3.焦る男、ロドワン - a
2020 / 06 / 14 ( Sun ) 歩き続けること数時間。まずは対象が行きそうな場所を順に回り、次に知り合いをひとりずつ当たって聞き込んでみたが、午後になっても未だに手がかりのひとつも得られなかった。 胃の底から沸き起こる不安が全身を駆け巡る。決して暑くはないのに、革鎧の下で背中が汗ばんでいた。不快感を拭うこともできずに、男はまた街中に見知った顔を見つけては同じ質問を繰り返した。自分はよほどひどい顔をしているのだろうな――応対した壮年の女性が眉根を寄せるのを見て、そう思った。 「ああ、見たよ」 今回もどうせダメだろうと思って心ここにあらずに聞いていた。だから女性の返答が短く核心をつくものになるとは予想できず、既に答え終わったのだと気付くのに遅れた。 「いま、なんて」 「あんたがさがしてるお嬢さんがそこに座っているのを見たって、そう言ったよ」 「本当だな!?」 「あのねぇ、ロド坊。そんなことで嘘ついてどうするってんだい。そうだよ、シェニーマお嬢さんはそこに座ってお友達と仲良くおしゃべりしてたんだ。しばらく前だったね、一時間、いや二時間前かな」 雑貨屋の女店長は、その時の様子をざっと話した。店といってもカウンターから客の注文を聞いてやり取りするような簡単な設計で、店内に人を招き入れたりしない。 いわく、シェニーマと彼女によく似た髪色の歳の近そうな女性が、歩道脇のベンチに座って談笑していたという。 「友達……いったい誰だ……? 橋のこちら側にお嬢様のご友人なんていただろうか」 歳の近い同性の友人と言えば、思い当たる者はどれも屋敷の近くに住んでいるはずだった。 「まあここからの角度じゃ、ちょこっと目の端にとらえてた程度だからね。お客に物を売ってた間に、ふたりともいなくなってたんだ。それ以上は知らんよ」 「ありがとう、大収穫だ。恩に着る」 男は深く頭を下げ、女性が指さしたベンチを調べようと踵を返した。すぐに背後から「ロド坊や」と呼び止められた。 「店長さん、その呼び方はよしてくれ。ちゃんと、ロドワンと呼んでくれないか」 彼の抗議には構わずに店長はカウンターに身を乗り出した。 「あんたとは長い付き合いだけどね。あの家とはもっと長い。この町のみんなだってそうだ、お嬢さんに危害を加えたいなんて思うはずがないよ。手を出すとしたらよその人間さね」 「どうして事件が起こった前提なんだ。ふたりで仲良くどこかに遊びに行っているかもしれないじゃないか」 ロドワンは笑って返したが、声に力が入っていないのは自分でもわかっていた。 「かもね。だと、いいのだけどね」 「そうに決まっている」 嫌な予感を振り払わんと足を速めた。だが石造りのベンチに歩み寄ると、先客がいた。 人影はしゃがみ込み、道端に落ちている根菜のようなものを拾い上げては編み籠の中に入れていた。黒い髪と褐色肌をした若い男性だ。濃い紺色の外套に大きな背嚢を背負っている。全体の印象からして、明るい色の可愛らしい編み籠だけが、男性の所有物に思えなかった。 男性は首を振り返らずに、視線だけでこちらを向いた。何かを探るような視線だった。そうしてゆっくりと立ち上がる。かなり背が高い。 ロドワンは身構えた。 「なんだ貴様」 出会い頭に喧嘩腰になる必要はないだろうに、男性の風貌には、思わず剣の柄を握りたくなるような異様な雰囲気があった。自分よりも高い身長か、表情の無さだろうか、それとも黒い右目の圧力だろうか。左目の方は長い前髪に隠れていて見えない。 男性はこちらの警戒や誰何をまるきり無視して、口を開いた。 「お前も女を捜しているのか」 雑貨屋の店長との会話を聞いていたらしい。一瞬、警戒がほぐれてしまった。 「も? ということは」 「これは、うちの物だ」――男性は編み籠を揺らした――「買い出しに行っていた。今晩の食事に使うつもりだったんだろう」 「そうか。察するにお嬢様と話していたご友人と言うのは、貴殿の奥方だったのだな。ふたりしていなくなった……ああいや、気を揉むのは早い、仲良くどこかに出かけたという可能性も」 下手に相手の不安を煽りたくないというよりも、単にロドワンは自分にそう言い聞かせたかっただけだったかもしれない。男性は首を横に振った。 「落ち合う予定だった時間を、大分過ぎている」 「それは……」 夕食に使う食材を放り出してどこかに行ったというのが、そもそも不自然な話であろう。 嫌な予感が強くなった。眩暈がするほどに。 |
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