26.e.
2013 / 09 / 25 ( Wed )
(もう、こうなったら仕方ない)
 ミスリアは手に持っていた皿をテーブルに下ろして、二人にサッと近付いてしゃがんだ。
 褐色肌に黒髪といった色素の濃い少女と、白い肌に黄金色の髪をした少女。全く似ていないところを考えると、二人は姉妹ではなく同じ家で育った奴隷かもしれない。

「なに、するの」
 色素の薄い方の子から、震えた声が漏れたようだった。驚いてミスリアは少女の橙色の瞳を見つめた。

「よかった、南の共通語が通じるのね。そっちの彼女、兵士に蹴られて怪我をしたでしょう? 痛くなくなるおまじないをするの」
 褐色肌の少女がヒョコヒョコと足を引きずって歩き回る様が、痛々しくてならなかったのだ。何とかしてやりたかった。

「おまじ……? なに?」
「いいから」
 説明する時間が勿体ないからと、ミスリアはそのまま手をかざした。

 アミュレットを身に着けていなくても聖気を練るのは可能である。日頃から幾度となく展開しているのだから、感覚を思い出して再現すればいい。時たまやっているので、要領はよくわかっている。

 一瞬だけ瞑目した。その間に、ミスリアは全神経を集中させた。
 聖気の温かさが腕を通る感覚を思い出し、それを掌から通す時の微かなうずきを思い出す。やがて、密度の高い聖なる因子が、対象へと流れゆく。

 元々聖なる因子とはそこら中に溢れているものである。それらが神々と聖獣の奇跡によって結晶化した状態を「水晶」と呼ぶ。
 聖人や聖女たちはいつも聖気を展開する際、まず水晶を現象の核に据えて、純度の高い聖気を引き出して周囲の因子と共振させる。聖なる因子は引き寄せられ、増殖し、はっきりとした流れを作って対象物へ注がれる。

 今回はアミュレットの水晶が無いので、ミスリアは己の内に在る聖気を引き出して核の役割を果たさせた。聖人・聖女という枠の中でもミスリアは内包している聖気の量が多く、だからこそ成せる業である。
 しばらくして少女の膝周りから、腫れが引いた。

「え? どうやったの?」
「すごい。あたたかいよ、いたくないよ」
 二人の少女がそれぞれ感嘆の声を上げる。

 慌ててミスリアは口元に指を当てた。急な大声を出した所為で注目されたらたまらない。
 が、既に遅かった。

「おい! そこの三人、何をしている! 早くおかわりを運ばんか」
 案の定、兵士から怒声が飛んできた。
「おおう、そうだぞ。もっと近う寄れ」
 しゃがれた声。城主ウペティギから直々に呼ばれている。

(傍で相手をしなきゃならないの? あの媚びたお姉さんたちみたいに)
 嫌悪感が腹からぞわぞわと上がってくる。
(だめ、笑わなきゃ。変な顔で振り向いてはだめ。楽しいことを考えよう……)
 ミスリアは必死で自身にそう言い聞かせた。すると、一つの記憶が何故か色濃く脳裏にチラついた。楽しいと言えるかどうかはわからない。

 まだナキロスに居た頃の話――

「もし教皇猊下にお会いできたら、訊いてみたいことがございました」
「何です? 聖女ミスリア。遠慮なくお訊きなさい」
「どうして、私の案を、許可して下さったんですか」
 ミスリアの質問に対し猊下は顎に手を当てて、ふむ、と頷いた。詳しい説明を言わずとも、この方には伝わったらしい。
「そのことですか。強いて言うなれば……面白そうだったから、でしょうか。あんな特殊な人と知り合える機会なんてそうそうありませんよ。人生何事も経験です」
「ほ、本当にそんな理由で……?」
「ええ。我々人間が生きている間に経験できることはあまりにも少ない。だからこそ他人に出会い、触れ合い、話を聞いて、彼らを通して経験するのですよ。人と関わることは、即ち世界を広げることそのものです」
 そう言って、猊下は目を細めて穏やかに笑った。
「よく覚えておきなさい。彼は貴女の人生にとってプラスとなるかもしれませんし、マイナスとなるかもしれません。けれどそのどちらであっても、それは貴女がた二人の間にのみ生じる縁(えにし)。何があっても、特別な経験であると受け入れ、できる限り学ぶことです。どんな絶望に出遭っても、嘆いてはなりませんよ」

 ――この旅の何もかもが、特別な経験――。

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12:52:46 | 小説 | コメント(0) | page top↑
26.d.
2013 / 09 / 24 ( Tue )
 鉄串の罠よりも発動するのが速い。とはいえこちらの罠も岩に重みを乗せた所為で発動した。試しに、ゲズゥは高く跳び上がってみた。
 すると炎の威力が心なしか弱まったように見えたが、それでも、容易に飛び越えられる高さにはならなかった。一度発動するとしばらくは解除されない設定なのかもしれない。

 実に驚くべき技術力である。そして、驚くべき技術力の無駄遣いである。
 精密な機械を編み出せるのなら、その力を生産的な用途に応用するか、せめて戦場を制圧できる兵器を創るぐらいをすればいいだろうに。己の城を守る為に使っているのを見ると、どうにも城主は臆病な性格に感じられた。罠が多ければ多い程、城主が外出をしない閉鎖的な生活を送っているとも推測できる……。

 そんなことよりも今は、至近距離からの高熱に応じて滲み出る汗が、シャツを濡らしていく。時間が惜しい。ゲズゥはもう一度跳び上がってみた。
 炎を消す術が無いのなら、無理矢理にでも突破するしかない。崖上の町で買ったこのブーツも多少は耐熱性があるだろう。そのまま次の岩めがけて跳んだ――形からして今度は鉄串の罠が来るはずだ。

