10の前に、カテゴリについて。
2012 / 03 / 06 ( Tue )
もうひとつだけ、余談をさせてください。
(時間をかけてより書き込んでいるので10をUPし始めるのは明日以降になると思います)
この小説は「ファンタジー」であることは間違いありません。
そして我々の知る地球と切り離された完全な別世界が舞台なので「ハイファンタジー」であり、雰囲気が全体的に暗めなので「ダーク」とつけています。
旅をしている割にはわくわくどきどきな話じゃないので「冒険」カテゴリは無し。
一方で、「恋愛」というカテゴリに登録していいものか何度か迷いました(笑
主人公コンビの男女の関係は確かにこの話において何より重要です。
けどコテコテの恋愛ドラマみたいなノリは未だになく(今後もあるのか怪しい)、ほかと比べて発展するペースは非常に遅いように私は考えてます。
恋愛がメインテーマなのかと問われてもそうとは言えません。
が、純粋なファンタジーワールドを求めていらっしゃるお客様が思わぬ恋愛のニオイに嫌気をさしたら困るので、やっぱり「恋愛」カテゴリに入れておきました。
……段々いいわけくさい記事になってきたわ!
てなわけでお暇します!!
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拍手御礼ログ 01~05
2012 / 03 / 04 ( Sun ) 500HIT超えた…だと…∑(゜д゜)
終いには夢オチですね、わかります……じゃなくて、ありあとーんヾ(。◕∀◕)ノ♫♬ いつも遊びに来てくださって有難うございます(ノД`)・゜・。 今後も頑張って更新しますので見捨てないでください(ぁ 記念に拍手御礼を入れ替えました。 この下にログも置いていきますねー(・∀・) ! |
身体計測
2012 / 03 / 03 ( Sat ) キャラの詳細プロフィールに至っては当分載せるつもりはありません。
でもイメージしやすくなると思うのでこれだけ……かなりまじめに考えて決めました! シューリマの数値はまだ未定です。笑 ミスリア 14yrs h: 4' 6" (142cm) w: 80lbs (36kg) ゲズゥ 19yrs h: 6' 5" (197cm) w: 209lbs (95kg) カイルサィート 20yrs h: 5'8" (174cm) w: 141lbs (64kg) アーヴォス 43yrs h: 5'9" (176cm) w: 154lbs (70kg) こうして書くと主人公二人の対比がよくわかりますでしょうか。 さすがに2メートルの主人公は私が困るのでギリギリですw ゲズゥは細マッチョ体格で、近いのはバスケットボール選手かラインバッカーですかね。 彼の体重が100キロ近いのは体脂肪率が低いからです(筋肉の方が重い) そのくせ脚力があるので身軽そうに動きます。重いのにw しょうもない設定に気合の入る私……^p^ |
ミスリア絵
2012 / 03 / 02 ( Fri ) |
09.e.
2012 / 03 / 02 ( Fri ) 誰の話なのかすぐに思い当たってミスリアはあからさまに嫌そうな顔をした。別段、カイル自身に非があるわけでもないのに一歩後退る。
ゲズゥは思い出そうとしてか一度目線を右上に泳がせ、次にジュースを飲み干した。 「……笑いながら俺を刺した女か」 さも大したことない縁であるかのように彼は無機質にその言葉を連ねた。 「うんまあ、その人で間違いないよ」 カイルは小さく笑ってキッチンカウンターでジュースを二人分、ティンカップに注いだ。掃除をし出した時に着替えた、簡素な水色のシャツの袖を捲り上げる。 「彼女――シューリマ・セェレテ卿は第三王子派の中でも特に過激だよ。あの時は教団を引き合いに出して追い払ったけど、今後も気をつけた方がいいね。買出しは僕だけで行くよ」 「はい……」 ジュースの入ったカップを受け取り、ミスリアはゲズゥの右隣の席に座った。 教団との関係が薄い国であるゆえに、ミョレンの王位争いの概要をミスリアは詳しく聞いていない。中でも、王のいない状態で後継者がどのようにして決まるのかなどどうにも思い至らない。そこに長い間、政を放置していい理由が果たしてあるのか。 国民が現在の体制に不満を抱くのは当然といえる。一方で、今朝の典礼で会ったやたら明るい人々は政府の存在を丸ごと忘れようとしてる風にも見えた。 「忌み地の浄化が済んだら発つでしょ? 引き止めて悪いね」 カイルも椅子を引き、テーブルに向かって座る。 「引き止めただなんて、そんなこと無いです。私にとっても貴重な経験になります」 かぶりを振った。よかった、と笑ってカイルはカップからジュースを一口飲む。 ミスリアが隣のゲズゥを一瞥する。 彼は肘をテーブルにつき、顎を手の甲に乗せて支え、またしてもどこを見てるのかわからない目を、ガラス張りのドアの向こうの中庭へ向けていた。外はもう薄暗い。 「呪いの眼」の一族の村と最も関係が深いゲズゥが、一連の展開をどう思っているのか尚不明である。最初は足取りが重そうだったのに途中から走り出したり、ずっと口が堅いのかと思えばサラッと恐ろしい過去を語ったり、一体どういう気持ちでいるのだろう。本人にすら把握し切れてないのかもしれない。変わり果てた故郷がその目にどう映る? (本当は向き合いたいのかしら) どんな人間にとってもそれは勇気の要る行為だった。嫌な出来事や記憶であればあるほど、苦難だ。特に子供の頃の記憶なんて、古過ぎてそれこそ強い感情と結びついたエピソードしか残らない。 「ところでミスリア、最初の巡礼地の位置は確認した?」 カイルの問いかけにはっとして、ミスリアが右を向く。 「はい、確か山脈を越えた先の町にあるんですよね」 「うん。ミョレンを西に抜けないといけないし、まだ先は長いね」 他国の内情に巻き込まれてうっかり足止め食わないように、とカイルはやんわり忠告してくれた。 ミスリアは頷いて、両手で包んだカップの中をじっと見つめた。黄金色で半透明な液体の表面が揺れる。 わかっている。これは巡礼地までの単なる通過点に過ぎない。 始まったばかりのこの旅の最終目的は聖獣を眠りから蘇らせることだ。