブログ開設四周年過ぎてた。なんも用意できてませんぜ。 もうこのまま知らん振りで行こう!! 本編は… 数時間くださいw 拍手返信@ナルハシさん ありがとうございます! 私も好きです!(なんぞ 報われんなぁ、とたまに思うことはあれど、逆に全面肯定されたらそれはそれで私自身おもしろくない気がするんですよね。ちょっと異端であるのが楽しいみたいな。 |
51.c.
2015 / 12 / 17 ( Thu ) 「いいか、町ってのは村と違って複雑だし、似たような建物がぎっしり並んでる」
「はい。初めて見た時は本当に開いた口が塞がりませんでした」 「だから路は景色じゃなくて名前で識別する方が確実なんだ」 「そう――なのですか?」 青年が力説する中、少女はどんどん不思議そうな表情をしている。 「今までどうやって旅してきたんだ」 「町に着くまでは案内の方が居ました」 「案内役……」 これで合点がいった。そして、もう雇わないのか、と問う。この田舎娘は単独で旅をさせてはいけない気がする。 「連合にさえ辿り着ければ、そちらに頼もうと思っていまして」 「あー、なるほど。しっかし遅ぇ時間に行くんだな。とっくに日も落ちてるから、みんな任務で出回ってると思うぜ」 「もう少し早く行くつもりだったんです。道に迷っている間に二時間が過ぎてました」 「――どんだけ迷ってんだよ! 人に訊けよ!? この町そんなに広くねーぞ!」 「訊きましたよ。それでも何故か着けなくて」 少女がのんびり笑う傍ら、ポットローストが給仕係によって運ばれてきた。芳醇な香りがもわっと鼻先に伸び、青年は一瞬吐き気を催した。 少女はいただきますと言って早速バッファロー肉の塊に切り込んでいる。 「ん~、美味しいですね。これまで食べたことがなかったのが悔やまれます」 一口目の後に感想が挙がる。 「そいつぁよかったな。別に俺に報告しなくていいから」 青年は口と鼻を手で覆い、仰け反りながらその様を眺めた。 (にしてもコイツ、肝が据わってんのか頭がおめでたいのか。二時間さまようって相当だぞ) 焦りもせずにただのほほんと飯を食いに来ている辺り、後者だろうか。単に、連合への依頼内容が火急のものじゃないのかもしれない。 「……こっから連合拠点までの行き方を教える。気合いで覚えろ」 「本当ですか! 助かります」 咀嚼していた分をごっくんと飲み込んでから、少女は明るく返事をした。 「食べながら聞け」 「はい。ありがとうございます、親切な方。このお礼は必ず――」 「いやいや、礼はいらんって。あんたはちゃんと着くことだけ考えてろ」 これ以上関わってたまるか――と早々にその流れをぶった切る。少女は不服そうに口の端を下げたが、結局頷いた。 そうして青年は懇切丁寧に、なるべく噛み砕いて、行くべき道順を伝えた。 _______ さて――座っていた間は平気だったものの、いざ歩こうとすると急激に気分が悪くなる夜もある。それが酒を飲みすぎた直後とあらば尚更だ。 酒場を立ち去ってしばらく歩いた頃、青年は路地裏に入って排水溝の前に立った。溝の向こうの建物に片手を付き、もう片方の手で解かれつつある髪を押さえ、胃の中身を排水路に逃がす。 (サイアクだ) 喉からは空気が圧縮される音が漏れる。口や鼻の中には酸味が粘り付き、目からは熱い涙が溢れた。 だがこの行為は最終的には気分を良くしてくれるものだと、彼は経験から知っていた。 (あーもー、何もかも最悪だ) 呼吸の合間に人生に対する憂いがどっと蘇るが、とりあえず雑念を捨てて吐くのに集中した。ここで手を抜けば、二日酔いで明日は移動どころではなくなる。 やがて胃が空となり、青年は咳き込んだ。 「――はやく金目のものを出せやい」 ぼんやりとしていた頭と聴覚が、その時はっきりと一つの不穏な台詞を拾った。 時と場所を思えば、真夜中の路地裏である。他人を襲う輩の一人や二人など別段珍しくもなんともない。彼自身、排水溝目当てでなければ一人で訪れたりしない区域だ。 聴かなかったことにして、青年は人の気配のする方から背を向けた。だが次の一歩を踏み出すには至らなかった。 「貴方がたはお金に困っているのですか?」 カツアゲされていながらそんな緊迫感を全く感じさせない、どこかで聴いたような若い女の声がした。それはつい先刻、酒場で別れたはずのあの少女の澄んだ声であった。 |
果てしなくどうでもいい
2015 / 12 / 16 ( Wed ) 思春期の私はよく少女マンガとか読んで、「スポーツも勉強もできるようになればきっと学校中の憧れの的になれる」と思い込んでた節がありまして。
それでちょっと頑張ったりもした。 今になって振り返ってみると、別に私はずっとそれなりにスポーツも勉強もできていた。勿論それは全国大会レベルではなかったが、何故私が人気者にならなかったのかを冷静に考えてみると… 思考回路がきっといけなかったのだろう。 ……私は自他共に認める不思議ちゃんだった。 大人になってその隠し方がちょっと上手になっただけで、相変わらず本質はどこか大勢の輪からずれている(私の執筆作品を読めばその傾向は明白である)。そしてずれている自分を客観的に見て、ほくそ笑んでいる。 だがそれでいい。 むぐふふ この話、全然オチねぇな! |
51.b.