 着地しても、何も起こらなかった。誤作動だろうか、音もせず、罠も発動しなかった。理由はわからないがこの岩は安全なのだろう。
 ゲズゥはこの機会を利用してズボンに水をかけた。炎の檻を強行突破した際に点火していたからだ。火が移ったのがズボンだけだったのは、運が良かったとしか言えない。何度か水をかけるうちに火はおさまり、しかし皮膚には軽い火傷が残った。

 突然、背筋がざわついた。
 反射的にゲズゥは全身を硬直させる。
 縦長の瞳孔を含んだ黄ばんだ双眸が、闇の中に何組も浮かんでいる。それだけなら良かったが、それらが急速に迫って来ている。アリゲーターは、その巨体からは想像つかないような速さで動く。

 ――戦うか、逃げるか――
 ゲズゥは素早く背中の方へと左手を伸ばした。パチン、と背負っていた剣の鞘の留め具を外す。留め具が外れると、大剣を収める二枚合わせの鞘が、バネを使った仕掛けによってパカリと開いた。

 そして右手で柄を握り、剣を抜いて構える。それとほぼ同時に、黒い塊が一つ、こちらに向かって突進して来た。

 水飛沫が四方に跳ねた。
 ゲズゥは無心に剣を振り落した。すんでの所で襲い掛かるアリゲーターを一刀両断し、かくして水飛沫に大量の血飛沫が混じる。そのさなかに立つゲズゥは勿論、濃厚な血の臭いを浴びた。

 またしても命を落としたのが己ではなく獣の方で良かった。が、そう何度も巧くことが運ぶはずがない。しかも血の臭いでアリゲーターたちは興奮し出している。ゲズゥは残る岩の道を急いで渡った。

 それから更に何度も罠に翻弄され、獣の顎をかわし、数分後には城の外壁に辿り着いた。既にその頃には全身に打撲や火傷を負っている。全くもって面倒臭い堀だ。帰りは何とか架け橋の下ろし方を探すべきだろう。

 石造りの壁に歩み寄り、思わずそこに左手を付いた。
 視線だけ先に壁を上らせると、見張りの兵士らしい人影が幾つか見える。皆、どこかだらけた姿勢である。これならすぐに矢で射殺される予感はしないし、或いは発見されずに壁を上れるかもしれない。

 問題は、壁を上る手段が無い点ではあるが。
 今更ながら、あの曲刀を国境に置いて行くんじゃなかった、とゲズゥは舌打ちした。

「ケタケタケタケタケタ」
 歯を鳴らす音と笑い声が混じったみたいな変な音が頭上からしたかと思えば、何とも形容しがたい腐臭が鼻孔に届いた。
 思えば、堀の罠にかかって死んだ人間は少なくないだろう。それらが魔物と化しても何ら不思議はない。

 随分と長い夜になりそうだ、とゲズゥは疲労を蓄積しつつある身体に対して苦笑した。
 ところが件の魔物の姿を両目で捉えると、意外な作戦を思い付いた。

 アリゲーターなどよりも遥かに巨大な化け物が、ずるずると外壁を伝って降りてきている。蛇のようにも見えるが、所々、不自然な位置に左右非対称に人間の手足が生えている。

 決して俊敏な動きとは言えない。
 こいつは利用できる――そう確信して、ゲズゥは返り血のこびりついた手で剣を構え直した。

_______

「大丈夫。大丈夫だから、そんなに怖がらないで。じっとしてるだけでいいの」
 ミスリアは怯える小さな少女たちに精一杯優しく声をかけたものの、通じた自信は無かった。反応が無いと見ると、今度は北の共通語でもう一度語り掛けた。それでも二人は身を寄せ合うだけで何も応えない。

(困ったわ。この子たちずっと一言も話さないし、周りの会話もわかってる風でも無いから、言葉がわからないって可能性も)
 奴隷だからなのか、まだ幼すぎて共通語を習う機会を与えられなかったからなのか。怯えて声が出ないだけかもしれないけれど、いずれにせよ通じ合うことは明らかに難しい。

(助けてあげたいのに。今しかチャンスが……)
 宴も進んで貴族の男性たちはかなり酔ってきている。音楽や話し声で部屋全体の騒々しさが上がり、兵士の注意も散漫になって来ている今の内。ミスリアは城主に差し出す食べ物皿のおかわりを盛る振りをして、隙を見て少女たちに近付いていた。

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13:50:19 | 小説 | コメント(0) | page top↑
中秋節おめでとうございます!!
2013 / 09 / 20 ( Fri )
なんとなしに二胡とか聴きたくなってようつべにすがりつきました。

この音色、懐かしくなるというか望郷の念にとらわれるというか。
そう思うのもおかしな話なんですけどね(色々と


(まあ子供の頃から香港の古装カンフードラマばっか観てたせいもあるようなないような)

こういった音色を聴きながら妄想するのがいいです。もう超ファンタジーです。中国の美しい風景に囲まれながら月見する昔の人たちの情緒を想像してハァハァ

次回作はエセ中華行くかな(やめろ

風景は直接見ないとどうしようもないですからね……。私が中国で覚えてるのは万里の長城(すげかった)と色々なかっこいいお寺とか。でも、いつも空が大気汚染で淀んでいてまったく夢が無かったという。




ともかく、楽器習いたいなー。ビオラも楽しかったけどこういう東洋の伝統的音楽ってあこがれます。三味線とか琵琶とかも超絶気になります。いつか家買ったら「演奏ルーム」みたいな感じに色々揃えたい うぎいい

長い笛とか習いたい~~ 私は弦楽器の方が心得があるのでハードル高そうですが。吹奏楽器は同時に歌えないのもネック(笑

ライアーもハープも気になります。ライアーなら携帯できるサイズですなぁ。それよりいくらぐらいするんだろう。


昔から、いつか私物としてほしかったもの
1.顕微鏡
2.伝統的楽器


楽器は種類が多いからどれにすべきか…二胡いいな二胡。琵琶よりは私に合いそうだ。
弾けるようにならないとあれですけどね。



人生が足りない!