決して世直しの旅ではないし、自分なんかにそんな大それた真似が出来るなどと自惚れていない。ミョレン国の民がどういう生活をしていようと、少女一人に手伝えることなど限られている。 少なくとも頭の中ではそういう理屈で片付けていた。 「………………山脈……」 ぼそっとゲズゥが呟いた。他にも何か声を出していたが、聞き取れなかった。 「はい?」 ミスリアが訊き返しても、ゲズゥはテーブルの上の燭台を眺めるだけで返事をしない。 短い沈黙の後、カイルがまたジュースを飲んだ。ミスリアも真似をする。 酸味の強いアップルサイダーと違った爽やかな口当たりと味わいがあって面白い。これは近頃アルシュント大陸各地で流行り出した、加熱殺菌法や濾過の結果だろう。 「ジュース美味しい? 隣町からのお客様の差し入れだって」 「はい、甘くていい香りです。この季節に林檎って珍しいですね。秋が収穫期だったはずでは」 「巨大な地下保管庫があるんだよ。いい感じに冷えるから色んな食べ物が季節遅れで食べられるよ。林檎は果物の中でも冷やしたり乾かしたりすれば特に日持ちがいい」 なるほどそういうやり方があったとは知らなかった、とミスリアは納得した。 ふとカイルが腕時計を見た。 「僕はあの兄妹の様子を見てくる。君たちも夜更かししないようにね」 ゲズゥの肩を一度ぽんと叩いてから、カイルは廊下の方へ歩き出した。と思ったら、ぴたっと止まって振り返った。 「そういえば『現代思想』の最終巻が出たけど、読んだ?」 カイルの話題転換の唐突さにそろそろ慣れてきているとはいえ、これはまた一段とわけがわからない。確か有名なノンフィクションの本のタイトルだったか……。 「いえ、そのシリーズは私には難しすぎて読んでません……」 タイトルからして、そんなコアな本を理解できるほどミスリアは哲学の勉学に励んでいない。 「教会の書斎に全六巻揃ってるから暇を見つけて目を通してみるといいよ。今は叔父上が使ってて書斎に入れないけどね」 手をひらひら振りながら、カイルはダイニングエリアを去った。 理解できないから読んでいないといってるのに何故か彼は強引に勧める。 ミスリアは首を傾げた。今のやり取りは一体何だったのだろう。 |
09.d.
2012 / 02 / 29 ( Wed ) 「会ってみて、イメージと全然違ったのは認めるよ。そこはミスリアの見込んだ通りだね」
どっちみち調査報告書の類から誰かの人間性を読み取ろうなど無理だったのだ。 カイルサィートは立ち上がり、背伸びをした。 「そう思いますか?」 ミスリアは何故か訝しげだ。 「彼が君の身の安全……というより命、を守り抜くだろうことに関しては心配してないよ。ほかに心配事は色々あるけどね」 そのほかの心配事を口にすべきかどうか決めかねて、カイルサィートは隣の椅子に座る少女の反応をうかがった。 ミスリアは椅子の端を両手で軽く掴んで、首をかしげただけだった。思い当たる節が無いようだ。 (教団内で育った女の子ってどうしても異性に対して警戒が足りないな) 本当に誰も指摘してやらなかったのだろうか。その場にいなかったのだからわからない。 ミスリアがようやく上の方にこの案件を持ちかけた頃は自分も仕事で忙しかったし、まともに別れを言う間もなく道が分かたれた。 (教皇猊下が許可を出したからいいのかな……いやでもあの人はちょっとアレだからね……) カイルサィートは一人でうんうん頷きながら腕を組んだ。 「そこら辺、君はどうなの?」 背後に向けて問うた。 返ってきたのは冷淡な声だった。 「幼女に欲情するほど女に不自由した人生を送っていない」 にべもなく彼は言う。 ほんの数分前に、ゲズゥ・スディルが音一つ立てずに近づいてきたことにカイルサィートはどことなく気づいていた。たまたま彼が目にも留まらないような小枝を踏んだからであるが、ミスリアにはそれが聴こえなかったらしい。背もたれに寄りかかって、彼女は振り返った。 「あれ、お帰りなさい……って、十四歳は幼女じゃありません!」 最初は驚いて挨拶しだしたのが、言われたことを思い出して怒りを覚えた、といったところだろうか。彼女にしては珍しくぷりぷりした。 「欲情してくれなくて結構です。そういうのは恋人相手にするものでしょう」 言葉の意味を真に理解しているのか怪しいな、とカイルサィートは思った。 ゲズゥは首をならすだけでそれ以上何も言わない。 彼は袖なしの黒いシャツと膝上までのズボンに、裸足という身軽そうな格好をしている。濃い色の肌を、汗が幾筋も伝う。 「それはそうとどこ行ってたの?」 「……走ってた」 ゲズゥは裾を使って顔を雑に拭いている。 ――なるほど、活発で何よりなこと。汗の量や服の汚れや足の細かい生傷から見て、一体何時間走っていたのやら。羨ましい体力だ。 対するカイルサィートは剣の稽古をあまり定期的にこなさず、筋力も鍛えていない。純粋に感心した。たとえ実際は運動していたのではなく、どこかの様子見や情報収集やその他の可能性が真実であっても。 夜の訪れも近いので庭の片付けを始める。ミスリアがテーブルの上から食器や容器を中へと運ぶ。ゲズゥと二人残されたカイルサィートは、テーブルの一端に立った。持ち上げるのを手伝うように頼むと、無言でゲズゥは応じた。 二人の間に頭一個分に近い身長差がある。それを持ち上げる高さを調整して巧くカバーした。庭から出て玄関を回り、テーブルを教会の中の物置へ収めた。 「さてと。今晩は子供たちを泊めるし、ゆっくり休息しよう。明日は買出しに隣町に出向くと思う。また忌み地へ入るなら明日以降だね」 掃除も終わり、食器も洗い終わった頃にカイルサィートは言った。隣でミスリアは皿を拭い、テーブルに向かってゲズゥは風呂上がりに林檎ジュースを飲んでいる。 「君たちは……どうしようかなぁ」 「と言いますと?」 最後の一皿を拭き終わって、ミスリアがそれをカイルサィートに手渡す。 「湖の町に関わらない方がいいって言ったの、理由はいくつかあるんだけど」 カイルサィートは渡された皿を頭上のキャビネットの中にしまった。 「たとえば国境で会った女騎士さん。あそこも彼女の管轄内でね、また会ったらややこしいことになりそうだな……」 女騎士の下品な笑い声を思い出して、やれやれ、とカイルサィートは大げさにため息をついた。 |
09.c.