2015 / 12 / 15 ( Tue ) (居座る気かよ)
図々しい奴だ、と思いながらもまた食卓に突っ伏した。 (無視だ無視) 他人の動向よりも気にすべきは明日からの自らの生計だ。青年は貯金の残高を脳内で計算し、何日までなら食い繋げられるか思索した。移動中は野宿すれば更に節約できる。 「今日の一押しはバッファロー肉のポットローストと鹿肉のシチューね。どんな味がするのかしら」 少女がブツブツと呟いているのが耳に入る。両方ともこの地域では定番メニューだが、どうやら彼女は食べたことが無いらしい。 「どっちも気になるけど、合わなかったらどうしよう……」 聴こえてくる独り言が気になって、青年は自分の物思いに専念できなくなった。 性分だろうか、口を出さずにはいられない。青年は顔を僅かに上げて問う。 「あんた鹿もバッファローも食べたことないのか」 「残念ながらありません。貴方ならどちらにしますか?」 少女は嬉々として言葉を返した。独り言に始まったものが会話に発展したのが嬉しいようだ。相席を押し切ったことといい、彼女はもしかしたら一人で食事するのが寂しいのかもしれない。青年にとっては久しく忘れていた感情だ。 「クセが強いのは平気か」 「たぶん問題ありません。でも食べ辛いのは苦手ですね」 「ここの鹿肉シチューはスジ多めだ。そういうのが嫌ならポットローストだな。とろける食感で旨いぜ」 「そうなんですか! 助言ありがとうございます。ではバッファローのポットローストにします」 後半の言葉は給仕係の人に向けて言い放たれた。ちなみにやり取りからして、飲み物はジュースの類にしたらしい。 「お酒あまり飲めないんですよ、私」 給仕係が去った後、少女が勝手に補足した。 「酒場に来ておいてそりゃあ変だな。ここの麦酒は格別だってんのに」 「道に迷っている内に小腹が空いてきたので……食事が出るならどこでも良かったと言いましょうか」 「道……?」 街で一番人気のこの酒場も地域名産の肉も知らない、どこか浮いた雰囲気の少女に――青年は訊ねた。 「あんた旅のモンか。どこ行こうとしてたんだ」 青年は観念して頬杖ついた。我関せずを貫くには、どうもこの少女は危なっかしい感じがする。酔いが醒めないまま、先程よりもちゃんと話を聞く姿勢に入った。 少女はよくぞ聞いて下さいました、と言いそうなほど大きな茶色の双眸を輝かせた。 「魔物狩り師連合拠点です」 「あー……」 その返答は驚くようなことではなかった。この町の魔物狩り師連合は会員の数も質もかなり優れていて、わざわざ遠くから退治の依頼を持ってくる人間は日々、後を絶たない。 しかし解せない点があった。 「連合はこっから北西、大通りを一マイル半進んだ先の丘の上だろ。全然方向違うぜ」 そう指摘してやったら、少女は首を傾げた。次いで懐から地図のような紙切れを取り出して、食卓に広げた。 青年は少し身を乗り出し、それを逆さのまま読み解く。思い出したように視界が揺らぐが、瞬けば治った。 「えーと。矢印がスタートでバツ印が目的地か。東門から入って、この十字の交差点で右曲がって、小道を二つ経て大通りだろ。道の名前も書いてあるし、わかりやすい地図じゃねーか。どうやって間違えたんだ」 「こうさてん……道の名前?」 また小首が傾げられる。十字型の交差点なんて、道が二つだけ交わっているという極めて単純な構造だ。 (なんだこの反応) 嫌な予感がした。そもそもこの酒場の位置は、地図に記された道から南に外れている。 「……方向音痴?」 というよりは地図が読めないだけかもしれない。 「いいえ、故郷では迷ったことは無いはずなんですけど」 「あんたの故郷ってどこだ」 おそるおそる訊いた。 「ファイヌィ列島です」 「つまり、ドのつく田舎から来たんだな」 青年は口元をひくつかせる。 田舎娘の面倒など見たくない。なんとか道順だけわからせて、関わるのを止めよう。 |
51.a.
2015 / 12 / 11 ( Fri ) 人生それなりにうまく行っていたはずだった。 ――どこで歯車が狂ったかなど、振り返ったところで何も生まれやしないのに。青年は町の一番人気の酒場の薄暗い隅の席で、浴びるように麦酒を飲んだ。卓上に出されていた分を一気に喉に流し込んだ後、ゴンと音を立てて前に倒れた。 (これで何度目だよ) 組んだ腕の中に頭を埋めて、ぐだぐだと思い悩む。 きっとすぐにまた仕事は見つかる。そしてきっとまたすぐに、お役御免になるのだろう。どうにも性に合う働き口が見つからないのである。 (ごめん、師匠……) うまく行かなくなったのは、人生の師を喪ってからだろうか。 彼は既に路頭に迷うような歳ではなかったし、一人で十分にやっていけるだけの精神力も生活力もあった。家族を火事で失い、親の友人に引き取られてから数年。その男も魔物狩りの任務中に命を落としてからというもの、実際に青年は二年以上は一人で生きてきた。 ところがどうだ。生活はできても――毎日が信じられないほどにつまらなかった。 何をしてもいまひとつやる気が出ず、勤務先でヘマをやっては追い出される始末である。しかし職種の需要は永続的にあるため、貯金が底をつく前に新しい町に移動さえすれば一応次の仕事は見つかる。 何度こうしたかはわからない。最初の内は数えていたものだが、段々と空しくなってきて止めた。 明日からその繰り返しかと思うと、うんざりする。 「あの、すみません。相席よろしいでしょうか?」 何故だかその時、可憐な声が頭上から降ってきた。普段ならともかく現在の精神状態では、全く喜べない状況だ。 