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22:56:25 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
没セリフ
2013 / 09 / 15 ( Sun )
「え、え~……。あの顔で四十代後半って、妖怪じゃん」




何の状況でしょうか。




答えはイトゥ=エンキが教皇猊下の歳を聞く場面w
色々考えて没になりました。

没になるセリフや場面はほかにもありますがメモから消す場合が多いので証拠は残りませんっ。ていうか採用されるネタより没のが圧倒的に多い気がしますすす。


昨夜はパブに行ったら揚げアリゲーターがメニューにあったので食べちゃいました。
うまし!


ウィキペディアさん曰くアリゲーターはクロコダイルよりも温和(?)なので野生のは稀に踏んで泳ぎ進めることもできるらしいです。100%勧められませんが。

説明してもちょっと余計な気がしたので本編には書きませんでしたが、堀の子たちは人間慣れしているので攻撃的。普通に水からあがって日向ぼっことかもします。侵入者だけじゃなくてたまに普通の人も被害に遭いかねないのでアリゲーター使いを雇わないといけないなww

ありげーちゃんは顎を閉じる筋力が凄まじいけど開く筋力が弱いので踏んだり腕で抑えたりすれば大丈夫らしい。そういう場面も入れたかったけど割愛(没)。

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23:17:22 | 余談 | コメント(0) | page top↑
26.c.
2013 / 09 / 15 ( Sun )
 夜にしては物の輪郭が捉えられるほどに明るい。
 ゲズゥ・スディルは息をひそめて周囲に注意していた。目当ての場所に辿り着けたはいいが、何かが腑に落ちない。

 目と鼻の先に立派な城がある。基盤は四方形で、それぞれの角には円錐型の屋根をした塔がそびえ、城の半径100ヤード(約91.4メートル)以上は空き地がある。空いて見える箇所は堀だと考えるのが妥当だろう。

 見たところこの城には外堡(バービカン)が建設されていなかった。城と外界を隔てるのは堀だけで、城壁や塀のようなものも無い。だからといって護りが脆弱なのかとなると、そうとも言えないだろう。四隅の塔には弓兵が潜んでいるだろうし、堀を渡るには架け橋を内から下ろしてもらう必要がある。

 ――では、その堀を泳いで渡るか?
 100ヤードなど、ゲズゥならば余裕で泳ぎ切れる距離だ。ましてや波や流れの無い水だ、バタ足だけでも充分に行ける。渡り切ったら外壁を登って窓から侵入すればいい。

 そこまで考えていながら、未だに行動には出ずにゲズゥは用心深く堀の外側を回っていた。
 腑に落ちない点は二つある。

 まず、水が汚れているからという理由では説明し切れないような、妙な臭いがする。平たく言えば獣の臭いだ。何かが、堀の中に棲んでいるのは間違いない。
 次に、架け橋の反対側には一定の間隔で岩が突き出ていた。まるで徒歩の侵入者に「こいつを使って渡ってくれ」と誘いかけているかのような不可解な岩の道が、城まで続いている。

 泳ぐにしろ岩を踏むにしろ、どちらにも罠の気配が濃い。こういう場合は空を飛ぶ能力でもあれば楽だったろうに、とぼんやり考えた。

 とりあえずゲズゥは堀の淵まで歩み寄った。水面を覗き込んでも自分の姿がほとんど映らない。暗い上に水が濁りすぎている。が、首にかけた銀色のペンダントだけは、煌めきでその存在を主張していた。

 ミスリアが落とした銀細工のペンダントだ。ポケットに収めていると動き回っている内に落としかねないので、失くさないようにゲズゥはチェーンを結び繋げて身に着けていた。それも始めは麻シャツの下に着けていたのだが、何故か段々と重く感じるようになって、出した。肌に触れれば触れる程重苦しく感じる。何度確かめても質量は変わっていないのに、全く奇妙な話である。

 ゲズゥは意を決し、水の中に入る準備をした。一応いつでも岩の道に飛び移れるように、その近くの場所を選ぶ。それから蛭対策に、ズボンの裾をブーツの中に詰め直し、靴紐を上までしっかり結んだ。最後に、声を殺す為の猿ぐつわも結び直す。

 ――剣は置いて行くべきかもしれない。泳ぐには邪魔だ。
 数秒の間逡巡し、結局背負ったまま踏み入った。短剣だけでは対応し切れない何かが現れると想定して。

 つうっ、と水面にさざ波が広がった。獣の臭いが一層濃くなる。
 足が地に着いても、水位は膝下までしかない。予想していたよりも浅い。ゲズゥはなるべく静かに左足をも水の中に下ろした。そうして数歩進むと、水は腰まで上がり、やがて胸辺りまで来たが、それ以上深くならなかった。