2012 / 02 / 28 ( Tue ) その時、二人の子供が不安げに歩み寄ってきた。揃って薄茶色のくるくる巻き毛をした兄妹だ。
「あの、聖人さま」 十歳ぐらいの兄がおそるおそる声をかける。その背に、やや火照った様子の妹が隠れる。 「どうしたの?」 カイルは子供たちに柔らかく笑いかけた。 一人喋りだした兄によると、妹がこの頃風邪っぽくて困っているという話だった。親は畑仕事で忙しく、医者を呼ぶお金も無いとか。ここの教会に来ればどんな病気も無料で治せる聖人に会えるという噂を聞きつけて、典礼の日に合わせて離れた村から訪ねてきたらしい。 「遠路はるばる頑張ったね。いいよ。ちょっと、じっとしててね」 すぐにカイルは聖気を展開した。妹の額にそっと手をかざし、暖かい金色の光の帯で包む。妹はやがてまどろみ、目を閉じた。五、六歳ぐらいの女の子の小さな体をカイルは腕で支えた。 「もう大丈夫。中で少し寝かせようか」 「あ、ありがとう! ありがとう、聖人さま!」 妹を腕に抱えたカイルの後を追って、兄の方は小走りになる。 微笑みながらミスリアは三人を見送った。 「すみません、聖女さま」 いつの間にか横に来ていた、猫背で細目の中年女性が申し訳なさそうに言う。まっすぐな金と銀の入り混じった髪を後頭部の上のほうにだんごにまとめている。 「こんにちは。何でしょう?」 「実は膝の調子が悪くて……みてはもらえませんか」 ミスリアは快くその頼みに応じた。 女性の膝を治したら、またいつの間にか治してほしい怪我があるという誰かが現れた。その後もまた誰かが治してほしい箇所があると申し出て、あっという間に列が出来上がっていた。 戻ってきたカイルも参戦して、気がつけば二人は日が傾くまで治癒を施し続けた。 最後の一人が帰ったところで、二人はパティオの椅子に深く腰を掛けた。テーブルの上のお菓子や飲み物はほとんどなくなっている。神父アーヴォスは教会の中に入って、中庭は今や無人だ。 「いつもこんなことをするんですか……?」 すっかり疲弊しきってミスリアが訊く。 「そんないつもってわけじゃないけど、割とね、ふとした流れでこうなることもあるよ」 カイルが木版を使って汗ばんだ顔をパタパタと扇いでいる。確かに今日は外が晴れて暖かかったので、長袖の白装束を身に纏っていた彼には暑いだろう。ミスリアだって長袖なので暑い。 「昨日の今日で疲れてるよね、ごめん」 「カイルが謝ることじゃありませんよ。楽しかったです」 頬にくっついた髪と白ヴェールを手でどけて、ミスリアは笑ってみせた。 「それはよかった」 なんとなく二人は黙って空を見上げた。 薄紫と茜の織り成す見事な色合いに、感嘆するほかない。明るいのに空には影がかかっているように見えて、不可思議な光景だった。 「…………最近考えたのだけど」 カイルは視線を空に向けたまま、静かに発話した。 「はい?」 「戸籍や出生証明書という制度はまだこの大陸では主流じゃないんだよね」 「そうですね」 あまりに突然の話題に、ミスリアは驚かない振りをして相槌を打った。視線は同じく空に注がれたままである。 「僕らの生きる社会では、よほど名の知れた人物が被害者でなければ政府が『殺人』として罪を咎めることもないね」 「そう、ですね……?」 話についていける自信をなくして、ミスリアの語尾がひね上がる。 「『天下の大罪人』はね」 しばらく誰も使わなかったその単語にミスリアは絶句した。 「確認されてるだけで犯した殺人は二十五件、証拠不十分とされているのが十八件。知られていないだけで他にもあるだろうね。小国ひとつ滅ぼしたって噂もあるし」 「それはただの噂でしょう!」 知らずミスリアは声を上げていた。近くでたむろしていた雀たちが驚いて飛び去る。 「うん。でも、これは考慮すべきことだと思う……」 カイルのほっそりした輪郭が陽を浴びてほんのり赤い。琥珀色の真剣な瞳が鮮やかだ。 「名の知れた人物とは簡単に言えば誰が浮かぶ?」 「え……重要な役割の人間や、上流階級とかですか」 平民以下と違って、貴族の出である人間は赤子が一人欠けても大事になる。 「そう。さて、彼が暴挙の限りを尽くした相手は果たしてお貴族様や将軍ばかりだろうか。平民や庶民、または奴隷階級になら悪事を働いたか、否か? 特定な人物にのみ非道であったのか? 現時点では情報が足りないからどうとも言えない。でも、それらの事実が何であるかによって彼の人格はまったく別の解釈を要すると思わない?」 そこでカイルはにっこり笑った。 (まったく別の解釈って何だろう?) ミスリアは頭を抱えて考えたが、難しくてわからなかった。 聖人・聖女としての実力とは無関係に、自分よりカイルの方が頭がいいとは常々実感していたことである。いや、自分の方が至らないだけなのだろうが。 考えようとしても、頭が益々こんがらがるだけだった。 |
09.b.