青年は首をもたげて半眼で応じる。そのちょっとした動作だけでも目が回った。酒が効いてきているのは間違いない。 「よろしくない。席なんていくらでもあるだろ。他を当たれよ、なんでわざわざここに」 問題の人物はフード付きの外套を着込んでいるが、この薄暗い中でも、体格からして女なのはわかる。 「それがさっき大きな団体さんが入ってきたみたいで、他に席が無いんですよ」 女はフードを脱いでみせた。 「あぁ?」 若い女だ。十六、十七歳くらいだろう。少女は特別美しいわけではなかったが、佇まいと身なりからは清潔感が溢れている。丁寧に梳かれた胸より下に届く長い髪も、牛乳のように白い肌も、この騒然たる酒場では場違いなほどだ。 「あの」 あろうことか少女は椅子を引いて青年の向かいの席に腰を落ち着けた。こちらを覗き込むように首を傾けている。 波打つ髪は栗色だろうか。下ろしただけの髪型かと思ったら、耳より少し後ろに左右それぞれ三つ編みを一本編みこんでいる。その一本が、青年の肘をかすった。 「おい、そこに座るなっつってんだろ」 彼は自暴自棄タイムを邪魔されて苛立っていた。ところが少女は青年の睨みを気にも留めずに喋った。 「差し出がましいことを言うようですが、お酒の飲みすぎでは? 顔色が悪いです。お水頼みましょうか」 「うっせえ、ほっとけ。見ず知らずのあんたに何がわかる」 反射的に突き放した―― (しまった) 虚を突かれた少女の表情が、次には傷付いたように眉尻を下げたのだ。青年は反省した。いくら虫の居所が悪くても、流石に言い過ぎではないか。 (心配……ていうか親切心、だったんだよな) 元より彼は口が悪い。意識してそうしているわけではないのに、気が付けば当たりのキツイ言葉しか並べられないのだ。またやってしまった、と青年は己の情けなさに焦る。 「すみませんでした。ご要望の通り、放っておかせていただきますね」 が、少女はけろりとして笑った。何事も無かったかのように、メニューが書かれてある木板に目線を移している。 |
50 あとがき
2015 / 12 / 10 ( Thu ) |
50.l.
2015 / 12 / 10 ( Thu ) ゲズゥの提案に、ミスリアは首を傾げた。 とりあえず文字通りに爪先を足にのせるように促す。ミスリアの右足がゲズゥの左足に、左足が右足に、向かい合う形で重なった。それを心地良い圧力と呼ぶべきか、踏まれてもほんのりとした重量しか感じない。後は上体を安定させるため、少女の後ろ肩と腰にそれぞれ手を回した。 曲も変わり目だ。ミスリアは未だにきょとんとしているが、早速踊り始める。 「わっ」 急な動きに驚いたのか、柔らかい手がゲズゥの二の腕にしがみついた。 流れて来る曲は軽快なテンポである。ある者はシタールという弦楽器を指で弾き、ある者は高らかな歌声を夜気に響かせる。向こうに見える現地の人間は隣の相手と向き合って手拍子を打ったり、片足を蹴り上げて跳んだり、縦笛を吹いていたかと思えばそれを天高く振り回したりと、何をしているのかよくわからない。わからないので、こちらはこちらで適当に踊った。曲が一際盛り上がったところで少女を足にのせたまま、逆時計回りに回転する。 「ふっ――あはは! 回るっ。すごい回りますね。は、速いです」 一瞬、目を瞠った。生真面目なミスリアが声に出して笑っているなど滅多にない光景だからだ。あどけなさが目立って、微笑とはまるで印象が違う。 衝撃は波紋のように胸の内に広がった。温かい感覚だ。嬉しい、のだろうか。 「楽しいけど――も、ダメ……目が」 目が回る、と言わんとしているのに気付き、ゲズゥは足を止めた。ミスリアは胸元を押さえて笑っている。つられて笑いそうになるくらいに解放的な笑い方だった。 やがて少女は呼吸を整えて背筋を伸ばした。しゃらん、と頭の飾りが音を立てる。 「そういえば王子はもう発たれたそうですね」 「次の日には出ていた」 「そうでしたか。たくさんお世話になったんですから、ちゃんとお礼がしたかったです」 「奴は好き勝手やってただけだ。恩に感じる必要は無い」 オルトが出発した時にミスリアは居なかったのだ。ゲズゥは去り際に交わした会話を思い返し、語り聞かせることにした。 ――聖獣を手に入れる、か。その言葉を言い放った時、私は割と本気だった。気が変わったのさ。理由は二つある。まず、言っただろう? 御せない力は要らない。 ――言っていたな。 ――あくまで噂に過ぎないが、聖獣には「性格」があるという。獣と言っても、神話からは機械のような、ただの神々の意思の代行者のようなイメージだったが、自我があるとのことだ。 ――なるほど。扱いにくく、思惑に従わせるのが困難ということか。 ――そうだ。息災でなければ利用価値は減る。しかし滅ぼさずに意識を操る方法がわからない。私はソレを探すだけの手間をかけたいとは思わないわけだ。 ――二つ目の理由は? ――横槍が入る可能性とでも言い表すべきか。調べたところ、聖なるモノの傍には常に魔が寄り添うらしいな。聖女は『魔物信仰』と呼んでいたか? そこまで言えばわかるな。聖獣に近付くなら、連中が食いついて来るとの話だ。まあ、推測を繋ぎ合わせた曖昧な情報ではあるが。 ――…………。 ――お前たちも気を付けるんだな。 最後にオルトは「それに、古い知り合いから助力を求められた。しばらくはそっちに時間を割く予定だ」みたいなことも言っていた気がする。流石に自分たちとは関係ないため、話すまでも無いが。 「興味深い情報ではあります。