 どこかで急に切れ落ちるのだろうか。ペンダントが濁水に浸るのをチラッと眺めつつ、ゲズゥは慎重に歩を進めた。ずっとこの深さなら泳ぐまでも無いが――。

 ふいに、右足の裏が変な感触を捉えた。これまで踏んでいた土の柔らかさと打って変わって、でこぼことしていて、弾力のある何か。すぐに警戒した。何故なら、踏んだモノが動いた気がしたからだ。

 刹那、雲間から月明かりが射した。
 映し出された水面下の景色に、ゲズゥは目を大きく見開いた。
 いかに水が濁っていようと、見間違えられない。長く黒い塊が無数に重なり合って蠢いている。浅い水に棲む全長10フィート(約3メートル)以上の生き物、となると。

 ――アリゲーター。
 肉は揚げるのが一番美味いとか、本来なら人間を無視するはずの生き物だとか、もっと南の方の沼に棲んでいるはずだとか、そういう考えが同時に過ぎったが、すぐに我に返ってゲズゥは飛び上がった。幸い、噛み付かれる前に逃げられた。

 黒い塊が一斉に動き出すのが見える。さっき食べたリスの残骸を囮に使えるように取って置くべきだった、と後悔しても仕方がない。
 ゲズゥは空中で一回転して、一番近い岩に飛び下りた。

 ガコン、と岩が音を立てて下にずれた。
 それが何を意味するのか――結論を待たずにまたゲズゥは高く跳ぶ。そんな彼を捕えようと飛び上がったアリゲーターの一匹が、獲物をギリギリ逃して顎を噛み合わせた。

 あんなのに捕まったら脚の一本は失うだろう。そう思ったのも束の間。
 水の中から長い棒のようなモノが五、六本、素早く伸びた。棒は岩の上に収束し、アリゲーターを無残に貫き殺した。

 ――そうか、これが、「罠」。
 納得したゲズゥの脳裏に「鉄に貫かれて苦しめ」と高笑いした男の声が蘇る。岩を踏むと串刺しにされる仕組みになっているのか。

 しかし全部の罠がたった今のような速度で発動するならば、生き延びる勝算はある。ゲズゥは先祖から受け継いだ瞬発力に頼って、次から次へと罠が飛び出る前に岩を跳び渡った。間隔がやや長いので跳ぶ疲れは溜まるものの、これも100ヤード程度なら余裕で行ける――。

 距離の半分も進んだ時点で、ふと、ゲズゥはしゃがんだまま足を止めた。
 今しがた乗った岩が他のそれと違う。削り磨かれたように平になっていて、幅が広い。大人が三人、肩を並べて立てるだろう。しかも岩は鉄の輪みたいなものに縁取られている。何かの罠には間違いない。

 ドゴン、とやはり不自然な音がした。
 次に視界が赤と橙に満たされた。信じられないことに、鉄の輪から火柱が立ったのである。中心のゲズゥに火が迫ってくる様子は無いが、数十秒待っても炎の檻は消えない。

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07:56:11 | 小説 | コメント(0) | page top↑
今日も平和です
2013 / 09 / 07 ( Sat )
ろ・・ロリ・・・?


今朝の夢、話の流れはもう忘れちゃいましたがゲズゥがミスリアの頭をナデナデしていた。
そんなシーンが現実(?)に起きる日が来るかは不明。あれ、私の夢って彼らの世界にとってはある意味現実? いや、え?


頭撫でる行為って「かわいがる」と「子ども扱いする」の境界線がほっそ~い感じがするので、私は好きだけど好きじゃないみたいな微妙な感情を抱いています。いや、好きだけど。

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05:27:51 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
26.b.
2013 / 09 / 05 ( Thu )
「ほほう。それは聴きたいな。楽器を使うか?」
「では竪琴(ライアー)をお貸し下さいませ」
 楽師たちが扱っていた楽器は一通り見ている。その中で一番扱い慣れた物を選んだ。
「よし、楽師ども! 聴こえただろう、貸してやれ」

 ウペティギの命令に応じて、楽師の一人が歩み寄ってきた。同時に、ミスリアの手錠が兵士の手によって外される。
 竪琴を受け取ると、ようやくミスリアは少し顔を上げた。

 城主ウペティギを含む五人の貴族風の男性が瞳を期待に輝かせている。彼らの視線が自分の腰周りに集中している気もするけれど、それに関しては考えないことに決めた。

(聖歌の類は避けるとして……民謡がいいかしら。共通語版)
 いくつか暗唱できる歌から適当に一曲を脳裏に浮かべ、音程を確認する為に竪琴の弦を専用の爪(プレクトラム)でそっと弾いた。足を少し横にずらして床に座す。スカートがふわりと大理石に広がった。

 部屋の中は既に静寂に包まれている。弦の音色だけが響いた。
 ミスリアは弦の音程に合わせて少しだけ声を出した。喉が渇いているゆえ、歌う時に音をきれいに伸ばせるか不安はある。せめて声量だけでも高めようと、腹式呼吸を繰り返した。

 もう準備もこれくらいでいいだろうと思えた時。
 聞き手に向かってまず小さく礼をした。
 それから短い序奏の後、歌い始める。

 ――それは浜に打ち上げられた人魚姫と、彼女を見初めた平凡な漁師の悲恋物語を綴った歌であった。

 とある辺境の島、何の取り柄も無い漁師はある日、仕事帰りに美しい人魚姫を見つける。漁師は人魚のこの世のものとは思えない美しさに心奪われ、思わず連れて帰った。そしてなけなしの金で広いバスタブを買い、村の反対を押し切って人魚を家に住まわせた。