2012 / 02 / 26 ( Sun ) 演壇の前に神父アーヴォスが立ったので、聖堂は静まりつつある。
神父は暖かい笑顔で両手を広げ、挨拶の言葉を並べた。それが済むと演台の上で本を開き、創世記の一節の解釈を朗読し出した。 「神々が訪れる以前の大陸は岩だけのただの荒野でした。『固体』や『液体』や『気体』という性質こそ存在したものの、物質がそれらの間を自然に行き来することはなかったのです。 太陽、月、星の動きなどが大陸に影響をもたらすこともありませんでした。 『時間』や『進化』といったいわば直線的な変化も存在しなかったのです。時はただ延々と輪の上を走り続けるのみでした。 ある時どこからかまったく新しい存在――神々が、大陸を訪れました。数は判然としません。彼らはそれぞれ別個の存在だったかもしれませんし、皆どこかしら繋がって連なっていたかもしれません。神々は普遍的な大陸にて精神体しか持たなかったのですが、それでも世界の有り様に作用する強大な霊力を有していました。 彼らは大陸に『水』そして『空気』を賜り、『はじまり』と『おわり』という概念をも具現化しました。 すぐさま大陸は変わりました。 いつしか命が芽吹き、進化という道のりをたどり始めました。微細なる生物から始まり、植物や動物へと分岐しました。 そうして人間なる種が世に現れてまもなく、神々は地上を去ることを決めたのです。彼らは過程を見納めたことに満足したのかもしれません。次なる大陸を潤しに向かったのかもしれません。 何であれ神々は次々と天へ昇り、我々人間には想像もつかないような別の世界へと旅立ったのでしょう。 しかし神々は地上を見捨てられたのではありません。 天には、神々へと続く『道』が残っています。それは生きた者の肉眼に捉えられないような道です。更には肉体の死を経て人間もまたその道を目指せるように、神々は地上に聖獣を遺されました。 世界の清浄化をして下さるだけでなく、ちっぽけな私たち人間の魂を神々の元へと導いてくださるのもまた、大いなる聖獣なのです」 神父アーヴォスは演台の上でそっと本を閉じた。 典礼の始め方において、司祭がどんな話をするのかはそれぞれの自由であった。今日は聖獣が創世記に登場する辺りまでらしい。 「偉大なるその存在を今ここで讃えましょう――」 讃美歌の合唱が始まった。毎週ボランティアで何人か、ローテーションでそれをリードするのである。黒い服を着た五人が一列に並び、一章目を歌う。 皆がベンチの背の物入れから、小さな薄い本を出してそれを開く。ミスリアもカイルも、讃美歌集を開かなくても暗唱できるので動かない。 ハープの音だけを伴奏に、声が重なる。 天井の絵画から、かの聖獣が見守っているような錯覚を覚えた。 聖堂の中に居る百五十人近くの人間が、讃美歌を通して一体になる。 ミスリアは目を閉じて、その感覚に身をゆだねた。 _______ 典礼も終わって、人々が中庭でくつろいでいる。 パティオには飲み物やお菓子が用意されたテーブルがある。そのテーブルを囲って人々が立ち話をしている。 ミスリアとカイルは群れから外れた木陰で、談笑していた。 「そういえば護衛の彼は? 朝から見ないけど」 林檎ジュースの入ったティンカップを口元から離して、カイルが訊ねる。 「……どこかの樹の上じゃないでしょうか」 知り合って数日、彼が昼寝と木が好きということだけはわかった。 加えて護衛としてあまりミスリアから離れないという点を守る気もあるらしく、罪人という身分でひとり無一文でうろついたりしないぐらいの常識も持ち合わせているのは間違いない。 ふーん、とカイルは一口ジュースを飲んだ。そういえばさ、と話題を変える。 「昨夜は驚いたよ。今までもあんな感じで密着してきたの?」 カイルは何かを抱え上げる動作をパントマイムした。その意味を理解して、ミスリアが青ざめる。 「み、密着……!? あれは私の足が遅いからああしたほうが効率がよくて……確かに、何度か運んでもらってますが、そんなわけじゃ――」 「そうなの? 何度か抱き上げてもらってるんだ?」 カイルがくすくす笑った。 「からかわないでください……」 体格差を思えばどちらかというと大人が子供を腕に抱くようなものだった。それでも実際は青年と少女なのでまったく無害な行為ということにもならない。 (考えないようにしてたのに……) ミスリアは苦笑した。 |
09.a.