それにしても、気まぐれな方ですね。ちょっとだけ羨ましいです。正直に生きるって、清々しいんでしょうね」 せっかくあんなに笑っていたのに、ミスリアはもうすっかり難しい顔になっている。些か残念だ。 「……お前が何を悩んでるのか――」気が付けばそう声をかけていた。「言いたくないのなら、無理に話せとは言わない」 ミスリアは目をぱちくりさせた。 「が、言いたくなったら聞く者が居るのだと、忘れるな」 途端にミスリアの表情が凍り付いた。栗色の上睫毛がゆっくりと落ちる。 「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか」 「――――」 ゲズゥは不意を突かれた。反応があったとしても、いつもと変わらない礼の言葉が来るのかと勝手に想像していた。理由を問われるなど予想外である。 しかしながら、自然と答えは見つかっていた。 「強いて言うならお前が俺に優しくしたからだろうな」 「……っ」 くしゃっと、ミスリアは泣きそうな顔をした。そしてすぐに何かを追い払うようにふるふると頭を振る。 「私は――自分が正しいと信じているものが、必ずしも他の人にとっての最善じゃないのは、よくあることだと承知しているつもりです」 察するに、これが例の悩み事の相談だ。ゲズゥは口を挟まずに続きを待った。 「あの研究室には、『混じり物』の残骸がたくさんあったのですね」 「ああ。男の思想に賛同していた者は他にも何人か居たらしい」 「魔物を『力』として追い求める心も、死者を捜して彷徨う想いも。私はわかろうとしました。でも、どうしてもそこに伴う苦しみと破滅を肯定することはできません。彼ら自身がいくらそれを良しとしていても、あってはならない方向性だと思います」 俯いていた少女はパッとこちらを振り仰いだ。 「押しつけがましいでしょうか。結果的には『殲滅』となんら変わらないかもしれませんが、彼らを世界中から残らず浄化したいと願うのは私の我侭でしょうか」 ここで言う「彼ら」とは、混じり物だけでなく魔物をも含んでいるのだろう。 「私にできるのは根源を絶つことだけでしょう。たとえその所為で……解け、てなくなる……人が居たとしても……」 ミスリアは顔を苦痛に歪ませた。明らかに双子やヤン・ナヴィの最期を思い浮かべている。 どうしてか居たたまれなくなった。ゲズゥは膝をついて目線を合わせた。月夜の薄闇に煌めく涙を、右手の親指で拭う。 「俺たちには、彼我(ひが)の線引きが危うい」 「線引き?」 「『呪いの眼』も穢れている。生きた人間である割合が多いだけで」 「!」 「…………先祖が魔に魅入られさえしなければ、一族は無残に殺し尽くされることも無かった。そう考えるとお前が魔を世界から滅する為に動くのは、悪くない」 今後同じ末路を辿る種族が出る前に、魔の領域に手を出す者をもっと早くに挫折させられるなら。そういう運動は支持する価値がある。 ミスリアはぐっと唇を噛んだ。瞳の奥にどんな葛藤が秘められているのか。 構わずに話を続ける―― 「正義とやらを押し付けがましいと感じるかどうかは、相手への印象次第だ」 それが本心であった。出会った当初はあんなにも偽善っぽくて鬱陶しいとすら感じた聖女は、蓋を開けてみれば、やることなすこと全てが慈愛に基づいている。 ゆえに――やっていることを無駄だとか愚かだとか思う点は同じでも、嫌悪は感じなくなったのだ。 「それがお前の願いなら」 頬に触れていた手を離し、今度は肩にのせるに至った。布越しに伝わる熱をそっと撫でるように。 「俺は手伝おう」 ――成就するまで寄り添おう。 今この場で決めたに過ぎないが、不思議と頭の中は晴れ晴れとしている。自分の罪の贖いよりも何よりも、ただミスリアの為に旅を続けたい。それが、何処(いずこ)へ向かう旅だったとしても。きっとリーデンたちも異存が無いだろう。 「どうして……」 一度は止まったはずの涙が、今度はぽろぽろと大粒で流れた。どこに涙腺決壊のきっかけがあったのやら、すこぶる謎である。 「動機なら、そうしたいから、しか持っていない」 などと答えたら抱きつかれた。小さな身体にしては恐るべき勢いだ。 ゲズゥは抱擁を素直に受け入れた。 「私にもゲズゥのような強い精神があれば……ほんの、数割でもいいのに」 「必要ない。人を思いやる心がお前の強さだ」 「ありがとうございます」 次いで、くすりと笑う声が間近に聴こえた。 「貴方でよかった」 耳打ちで「道連れにしたのが」と追加される。突然の囁きは耳朶を打って脳を揺さぶった。 「私はもう迷いません。貫いてみせます」 腕を解いた頃にはミスリアはまた表情が変化していた。それはまた、見たことのない笑みであった。 年が明けた頃の記憶がふと脳裏を過ぎる。 最早これは、姉の幻影を追う己を空っぽな人間だと思い込んで、涙した少女ではない。 目的を新たに抱いて立ち上がった女だ。その微笑みに、茶色の双眸に、宿った光は苛烈だった。 「ではゲズゥ・スディル氏、これからもよろしくお願いします。私が目的を果たすまで、どうか傍にいてください」 「引き受けた」 なんとなく今度はこちらから抱き締めてやった。 小さな身体が腕の中でくすぐったそうに悶えても、簡単に放す気は起きない。 その時、瞬いたのはただの生理現象からであった。 ふいに浮かんだ、別れの瞬間への予感。 その日は近いのか遠いのか。 聖女ミスリア・ノイラートと道が別れる時がどんな場面か――何も明確なイメージが浮かばずに、ただ果てのない闇が瞼の裏にあった――。 |
50.k.