 漁師は彼女の気を引こうと毎日のように花を贈り、手作りの料理を食べさせ、自身の知る限りの面白い話をたくさん聞かせた。人魚姫はそんな漁師の一途な想いに心打たれ、いつしか同じ想いを抱えるようになるが――。

 十数日も過ぎると人魚は唐突に病に臥した。元々深い海で生活していた人魚には、水圧の低い世界は毒だったのだ。これまでは元来の強い生命力が支えだったが、人魚とて不死身ではない。
 海に帰すべきか、無理にでも傍に留めるか。漁師は迷い苦しみ、刻一刻と死に近づく恋人を泣きながら看ていた。人魚はそんな漁師を最期まで憎まなかった。

 ――憎いだろう、私が。独りよがりで愚かで、こんなになってもお前を手放せない私が――

 ――いいえ、わたくしは幸せです。自由を失っても、あなたさまに愛されて、とても充たされた日々を過ごせました。故郷もとても楽しい所でしたけれど、きっとこんな想いに出逢うことなく、長く平坦な一生を生きたことでしょう。わたくしに後悔はありません。短い間でしたが、とてもとても感謝しております――

 やがてその瞬間は訪れた。
 後に漁師は、人魚の遺体を浜辺で燃やし、灰を海に還した。彼女は以前から、そのように葬送して欲しいと話していた。

 漁師は最愛の者の鱗だけを何枚か集めて、首輪を作った。彼は己が土に還る日まで、それを肌身離さず付けていたと言う――。

 竪琴の音色の余韻が空気を震わせる。
 部屋中の誰もがそれに浸るように身動きしない。
 微かな振動すら消えてなくなった時――力強い拍手がミスリアの背後から聴こえた。

「見事な歌だ」
 低いバリトンの声。振り返ればそこには、三十歳程度の中肉中背の男性が立っていた。男性は脇に巻物を抱えている。灰茶色の口髭と肩ぐらいの長さの髪、そして右目にかけているモノクルが印象的だ。服装や立ち居振る舞いに不思議な気品が漂っている。

「漁師の選択は残酷だな。心底愛しているのならば、別れが辛くとも海に帰すべきだった」
 真剣な面持ちで男性は言った。ミスリアは突然現れたこの人に相槌を打って良いものかわからず、笑って礼だけを返した。彼もやんごとなき身分であるならば、「奴隷」の身では軽々しく返事をできない。

「民謡か? 人魚を題材にしたお伽話などあまり聞かない。そなた何処の出身だ?」
「ファイヌィ列島です」
 こちらははっきりとミスリアに向けられた質問だったので、躊躇せずに答えた。俯いたまま、目線を合わせることなく。

(しまった。嘘をつくべきだったかな)
 そう考えて、すぐに思い直した。嘘の故郷を挙げて何か踏み入った質問をされれば、どのみちボロが出る。

「設計士。来ていたのか」ウペティギはモノクルの男性に向かって一度頷いてから、ミスリアに向き直った。「確かに見事な歌だった。して、お主いくつになる」
「次の春には十五になります」

「ほほう。歳の割には言葉遣いが丁寧で発音がはっきりしているな、学があるのか?」
「………………修道院にて何年か学びました」
 迷った末に、ミスリアはそう答えた。

(嘘はついてないわ、嘘は)
 確かにアルシュント大陸では、平民以下が修学できる場所といえば修道院、と言うのが一般常識である。ただし主に字の読み書きの為に何年か送り込まれる大抵の人間と違って、ミスリアは聖女過程まで修了しているが。

「そうかそうか。それは良い――」
「ウペティギ様、少しお時間頂けますでしょうか」
 設計士と呼ばれた男性が臆せず城主の言葉を遮った。

「何だ、こんな時に。新しい罠でも考案したのか?」
 城主は若干苛立たしげに答える。
「そのようなものです」
 対する設計士の返答は早口で曖昧だった。

 ふいに背後から紙がカサカサと乾いた音を立てたかと思えば、誰かが脇を通る気配を感じた。
 すれ違いざまに、ミスリアの頭上にバリトンの声がかかる。

「本当に、見事な歌であった。機会があれば、また聴かせてくれ」
 思わずミスリアは視線を動かした。
 一瞬だけ、目が合う。

 彼の濃い灰色の両目を過ぎった感情は、何故か「憐れみ」に見えた。

(悲しそうな人)
 気が付けばミスリアは「設計士」に対してそんな感想を抱いていた。

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11:54:36 | 小説 | コメント(0) | page top↑
ぽへぇ
2013 / 09 / 05 ( Thu )
新しい仕事始まってあばばばしてます。

しかも友達から別の依頼とか来るし…まあそれは年始まで始動しないだろうけど。
私ってこんなに仕事ばっかりする人だったのか…! と驚愕してますがぜんぜんそうでもないですね、はい。



短編書いてたつもりが本編に戻ってたり、やっぱ本編の引力というか展開の強さですかね。盛り上がってる(?)とこなのにお待たせしてしまってすみません! 近いうちに必ず更新しま!