2012 / 02 / 24 ( Fri ) 聖堂を挟む両側の大きな窓から差し込む朝日に負けず劣らず、集う人々の雰囲気は明るい。一、二週間ぶりの再会を喜んで人々は言葉や握手や抱擁を交わす。一度席に落ち着いた者も、知り合いの姿を見かければ大声出してまた立ち上がる。
どこの教会も紫期日なら、このくらい賑わうのが当然だ。 皆、こぎれいに髪型や服装を整えている。女性ならパステルカラーの生地にフリルのついたドレス等が華やかで、男性なら金色ボタンの並ぶ高い襟のシャツが目に付く。とはいえ行き過ぎた煌びやかさはなく、謙虚な格好をした者ばかりである。 ミョレン国に階級があるなら、今この場にいる誰もが庶民に違いない。多少無作法にも見えるが、堅苦しい礼節よりただ体温の交換を目的とした挨拶には好感が持てた。 聞いた話では、大半以上の参拝者は湖を囲った隣町から来ているらしい。ほかは、近隣の集落や小さい村からわざわざ典礼のために通う人間がほとんどだ。彼らは自分たちの教会が無かったり、司祭以上の位を持った人間が町からいなくなったりしたのが理由でここまで来ることになる。思えばヴィールヴ=ハイス教団は万年人手不足であった。 決して豊かとはいえない暮らしの中で、彼らにとって典礼は精一杯働いた一週間を労わる特別な潤いだ。同時に、これからの一週間を迎えるための元気付けでもあった。 たとえ国政があやしかろうが疫病が流行ろうが、神の愛と慈悲を信じる民ならば健気に通い続けるものだ。いや、むしろ不穏な世の中だからこそ祈祷したいのだろう。 まだ始まるまでいくらか時間がある。 正装した可愛い子供の兄弟が通路を走りぬけ、間もなくして最前列に座した母親に叱責を受ける。 入り口付近に立つ聖女ミスリア・ノイラートは、その様子に自然と頬を緩ませた。たくさんの人のざわめきを意識からやんわりと除去しながら、もう一度聖堂を見渡す。 身廊の右側。前から五列目の真ん中辺りに、その姿を見つけた。祭壇に近づきすぎず、さりとて離れすぎず。その列には、通路側に若そうな夫婦が一組座っているが、他には亜麻色の後ろ頭の青年一人しかいない。 どうしてか、そこだけ空気が違うように思えた。 青年は紙の束の上に、白い羽根ペンを滑らせている。右手ではなく左手を使って左から右へと字を連ねるのは苦労しそうなものだが、青年は難なく書いてみせていた。 「聖女さま、おはようございます!」 中年男性にすれ違いざまに礼をされた。男性式の、片腕を腰近くで折って前にお辞儀をする形である。 「おはようございます」 ミスリアは笑顔を浮かべて礼を返した。女性式の、両手でスカートを広げる形だ。 既に本日八度目である。聖女の純白の衣装は人の注意を引きやすく、また、こんな地域に聖女が姿を見せるのも滅多に無いのか、珍しがって話しかけてくる人は多い。その都度なんとか深く訊き込まれないようにのらりくらりとかわしている。 人と人の間を抜けて、ミスリアは五列目まで歩み寄った。 「カイル」 自分と似通った白装束を着た彼に声をかけた。 「ああ、おはよう、ミスリア」 まるでそれが定まったひとつの流れだったみたいに、聖人カイルサィート・デューセは右手でサッと紙束を半分に折って祈祷書の中に挟み、左手で羽根ペンをインクボトルにさしてボトルごと床に置いて仕舞い、そして頭を振り向けた。 「隣座る?」 いつもの笑顔だった。優しげな目元や琥珀色の澄んだ瞳からは、何かを隠そうとしている心の翳りが表れていない。 気にはなるけど、ミスリアは友人に追究しないことを選んだ。誘われたままに彼の隣に腰をかける。 「そういうところ変わりませんね」 少し笑い、首を横に傾げた。 「ん? どういうところ?」 カイルが話しながら口元を吊り上げる。 う~ん、と口に手を当てて考え込んでからミスリアが答える。 「ほどよく人と距離を取っているところでしょうか」 彼が選んだ座席について言っていた。それから、知り合いも多いだろうに誰とも会話せず、誰をも近寄らせなかった点か。 書く作業を進めるためにたまたま今日はそうだったのかもしれない。しかしミスリアの記憶の中のカイルも、いつも程よい席を取っていたのだった。 「ああ、そういうことね」 すぐに思い当たって、カイルがゆっくり頷く。 「ミスリアも昔からそんな感じだったよ? 他人と一線画したみたいな接し方」 「う……」 言い当てられて、ミスリアは口ごもった。 「まあだからこそ、僕らは友達になれたんだっけね」 やはりカイルは爽やかに笑うのであった。釣られてミスリアも笑う。 |
しゅじんこう は ぶき を てにいれた !
2012 / 02 / 22 ( Wed ) こんにちは *^ヮ^)♪
ようやく出せたぜゲズゥのメイン装備……。08までかかるとは… 大体の構想を決めてあるとはいえディテールは結構書きながら埋める適当な私ですが、ゲズゥの武器はかなり初期設定から変わらずこんなんです。数年前に最初にこの物語のコンセプトが沸いた頃から、「ミスリア」のゲズゥといえばでっかいギザギザの曲がった剣を振り回す男です。 ただ、最初から持ってたという設定を考え直したのは、牢屋に入れられる時にどう考えても押収されて取り返せないだろうなと考えてのことです。それで迷った末に今回のエピソードを入れました。何故あんなところにあったのかは大した謎じゃないんですけど(笑)これから明かされます。エス○リバーじゃないよー 魔物のデザインだけは毎回恐ろしく適当に決めてますすみません! では09で会いましょう! |
08.h.
2012 / 02 / 21 ( Tue ) 見晴らしのいい場所を去ってから、再び魍魎が襲ってきた。足の遅いミスリアを気遣って、カイルが合わせてくれる。
自分の剣を手放したカイルはゲズゥから長剣を譲ってもらっている。そのゲズゥはというと、ミスリアの聖気がいくらか残る大きな剣らしきものを振るっている。先頭を走って文字通り道を切り開いていた。 カイルの導くままほころびへ進んだ。近づくと、自動的に出口が広がる。 三人は入った時と逆の順番にそれを走り抜けた。 _______ 「ご無事でしたか!」 向こう側に転がり出て、ゲズゥは最初にその声を聴いた。松明の明かりが有難い。 「助かったよ叔父上」 司祭が外から出口を広げたらしい。続けざまに呪文を唱え、魔物が逃げ出さないようにほころびを縮小している。 「大丈夫ですか?」 聖人の手を借りて聖女が立ち上がった。よく見れば二人とも白装束が汚れて所々破れ、至る所にかすり傷などを負っている。 質問には直接答えないで、ゲズゥは憮然として呟いた。 「あの女……俺の左眼を見て『仲間』とはっきり言った」 途切れ途切れのシャスヴォル語から、その単語だけ拾えた。それが何を示唆するか、彼には当然わかっていた。人に似て非なるかの存在と自分には、縁(ゆかり)がある……。 