2015 / 12 / 05 ( Sat ) ミスリアがこっちに来る。 体調が悪いのか、人に当てられでもしたのか。そのことについて思案する為に、一旦咀嚼を止めた。混じり物騒ぎから一週間が経ち、ミスリアが目覚めたのは今日中のことだった。イマリナ=タユスでの過去例と比べると眠りこけていた日数が短い分、起き掛けの様子が変だった。 泣きながら目覚めたのである。 不吉な夢でも見たのかと問うても何も憶えていないの一点張りだ。直接の原因なのかはともかくして、それからミスリアは一日中元気が無かった。 案の定、天幕の群れから抜けてとぼとぼと歩み寄ってくる小さな影は、スカートの裾を両手で持ち上げながらも、俯いて肩を落としている。 「こんなところに居たんですね」 ミスリアはこちらの姿に気付いて、顔を上げた。少しだけ微笑みが表れる。 「人混みは別にどうでもいいが、他人に尽くされるのが面倒だ」 「……大変そうでしたね」 そう、宴の座に居ると、何かと里人が構ってきた。解放主だなんだと言ってもほとんど身に覚えのない行為だ。それをやたらと讃えられているというのは、ゲズゥにとっては薄ら寒いだけだった。リーデンのように好都合と捉えて最大限利用する気は起きない。 「きゃっ」 突如、ミスリアは四方から山羊にもふっと挟まれる。 「や――やめてください。危ないですよ」 毛深い獣たちは装飾品に興味を持ったのか、腰の飾りや腕輪などを甘噛みしている。 べぇ、べぇ、と返事をしながらも、山羊たちは引かずに擦り寄る。通常の山羊以上馬未満の巨躯に囲まれて、少女は飲み込まれてゆく。 助け船を出すことにした。ゲズゥは串の束を歯の間に収め、両手を使ってミスリアを拾い上げた。群れから数歩離れてから下ろす。 「すごいですね」 肩から振り返りながら、ミスリアの目線は串に釘付けになっていた。 「食うか?」 歯の間から取り出した合計三本の内、一本を差し出す。 「いえ、私はいいです。なんだか食欲なくて。どうぞ全部平らげてください」 そう言ってミスリアは自分が去ったばかりの天幕の方を見やった。 風に乗って、向こうから音楽が流れてくる。宴はなかなかの盛り上がりを見せていた。 数日だけで快復した女たちは、捕まっていた間の記憶があやふやで里の生活に再び慣れるのも早かった。むしろ身内の者たちの方が女たちの突然の社会復帰に戸惑っていた――もっと休ませるべきか否か、あまりに早い快復を喜ぶべきか訝しむべきか、心配のしどころがわからないかのように。 その温度差を埋めて全体のムードを無理にでも引き上げる為にも、宴が開かれたのだろう。 ちなみに無駄に顔立ちの整ったあの弟は、中央の広場で宴の渦中にいた。相手をとっかえひっかえしながらくるくるとステップを踏んでいるのがここからでもよく窺える。馴染みの無い踊りだというのに、回を重ねるごとに学習しつつさりげなく女にリードさせたりと、器用に誤魔化している。その世渡り術は一体どうやって身に着けてきたのか――あまり知りたくない。 「踊らないのか」 ふとそう問いかけていた。何せその横姿は、己のよく知るそれと相違していたからだ。 里の女たちによって現地の盛装に着替えさせられ、化粧や髪も惜しみなく整えられている。幾重にも重なった裾の長い衣の下では小柄な身体が更に小さく見えそうなものだが、そんなことは無かった。服の上からかけられた、鉱物をあしらったアクセサリーが華やかな印象を醸し出し、上半分だけまとめ上げられた髪には簪やビーズが多く編み込まれている。 仕上げには額をぐるっと囲ったヘッドネックレス。涙型の深紅の宝石が主役を飾るそれは、茶色の瞳の深みをうまく引き出していた。 ゲズゥにはそうする心理がよくわからないが、ここまで豪華に飾り立てたからには、人目に晒されながら宴を楽しむべきではないのか。 「いえ、私はいいです。今は、人がたくさんいる場所はちょっと気疲れしてしまうので」 「…………」 どこか納得の行かない答えだった。 「あの、何か?」 「だが物欲しそうに眺めている」 「え」 華奢な肩がぴくりと動いた。少なくとも、踊りたい気持ちはあるように思えた。 そこで一つ閃く。 「ここで踊るか」 と言っても、一人ではつまらないだろう。そう思って手を差し伸べる。 「え、えぇ!? ゲズゥは舞踏に造詣が深いんですか!? そ、それは確かに運動神経は良いのですし、弟さんもあの通りですけど」 「まさか。リーデンと一緒にするな」 「でも、私もあまり得意ではないです。馴染みの無い曲調ですし、二人してそうだと足踏んだり踏まれたりしますよね」 「……ああ。それなら最初から踏んでいればいい」 |
DIYが何の略か
2015 / 12 / 03 ( Thu ) Do it Yourself... つまり新居の所有権が移って以降、未だに引越しが停滞しているのは何故か?
ペンキの状態が悪かったから、 全部屋塗り替えているのだよー! \(^o^)/ 週末に始まり、毎晩仕事終わってからも2~3時間ほどぬりぬりしてます。 来週は洗濯機とソファが届くのでそれ以前に仕上げないといけないという。 カーペットは業者に頼んで入れ替えてもらう予定。 これがいかほどの$$$$が掛かったのかは思い出したら負けである。 仕事も忙しくて、なんか気が散っている毎日。本編50の終わり方の構想は練ってあるのに、続きに取り掛かるだけの集中力と時間がNEEE なんとしても! 今週中に! 終わらせたいなぁ!! |
50.j.