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00:09:27 | 余談 | コメント(0) | page top↑
26.a.
2013 / 08 / 29 ( Thu )
 煌びやかな光景には現実味が伴っていなかった。
 いくつもの大きなシャンデリアに照らされる華々しい部屋。テンポの速い陽気な音楽。輪になって踊るたくさんの踊り子たち。豪華な食卓には何種類ものみずみずしい果物や豚の丸焼き、色とりどりのチーズなどが並べられている。

 その一切を、たった数人の男が独占している。ふかふかの長椅子にてくつろぎ、自分たちを中心に回る踊り子の輪を眺め、ワインを口に運び、大声で談笑する貴族風の五人。

 広い部屋を満たす他の数十人の人間のほとんどが、彼らの為だけにこの場に居る、奴隷や召使や兵士だった。たとえ飢えていても許可無しではチーズの一口も味わうことが許されない身分。当然、多くが虚ろな表情をしていた。
 皆、強制されてこの場に居るのが瞭然としている。膝をつく奴隷たちの列の後ろからミスリア・ノイラートはそう評価した。

 中心の長椅子に座す男こそが、城主の「ウペティギ様」。
 首もとの開けた緩やかな衣に包まれているのは、首も腰もどこにあるのかわからないような肥満体だった。太陽と無縁そうな、血管が透けるほどに色素の薄い肌。細い両目の周りは薄紫色に腫れ、唇も不自然に分厚い。最初に姿を目にした時、何故かガマガエルを思い浮かべ――否、比べてしまっては蛙の方がかわいそうである。

 城主ウペティギは、下品な笑みを浮かべた。
 歳のほどは四十路半ばだろうか。短く剃られた頭髪は白髪の割合が多いし、顔には皴が刻まれている。
 彼は始終立ち上がることも無く、食べ物は召使が運んであげている。ウペティギが踊り子に拍手を送る都度、高価そうな首飾りや腕飾りが弾みで鳴った。その音色さえどうしてか耳障りに感じた。

 そんな怠慢の権化のような男に、早くも先程話した女性たちが群がっている。どうやら既に気に入られている娘は手錠を外してもらえるらしい。そして自由の身になる代償は、貴族の男たちに酌をしてやるなり食べ物を食べさせるなり、とにかく媚びることだと見て取れた。

(貴族って、何だったかしら)
 平民の出のミスリアには貴族の人間と関わる機会は少ない。教団で出会った上流階級の人間は何人か居るが、どれも、こんな風ではなかった気がする。しかし関わったのが教団という限られた場所であったため、彼らが城に帰るとどう振る舞うのかまでは知る由が無い。

(この人数が結束すれば逆らうことは簡単そうなのに。誰もその気が無いのは怖いから? それとも別の理由が……)
 奴隷や召使はともかく――兵士に至っては、たった数人の貴族に抗わないのは幼少の頃から従うべきと刷り込まれたからなのか、それとも何か褒美をもらっているのか、定かではない。

 ミスリアは視線を大理石の床の上にさまよわせた。
 危険な考えである。
 仮に皆を奮い立たせることに成功しても、それは後先考えずに下せる判断ではない。

 自分よりも小さい少女二人を横目に見た。彼女らの上腕にそれぞれ、古い焼印がある。それはつまり、二人がこの城に連れて来られた以前から誰かの所有物だった事実を示している。そんな人間がこの部屋に他に何人も居ることは容易に想像が付いた。彼女らの将来が何処にあるのか、逃げ出した先に生きる術があるのか――。

(私だって、ここから逃げ出しさえすれば終わり、でもない)
 城の位置もわからなければ土地勘も無いし、地図や身分証明書はいつの間にか紛失している。更に最悪なことに商売道具のアミュレットも無い。

(ゲズゥを探そうにも、もう遠くに消えている可能性だってあるものね)
 考えたくはないが、現実的にありうる話だった。
 八方塞がりである。ミスリアは膝だけでなく拳も静かに床に付いた。手錠に繋がる鎖が無情に音を立てる。

 ミスリアの心の葛藤は人知れず続いたが、一方で貴族らの会話が盛り上がっていた。

「聞いたか? 大公閣下がそろそろ次女を嫁がせるらしい」
「ほう、相手は誰だろうな。ヌンディークの公子か、それとも帝国……」
「それよりもどうやら都市国家郡の情勢に変化が……」
「ミョレン王国の人間が絡んでいるという噂は本当だろうか」
「南西海岸の戦火が広がっていると聞いて……」
「帝王陛下の次の側室候補が……」

 貴族の男たちは噂話を交わしている。ミスリアは耳を澄ませて内容をできるだけ拾った。どこぞの王室や貴族の結婚事情はあまり気にしても仕方ないけれど、政治的な問題は旅路に影響を及ぼさないとは限らない。
 ――旅が続けられると前提して。

(都市国家郡とミョレン国がどうしたの?)
 何か引っかかるものを感じたが、それが何なのか特定できなかった。空腹のせいか頗(すこぶ)る気分が悪く、集中しづらい。

(もう何時間も、何も口にしてないから)
 それでも、考えることを諦めるのだけはできない。ぼうっとしそうになる度に手錠を揺らしてその重みを確かめた。

「そういう話もほどほどにしようぞ。さあ、宴だ宴! 新しい娘が入ったというのは、どれだ?」
 ウペティギのしゃがれた声が響いた。
 その声を合図に、ミスリアと二人の幼い少女らの鎖が引っ張られた。

(い、痛い……!)
 一瞬だけ表情を歪めてしまった。すぐにミスリアは無表情に戻る。

「この三人です」
 鎖を引いた兵士が無機質に答えた。
「おお、これはまた小さいな! だがどれも充分に可愛い。よし! 何か面白いことをしろ!」
 音楽もいつの間にか止まっており、広い部屋はしんと静まり返った。

「どうした? 芸だ。誰一人何もできないと言うなら兵士に玩具としてマワすぞ?」
 ウペティギが「まわす」と口にした瞬間、部屋中の兵士が気味悪い笑みを浮かべた気がして、ミスリアは震えた。何をされようと最終的には殺されるだろうと直感した。

 二人の少女はやはり寄り添ったまま、激しく震えている。心の中では声も出せずに泣いていることは、彼女らの目を見れば明らかだった。それはミスリアの心を揺さぶるには十分だった。
 ――自分が生き延びる為だけでなく、二人の為にも何とかしなければ――。

「……う」
「う? どうした、栗色の髪の娘よ。はっきり言え」
「……歌が、得意でございます」
 声が消え入らないように腹に力を込めつつ、ミスリアは力強く答えた。

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12:15:59 | 小説 | コメント(0) | page top↑
もっさり
2013 / 08 / 26 ( Mon )
どーも、週末はいつだって短すぎますね!!