ふいに頬や首周りのやけどが痛いようなかゆいような気がして、爪でそれを掻いた。 「あ、引っかいちゃだめです!」 駆け寄り、聖女が手を伸ばして聖気を展開した。合わせてゲズゥが身をかがめる。 「仲間、ね……。心の声から、僕に読み取れたのは『ニオイ』ってひとことだけだったんだけど。ミスリアはどう?」 考え込むようにして、聖人が顎に手を当てた。 「私には……」 やけどの治癒を終えて聖女は聖人を向き直り、こめかみを押さえる。 「確か彼女はこう言いました――」 『懐かしいにおいがするお前は誰じゃ?』 聖女の言葉の意味を反芻する。 「つまり……核たる魔物がスディル氏を憶えていると?」 作業を終えた司祭も会話の輪に加わった。 「あんな女なぞ知らん」 ゲズゥは短く吐き捨てた。 「そりゃあ生前と同じ姿で魔物になる方が稀だよ。人間を喰らう内にまた姿かたちが変わるし、喰らう人間がなくなると、他の魔物を取り込んだりするからね。『彼女』は僕が前に遭遇した時とまた姿が変わっていたよ」 聖人は豊かな手の動きを織り交ぜて説明した。 以前遭遇したことがあるのに攻撃手段や弱点を知らなかったのはそういう理由があるからだとか。 「私には生前の姿まではわかりませんでした」 聖女が申し訳なさそうに言う。 「もう一度行って魂を繋いでみれば視えるよきっと。とりあえずはあの糸と酸に警戒しなきゃならないってわかっただけでも収穫だよ」 「魂を繋ぐ歌ですか……魔物は一体だけでしたか? 他に何か――」 段々話についていけなくなって、ゲズゥは聖職者らの会話に興味が失せた。背を向け、手元の大剣に目を向けた。なおも汚れて刀身などは見えないが、大体の形はわかる。 柳の幹の背後にこの柄を見てもしやと思った。たとえ何年経ってもゲズゥがこれを見違えるはずがない。 「それ、何だったんですか?」 聖女がそっと歩み寄って、大剣をじっと見つめている。 「……父親の形見」 特に隠す理由もみつからないので、サラッと言った。 「え!?」 一同が一緒になって驚く。ゲズゥはただ頷いた。 平均的な成人男性とほぼ同等な身長の大剣は、地面に垂直に立たすとゲズゥにとっての肩ぐらいの高さに並ぶ。全体の軸は直線ではなく曲線にあり、刃が緩やかに湾曲した刀である。柄から先へと幅が徐々に太くなると思えば、先っぽは締まってとがる。先だけは鉤(かぎ)にも似ていた。柄近くの刃と反対側の刀背部分は峰みたいな鋸歯(きょし)状になっている。 父親の思い出には、いつもこの剣があった。父は常にこれを背負い、これを使って闘った。仲間内の稽古でも、外敵を斬り捨てる時でも。 本来ならば成人した際に譲り受ける約束を交わしていた。結局は村が滅びた事情によりそれはかなわなくなり、剣自体どうなったのか不明に終わった。 まさかこうして手に取る日が来るとは予想だにしなかった。 それに関しても、疑問は多くある。が、もう遅い時刻だ。 さっさと帰路につこうと歩き出したら、他の三人も倣った。 |
08.g.
2012 / 02 / 19 ( Sun ) 下手に動ける場面ではなかった。もっともミスリアは目の前の魔物に底知れない恐怖を抱いてか、全身が硬直している。
魔物の白髪からのぞく象牙の素肌に、苦しげな人面が浮かんでは埋もれた。 ゲズゥは身じろぎ一つしない。おそらくそれが正解だろう。 (急な動きは危険だし、反撃の機会をじっと待っているのよねきっと) 魔物はぎょろりと目を見開き、更にゲズゥに顔を近づけた。それこそ鼻と鼻がぶつかり合う距離に。再びふくよかな唇を動かしたが、今度は声を発した。 「マ……ナツ……イ、ニ イ……オ……タ レ シ ヤ……」 言葉を紡ごうとしているのは明らかだった。 「シャスヴォルの国語かな……『呪いの眼』の一族は自分の言語を持たなかったはず」 カイルが小声で言う。 ミスリアもカイルもシャスヴォルの言語には詳しくない。こういう場合は、魔物の内なる心の声を探れば実際に発音している言葉と合わせて解することが可能だ。感情に基づいた内なる思考は言葉という殻を持たず、直接触れさえすれば大方読み取れるからである。 魔物は続けて声を発したが、やはり途切れ途切れだった。ゲズゥはただ瞬いた。 返答が無いことにしびれを切らしたのか、魔物が身を引き、怒ったように叫ぶ。もっときつく糸を締めた。反射的にゲズゥが左手をあげてそれを掴んだが、首が更に絞まるのを止められない。 (どうすればいいの――) 焦りが募る。 「ミスリア、落ち着いて。僕に考えがある」 カイルが声を低くして耳打ちしてきた。 「え……」 ミスリアは少しだけ顔を横に動かしてカイルの方へ耳を寄せた。目線の先はゲズゥと魔物を捉えたままだ。 「彼が右手に持っているものに、聖気をまとわせるんだ」 指を指す代わりにカイルは顎を少しだけ動かした。確かにゲズゥの右手は突出した長い物を掴んだままだった。心なしかそれは、先ほどよりも土から突き出ている気がする。 「でも」 それが何なのかミスリアにはまだわからない以前に、聖気を無生物に付着させるのは容易ではなかった。対象物と自分の縁が深ければ深いほどやりやすく、そして静止状態の対象物に直接触れていなければならないことなどと、成功させるには条件がある。 「大丈夫、君なら……ううん、君だからこそできるよ」 カイルは励ますようにミスリアの背中を軽く叩いた。 首を絞めるのに飽きたのか、魔物は蛇のような形の舌を出した。酸がべっとりとついたその舌で、ゲズゥの鎖骨辺りを舐め始める。またあの嫌な音がして、全身に鳥肌が立つ。 ミスリアは疑問を捨てた。カイルを信じよう。 ペンダントを握りつつ両手を組み合わせ、地面に膝をついて眼を瞑り、祈る姿勢を取る。謳うように言葉を紡いだ。 正体のわからないあの長い棒にも似た物に意識を集中させる。 数秒後に両目を開いたら、棒は見事な金色の帯に包まれていた。ミスリアは地面に両手を着いた。なんとかできたけど、やはりこれは疲れる。 魔物はいつしか動きを止め、呆然とこちらを見ている。左手に剣を携えてカイルがミスリアを庇うように立ちふさがった。 二人めがけて糸が伸びる。それを一本漏らさずカイルが巧く剣にのみ巻きつかせた。 その隙を待っていたゲズゥが、右腕に力を込めた。瞬間、引き締まった腕の筋肉にいくつかの筋が浮かび上がる。彼は一気に土の中から長い物を引きずり出し、頭上にて両手で構えた。聖気をまとったそれを魔物めがけて振り下ろす。 咄嗟に白髪をクッションに使って、女は斬撃を逃れた。同時にゲズゥを拘束していた糸が切れる。白い糸と髪が舞う。一部は銀色の素粒子となって浮上している。魔物は木の枝の上へ引き返し、その様をうっとりと見つめている。 土まみれの棒を持ったまま、あっという間にゲズゥはミスリアたちのところまで移動した。時々咳をしている。 「こっち。入った箇所よりも近いほころびがあるよ」 三人は走り出した。白髪の魔物が追ってくる様子は無い。 |
08.f.