2015 / 12 / 01 ( Tue ) 「終わりも結構騒々しかったけどね。母親らしく、子供が誕生した瞬間を思い出してたのかな」
と、リーデンが小声で言った。それには「さあ」とだけゲズゥは答える。 「反抗期にしては面倒が過ぎる」 「そりゃあねぇ。でもま、なんとかなってよかったよ。兄さんにとっては聖女さんの心のアフターケアが最重要事項じゃない?」 「…………」 答えの代わりに、ゲズゥはぱったりと意識が途切れたミスリアを素早く支えて横抱きにした。 「僕は旅の資金とか荷物の新調とか、その辺どうにかなんないか里人をつついてみるよ。転んだからってタダじゃ起きられないしね」 さすが、ちゃっかりとした弟だ。常人が同じ目に遭っていれば、カルロンギィとこれ以上関わり合いたいとは思わないだろう。だがリーデンは常人ではなかった。自分を謀った民からは諸々と搾取するつもり満々である。この生き辛い世の中ではそれくらいでちょうどいい。 「助かりました。あなたさまは命の恩人です」 一方でヤン・ナラッサナは気持ちの整理がついたのか、それともそういった感情を奥深くに押し隠したのか。息子だったモノの残骸から離れて、オルトに礼をしている。 「ああ、気にするな。恩を着せたくて動いたのではない」 「ではお客人、わたくしの長女を伴って女王陛下を訪ねて下さい。陛下とは特に親睦の深い者ゆえ、楽に謁見が叶うでしょう。それをもって、借りを返させていただきます」 「よかろう。了承した。これでわざわざこの里に寄った甲斐があったと言うもの」 ナラッサナと握手を交わしてから、後半の独り言はカルロンギィの民に聴こえないようにか、オルトは南の共通語に切り替えた。 「……事情説明もなく、みなさまがたには、多大なご迷惑をおかけしました。どうか我々の里にいらしてくださりませ。お詫びには足りませんが、おもてなしをいたします」 ヤン・ナラッサナの意識がこちらに向いた。今度は謝礼ではなく謝罪の意を込めて腰を折り曲げる。 「何の裏も企みもありません。よろしかったら宴の一つや二つ、催させてください」 ――奪還した女たちの介抱でしばらくは多忙であろうに、宴? 無理をしてでももてなそうとする姿勢には誠意が感じられた。 「わーい、ちょうたのしみー」リーデンはなんとも心の篭もっていない様子で応じた。「ヤンさんさあ、多大な迷惑をかけたお詫びに物資もくれないかなー」 「なんなりとお申し付けください」 「そ、じゃあリスト作っておくね。後、もう一個だけ言いたいことがあったんだ」 「なんでしょうか、解放主」 里の代表者たる女が顔を上げる。 「うん、それ。数年前に成り行きで君らの自由を取り戻した救世主さまって、実は僕じゃなくてこっちのでかい人なんだよね」 一斉に驚きと疑惑の視線がこちらに集まった。 「……そうでしたか」 探るような視線がゲズゥを包囲する。判別する為の証たる左眼は前髪に隠れている所為か、民の眼差しは一貫して半信半疑だ。 「そうでしたよー。だから崇め平伏すなら兄さん相手にするのが正解だね。ていうかそれ、単に僕が見たいから是非お願いするよ」 人だかりにどよめきが走った。ところどころ互いの顔を見合わせ、迷いを見せている。リーデンが言うならきっと間違いない、という空気だ。 これは実際に平伏す者が出てくるかもしれない。 「やめろ、鬱陶しい」 そうなる前にゲズゥは冷淡に釘を刺しておいた。 _______ 放し飼いにされている山羊の群れに紛れてぼんやりしていた。 左手には野鳥の骨付き肉、右手には水で薄めた山羊の乳が入ったゴブレット。胡坐をかいた膝の上にはトカゲと蛇の香ばしい串焼きなどが並べ立てられている。爬虫類を食べ物と考えたことはあまり無かったが、今後その認識を改めてもいいとゲズゥ・スディルは思う。 日頃の生活の中で一番制御されがちな肉料理が、際限なく出される宴という催しは、いいものだ。 移動をしている間は乾燥食糧で食事を済ますのが多いだけに、ありがたみが違う。時間がかかってもいいから、道中もっと狩りをするべきか。 ばりっと鋭い音を立てて、野鳥のカリカリに焼かれた皮膚を噛んで裂く。実に爽快な音と食感だった。 ――聖女さん、風に当たりたいからってそっち行ったんで、よろしくー。 独りで黙々と肉を平らげていた最中、弟から能天気な通信が届いた。 |
50.i.