もうやだー 仕事行きたくなひー (泣


拍手御礼入れ替えてます。
なんか平和な内容ですがどうぞ。

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11:36:56 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
白ロリ
2013 / 08 / 21 ( Wed )


かわいいぞよ~

あれ、聖女って何でしたっけ……? 気にしない


(えびのついったーから

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00:28:45 | | コメント(0) | page top↑
Diatom
2013 / 08 / 20 ( Tue )
けいそうと打ったら珪藻って出た。どうした、マイパソよ。私が珪藻にどんな用があると思っているんだ。
そりゃあ透き通った見た目がクールで好きだけど。顕微鏡買おうかなー でも貯金はあっても収納スペースが無いw


最近本編だけでなく番外編をもそもそ書いてます。
こんなん誰得だろうと思いつつ私が楽しいので読者様もきっと楽しんでくれると信じながらもそもそ。


ひっひっひ

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12:23:21 | 余談 | コメント(0) | page top↑
加筆修正の今後について
2013 / 08 / 17 ( Sat )
どうも~、昨日の今日ですがサイトにあげた25をちょっと修正してきました。

今回は修正した箇所も多かったのでブログの方まで直す気力がなく(すいません)、既に読まれた方もこれからブログ記事fを読もうと思っていた方も 修正された方が安心して読める(読み返せる)! とお考えでしたらどうぞ七ツ海へ~。別に内容そのものは変わってないのですがちょーっと変な言い回しなどを闇に沈めました。


多分これからも修正箇所が多かった時はブログの方はオリジナルのまま放置になります。

それは困るうううう って抗議が届けば考え直しますw


ではー よい週末を皆様お過ごしくだせえー



甲の生息地は最近肌寒くなってきて内心ヒャッハーしてます。涼しい天気ていうか風が好きなので。生きてるって感じがする。いや、別に普段死んでるって感じがするのではなく更に生きてるって感じがするのですよ ┏(_д_┏)┓))

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08:15:27 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
25 あとがき
2013 / 08 / 16 ( Fri )
剣を使って壁を登るのってなんか憧れます。やってみたいなぁ(どうやって)(補導される)

皆様ロッククライミングは嗜みますでしょうか。私はクライミングジムしか行ったことがないけどそれがまた本格的で壁が相当に高いです。そしていつも思う。クライミングに成功する為には身体能力、腕力、柔軟性、バランス感覚、すべて必要だけど何よりも「機転」が必要ではないか。次にどうすればいいのか、何をすればうまくいくのか、落ちたらどうするのか、グリップ一つ進むだけで面白いくらいに頭の運動になります。

あれ、この話前にもしました? 違う?

続きは25読み終わった人向け



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11:56:59 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
25.f.
2013 / 08 / 16 ( Fri )
 やがてゲズゥは、物音がすればいつでも目を覚ませるような、浅い眠りに落ちた。
 虫の鳴き声が一匹、二匹と数が増えていく。これまでは警備兵のひそひそとした話し声以外は静かだったが、忽(たちま)ち虫の合奏が周囲を満たした。夢現をさ迷う意識の中にも届く程である。

 しばらくして、夜風の香りと共に淡い霧のように――夢が訪れた。
 夢の中の少年には左目が無い。地に横たわり、眼球があるべき場所には空洞しかなく、そこからとめどなく鮮血が流れ出ている。少年は苦しげに胸を上下させて、青白い顔でこちらを見上げる。

 いつも、どうしてやればいいのかわからなくて同じ行動を取る。ゲズゥは従兄の手を両手で掴み上げ、無言で強く握った。
 湯気の上がる息を吐きながら、従兄は恨めしそうに呟く。

 ――頼む、約束してくれ。大人になったら、かならずこの五人を殺せ――

 目の前の惨状や従兄に頼まれた内容よりも、ゲズゥは掌に伝わる温度が怖かった。周りが燃え上がって熱くて気がどうにかなりそうだったのに、握った手からは温もりがどんどん失われていく。自分が総てを失うのだと、それを止める術を持たないのだと、否が応でもわからせた。

 ――任せたよ。族長の長男、お前なら、大丈夫だ――
 掠れた声から生気が抜け落ちていく。

 突如、いくつもの鋭い鞘音に目が覚めた。
 夢が霧散した。辺りはどっぷりと暗くなっている。
 国境に異変があったのだと瞬時に気付き、ゲズゥは騒ぎの中心を探した。

「出たぞ! こっちだ!」
「弓兵、番え!」
 十五人ほどの警備兵が二重に弧を描くように二列を組み立てている。「放て」の号令で、後列から一斉に矢の雨が飛ぶ。

 矢を浴びた、樹の如くそびえる青白い異形は、刺さった矢を煩そうに払うだけで怯まない。
 二本足で立って二本の長い腕を垂らしている姿はまるで人に見えた。と言っても、似ているのはそこまでだ。肩はあっても頭部が無い。
 胴体から短い咆哮が響き、同時に腕から何本もの太い枝が伸びた。

