3.焦る男、ロドワン - b
2020 / 06 / 25 ( Thu ) (旦那様、私はどうすれば)
呼吸が浅くなり、考えがまとまらなくなる。何か話を繋げなければと、男性を引き留める文言を出そうにも、己の内で言葉をかき集めるのが困難だった。 幸いにも男性は場を一歩も動かないどころか微動だにしていないようだった。冷静なのか、そう見えるだけなのか。こちらをじっと見つめる瞳は依然として何かを探っている。 「連れ去られる動機に心当たりがあるか」 男性は淡々とした声で問うた。改めて顔を見合わせると、髭を生やしていないのが目に入った。最初の印象よりも更に若いのではないかと思う。歳のほどは二十代半ばだろうか。 「動機か。ないと言い切れないのが苦しいところだ。私が捜しているお嬢様は町長の娘だ、そういった線から狙われたかもしれない。そちらはどうか?」 訊き返してみたが、男性はすぐには答えず、腰に提げた短剣を指先で弄っていた。考え込んでいるようでいて、言葉を選んでいるようにも見えた。 「動機がないとは言い切れないが――可能性が低い」 「では貴殿らは巻き込まれたのだと考えるのが妥当か。申し訳ない」 ロドワンは頭を下げた。憤られても仕方ない想いで顔を上げると、信じられないことに、男性は肩を竦めただけだった。 「対策」 「あ、ああ。旦那様と敵対している者を順次当たっていけば、犯人が特定できるかもしれないな」 「要求があれば向こうから接触してくるだろう。闇雲に動くより、お前の言う『旦那』の元で待っていた方が確実だ」 言われてみればそうだった。普通に考えたら連絡を待つのが一番手っ取り早いはずなのに、気が急いて思いつかなかった。 「ただ待っているだけだなんて、そんなことでいいのだろうか……」 「待つだけとは言っていない」 しゃりん。 いやに澄んだ音がしたかと思えば、男性は瞬く間に短剣を抜き、手元でそれを二度回転させてから、またしゅるりと小気味のいい音を立てて鞘に収めた。 無言の圧に何か感じるものがあった。――連れていけと、きっとそう言いたいのだろう。 彼の大切な人もいなくなったというのなら、放ってはおけない。 「私はロドワン・イェルランス。よければ名を教えてくれないか。貴殿も無関係でないから、ぜひ旦那様の屋敷までついてきてほしい」 慣例的に握手を求めようとして、ロドワンはすんでのところで思いとどまった。なんとなく拒否されるような気がしたのだ。 黒い髪と瞳の男性はその場に片膝をついて、買い物籠の形を少し押し潰しながら、その中身ごと背嚢に詰め込んだ。そうした作業から顔を上げることもなく――「ゲズゥ」とだけ答えたのだった。 * 進展があったのは夕方になってからだった。ロドワンはずっと屋敷の自室にこもり、何をして過ごしたのかもよく思い出せない。 護衛としての役割を果たせなかった自分を、屋敷の人間は過剰に責めることをしなかった。 (旦那様はご自身の言葉がシェニーマお嬢様を追い詰めたのだと考えておられる。私を怒りはしても、罰したりしない) だからと言ってそれを喜んだりしない。誰から責められなくても、自責の念は大きくなるばかりだ。 その一方、ゲズゥと名乗った男性は、屋敷の場所を覚えた後にいったん宿に荷物を下ろしに行っていた。彼が更に大きな荷物を背負って戻ってきたと聞き、ロドワンは部屋を辞して迎えに行った。 居間で客人を主人に紹介し終わった頃のことだ。慌ただしい足音が廊下から響き、必死な形相の使用人の女性が現れた。 「失礼します、旦那様! 玄関にこれが投げかけられたとのことで――」 「見せなさい」 主人は使用人から巾着袋を受け取り、中身をテーブルの上にぶちまけた。その中から転がり出た金細工のヘアバレッタに真っ先に視線が行き、ロドワンは息を呑んだ。 主人もまた同じものを目にして顔面蒼白になっている。そっと手を伸ばし、バレッタを手に取って撫でた。 「シェニーマや……お前の十六の誕生日に買ってやったこれを……無理に外されたのか? 髪は千切れなかったか?」 今にも泣きそうに呟いている姿が、痛ましい。見ていられない。 目を逸らしたついでにロドワンはテーブルの上を睨んで、三つ折りにされた紙を見つけた。これも巾着袋から出てきたのだと、主人に手渡した。 「旦那様。なんと書いてありますか」 |
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