2015 / 11 / 28 ( Sat ) 「ねえ、きみは……なんで……光って、るの」
ごぼっと血を吐いた後、ジェルーゾが訊いた。ゲズゥの視界の中では、ミスリアは別段光を放ってはいなかった。或いは霊的な世界との距離が短い「混じり物」だからこそ、ジェルーゾには違って見えるのかもしれない。 「それは導くのが役目だから――」 言い終わらずに、ミスリアはしばらく考え込んだ。 ぐっと顔を上げた頃には少女の両手は黄金色の輝きを微かに帯びていた。 「手を繋いでもよろしいですか」 「て? いいよ……」 興味津々にミスリアの手を凝視しながら、胴体だけの少年は片手を伸ばした。残る手は勿論、兄弟の亡骸を抱え込んでいる。 繋いだ手の先が劇的に変化することは無かった。 いくら「奇跡の力」でも重すぎる怪我を治せないように、胴体だけとなった人間を再生させるのは不可能なのだろう。 金色の光の帯はふわふわと少年を包むだけだった。しかし少年は頬を緩める。 「あったかい。ね、ジェルーチ、あったかい…… ね………… 」 それまで形を保っていたのが嘘のように、二人の少年は呆気なくその場に崩れた。 もはや肉塊を含んだ血だまりでしかない。 観衆が息を飲み、声をも出さずにミスリアの次の動きを見守る。そんな中、ゲズゥだけは傍まで近付いた。ぴちゃり、と一歩踏みしめる度に靴の裏から不快な音がする。 「彼の魂はどこに向かうのでしょうね。神々へと続く道に、ちゃんと辿り付けるとは思えません」 掌に残った骨の破片を見つめる瞳は虚ろである。悲しみが押し殺され、諦観が滲み出ている瞳だった。 「気負うな。お前は、できるだけのことはやった」 やや強引に肩を掴んで立たせた。尾を引く後味の悪さは仕方ないが、できることならゲズゥはミスリアをその場の毒に染まらせたくなかった。 「そう――だといいです」 「そうだ」 続けて強引に身体の向きを変えさせる。 断片的な会話が聞こえてきた。ヤン・ナラッサナとその息子だという化け物のいる方からだ。 一度はリーデンの耳が解(と)いた言語。雰囲気でなんとか訳すと、こうなった―― 「――女贔屓? わたくしがお前を跡目に選べなかったのはお前が未熟だったからです。いい加減、目を覚ましなさい」 『夢から……野望から、目を覚ますことほどつまらないものは無い!』 憤怒の咆哮に翻訳は必要なかった。 無用心に踏み込んでいたナラッサナに向けて、化け物の顎が迫る。融解せずに残った人間の部分の、黒ずんだ歯が女の顔に噛み付こうとしている。 幾重もの悲鳴がこだました。 だがその中に、ヤン・ナラッサナの断末魔は交じっていない。 ――ごとり。 ヤン・ナヴィの首が落ちた。 そうなったまでの流れを、ゲズゥの視覚はしっかり捉えていた。オルトが地面の女に刺さっていた剣を抜いて、無駄を省いた動きで振るったのだ。 この男、人が気付かぬ内に立ち回るところは変わっていないらしい。 ふいにゲズゥの手からするりと温もりが抜けた。 ミスリアがよろめきながらも自分の足で歩き出したのである。一直線に、新たに登場した生首に向かって。 『きさま……そんなものをおれに向けるな! やめろおおおおお』 首が、かざされた少女の掌を世にも恐ろしいものであるかのように睨んでいた。 「すみません。止めることは、できません」 聴いたことも無いような冷たい声だった。 『ぐっ……! 世界の正しい流れに祝福などされてたまるか。おれは、おれの生きたいように生きて、死にたいように死ぬ』 「貴方にとっての祝福かはわかりませんけど」 返る声はやはり冷たい。 ――果たしてそれは会話と呼べるような言葉の応酬であろうか。 『……なんだかな。悔しい話だ。この光を浴びると……』 「浴びると?」 『きぶんが……いい…………なつかしい……」 ――びしゃん。 それで終わりだった。ヤン・ナヴィという男の一生はそこで途絶えた。 歪な固体が、穢れの池に還った。 「はじまりはあんなにも騒々しくて。大仰で、大切な時間だったのに……おわりは、こんなものなのですね」 子を失った母が――血だまりに沈む澱のような、重苦しい息を吐いた。 |
うへえ
2015 / 11 / 26 ( Thu ) 引越しの準備であたふたしてます、甲です。
明日は祭日なので仕事がないのです。そわそわします。 さて… ミスリア本編はなんかノらない感じなので、気分転換にまったく意味不明な新連載とか始めちゃいました。でも更新の予定とかは何も立ててないので追わなくていいですw http://novel.comico.jp/challenge/11906/ |
50.h.
2015 / 11 / 23 ( Mon ) 化け物を取り囲む人々の輪だ。ゲズゥはその意味について考え込んだ。 立ち上がり、いつしか眠そうに目を擦っているミスリアに手を差し伸べた。「もう少し起きていられそうか」 「え……何かありましたか?」 「リーデンらが大将を鎮圧できたらしい。お前は、見届けるべきだ」 しばしの間があった。聖女ミスリアは、ゆっくりと何度か瞬いた。 「わかりました。頑張って起きています」 ミスリアが立ち上がった途端、華奢な肩から粉のようなものがひらりと空に舞った。「それは?」とゲズゥは目配りで問う。 「水晶が崩れたんです。内包されていた聖気を一度に使い切ってしまうと、こうなるみたいですね。数百年分の風化もありますし、仕方が無いのでしょう」 そう答えた声は、言っていることとは裏腹にいつもより落ち込んでいた。 「ルフナマーリの沼で見つけた水晶も同じく塵になってしまったみたいです」 「また見つけるしかないな」 「はい……」 そこで二人は話を切り上げる。 ミスリアを抱えて走り出す寸前、なんとなくゲズゥは空を見上げた。月の輝きを背負って佇む山羊が何頭か並んで、崖上からこちらを真っ直ぐに見下ろしている。 よくわからない奴らだ、端的な感想だけに留めて、ゲズゥはその場を後にした。 やがて辿り着いた巣窟の奥深くで奇妙な場に居合わせた。どういう展開なのか――見知らぬ女が剣を胸に生やして、こと切れている。ボロ雑巾みたいな衣類に、相当に汚れた髪や身体。身だしなみをピシッと統一させたカルロンギィの民とは一線を画した風貌である。 ――此処に来る途中で疲弊した女どもを連れて里に戻る人々を目撃したが、まだ救出されていない者が居たのか? しかし女は醜い異形のモノと人だかりとの間に横たわっている。見た目の印象から、異形を人間たちから庇ったのではないかと疑う。 「あ、聖女さん、兄さん。はいはーい、みんな道開けてあげてー」 リーデンの一声で民衆がきれいに二つに分かたれた。 ミスリアを下ろしてから即席で作られた道を大股で進む。 「何があった」 異形に警戒しつつも、訊ねた。答えたのは近くに立っていたオルトだった。 「親による子の断罪を、牢に居た女の一人が邪魔したのさ。女はどうやらあの男の思想への賛同者だったようだ。ヤン・ナラッサナも複雑だろうな。正常な世ならばそいつは孫の母親で、その者を手にかけたのだからな」 オルトの言動に対し、ゲズゥは顔を顰めた。では、研究室にて蠢いていた気色悪い生命体も孫になるのか。あまり気分の良い血縁関係とは思えない。ヤン・ナラッサナという女に多少なりとも同情を抱いた。 ふとミスリアの動向に気を配ってみると、小さな聖女は胴体と首しかない年若い「混じり物」たちの傍でしゃがみ込んでいた。 「後悔……してない。死んでる……みたいに生きた……里より、ヤンのところは、ずっと楽しかった。違う自分に、変身できた。ジェルーチも、同じ、きもち……だった」 胴体は、うわ言のように呟いた。独り言であったが、面前に居る話を聞いてくれそうな相手を意識しているようにも見えた。双子の首を抱き抱えたまま、チラチラとミスリアを気にしている。「なんで……泣いて、るの…………」 「わからないからです」 ミスリアは涙声で静かに答えた。 「貴方がたは間違っている。自分が辛い想いをしたからって、他の人の想いを踏みにじっていい訳にはならない。でも、だったら私は道を踏み外す前の貴方たちに何か言えたのか、何かしてあげられたのかと想像しても……わからないんです……!」 胴体だけの少年は、大人しく静聴している。 「その苦しみを和らげることはきっと私にはできなかった! その方の元で得られたような満足感は、与えてやれなかった! 今ここでも、どうもしてあげられないんです。摂理を外した貴方がたは、生きて、償う時間すら許されないのでしょうか」 「せつり?」 「私のしたことは、余計だったのでしょうか……」 ミスリアは力なく項垂れた。その背後で、ゲズゥはリーデンと顔を見合わせた。 「償う時間すら許されない、か。魔物と違って自我があるだけに厄介だね。向き合い方がわからないもんね」 南の共通語でリーデンが言った。慰めるように、小さな肩に手をのせた。 「なかないで」 意外なことにジェルーゾも慰める言葉を口にした。多分、聖女が何を悲しんでいるのか、その悲痛な叫びの意味をわかっていないのだろう。ただなんとなく、自分の為に涙を流しているのだと感じ取っているだけだ。 |
50.g.
2015 / 11 / 21 ( Sat ) 「あるまじき生の形か。その理論通りなら、研究室ってトコもさっぱり浄化されてそうだね」
兄が見たというおぞましい生命体――と呼んでいいのかは不明だ――が無に帰したのなら、一安心である。 「そうだな。ヤン・ナラッサナが手を回して、生存した女たちを帰路につかせている。後は首謀者と側近を始末すれば、事件は終息する」 背後を気にするように、王子は肩から振り返った。 (この谷に来てまだ一日も経ってないはずなのに、物凄く長い時間が過ぎた気がするよ) やっと一件落着か、とリーデンは内心気を緩めた。それから王子の向いた方向に視線を合わせた。 「おいでなすったね」 全身の肌という肌をよく隠した女が群れから毅然と前へ進み出た。 いかに外見的特徴がほとんど隠れていようと、眼差しの深みは彼女が人の上に立つ者であることを明かしている。 ヤン・ナラッサナの緋色の瞳は、洞窟の中を一通り眺めまわした後、真っ直ぐにナヴィを見据えた。 「やっと会いましたね」 静かにかけられた声には、感情を抑制したような響きがあった。 『おれは別に会わずともよかった』 ヤン・ナヴィはあさっての方向を向いていて、母親を避けているようにも見えた。 「使うか?」 「お借りします。ありがとうございます、お客人。これはわたくしが果たすべき責任ですから」 王子が差し出した剣を、ナラッサナは繊細そうな手で受け取る。 「終わりにしましょう」 断罪を言い渡す一声が、空間にこだました。 その余韻がまだ反響し終わらない内に、人の群れの奥から小さな物音がしたのを、リーデンは確かに聴いた。 _______ 「駆け付けてくれてありがとうございます」 聖気の流れを閉じた後、小さき聖女はいつも通りに礼を言った。それを受けたゲズゥは、思わず両目を細めた。 「もっと急ぐべきだった」 爪が割れ、乾いた血の痕が目立つ細い指を、そっと手に取る。少女は痛がる素振りを見せた。 「だ、大丈夫ですよ、このくらい。処置しなくても治る怪我です。他のみなさんの方がよっぽど大変な目に遭ってますよ」 ミスリアは無理に笑ったようだったが、ぐしゃぐしゃに乱れた栗色の髪が、表情をほとんど覆ってしまっている。 手を伸ばした。顔が見えないのは勿体ないからと、髪をどけて耳にかけてやる。 「あの?」 茶色の双眸に疑問符が浮かんだ。 「これでいい」 満足気に答えると、ミスリアは大きく目を見開いた。 「……貴方は、笑うようになりましたね」 次いで心底嬉しそうに言う。 ――なるほど、自分が笑顔を作ったから彼女は驚き、喜んだのか。以前なら他人の表情に心動かされるなど理解しがたい現象に思えたものだが、今はそれほどでもなかった。 「お前が面白いから」 「わ、私、そんなに可笑しいことばかりしてますか?」 少女は慌てふためいて、恥ずかしそうに身を硬くする。 「そうだな」 一挙一動が、見ていておかしい。だがそれ以上に的確に形容できる言葉をゲズゥは知っていた。 ――かわいい。 そう教えてやろうと口を開いた途端、弟の左眼から映像が共有された。 |
短編の挿絵をいただいたのだよ
2015 / 11 / 20 ( Fri ) http://ncode.syosetu.com/n1702co/
汀雲さまに依頼したCrystal Abyssのイメージイラストが完成したので挿絵として本編に突っこんどきました。 ヒャッハー! ミスリア本編更新は…数時間くださいw |