「うああああ」
 前列の人間が三人、枝によって貫かれた。痙攣する手から剣が落ち、金音がした。
「前衛、まだ交戦するな! 下がれ! 松明を投げろ!」
 指示を出している人間はまだいくらか冷静さを保っていた。植物に構造の似た魔物なら炎がダメージを与えると考えたのだろう。

 魔物に飛び移った炎が激しく燃え盛った。腐臭と煙と共に焦げた臭いが広がる。
 しかしダメージを与えるには至らないのか、魔物は平然と火の伝う枝で警備兵らを次々と地に叩き伏せた。

 赤く燃え上がる戦場を見ているだけで体温が上がりそうだった。ゲズゥは何度か深呼吸する。夢に出た光景と似ているせいで波立つ心を、鎮めねばならない。

 最初から壁を越えられる場所は限られていた。門の近くは、論外。そして三ヤード以上の高さの壁はおそらく外にも内にも兵士が配置されている。壁を越えようとしても、登る間に誰かに見咎められて射落とされるのがオチだ。

 だからこそこの場所である。
 兵士が不自然に多く待機していたため、過去に魔物が出た事がある場所と踏み――期待通りに今夜も現れた。
 これだけ混乱していれば人間の侵入者の一人や二人、気付けた所で迅速に対応できないはずだ。

 ――魔物を利用して人間を退ける。
 以前ミスリアが聖気で魔物を呼び寄せたと思しき時があったが、もしかしたら似たような理由からかもしれないと思う。
 ゲズゥは自らに手ぬぐいを巻いて猿ぐつわにした。何かに驚いたり怪我をしても咄嗟に声を上げない為である。

 
 地上を見下ろすと、燃える巨大な塊がさっきよりも壁に近付いていた。近くから増援も到着し、警備兵は前衛と後衛を巧く連携させて善戦しているようだが、魔物を倒せたとしてもそれまでに多数の犠牲が出るだろう。
 かくいうゲズゥも挑んでみたいとは欠片も思わない。

 ひゅっと息を吐いた。
 次の瞬間には樹の枝から飛び降り、地に一回転し、戦場のすぐ横を全力で駆け抜けた。

「何だ!? 新手か!」
 条件反射で矢が飛んできた。掠りもしなかった。
「あんな速さ、ヒトじゃないぞ!」
 誰かがそう叫んだ。どうやらゲズゥは警備兵らに新手の魔物と認識されたらしい。

 立ちはだかろうとする奴らの鎧を踏み付けて、跳躍した。
 勿論、飛び越えるには高さが足りない。うまく行くかは賭けである。タイミングを見極め、ゲズゥは腰に提げた短剣を壁に垂直に突き立てた。奇跡的に剣は折れなかった。

 ――これがエンだったら、鎖とフックを使って簡単に登れただろうに。
 そう思いつつも、武器屋から借りていた曲刀を抜いた。修理の終わった大剣を鍛冶屋から受け取った際、なんとなく曲刀も手元に残そうと思って武器屋に代金を支払ったのである。持ち歩く荷物は増えたが、その苦労も今、報われる。

 短剣と曲刀を交互に突き立て、壁をよじ登った。
 背後では魔物の咆哮と、侵入者に驚く人々の声が上がる。それでも矢は飛んでこなかった。魔物を相手にするだけで精一杯なのだろう。

 一分もしない内に登り切った。
 曲刀は壁に残して踏み台にし、後は壁の内側に飛び込むだけって時に――何か熱いモノが右腕に絡みついた。肌に触れるそれの感覚は乾いていて、細く、硬い。

 振り返った刹那、肩に激痛が走った。ボキッ、って音もしたかもしれない。
 とにかく夢中で枝から逃れようとして、気付いた。右腕が動かない。

 ――脱臼か!
 戻している暇は無かった。利き手ではない左手に短剣を握り、枝を斬り落とす。自分の皮膚も何度か斬ってしまったが、構っていられない。

 右腕を解放した直後にまた枝が伸び、それをすんでの所でかわして跳んだ。
 壁の内側に着地すると同時に背の大剣を鞘から出さずに振り回した。内側に居た八人ほどの警備兵は魔物が現れるのをよほど緊張した様子で待ち構えていたのだろう。一方で人間の侵入者は予想外だったらしく、唖然としている。おかげで苦も無く全員を倒せた。

 すぐに身を隠せる物影を求めて走る。登れそうな樹が無いので、低木の群れに紛れてしゃがみ込んだ。
 動き回った所為で余計に肩が痛い。脈も息も荒くなっている。大きな汗の粒がいくつも顎から垂れた。幸い、口に含んだ布が功を成して呻き声一つも漏らさずにいる。

 少しだけ、ゲズゥは呼吸が落ち着くのを待った。
 さて、自分で脱臼を戻すのは非常に気が進まないが、利き手が使えないままでは不便である。後で聖気で完全に治してもらえば後遺症は残らずに済む。
 それは、まずはミスリアを無事に助け出すのが絶対条件だが。

 歯を食いしばりながら、ここまでする価値が本当にあの少女にあるのか、思いを馳せずにはいられなかった。
 相変わらず何度考えてもわからない。どちらにせよ、この段階で引き返すことはできない。

 動かせる方の左手で右腕を九十度に折り曲げ、脱臼した肩を戻す手順を辿った。決定的な一瞬まで、激痛の波に耐え続けた。
 何故かその間、死の淵から還った時に見たミスリアの泣き顔と、握った小さな手の温もりを思い出していた。

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