2012 / 02 / 18 ( Sat ) 「あの日死んだ人間の内、大半が同じようにこの下に埋められた。俺が、この手で埋めた」
ミスリアを下ろしながら彼は淡々と語った。 どちらかというと感情がこもらないのではなく、抑制して話している印象を受けた。柳を見据えるゲズゥの横顔はかすかに哀愁を帯びていた。 「そんな……」 ミスリアは喉の奥から声を絞り出した。自分に起きたことでもないのに胸が締め付けられるように痛い。濃い瘴気にも当てられて、気分が悪い。 「ほんの子供だったろうに」 カイルが労わるようにそっと言った。柳の前に三人、横一列に並ぶ。 しばしの間があった。 「今から十二年前――七歳か。ほぼ一日かけて掘っては埋めた。ただ、そうするべきだと一旦思い立ったからには」 ひたすら、機械のように作業を続けたのだという。 その光景を想像して、ミスリアは寒気がした。七歳の子供が茫然自失から醒めて、死の蔓延する場所で、せっせと動いている。日が暮れても、手を止めずに親類縁者を埋葬し続けて。血の臭いも死の臭いも気にならないほどに感覚が麻痺して……。 思わず涙がこぼれた。かける言葉なんて見つかるはずも無い。 何があったのか訊けなかった。彼が失ったのは言葉に出して取り戻せるものではないからこそ、余計に。 この樹ならば、総てを見知っているのだろうか。ミスリアは枯れた枝を揺らす巨木を眺めた。何の思念も気配も感じ取れない。この樹は完全に事切れていて、魔物化すらしなかったのかもしれない。 ――いつの間にか風が止んでいる。怖ろしい静寂に、自身の呼吸の音に、無駄に緊張する。なんとなしに傍らのゲズゥの顔を見上げた。 虚ろな表情を浮かべていた彼が、途端に力いっぱい目を凝らした。 (何か見つけたのかしら?) 訊きたいけど、声を出していいか迷う。カイルも神妙な顔で無言なままだ。 試しにミスリアも柳の樹を嘗め回すようにじっくりと注視したが、暗がりで樹のシルエットしか見えない。 ゲズゥが早足で樹の傍へ近づく。 ミスリアは止めようと手を伸ばしかけた。その手を、カイルが手首に触れて止めた。頭を横に振っている。仕方なく、樹の下まで歩み寄って見守るだけにした。 幹の横を回り、ゲズゥは片膝を地面についた。土の中から突き出ている長い何かを右手で掴んだようだ。引っ張っても出てこないので、彼は両手でそれを持ち直した。 ポタッ。 頭上からほんの小さな水音がして、ミスリアは顔を上げた。次の瞬間、視界にたくさんの白い線が満ちた。 後ろから腕を引っ張られ、直撃を免れた。糸に似た白がいくつか空を切り、残ったほとんどの糸がゲズゥの首に巻きつく。 糸を繰る者がゆっくりと樹の上から姿を現した。 今の今まで、まったく気配を感じさせなかったソレは、人間の基準でいえば二十五歳かそこらの美しい娘だった。はっきりとはわからないが脚を木の枝に巻きつけてるのか、逆さに身を伸ばしている。ぬうっと顔を上げて、笑った。 大きな瞳は快楽に彩られていた。その長い白髪ではなく指の爪の下から伸びた糸でゲズゥの首を絞めている。 糸を引いて、魔物は捕った獲物にぐいっと顔を近づけた。爪先でゲズゥの鼻を撫でる。いつも通りの無表情な青年の顔が魔物のひときわ明るくて青白い光に照らされ、よく見える。 娘は赤い唇を艶やかに開き、唾液をわずかに垂らした。その一滴が、ゲズゥの頬に落ちる。 何かが溶けて蒸発したような音が聴こえた。 「――――――っ」 ゲズゥの頬に焼けどにも似た赤い痕があった。流石の彼も苦痛に表情を歪めている。 魔物の口から垂れたのが酸だと察して、ミスリアは思わずカイルの袖を握った。 |
08.e.
2012 / 02 / 17 ( Fri ) 「声が聴こえませんでしたから」
ゲズゥの指摘に、聖女は手を引いて静かに答えた。 「植物をもとにした魔物だったんじゃないかな。まんま命が尽きた切り株とか?」 剣にまとわせていた聖気を消して聖人が相槌を打った。戦闘で疲労した様子はなく、相変わらず笑っている。 「多くの魔物は死んだ人間の魂をもとにしていますが、そうでない場合もあります」 くるりと聖女がゲズゥの方を向き直った。これは、昨夜の話と繋がっている。 「特に瘴気の濃い場所だと動物や植物の命の残滓からも魔物化することはあるね。世間一般では魑魅魍魎(ちみもうりょう)とも呼ばれてる。そうでなければ人間の魂に絡めとられて魔物の一部になるかもしれないけど」 袖の汚れを払いながら、聖人が補足した。 「人間だった魔物でないと、対話はできません」 なるほど、そういうことだったのか。二人の説明に納得した。 その時、動物の鳴き声に似た音を立てながら強い風が吹き抜けた。軋みのような騒音がどこからともなく聴こえる。 一箇所に長く留まっていれば魍魎の類に次々と襲われるのではないかと予感がした。ゲズゥは次の動きの判断を求めて聖人に視線を向けた。 小さく頷き、聖人は聖女に問う。 「ミスリアは忌み地に来たことは?」 「初めてです」 「そう。普通は、瘴気のより濃い方へ進めば核となった魔物へたどり着けるんだけど……ここは全体的に周りが濃すぎてどこが源となると特定は難しいね」 聖人は考え事をするように眉をしかめている。 瘴気はいわばマイナスエネルギーの別名である。自然災害のあった場所から噴出したり、或いは生き物が発する負の感情だったり、それが生じる理由はさまざまだと大陸では言い伝えられている。 ――死者の魂が密集する所なら? 魂の密集する所、即ち死者のかつての肉体の安置場所。 「心当たりがある」 ゲズゥは踵を返した。「ついて来い」までは言わなかったが、すぐに理解したようで、二人の足音が背後に続いた。 「うーん、ここは走った方がいいかな」 聖人の困ったような声は、半ば魍魎のざわめきにかき消された。 視界の端々に蠢く木々。 ゲズゥは素早く振り返り、聖女を左腕だけで抱き上げ、走り出した。聖女は一度小さく悲鳴を上げたが大人しくゲズゥの首につかまった。 聖人が苦笑して同じように走り出す。何かコメントしているとしてもゲズゥには聴こえない。 記憶の中の場所めがけて、一直線に走った。時々襲ってくる魔物たちを剣を用いて追い払う。 視界は段々と暗くなりつつある。それでもゲズゥは迷わず走った。 「どちらへ行かれるんですか?」 「墓場」 聖女が息を呑んだ。間もなくして、ゲズゥは立ち止まった。魔物たちはもうついて来ていない。 柳の樹が、見晴らしのいい場所に一本だけ。 何十年もそこでひっそりと育っていたかのように、高く高くそびえる樹だった。その樹に遠慮するみたいに草が根元を幅広く避けて、生えていない。一層濃い瘴気が漂っているのは気のせいではないだろう。 「昔から、人が死ねばこの下に埋めていた」 子供の頃、隙あらば木登りばかりしていたゲズゥが、唯一登ることを決して許されなかった巨木。中心から外側へと渦を描くように、村人が埋葬され続けた。 村が滅びてから、運命をともにするかのようにみるみる枯れていった美しい柳は、今や殺風景な黒い抜け殻でしかない。 |
08.d.
2012 / 02 / 15 ( Wed ) 聖人が先を歩き、聖女が一歩遅れて続いた。そこから更に遅れてゲズゥが歩く。
何年も換気されていない地下倉庫を彷彿とさせる、淀んだ空気に迎え入れられた。視界は封印の外と同じで曇った宵闇に包まれているが、どこか違和感があった。まるで、目に映るものを疑ってかからなければならないような曖昧な感覚。何故そう思うのかは定かではない。 周囲には褪せた草と、地面に歪に根を這わせる木々がある。水分が足りるのに陽光が行き届かない時の草の色だ。樹の枝は夏だというのにどれも葉も花もつけていない。 所々、村の跡地らしく建物の残骸がちりばめられている。数こそ少なく、ほとんどは元の姿が想像つかないようなただの木材の破片だ。 十二年前に去った故郷に郷愁はあまり抱かなかった。それより遥かに大きな感情があるからだ。 心臓を握りつぶされたような、内臓を引きずり出されたような……或いは生気を残らず吸い取られたような、衝撃。あれを思い出しそうになると思考が瞬時に何もかもを排除してしまうのは、多分生きるために必要な、脳の自動的な対応なのだろうと、大分後になって気付いた。理不尽な世の中と一般の人間に何一つ期待を持たなくなったのもあの時からだ。 その記憶が今、無理にでも呼び覚まされる。 たとえば知っていた人間の亡霊がわかりやすく魔物として現れたら、自分に斬れるだろうか。 パキッ。 急な音に瞬いて、足元を見た。不注意で、地面の小枝を踏んだのである。 聖女が振り返った。一瞬だけ、怯えと申し訳なさの入り混じった表情を見せて―― まるで呼応するように、足元から新しい音がした。めきめきと、何かの根が地面から引っこ抜かれるような低い音。 ゲズゥは考える前に跳んだ。案の定、巨大切り株の根っこが何本か触手のように勢いよく伸びる。絡み取られる前に剣を振るった。斬られて、根が怯む。その隙に距離をとった。 「……死は本当はとても身近なのに、どうして生きてると忘れるんだろうね」 場面にまったくそぐわない落ち着いた声色と話題。 気でも触れたかと思って目をやると、聖人は腰の剣を抜いていた。 「魔物は僕等にそれを思い出させるために存在するかもしれないと、考えることもあるよ」 左手で構えた剣に向けて、右手をかざしている。剣が淡い金色の光に包まれる。 「カイル……? 聖気を展開して剣に付着させているんですか? それをやると消耗が激しいのでは」 「短時間だけなら意外にいけるよ」 聖人はにっこり笑って前へ踏み出た。 聖気に惹かれて、切り株の魔物が標的を変える。 伸びる樹の根を剣でさばく聖人の動きは、悪くない。ゲズゥほど速くないにしろ筋がいい。過去に訓練を受けてそれがちゃんと身についているとわかる。 中肉中背でゲズゥと同じくらいの肩幅にしては、魔物相手によくやっている。力不足で攻撃を防ぎ切れなかったり受け流しきれなくても、剣のまとった聖気が魔物を触れた先から浄化している。なかなか効率のいいやり方だと感心した。 聖女がオロオロしているのも放っておいてゲズゥは腕を組み、一切手を出さずに待機した。 すると数分後に決着がついた。魔物は切り刻まれたり部分的に浄化されて変な形になっている。珍しくその表面には人面が浮かんでいない。 そこで聖女が近づき、手を伸ばして魔物の残りすべてを浄化した。 銀色の粒が消えるのを待ってから、ゲズゥは口を開いた。 「今回は、対話とやらはしなかったな」 |